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十三話 春野豊は魔王様と実家で過ごす

 


「お、お茶用意するから、リビングで待っててね」



 一瞬で表情が十歳くらい若返った母は、顔を桜色にしながら台所へ走っていった。

 俺でもあんなことされたら乙女の顔にもなるだろう。



「リ、リズ様……?」

「こんなものか」



 いつもの表情筋が活発じゃないリズ様に戻っている。

 やっぱりこっちの方が落ち着くな。



「いつの間にあんな挨拶を」

「一応神だぞ。これくらいの知識を集めるくらい瞬時にできる。手土産も用意済みだ」



 そう言ってリズ様は何もない空間から紙袋を取り出した。

 大人だ!

 俺はまだ畏まった場の礼儀作法を知らないから驚くしかできない。

 異世界以前に自分の世界の事をもっと勉強しなければいけないと実感した。

 俺が感動していると、リズ様は俺の耳元に口を寄せる。



「私はお前の伴侶に相応しい振る舞いをできているか?」

「俺には勿体ないくらいです……」

「それは良かった。さあ、お母様が待っているぞ。案内してくれ」



 どっちがエスコートしているかわからない。

 リズ様が完璧過ぎる。

 俺もリズ様に相応しい存在になりたいと強く思った。



 ◇◇◇



「お父さん、早退してくるって」



 ダイニングテーブルを囲んで座った時に母がそう言った。

 うわ、親子って似るんだな。



「お身体が優れないのですか?」

「リズさんに早く会いたいからですよ。あの人、有休も余ってるからね」



 リズ様は心配そうにしているが、母は楽しそうに笑っている。



「突然の訪問で本当に申し訳ありませんでした。仕事で急遽日本へ来たので、今しか機会がないかもしれないと焦ってしまい……」

「いいんですよ、まさかこんな大人な方だったなんてねぇ」



 俺はサッと顔が青ざめた。

 もしかしてリズ様、年齢的に犯罪者になっちゃう!?



「か、母さん、俺がめちゃくちゃ迫ったからで、リズさんはむしろ被害者っていうか」

「あんた何言ってんの。誰もそんな心配してないわよ」



 母に一睨みされ、俺は静かになった。それならいいんだけど。



「猛アタックではありましたけどね」

「そういう所までお父さんソックリなんだから」



 え、これ遺伝なの。初めて知った。

 リズ様と母はクスクス笑い合って、次々と会話が続いていく。

 思いのほかリズ様と母が打ち解けて、俺はただただ聞き役に徹していた。



「絶対この子がやらかすと思っていたのよ……リズさんに迷惑がかかっていたら全力で助けるつもりでしたけど、そうでないなら私からは何も言うことはありません」



 母からの俺への評価がそんなに厳しいものとは思っていなかったので地味にショックだ。

 リズ様はそんな俺に気付いて小さく笑っている。


 その時、エンジンの音が聞こえて父が帰宅したのだとわかった。



「ただいま!」



 慌ただしくリビングに駆け込んで来た。

 父の手にあるケーキ屋さんの箱っぽいのが激しく揺れて心配になる。

 俺は箱を奪い取って冷蔵庫へ持っていく。



「お邪魔しています」



 リズ様は立ち上がって父に声を掛けた。



「さ、酒は! 酒は飲めるのかね!?」

「ええ。お酒がお好きだと伺ったので、お父様にはこちらをお持ちしました」



 リズ様はにこやかに答え、何やら高そうな木箱を差し出した。

 酒の事は俺にはわからないけど、父の喜びっぷりで凄い物なのはわかった。



「息子がまだ酒が飲めない歳なのでね! いやあ、嬉しいね」

「私でよければいつでもご相伴にあずかります」



 そのままリズ様と父が飲みの流れになったので、俺は自室へ行って部屋着に着替えた。

 それから台所の母のもとへ向かうと、何やらつまみを作っている。



「俺にも作り方教えて」

「じゃあこれ切ってみる?」



 俺はその場でキュウリの切り方から教えて貰うことになった。

 普段食べる時には気にしていなかったけど、切り方一つで用途が変わるし、全く違う形になる事に感動した。

 こんな当たり前の事も知らなかったんだという発見と共に、剣でも役に立つかもしれないと、少しだけ騎士っぽいことを考えた。



 ◇◇◇



「もう帰るのかい!?」



 完全に出来上がってベロベロの父がリズ様に追いすがる。



「すみません、出張中なのであまりゆっくりは出来なくて」



 俺もちょっと泊まっていくのかと期待していたので残念だ。



「今回は本当に突発的な訪問だったのにお時間をいただけて助かりました」

「またいつでも来てね」



 母も残念そうだ。



「ええ、今度は仕事がない時に」



 俺は外まで見送ろうとしたが、リズ様に止められた。

 そのまま玄関でのお別れだ。



「こっちでの滞在、どれくらいできるんですか?」

「わからない。呼ばれたらすぐに移動するからな」

「そう、ですよね」

「連絡する」



 リズ様は俺の頭に手を置いて、優しく撫でてくれた。


 お邪魔しましたと一礼してリズ様は出て行った。

 すぐに会えると思うけど、とても寂しさを感じた。


 扉が閉まって、しばらくして、父と母が声をあげた。



「人間離れした格好良さだった」



 うん。

 人間じゃないから。



 そうとは言えず、俺は何度も頷くしかできなかった。



 ◇◇◇



 その夜。夢を見た。

 あの大木ではなく、人の姿をしたレジィがいた。



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