14.抱える不安
忍の里、葉暮が魔の襲撃を受けて2日後。
初夏の陽射しが降り注ぐ、閑静な住宅街の
とある民家の屋根。そこには屋根瓦に沿う形で
伏した二つの人影があった。
「はぁ……、暑い。ほだねーちゃん、まだ?」
「ちょっと待って。これをこうして……、うーん」
葉暮の里の忍、火鷹と恭矢は屋根の上で周囲に
警戒を張りながら何やらあれこれと思案していた。
火鷹の手にはリモコンの様な、黒くて四角い装置が
があり、そこから伸びるレバーを上下左右へと
操作している。
「ううーん、難しいなぁ、これ」
「ちょっと僕に貸してよ」
「いいえ、これは私の責務なので」
そう強情に言い、火鷹は装置を渡さんとし
ぎゅっと握りしめる。
この地に何か不穏なことがある、そんなときは
この地を守っているらしい、音月家に何かある。
火鷹は確証のない、上忍の言葉を思い浮かばせて
引き続き彼らを調べてみることにしたのだ。
元々上忍、雷蔵から下ったその任務を放棄し
火鷹は謹慎となっていたのだが、こんな風に
自由に調査に出張っても気に留める者はいない。
魔の襲撃により未だ怪我人の手当てや家屋の修復に
追われている葉暮の里はその機能が麻痺していた。
派遣任務の依頼受付はストップし、既に請負い済の
依頼はキャンセルもしくは、別途里を出て独立した
忍達に援助を頼んでいた。
そんな中、謹慎を下されつつも任務放棄に責任を
感じている火鷹に関しては里の者は腫れ物扱いし
半ば放置していたのだった。
(私は不穏な空気の原因を突き止めず、任務を
放棄した。でも皆優しいから、何も言わない。
だからこそ、私がしっかりしないと)
焦る気持ちをぐっとこらえ、火鷹は手にした
四角い箱のような装置を再び操り始める。
今、火鷹の背には愛用の鷹の羽織はない。
風の魔物の襲撃の後、火鷹の部屋から羽織が
消えていたのだ。おそらく風で飛ばされたのか
里のどこかにあるはずだ、と自身に言い聞かせる。
(里はまだ壊滅状態。私の羽織よりも、怪我人の
手当てや建物の修復で手一杯だものね。
そもそも、これも私の落ち度なんだし)
「代わりの羽織、何だか落ち着かないわ」
「それさぁ、鮨職人の羽織じゃん。
どこから持ってきたんだよ」
ででん、と火鷹が背に纏った空色の羽織に
『鮨』の文字が鮮やかに浮かんでいる。
「今度は『祭』とかあり得そうだね」
軽口にじとっとした目を返された恭矢は
おっと偵察偵察、とわざとらしく周囲への
警戒を張り始めた。
火鷹はその後も装置に付く細いレバーを
がちゃがちゃと小刻みに動かしている。
恭矢はそれを横目に眺めていたが、瞬く間に
眉間に皺を寄せ呆れ顔を向けた。
「下手くそだなぁー。ちょっと貸してよ!
そうやるんじゃないってば!」
「だめだめ、これ精密機械なんだから!
丁重に扱わないと」
バキッ。
「「あー」」
ふう、とため息をつく二人。
ここは音月邸の近隣に位置する住宅街で
二人はそこである物を遠隔操作していた。
それは昔でいう、絡繰人形。人形師の
技術発展により今や自在に操れるロボットを
駆使する様にもなっていた。
恭矢はその知識に詳しく、自作のロボを
提供してくれたのだった。
蜘蛛の形と駆動を持つ小型カメラ搭載の
ロボを音月邸に向かわせていたのだが、
壁際をするすると登ったところで樹木に
引っ掛り、足掻かせる内に操作レバーが
折れてしまったのだ。
警備が強固なために、人が忍び入れぬなら
こうするしか、と頭を使った結果だったが
あえなく失敗に終わってしまった。
「だから猫の形にしようって言ったのに」
「いやほだ姉、形は関係ないよ」
「こういうの操るの、鈴葉が得意なんだけどね」
「……そう、だね」
先日の襲来の後、火鷹には重くのし掛かる不安が
幾つも残った。まず上忍の雷蔵のこと。背に大きな
傷を負い、治療中で話を出来る状態にないこと。
またその雷蔵が庇った彼の姪、鈴葉も気掛りだった。
彼女は雷蔵が身を呈して守った甲斐あり、身体には
目立った外傷は負わなかった。手当ても程ほどに
済み、すぐに意識を取り戻した。―――が。
数日経った今も、口ひとつ利かず泣きもせず笑いも
しなかった。火鷹は、ますます自分の不甲斐なさを
責めるばかりであった――――。
「鈴葉、きっと良くなるよ。かっこいい忍装束
買ったばっかりなんだから」
「そう、だよね……」
火鷹は睫毛を閉じ目を伏せる。
「忍装束って言えば……」
「私の羽織、ほんとどこ行ったんだろ」
里が強風に倒れガラスや木片が散り散りになり
壁や家財道具が傷ついた家もある。
屋根や家の中の物が風で飛んでいった例もある。
だが火鷹の部屋の中は、それ程荒れていなかった。
衣紋掛けに掛けていた羽織のみが、ただ消えていた。
「そのうち、見つかるよきっと」
「そうね。それまではこの、同じく伝統の羽織で」
と、鮮やかなブルーの羽織の袖をひらりとしてみせた。
「どこの伝統の鮨職人だよ」
それはさておき、ロボットどうするよ、と
火鷹が言ったとき。
「ねー、暑くない?
部屋の中でかき氷でもどう?」
突如、二人の頭上から男の声がした。
はっ、と見上げるも忍達は瞬時に跳ね起き
後退すると同時に小刀を身構えた。