四話 魔王リスドォルは突然のユタカに驚く
寝所作りも落ち着き、緩やかな日々が過ぎていた。
イーグルは変な意地があるのか、自分からはなるべく私に絡まないようにしているらしく、とても楽だ。
本来は下位の存在が俺サマを求めるべきだと叫んでいた。
難儀な性格だ。
「ふう……」
今日も就寝前の日課である寝台での読書をしていた。
少し目が疲れたので、読んでいた本をナイトテーブルに置き、シーツに体を横たえた時に、それは起きたのだ。
「なっ」
「え?」
視界に影が落ちたと思えば、何かが降ってきた。
ドスッと、私の顔の両側に何かが落ちたように感じた。
それは人の腕で、私の上には何故か、四つん這いの姿勢のユタカがいたのだ。
「うわ、会いたいって思ったら魔王様が現れた……これも夢か」
正直、私も夢かと思えるほどの唐突さに、全く反応が追いつかずにいた。
ユタカが私を視線で舐めまわすように目玉を忙しなく動かしている。
そういえば初めて会った時の目もこんな感じだったな。
それ程離れてもいなかったユタカと私の顔の距離が少しずつ近付いてくる。
「ゆ……夢ならキスしていいよな……それどころかワンチャン抱けるかもしれない」
「お、落ち着け、欲望に忠実過ぎる」
夢の中の独り言のつもりだろうが、これは現実だ。
言葉自体はまだ静かなのだが、当のユタカの顔は赤く、フーフーと鼻息が荒い。
さすがにその興奮度合いに身の危険を感じて声をあげた。
「ヒッ……本物!?」
「残念だろうが本物だ」
「そんなことありませんよ! 再会のキスしていいですか?」
「場所を考えろ」
「ベッドで横になってる状況以上に相応しい場所ってあります?」
全く退く気のないユタカに、私は勢いよく起き上がり頭突きをする。
「あだぁ゛?!」
「デュラムとの戦いの後にしおらしくなって心配していたのだが、変わりないようだな」
「そうでした……反省したのに嬉しさのあまり忘れてました」
ユタカは額をさすりながら、しょんぼりと大人しくなってしまった。
「ユタカが反省する事なぞ思い当たらぬが」
「ありますよ、魔王様のお気持ちを無視して、帰宅の阻止をしたり……手出ししないように脅したり……」
「それは何か悪いのか?」
「へ?」
人はどうかわからないが、自分の欲望のために行動するのは、魔物も魔獣も神も全て同じだ。
弱肉強食の世界でもあるし、異議があるなら戦えばいいだけなのだ。
ユタカは私に触れるなどの直接影響する事に対してやめろと言えばやめていたし、ユタカが暴走気味だとしても、わざわざ止めるほどの理由がないので静観していた。
いざとなれば実力行使できるのに、していないのは私自身の選択だ。
だから私はユタカに何かを強制された覚えは全くないのだ。
「そこまでして私が欲しいのであろう?」
「ファッ、ふぁい! 欲しいです!」
「なら遠慮せず奪えば良いのだ」
「そ、それはちょっと……」
ユタカは、自分の行動となかなか重ならないちぐはぐな心に振り回されているようだ。若い。その不器用さが微笑ましい。
「本当に嫌なら私も拒否はするが、魔物も魔獣も神であっても、それでも衝突する場合、強い方に決定権が与えられる。勝者には必ず従う」
「好きな相手にそんなことできないですよ……無理矢理従わせるなんて」
「では許可が欲しいと?」
「許可があれば……キスくらいはしてしまうと思います」
素直だ。
デートの時に、キス出来ずに癇癪を起こすほどだ。
そこまでの望みなら叶えてやってもいい。
「してもいいぞ」
ユタカが目を見開き、息を飲むのがわかる。
何度も口を閉じたり開いたりして、肩の上下が激しくなっている。
何度か大きく深呼吸をしたユタカが、私に両肩に手を置いた。
「ちょっと前だったら、すぐにしてたと思います……でも、今はしません」
「したいと言ったりしないと言ったり訳がわからぬ」
本当に何を考えているのかサッパリだ。
私が眉をひそめていると、ユタカが話し始めた。
「俺は最初、絶対に魔王様と結ばれないと思っていたんです。男だし、住んでる世界も、種族も違うしって。俺のいた世界では、結ばれる可能性が皆無と言えます」
そうだったのか。
魔法のない世界では、世界の移動自体もできないから、そもそも私とユタカが本来出会う事もなかっただろう。
何の因果か出会ってしまい、ユタカの世界の駄目ダメ尽くしの恋が始まった。その事でユタカは人知れず悩んでいたのだ。
こちらは性などあってないようなものだ。そんな事で悩まない。
簡単に姿も変えられない、魔法のない世界特有の価値観なのだろう。
「でも、何の隔たりもなくこの世界では相手を選べるって知ったら、最初思っていた、少しでも好きになってもらえたらとか、一発ヤれたらとか、そんなんじゃ足りなくなって」
私の肩を掴むユタカの手がどんどん熱くなってくる。
普段のユタカは、目に何の信念も感じず、真っ暗だった。
子供のくせに冷めた目をしていると思っていた。
しかし、今は見たこともない光が宿っている。
炎のように揺れる熱も感じた。
「魔王様にも愛してもらいたい」
真っ直ぐと私を射抜く視線のせいで体が動かない。
愛する、とは何だろう。
ユタカは愛していると何度も私に伝えていたが、具体的にはよく理解していなかった。
「俺の愛と同じくらいの愛が欲しいって、思ってしまったんです」
それは私が与えようと思って与えられるのだろうか。
もし、そんな概念を魔物が持っていなかったら、どうすればいい。
「それは……私にできることか?」
「俺の努力次第だと思います」
「お前が頑張っても、私に能力がないかもしれない」
「能力ですか? それはちゃんとあると思いますよ」
理解できなくて首を傾げた。
「だって、わからないとしても、それを与えたいと思ってくれているんでしょう?」
私は頷いた。
「もう、その時点で愛です。でも、愛には沢山種類があるんで、もっとその先の愛が欲しいです」
良かった。私は愛を持っているらしい。
「その先の愛とはどういうものだ?」
「キスしてもいい、じゃなくて、キスしたいって魔王様が思ったら……です」
なるほど。少し違いがわかった。
自発性が必要ということなのだ。
行動は同じなのに、ユタカにとってはとても大きな違いなのだろう。
キスにそこまでの変化のあるならば気になる。
してみたい。
でもこれは興味だ。
それでもいいのだろうか。
「今……したい、と思ったのだが。今後どのようにキスの意味に変化が起きるのかを知りたいという理由だが『現状確認』のキスというのは駄目だろうか」
「ん゛んん゛!?」
「さすがにこれがユタカの望む愛ではないというのは私でもわかるぞ。だから無理強いは……」
「しましょう!!!!!!!!!」
腹筋に力の篭った見事な声は、神殿中に響き渡った。
「うっせぇぞ!」
「あ」
当然の結果であるが、すぐさま私の部屋にイーグルが駆け込んできたのだった。




