十五話 炎の勇者デュラムが見たもの
「私はそもそも戦いたくないのだ」
魔王はそんな事を言いながらストレッチをしている。
バッチリ身軽になって臨戦体勢のくせによく言うぜ。
俺は久し振りに炎の剣を出し、襲い来る魔獣を斬り捨てる。
旅で身についた剣技と身のこなしにはそこそこ自信がある。
こうして魔王の様子を戦いつつ確認できるくらいにな。
「一度、過去最強と言われる魔王と拳を交えてみたかったのですよ。魔物最強と魔獣最強の戦いなんて、心踊りませんか?」
白い魔獣のオッサンは嬉しそうに体勢を低くして構える。
体術メインのスタイルなんだろう。
魔王は構えの姿勢を取るでもなく大きな溜め息をついた。
「ところで、この地帯の岩には微量の毒素が含まれているのは知っているか?」
突然、何を思ったのか魔王はうんちくを話し始めた。
オッサンはそんな魔王に苛立ったのか、土を蹴り、飛び出す。
「存じませんね」
「そうであろう。その危険性は0.000001%と言われ、ほとんどの生物はその影響を受けない。その岩に限らずとも、どんなものにでも使い方を誤れば悪影響を及ぼす要素があるのだから普通は気にしない」
空気中の二酸化炭素が普通だと大丈夫でも大量だと死ぬとか、空気中の魔素は世界によっちゃ毒とかそういう話か。
まるで茶会の会話のようだ。
だが、声以外の動きの速さは尋常じゃない。
拳や蹴りを最小限の動きで避ける魔王だが、ほとんど動いているように見えない。
相手もまだ様子見といったところだ。
空を切る音は激しさを増している。
「だが、今はたまたま大丈夫でも、ある時アレルギーのように、突然それが駄目になってしまう事も起きるのだ」
「はあ、そのようなお話になにか……」
そう言っていたオッサンは全ての言葉を紡ぐことなくその場に膝をつく。
「ぐっ……ぐぁ、ガッ……?!」
オッサンは髪を乱し、喉や腹を掻きむしり、仰向けに倒れて虫の息だ。
何が起きたんだ?
魔王は防戦に徹していて攻撃らしい攻撃はしていないはずだ。
「ぎ、ざ、ま゛ぁ……な、なにくぉ……じだッ」
「何も。強いて言えば……たまたま運悪く、お前がその毒素に耐性のない0.000001%だっただけなのではないか?」
そう告げる魔王は、今まで見たこともないくらい、美しく、恐ろしい笑みをしていた。
弧を描く唇は妖艶で、漆黒の瞳には何も映しておらず、虚無そのものだ。
その光景に、剣を取り落としそうになりながらも、最後の魔獣をぶった斬った。
それと同時くらいに、オッサンも動かなくなって、魔王が黒い炎で死体を塵にしていた。
「お、おい、魔王さんよぉ……今度は何したんだ」
恐る恐る魔王に近付きながら、脱ぎ捨ててあったマントを拾って渡す。
「ああ、相手の『運』を0にしたのだ」
「はぁああ!?」
ありがとう、とマントを受け取って着け直している魔王は当たり前に言うが、そんな事ができるなんてヤバすぎるだろ。
どんなアイテムや魔法でステータスを下げても、基本的には0になんてならない。
それこそ神レベルでなければ無理だ。
「そんなチート技、俺なんて一瞬で殺せるじゃねーか!」
「勇者のように、神の力を持つ者には効かないから安心せよ。ステータス介入なんてそう易々使えるものでもないしな」
安心できるか! 易々使ってんだろ!
よっぽど悪行を積んでないとステータスに変化は起きないとか説明してくれるが、俺は幼少期に小さい悪行をそこそこ積んでるから不安しかない。悪行の基準をちゃんと出して欲しい。
それにコイツはぜってーまだ何か隠し持ってるに決まってる。力の底が見えねぇもん。
「私だってこんな事はしたくなかった。だが魔獣は話し合いができないのだからやむを得まい」
そりゃそうだけど。
魔王は少し唇を尖らせて、拗ねた子供みたいな表情をしているが、何一つ可愛くない。
「久し振りに動いて疲れた、帰るとしよう」
「ほとんど動いてないように見えたけどな」
まあ、なんの被害もなかったし、これで調理場と食糧庫は俺のもんだ、と気持ちを切り替えた時だった。
パシャン、と、城を包み込んでいた防護壁が砕ける音が響いた。
「フランセーズ!」
「くそっ」
城に急ぐ。
そう遠くはない距離なのに、小さな爆発音が次々聞こえて気が気じゃない。
今まで気配すらもなかったのに、どんどんと重苦しい魔力の渦が拡がっている。
まるで、俺が本来イメージしていた『魔王』のようだ。
「魔王さんには、あれに何か心当たりあんのか」
「……魔神」
魔神?
初めて聞く存在だった。
だが、こっちには魔王がいるんだ、きっとどうにかなる。
「期待されている所を悪いが、私では勝てない相手だ」
世間話のように軽い口調で、魔王は絶望的な情報を告げた。




