一話 勇者ユタカの始まり
それは一目惚れだった。
部活帰りに急に空から光が降り注いで、体が宙に浮いた時には「あ、これ宇宙人にさらわれるやつだ」って思った。
でもUFOの中でもなく、宇宙でもなく、俺は自然に囲まれた空間に立っていた。
目の前の大きな木が話しかけてきて、ここは異世界で、俺は選ばれた勇者だとか言われた。
今回の魔王は歴代でも見ないくらい強いとかで、特別措置で異世界から俺を呼んだらしい。
元より俺は細かい事を考えるのは性に合わない。
今の部活はバスケだが、三ヶ月くらいで別の運動部に移動を繰り返している。
運動能力は自他共に認める高さなのだが、頭脳プレイがとことんできなかった。
最初は助っ人として重宝されるのだが、徐々にチームプレイができないことが周りもわかって気まずくなっていくのだ。
俺は特に気まずくはないんだけど、やんわりと監督やらキャプテンやらに説明されては読みたくもない空気を読んで部活をやめることになるのが常だった。
個人競技ならと思っても、何でもそつなくこなすと同じ競技を練習している周りが勝手に落ち込むらしい。
いい加減、学校の部活強制をやめて欲しいものだ。
学生にとって大半の時間を過ごさなければいけない学校自体に居心地の悪さを感じていたのもあって、木の言う勇者とやらになるのに抵抗はなかった。
装備と金が貰えて、簡単な説明を受けて、見知らぬ世界を旅した。
この世界は《メルベイユ》という名前らしい。
『適当に魔物を倒して、いけると思ったら魔王城に行け』
と言われていたのでその通りにした。
わんさか魔物は襲ってくるから、全部返り討ちにした。
町を襲ったりせずに勇者だけを狙うのは感心感心。
仲間を探せとも言われた気はするけど、面倒だから一人で過ごした。
元からの運動神経と、この世界に合わせた能力を与えられたおかげなのか、本当に勇者としての実力は申し分なかったようで、苦労せず魔王城にたどり着いた。
魔王城は静かで、罠もなければ魔物も襲ってこなくて拍子抜けした。
普通に城の中をまっすぐ進むと、でかい両開きの扉があった。
ここに魔王がいるんだろうなと思えるくらいには豪華な装飾があったから迷わず開けた。
玉座に座る存在を見る。
まだ距離があるから歩きながらの確認だ。
長い黒髪が、自分とは全然違う艶と輝きを持っていて、その美しさだけで人間とは違うのだと理解する。
近付けば近付くほど、顔の造形がハッキリと見えてくる。
不機嫌そうに眉間にはしわが寄り、気難しそうに感じるが、とにかく美形だった。
三十歳くらいだろうか。
若さと渋さが混ざり合う、絶妙な色気を感じさせる切れ長の目が綺麗だ。
瞳は紫色だけど、たまに赤色が神秘的に揺らめいている。
「近い」
低いよく通る声が俺の脳に届くと、キスせんばかりの近さまで迫っていたことに気付いた。
だからこんなにハッキリ瞳の中が確認できたのか。
「キスしていいですか?」
「良くはないが理由を聞こう」
めちゃくちゃ優しくないですか魔王様。
一歩だけ離れて理由を考える。
といっても“キスしたかった”以外の理由ってなんだ?
あまり考えるのは得意じゃないけど、必死に考えた。
「あ……」
そうだ、わかった。
十七年間生きてきて初めて知る感情だった。
「一目惚れってやつですね」
「……そ、うか……だがお前にとって私は倒すべき存在だ」
「え、別に」
「は?」
魔王様は驚いたように目を見開いたが、俺は魔物に何かされたわけでもない。
この世界の人間であれば村が襲われたとか大事な人を失ったとかあるのかもしれない。
でも俺は無関係で、なんの被害も恨みもなく、ただただ依頼をこなしているだけなのだ。
倒さなければ元の世界に帰れないとも言われているが、別に帰りたいとも思っていない。
「俺は魔王様を倒す理由がないので勇者やめます」
そうだ、それがいい。
「ま、待て、勇者、それは困る」
何故か慌てる魔王様。
どんどん眉間にしわが増えている。
何が困るんだろう、と思ったけど、敵対する相手が急にそんなこと言ってもそりゃ信じられないか。
「わかった、俺、魔王様の仲間になる」
「何がわかったのか私にはわからないのだが」
「今は俺のこと信じられないかもしれないけど、魔王様を護る剣になれば信じてくれるかなって」
「いや、待て、違う」
もう俺は何も聞こえていなかった。これからの未来への展望で頭がいっぱいだったからだ。
今まで生きてきて、こんなに心躍る事はなかったかもしれない。
魔王様の黒に合わせたいな。
やっぱ護るなら騎士だ。
黒い鎧を準備しよう。
その日から俺は魔王様の黒騎士になった。