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To say the least,  作者: yunika
13/14

13.責任と決意

忍の里に攻めてきた風イタチの魔。旋風の

壁にぐるりと囲まれた、その魔に対して

真上から留め技を放とうとする忍に

火鷹は見覚えがあった。


――確か雷蔵さんと同じ年くらいの上忍様だ。

 あの方なら、絶対大丈夫。


火鷹は心の中でそう唱え、頷いた。

周りの忍達も、同じことを思っていた。


その期待通りと言わんばかりに、上忍は

刀身から眩い光を放ちながら魔のイタチに

渾身の一撃を放った。


攻撃の命中とともに、ほとばしる閃光。

途端に里全体に響き渡る魔の断末魔。

辺りに吸い込まれ消えていく風の渦。

段々と薄い影の様に消えていく魔の姿。


殆どの忍が初めて目にしたであろう『魔』。

その理屈で追えぬ風刃の襲来もようやく

終わったかと誰もが安堵しかけたそのとき。


風の音はおろか、空気の流れる気配さえ無に。

だが耳元で感じる圧迫感。

刹那、薄く消えかけていた魔から

幾重もの風刃が縦横無尽に炸裂した。


周囲にいた忍達は咄嗟に身構えるも突風で

弾き飛ばされていく。疾風の如く襲い来る

真空波に手練れの忍達は反撃すら叶わない。


「っ!!」


火鷹もまた弾き飛ばされ腕に切り傷を負うも

建物の影へと身軽に着地した。だが火鷹の

後ろにいた中堅忍は風の刃をまともに受け

大きく吹き飛ばされていく。それを見上げ

火鷹は叫び声を上げるも無音の世界にそれは

届かなかった。


やがて風刃の応酬が過ぎ去った後、砂埃舞う

戦いの後地――、本来は商店や作業場が並ぶ

場所であった地に火鷹は建物の影からそろりと

顔を出すと、クナイ片手に辺りの気配を探る。


目には光しか見えず

耳には風の音しか聞こえない。


ただ鼻孔には嫌な、血の匂いの濃さだけが

火鷹に与えられた唯一の情報だった。


(……大変! 何とかしないと!)


焦る気持ちを抑えながら慎重に進んでいくと

忍仲間の呻き声が近くに聞こえてきた。


「大丈夫ですか!? 皆、一体どこ……?」


そう声を掛けゆく間に、少しずつ収まってきた

砂埃と、拓けてきた視界。ようやく見えてきた

現実を目の当たりにし火鷹は思わず声を失った。


「!!」


信じられぬ、信じたくない光景に

火鷹はただ首を横に振るしかなかった。


(きっと、魔が幻覚を見せているのよ……!)


そう信じたくも、禍禍しい気配は既にない。


今ははっきりと見える、忍仲間の気配と姿。


風の魔が最後に放った一撃に対し、忍達が

取った行動、受けた傷はそれぞれ違っていた。


疾風を逆手に取り忍術で空に舞い上がった

者もいれば火鷹のように壁による防御に

徹した者。そしてどちらも間に合わずに

ただ刃の風を浴びた者達……。


周囲の建物はというと窓ガラスが粉々に割れ

壁や屋根の一部がはがれてしまっていた。

そして地面は風刃でえぐり取られ、傍には

幾人もの横たわる忍達がいた。


渦巻きの中心地と思わしき場所にはぐるりと

渦模様が焼け焦げた様に地面に描かれている。


そしてその傍には、留めを放った上忍が体の

至る所から血を流し、地面に突き刺した刀の

刃で体を支え、がくりと膝をついていたのだ。


「……、えっと」


予想もしない光景に、意思が追い付かない。

やがて地面で呻いていた一人の忍が顔を上げ

火鷹に叫んだ。


「救護を呼んで来い!

 長老様の家だ!」

「は、はい!」


動揺する心を落ち着かせられぬまま火鷹は

よろりと動き出す。だがそれを見かねた様に

素早く動いた者達がいた。物陰や上空から

様子を見ていた獣忍のシャチとクロマが

伝達にすっ飛んで行ったのだ。


(私、何をぼうっとして……!

 しっかりしないと! ……でも)


火鷹の脳裏によぎる、ある考え。


(これって、もしかして……

 ……私のせい?)




商店の通筋から少し離れた場所に位置する

長老の家や周りの住居もどうやら風の攻撃を

受けたらしい。だが中にいた救護の役割を

担う、専門的な医術を持った忍や火鷹の母

含めた薬師達、あとちび忍達は無事な様だった。


そしてクロマやシャチから伝達を受けるなり

飛び出し駆けてくる医療道具を抱えた忍達。


里指折りの医術を持った者達が辺りに押し寄せ

目まぐるしく怪我人の手当てを始めた。


その様子を見て火鷹は少し安堵を覚えるも

火鷹はぎゅっと目を瞑り、立ち止まる。


(雷蔵さんは言っていた。里に不穏な気配を

 感じると。この地を治める音月家を調べろと)


医者の周りではちび忍達が包帯を巻いたり

湿布を切ったりせかせかと手伝いをしている。


その幼いながらも気丈な声が騒然とした場に

不似合いな空気をもたらしていた。


「こっちだよー!

 一番の重傷者発見! 上忍様だ!」

「よーし止血! 傷を縫うぞ!」

「麻酔は?」

「ん? もう終わったぞ!

 おい火鷹!」


医者である初老の女性忍が傍でぼうっと

突っ立っている火鷹に鋭く声を掛けた。


「雷蔵の様子を見てきな!」

「は、はい!」

(そうだった、雷蔵さん……!)


その名を思い浮かべて、火鷹の中に

不安な気持ちが再び押し寄せてくる。


(雷蔵さんの感じていた不穏な空気。

 きっと、この魔だったんだ……!)


雷蔵のいる森へ駆けようとしたとき

火鷹の後ろにいた先輩忍が地面に

倒れているのが横目に入った。


かろうじて意識はあるようだが風刃に

切られた傷跡からの出血が目に見てとれる。

そしてその忍は感情の読めぬ目で火鷹を

じっと見つめていた。


(……!

 ごめんなさい!)


火鷹は心の中で頭を下げ、事の重大さと

その責任をはっきりと自覚した。


(私のせいだ!

 私が、ちゃんと音月家を調べずに

 任務を放り出したから……)


押し寄せる感情が涙となって目に滲む。


(私のせいで、里がぐちゃぐちゃに

 なっちゃった……!)




泣き出したいのをこらえ、ようやく森の

袂までたどり着くとそこには一人の若い

医者が必死に雷蔵の命を取り留めていた。


「雷蔵さん!」

「ほだ姉! さっきの凄い風なに?」


傍で介抱していた恭矢が火鷹に問う。

火鷹は何も言えず口を横に結んでいた。


「……鈴葉は?」

「……こっちよ」


森の木陰から妖艶な声が響く。

見ると木の根元に横座りになった鳴花が

いた。その膝には鈴葉が横たわり、静かに

寝息を立てている。里の窓口役の鳴花も

緊急事態だと悟ったのか、街のカフェを

閉じこちらに来たらしかった。


「鳴花さん……」


火鷹の弱々しい声に総てを悟ったように

俯く鳴花。何も語らず、鈴葉の髪を静かに

ただ撫でていた。


やがて雷蔵に処置を施していた医者が

上げ、静かに立ち上がった。里で指折りの

医術を持つ忍であり、世間でも腕の良い

医者として名の通る忍のその男は感情を

余り表に出さぬ、だが礼儀正しい男だった。


「雷蔵様の傷口は処置しておきました。

 このまま安静にすれば大丈夫でしょう。

 ただ、以前の様に戦えるかは判りません。

 ですが今の時点で私にはこれ以上は」


皆まで言わず、医者の忍は静かに頭を下げた。


「そんな……」


言葉を失う火鷹や恭矢。

医者は再び周囲に一礼すると


「担架と人を集めてきます」


と言い残し、煙となり消えて行った。

しばしの沈黙がその場に流れ、

やがて火鷹がぽつりと溢した。


「鳴花さん……。これ、私のせいなの」

「……」

「私が、雷蔵さんに頼まれた任務を

 ちゃんとしなかったから。

 だから、こんなことに……」

「……」

「里に一体何が起きたか鳴花さんはもう

 分かっているんでしょう?

 ねえ、はっきり言ってよ。

 ……私なんて、忍失格だって」


しばらく黙って聞いていた鳴花であったが

やがて胸から扇子を取り出すとそれを

目にも留まらぬ速さで火鷹に投げつける。


パシッと指二本でそれを挟みとる火鷹。


「! い、いきなり何すんだオバ……!

 じゃなくて鳴花さん!?」

「なぁんだ、体は動くんじゃない

 そのうえ、口も」


鳴花の妖艶かつ年季の入っていそうな

凍てつく微笑みに火鷹は思わず目を逸らす。


「そりゃ、今も走って此処に来ましたから」


火鷹はあくまで体が動く言い訳のみを語り

口が滑った事実はスルーすることにした。


「あなた、頭は動かさないの?」

「あたま……?」


文字通りの意味を捉え、火鷹はぶんぶんと

髪をシェイクさせてみるが、鳴花はその

意味じゃないわよ、と更に呆れ顔となった。


「あのね、冷静になって考えてみなさい。

 こんな大事、あなた一人で背負えた筈だと

 思っているわけ? それにあなたが放棄した

 任務と関わりがあるかハッキリ判らないわ」


「それは……、そう、かもしれません、が」


ぼそっとした火鷹の呟きに

やれやれと鳴花はため息をついた。


やがて間もないうちに里の方角から

猛スピードで駆けてくるちび忍達の姿が

見えた。手には担架が抱えられている。


「さて、やっと担架が来たわね。さ、恭矢。

 雷蔵を粗大ごみだと思って運ぶわよ」


と皮肉を言いつつもちゃんと優しく手厚く

雷蔵を担架に乗せる介助をする鳴花であった。


その様子を見ながら、火鷹はぼんやりと

考えに耽っていた。


(私がやらなくちゃいけないことは?

 私に出来ることは……、一体なんだろう)


やがて何かの決意を固めたように

両の拳をぎゅっと握り締めた。

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