シチサンと第一ボタン
高2の私には、真面目な幼なじみの男子がいる。
幼馴染だからというだけで、色恋沙汰に繋げたがる輩は数知れない。
付き合ってるの?
好きじゃないの?
間の抜けた顔で尋ねられるその度、その度
「あいつ今時シチサンだから無理」
「シャツの第一ボタンきっちり締めてるから無理」
至極はっきりと突き放す。
気の合う友人Aはそんな私を見る度に、素直じゃないと漏らすが気にしない。
私はアイドルグループのセンター右横にいるタイプが好みなのだ。
世代を超えて通じるインテリは好みではないのだ。
そんなある日、その、マジメな幼馴染が話しかけてきた。
別にいつも話すのだが、今日はなにか隠してる様子で廊下に呼び出される。
同じクラスだというのに。
「これ、机に」
それだけ行って差し出された彼の右手には、白い封筒。
赤いハートマークのシールが付いている。
察しは悪い方じゃない。
それでも尋ねるのが義理と人情ってもんだろう。
「なに、これ」
しまった、少し声が低くなった。
「机に入ってて、さっき」
「で?」
「呼ばれました」
なぜか敬語になるシチサン第一ボタン。
より低くなる私の声は喉仏があれば逃げ出すほどだろう。
「校舎裏です」
どこに呼ばれたのか聞くと、少し間があった後かしこまって教えてくれた。
褒美でもやろうか。
「行ってくれば?」
頷く第一ボタン。
頷いてなかなか動こうとしない。
まだ何かあるのか尋ねると、
「僕、変じゃないかな」
「元から変。とてもね」
「じゃなくて…」
なぜかイラっときた。
イラっときたので髪の毛をくしゃくしゃにしてやった。
ネクタイを緩めて第一ボタンを外してやった。
「これが今風。」
「そうなの?」
「うん…かっこいいよ」
目を細めてなすがままになっていた元第一ボタンが、不安げにしている。
大丈夫、かっこいい。
これでも髪の毛のセットはお手の物だ。
今のはただかき混ぜただけだが、それでもなんとかなって見える。
「ありがとう」
言い残して奴は校舎裏に向かっていった。
「ああ…」
机と、頬が友達だ。
固く結ばれて離れない。
「どうしたの、突っ伏して」
あんぱんを頬張り終えた友人Aに顔を覗き込まれた。
「…あいつ意外とモテるんだね」
絞り出した答えがこれだ。
何を考えているか丸わかりなのは私なりのSOS。
それを察してくれるはずの友人Aが、珍しく何も言わない。
ひたすらに牛乳を飲んでいる。
「バカ真面目なシチサン第一ボタンのくせに」
そうだ、あいつはバカ真面目なのだ。
小学生の時に私は、彼に自分とお揃いのストラップをプレゼントしたことがある。
当時の私は気がついていなかったが、そのストラップは完全に女児受けを狙った桃色だった。
「私がプレゼントしたんだから一生つけてなさい」
あの時の高飛車な言い方は、歌舞伎町でも通用しただろう。いったことはないが。
真面目な彼は言い放たれた言葉通りたしかにずっとつけていた。
それが良くなかった。
ある日泥にまみれた彼を下校途中に見かけた。
三度の飯より本の虫。そんな彼が運動を自らするわけがない。
嫌な予感がして問い詰めると、私のプレゼントが私とのお揃いで、なおかつ女児向け桃色プラスチックなのが良くなかったようだ。
見事に同級生の男子に目をつけられていた。
上級生とキックベースばかりしていた私は気づかなかったのだ。
「大丈夫だよ、ぼくなら」
怒れる腹の虫を鎮めるために、はてどう仕返してやろうかと案を探る私に気づいてか、幼馴染は口ごもりながらなだめてくれた。
決して大丈夫ではない泥のつき方だ。
思い当たることもある。
「ねえ、ひょっとしてだけど、私の言ったこと守るために外してないの?」
「だって」
と、彼は言った
「だって約束したんだもん」
ばか、あれは一方的な押し付けって言うんだ。
「あいつ、今すっごいカッコ悪い」
なんでだろう、なんで素直に応援できなかったんだろう。
「シチサン第一ボタンじゃない」
そんなの
「くしゃくしゃゆるネクタイだ」
校舎裏に彼はいた。
いつも通り本の虫だ。
違うところは髪の毛がシチサンじゃなくて第一ボタンがだらけているところ。
「ねえ。顔貸して」
髪の毛を元に戻す。
第一ボタンをつける。
ネクタイを締める。
「あなたは、これが一番かっこいいよ」
なんか、こぼれた。
そして溢れた。
「ずるいこと、していいですか」
敬語になった。
胸ぐらを掴んだまま、離すことも引き寄せることもできない。
「でもね」
あの時、小さな小さな笑顔でこいつは言った。
「でもね、ぼくがお揃い嬉しくて、ぼくが、選んだんだ。ずっとつけるって」
「ずるいのは僕だよ」
彼がそう言って取り出したのは、20枚入りの白い封筒とハートマークのシールセット。
「友人Aの提案でね。君の気持ちを確かめるためにこうしろって」
ぶん殴ってやろうか。
でも、そんな拳はつくれなかった。
「…なんで校舎裏なの。普通屋上じゃない?」
「屋上は立ち入りが制限されてるんだ」
とことん真面目だ。
とことん真面目で、まっすぐな彼だ。
「ところで」
そう言って彼は笑う。
「君のしたいずるいことって何?」
本当に、本当に最後までずるい奴だ。
引き寄せるに決まってるだろう。