十話 勇者ユタカはこの世界を知る
触れた唇は、ゆっくりと離れていく。
思わず追いかけてしまいそうになる。
正直、ほとんど何も認識できなかったけど。
「こんな感じで良かったのだろうか?」
魔王様……じゃない、リズ様が俺の瞳を覗き込む。
「え、あ、ハイ、多分……?」
「ずっとしたがっていたではないか。もう少し何かあるだろう」
ム……と少し唇が尖って可愛いですリズ様。
いやいや、そうじゃない、ちゃんと説明しなければ。
「俺も初めてだったので! 念願だったからこそ嬉しすぎて頭が真っ白っていうか、覚えてるのは、もっとしたいって事だけで!」
勢いでリズ様の肩を掴んでしまう。リズ様は俺の急な剣幕に目を見開いている。
チャンスかもしれない。もうこの際勢いでもう一回してもいいのでは?
「リズ様、もう一回お願いします! 今度は俺からさせて下さい!」
「ストップ」
その制止の声はリズ様ではなく、魔神だった。
そういえば家主でしたね。
腕を組んでしかめっ面で待っていてくれたと考えると、良い人だな。
人じゃなくて神か。
でも俺に対して甘いのは、勝者と敗者で立場がハッキリしたからこそなのだ。
やはりこの世界での、強さの重要さをしっかり認識しなければいけない。
「ったくよぉ、今後俺サマが神界で、赤ん坊同然のヘタレた人間に負けたって思われるのは癪だから気合いを入れてやったが、急に盛り出すのはやめろ」
「すみません、えーっと、イーグル様」
「様なんかいらねーよ」
「じゃあ、イーグル」
名残惜しいがリズ様から手を離し、イーグルに向き合う。
一度深呼吸してから、宣言する。
「イーグルが俺のせいで舐められないように……リズ様の事を誰にも渡さないためにも、俺はこの力がある限り強者であり続ける」
「イイ面だ」
ニッと笑ったイーグルは、すぐに真顔に戻してリズ様と俺を交互に見てから、言葉を紡ぐ。
「魔王にも勇者にも番う意思があるのはわかった。今後オメェらがどうするかだが、俺サマがわかる範囲で情報をくれてやる。その方が面白そうだしな」
イーグルは、神と、神の創る世界について教えてくれた。
簡単に言えば、世界とは神が手塩にかけて育てた盆栽のようなもので、神の数だけ世界が存在する。
魔神は自分の世界を持つことは少なく、基本的には神の世界に入り込んで邪魔をして遊ぶ事に楽しみを見出しているらしい。
カビのような存在と言われていた意味がわかる。
主流は『魔法のある世界』で、世界を創る初期設定では、生物が皆、魔法が使える状態なのだそうだ。
わざわざその設定をいじる事はないらしいが、とある神がこの設定を変更した世界を創り『魔法のない世界』ができたらしい。
最初はそんなハードモードで世界が上手く動くわけがないと神の間では笑われていたらしいが、思いもよらない発展の仕方をし、今は注目の的となっているとの事だ。
少しずつ、『魔法のない世界』も増え始めているらしい。
「こっからが本題だ。今は、千年に一度の大規模な『世界品評会』が迫っている」
せっかく育てた世界を見せ合って、順位をつけたりする遊びだそうだ。
ちゃんと規則もあるしっかりした大会らしい。
他にも小さな品評会もあるようだが、ほとんどの神が参加する大規模品評会は一大イベントとして盛り上がる。
「審査が入る五十年前から、神が直接手を加える事ができなくなる。例えば天災だな。地形を変えたり、リセットをかける事ができなくなる」
あくまで自然な状態の発展を楽しむのが世界ということだ。
「だが勿論、芸術作品でもあるんだ。自分では直接世界に手を出せないが、剪定師を雇う事が可能だ」
「それが私ということになる」
リズ様のお仕事って実は凄い壮大だったんですね。
「魔王っつー強大な力を使うのに必要なのは、自然な退場だ。突然来て突然去ったらただの天災だろ?」
「そのために、勇者が派遣される。勇者が魔王を討伐し、英雄化すれば世界も五十年程度は平和になる効果があるらしいからな。安定剤の役割もある。比較的よく使われる手法だ」
俺も壮大な役割があったようだ。
そりゃレジィも焦るな。勇者が勇者を放棄したら。
「魔王が急いで帰る気がないなら、八百長で死んだふりでもして世界に残る事もできるかもしれねぇ。魔王は幸いレジャンデールのお気に入りだしな。想定以上の死者を出さない生真面目さがあるから、残って世界を守って貰った方が神としても大きなメリットな可能性がある」
「この世界で魔王様と一緒にいられる!?」
すごい! イーグルすごいよ!
魔王様と一緒にいられる希望が一気に高まる。
「まあ待て、それは魔王側だけの話で、お前はまた違う」
「え、俺?」
「お前は他の勇者と違って、他の神の世界からレンタルされてんだ。きっとすぐに魔王を倒す予定で借りてるだろうから、早めに元の世界に自動的に戻る可能性があるぞ」
な、なんだって!?
俺は元の世界には、最悪帰れなくてもいいと思っていたせいで、滞在期限の可能性を全然考えてなかった。
漠然と、使命を終えるまではそのままなんじゃないかって甘く考えていた。
「まあ、単に予想だ予想。そこについては俺サマも魔王も何もできねぇから、お前らが神に聞くしかないだろうよ」
「……そう、だな」
結局俺は何もできずに終わるのか?
急に、残された時間の不確かさに不安が募る。
どこまでも俺は考えが足りない。
自分の努力ではどうにもできないかもしれない状況には凹みやすい。
「ユタカ、大丈夫だ」
「リズ様……?」
明らかに気落ちした俺を慰めるような優しい声だ。とても落ち着く。
ポン、と優しく俺の頭に手を乗せたリズ様は、微笑み、こう言った。
「お前が元の世界に戻っても、私が必ず迎えに行く」
ストンと何かが胸に落ちる。
本当に会えるかもわからない、なんの確証もない言葉のはずなのに、それだけで救われるのだ。
リズ様も離れるつもりはないと、そう俺に伝えてくれようとしている。
それだけで、俺は十分だった。




