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To say the least,  作者: yunika
8/14

8.忍び寄るもの

「あら、クロマちゃん」


火鷹が空から舞い降りてきた忍鴉に声を

かける。するとクロマは口に銜えていた

書簡をくい、と火鷹に差し出した。漂う匂い

で書簡が上忍の雷蔵からのものだと察しが

ついた火鷹は、目を鬱陶しげに細めてそれを

受け取る。嗅覚は犬猫並のようであった。


書簡を手渡すなり、忍鴉はいそいそと嘴で

つややかな漆黒の体に毛づくろいし始める。

どうやらクロマは綺麗好きらしい。


だがその背後から忍び寄る別の黒い影。


火鷹の忍猫シャチがクロマに向けて何やら

黒くポフポフした塊を投げつけ始めると

やがてクロマは毛繕い所ではなくなった。


ポフポフの正体、それはどうやらシャチの

毛玉らしい。身なりをセッティング中なのを

邪魔されたクロマはいよいよ怒り出し、

その場はニャアニャアガアガアポフっと

途端に五月蠅くなった。だが。


「なに!? 私、謹慎なの!?」


とさらに騒がしく叫ぶ火鷹。

その手はわなわなと震え、彼女に謹慎を

伝える手紙を破りそうな勢いであった。

その鬼気迫るオーラにぴたりと喧嘩を

やめる一匹と一羽。


火鷹は怒り出そうか、とも思ったが

自身の失態を思うと解らんでもないと

腕を組み。そしてしばし考え首を捻る。


「……どうでもいいって、言えたらなぁ」


その脳裏にはその言葉が口癖の、

美少女顔の青年が浮かんでいた。




火鷹はやがてその場を去る為に再び駆け

始める。姿が目立たぬように細い路地を

通ったり小高い建物の屋根に駆け上ったり。


するとふと後ろから感じる、火鷹を追う

気配が二つ。不穏なものとは違う、覚えの

ある気配に火鷹は速度を落とした。


火鷹に追い付いてきた人物の正体。

一人は火鷹より少しだけ背の高い、

黒縁眼鏡をかけた少年。動きやすそうな

Tシャツに身を包む彼は息も絶え絶えに

だが興奮気味に声を上げる。


「た、助かったよ、ほだ姉ちゃん!

 おかげで任務終了! 残業なし!」


少年はほっと胸をなでおろし安堵する。

だがそんな様子を後方からジト目で

見つめている人物が一名。それはまだ

あどけなさを残す少女の忍びであった。


シンプルなワンピースにスパッツという

出で立ちの背には、少女が決して一人では

抱えられないような大きさの大手裏剣が

背負われている。なんともアンバランスな

装備の少女は軽々と少年を追い越し


「あんたがトロいからでしょーが、恭矢!

 ちゃんとしてくれたら今頃私があんな男、

 ギットギトのネバネバにしたのに!」


とつっけんどんに言ってのけた。それって

どんなだ、とその有り様を想像をしつつ

火鷹はぽかんと口を開けつつ


「鈴葉、今回はそんな依頼じゃないでしょ。

 あんたは攻撃を好みすぎる。そして恭矢は

 考えるすぎる。これじゃあ期限間近に

 なっても二人がかりじゃ終わらない訳ね」


と静かに諫めて見せた。説得力ある物言いに

恭矢と呼ばれた少年はあちゃー、と顔を抑え。

鈴葉と呼ばれた少女はムムムと眉間に皺を寄せ。


「だって恭矢ったら全然頼りにならないし!」

「逆に手出ししない方がいい気がしたんだ」

「あんたねえっ! 私より年上な癖してっ!」


恭矢に拳を振り上げる鈴葉。二人のやり取りに

火鷹はまあまあ、と手をひらひらさせる。


先刻、火鷹は男から得た情報をきっちりと

ボイスレコーダーに収めた。だがそれは

火鷹自身の仕事ではなく、本来はこの年下

忍二人に里から振り分けられた仕事である。


だがいつまで経ってももたもたとしている

二人にいても経っても居られず、手が空いて

いた火鷹は内緒で助太刀したのであった。


二人はそのことに感謝しつつも、だが今は

気まずそうに互いを見合っている。


「ほだ姉、報酬を山分けにするなんて、

 そこまでしなくても大丈夫だよ……。

 鈴葉一人の分にしてあげて」


鈴葉の足を自分が引っ張ってしてしまったと

思っているらしく、恭矢は申し訳なさげに

俯いている。対して鈴葉は、自身は精一杯

やったという自負があるのか恭矢に対して

つんとしながらも、彼の方をしきりに気にし


「……いいわよ、二人で分ける。

 だって恭矢、今月も成功報酬少ないでしょ」


と渋々言い出し、恭矢はがくりと肩を落とす。


「今月も、って言わないで……」


はぐれ里では独立していない忍が依頼仕事を

行う場合、忍個人が仕事で取ってくる訳

ではない。里の依頼窓口に舞い込んできた

様々な依頼を上忍が各忍に振り分ける形が

主に採られていた。


よって依頼の難易度や適性に応じて二人にも

色々な仕事が回されてはいるのだが、恭矢に

至っては依頼の遂行率があまり芳しくなく

その分報酬を回収出来る機会も少なかった。


しかも今回はペアとして依頼を任されたことも

あり報酬はお互いが話し合い決めることに。


渋々であったものの鈴葉は恭矢の懐事情を

察してか、報酬を二人で分けるという結論に

至ったようだったが、火鷹の考えは少し違う。


「鈴葉一人でも成功しなかった。

 恭矢一人でもそれは同じ。

 おまけに二人でも結果は変わらない。

 だから成功報酬は二人で分ける!

 ……これでいいね?」


「はい……、ありがとう」

「ほ―い、ありがとほだ姉」


二人の落ち着いた顔に火鷹はほっとする。


恭矢は火鷹のように生まれつきのはぐれ里

の忍びではない。幼いときに自身の里が燃え

様子を見に行ったはぐれの忍に助けられて

その後ずっとはぐれ里で暮らしている。


鈴葉はしっかり者、かつ雷蔵の姪っ子で

将来は上忍になることは間違いなしの

有望な忍びである。だが今はまだまだ幼く

技も荒く、また突っ走る所がある。


どちらも変わりなく火鷹の弟や妹の様な

可愛い存在であり、皆のほだ姉(自称)と

してはやはり放っておけない部分がある。

少しでも見守っていたい、そう目に優しさを

滲ませつつ、火鷹はさて、と背伸びをし。


「お昼ごはん、うちで食べてく人?」

「いえーい! おばさんのごはん!」

「僕も……!」


さきほどまでのわだかまりもすっかり

消え、場は明るい雰囲気に包まれる。


火鷹はマスクを外し、二人に笑いかけた。




だがその刹那、ゴオッと何かが唸りを上げた

かのような地響きと共に、まるで空から鎌を

振り降ろしたような突風が三人を襲う。


「わ!」

「きゃあ!」


三人は高い屋根の上から吹き飛ばされそうに

なるも、咄嗟にくないを屋根に打ち込み

しがみつく。ふと空を見上げるとクロマが

ガアガアと警鐘を鳴らしていた。足には

シャチがしがみついている。


「何、今の? ビル風?」

「この辺では聞いたことないよ……」

「二人とも、くないを抜くんじゃないよ」


三人は暫く低い体勢を取り、周りを警戒する。

だが突風は先の一度のみで落ち着いた様だ。


「あ―、びっくりした」

「今の風、なんだか嫌な気配を感じたよ」

「……。そうね。気を抜かずに帰ろう」


里の付近に不穏な空気が立ち込めている、と

雷蔵が言っていたことを火鷹は思い出した。

それは音月家の秘密が関係しているとも。

今のも、それに関係あるんだろうか?

と火鷹はしばし考え、考えたのだが。


(……私にはどうすることも出来ない)


「さ、あんた達、空腹じゃあ仕事が回って

 こないよ! お昼ごはんは牛丼だよ!」


ぽん、と火鷹は二人の肩を叩き、やがて

三人は目にも止まらぬ疾さで駆け出した。




その頃、音月家の邸宅内では地下へと続く

階段に手提げランプの明かりがひとつ。

灯の揺れに合わせ響く足音がふたつ。


「いい加減、抑えが効かなくなってきてね。

 僕もこの有様なんだ」


蒼馬が自身の腕に巻かれた包帯に目をやり

自身の後ろを歩く人物にそう語りかける。


「……痛そうですね」


そう答えたのは、蒼馬の親族でもあり

次期当主となる為この家に身を寄せている

美少女顔の青年、晃だった。


晃の細い体は灯の陰でますます華奢に写る。


「このままあれを放っておくと

 こんなもんじゃ済まないと思うんだ」


(限られた者しか知らない晃君の秘密が洩れ

 それを狙う者がいる。侵入者がいたのは

 事実の様。事態は急を要するかもしれない)


蒼馬は語りつつ思考を巡らせつつ螺旋状の

階段を躊躇することなく降りていく。

そしてやがて二人は階下の突き当りへと。

そこに現れたのは一枚の鉄製の重厚な扉。

蒼馬は鍵を開け、やがて鈍い音を立てて

その部屋の扉が開かれ、彼らはその部屋に

足を踏み入れていく――。


そこは何の変哲もない、古びた物置のような

場所。石壁には使い古された松明の燃えさし

が所々に掛けられたままになっている。


(ここに来るのはこれで三度目だ……)


晃の手のひらに冷や汗が滲んでくる。

二人は歩みを進め、部屋の最奥へと。

しめ縄で囲まれたその場所には晃が

一度目にして以来、決して頭から離れる

ことのない、とあるものが飾られていた。


それは色とりどりの刺繍で編まれた、

荘厳な龍を描いたタペストリー。


晃がこのタペストリーを一目見ただけで

忘れられなかったのは刺繍が素晴らしい

とか美術的観点においてではない。

これは、普通の布飾りではないのだ。


その目は血走りこちらを見据え、気を

失いそうになるような圧倒的な気配。


その刺繍の龍は、生きていた。


龍が二人に気付き、威嚇の咆哮を上げて

くる。鋭く尖った気の塊のようなものが

牙を剥いて二人へと向かってくる。


「ひっ!?」


晃は悲鳴を上げ、蒼馬の後ろに隠れた。


「大丈夫。今の距離を保っていなさい。

 近づきすぎると私の様に怪我をして

 しまうが……」


と自身の腕を擦る蒼馬。

晃は恐る恐るその龍を見詰めた。


(前回訪れたのは、数か月前だったか。

 そのときより気配が強くなっている……)


顔を強ばらせる晃に、蒼馬は


「晃くん。龍に挨拶してごらん。

 もうすぐ君の魂はこの龍の物となる。

 だから大人しくしてくれないかって」


と静かに呟いた。

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