11.魔の気配
突如街の空に現れた禍禍しい気配。
それは渦のように蠢き動き始めたか
と思うと、やがて周囲に気流を纏い
辺りに風を撒き散らし始めた。
そして一直線にとある方角を目指し
移動していく。その様子はまるで
意思のあるつむじ風。
火鷹はその風力に只事ではない
空気をひしと感じる。
(なんて嫌な気……!
そういえば最近、よくわからない
突風が頻発していたけど……。
この風も関係あるのかしら。
それにこのまま向かっていけば……)
――その先には、葉暮の里がある。
実際このつむじ風がどこへ向かおうと
しているのかは知らない。
だが葉暮の方角へ向かう以上は
火鷹は追い突き止める気でいた。。
火鷹は気配を消し街を、道を、人の
合間をひた走る。現在謹慎中にあたる
火鷹は忍の術は使ってはいけない決まり
だが、恐らくそんなことを気にしている
場合ではないのだ。今はただ葉暮の里へ
向かわねばならないのだと。火鷹の
本能は、そう警鐘を鳴らしていた。
里の指示役である上忍、雷蔵は以前
火鷹に言った。不穏な気配を感じると。
忍は周囲に漂う気を感じることに優れ、
そして自身の気配を消すことも出来る。
各々の力量によって感じたり操れる程度は
それぞれ違うが、あくまでも気術のそれは
火鷹の周りに普遍的にあるものであったし
何の違和感を感じるものではない。
だが今火鷹が目の当たりにした、突如
市街地の空に現れた『気』。
それは火鷹が未だ知らない程の禍々しい
『気』を放っていた。誰かや何かが放つ
気とは比べものにならない程の圧倒感。
(あれは……
ただの気配なんてもんじゃない
あれは、なんていうか)
火鷹は必死に頭の辞書を巡らせる。
そして脳裏に浮かぶ一文字の漢字。
それに火鷹は一度たりとも
出会ったことがない。出会った人にも
出会ったことがない。
それが出てくるのは科学が発展していない
時代の史実、または漫画やゲームの世界
だけだと信じ込んできた。
だが火鷹は恐れながらも嘘だありえないと
思うも、忍の直感がそれを確信し始めた。
きっと、だが間違いなく。
あれは『魔』なる何かだろうと。
突風を生み出しながら『魔のつむじ風』は
都市部を通過し里の方角へと進んでいく。
魔が里に何の用なのだろう。
葉暮の忍の存在を知った何者かの狙い
なのだろうか。それとも誰かが魔物退治
にでも関わったのだろうか?
火鷹はあれこれ考えるも今すぐに
答えは出ないと判断し、魔を追う
ことに集中した。
都市部を少し過ぎれば、山間部を
跨いでようやく葉暮の里が見えてくる。
そして街を歩く人々は、突然通過する
強風を気にも留めていない。気配を
消し去った火鷹にも誰ひとり気付かない。
火鷹はつむじ風に負けず劣らずの
疾さで直線距離で街をくぐり抜け、
その後住宅地や山や谷を駆け上り
だが途中で断崖絶壁の構える小川に
辿り着き、そこで足を止めた。
「どうしよう!
崖を登れない!」
火鷹は謹慎中につき忍道具を所持して
いなかった。その為、崖を登る手段が
思い付かず途方に暮れたのだった。
まともな道がない以上はどうしても
火鷹は回り道をせざるを得ない。
そんな火鷹をあざ笑うように崖の
先へと進み、葉暮の里に近づいていく
風の魔。風下に立つ火鷹に木の葉や
砂塵が目にまともにぶつかってくる。
(うっ…! ううん、焦るな火鷹!
里には優秀な上忍様達が何人も
いるし、そもそもこの風が何か
わかっちゃいない訳だし)
焦る心を抑えるも嫌な予感が火鷹を襲う。
(だけどこの、狂暴な気配……!
里に一体何の用だっていうの!?)
――数分前。
葉暮の里は緩やかで穏やかな
いつもの日常を送っていた。
剣術の稽古をする者、畑の世話を
する者、町中で忍術を競い合う者。
そして山合いの森近くでは、幼い忍者の
卵達が自主鍛練の小休憩中であった。
「ほい! 休憩終わりいぃぃ~」
「ちょ! 鈴葉姉ちゃーん!?
まだ1秒しか休んでないよ!」
「んん~?」
ちび忍達の面倒を見ていた、だが
本人もまだちび忍を卒業したばかりの
鈴葉が時計とにらめっこをしていた。
――が。
近くの森の木々が風でざわめき立つ。
それなのに鳥は1羽も鳴いていない。
「んん~?」
「だからまだ1秒……」
「しい~~!!」
鈴葉はただならぬ気配を感じ
ちび忍の口元に手をあてた。
(何か来る……
この気配は……!)
「雷蔵おじさんが来るー!
みんな、逃げろーー!」
(昨日おじさんの通販アカウントで
勝手に買い物しちゃったし!)
「きゃはははー!」
冗談混じりな鈴葉の様子に
矯声を上げ散り散りになるちび忍達。
そして鈴葉の予測通り、森の奥から
鹿のように飛びあがった雷蔵が現れた。
が、その様子は鈴葉の想像した
叔父の様子とは全く違っていた。
血相を変え、鈴葉達に叫ぶ雷蔵。
「皆! 建物の影へ走れ!
今すぐにだ、急げ!」
雷蔵の背後からも、同じように
森から飛び出す里の忍達。
その誰もが仕事用――、つまり
忍装束を身に纏っていた。
それだけならいい。見慣れた風景。
だが先程の言葉と、青ざめた表情。
そんなものは、里で見たことがない。
数人の忍達は両脇に幼いちび忍を
抱え、目にも止まらぬスピードで
建物のある場所へと向かっていく。
「鈴葉お前もだ! 急げ!」
雷蔵は一人、森の方を睨みながら
鈴葉へと覆面越しに叫ぶ。
「何かあったの!?
おじさんはどうするの!?」
「厄介なものが里に近づいている。
俺がここで止めておかないと……!
仲間がすぐに戻ってくる。
だから鈴葉、お前も行け!」
(で、でも……)
迷う鈴葉。だがその刹那、鈴葉にも
判る程にその気配は近づき、ついに
里の敷地に足を踏み入れようとした。
突然吹き荒れる狂風。
ふと感じた悪寒に鈴葉は空を
見上げ、そして目を見開いた。
(な、なにこれ?)
火鷹が追っていたつむじ風。
それはいよいよ真の姿を現し
先程よりも強い魔力を帯びていた。
(なにこれ?
なにこれ?)
つむじ風の中心で何かがくるくると
舞い踊るかのように回っている。
風を生み出すように動くそれは哺乳類
の姿をし、鈴葉にも見覚えがあった。
「いたち……?
風ってことはかまいたち!?
本当に存在するなんて……!
でも鎌ないよねぇ……。
変なの」
「鈴葉! 隠れてろ!」
超常現象を目の当たりにし一応
驚いてみるものの、意外と冷静な鈴葉。
森に入り木陰に身を移すと、
隣の雷蔵は両手に短刀を構え森の木へ
飛び上がると瞬く間にその姿を消した。
かまいたちの周りから幾重もの
空を切る音が聞こえてくる。
雷蔵が目にも止まらぬ疾さで
斬撃を繰り出していたのだ。
だが風圧に圧され肝心の攻撃は風渦の
中心にいる、かまいたちには届かず。
ならばと雷蔵は懐から球状の物を
取り出しかまいたちへと放り投げた。
(爆薬……!)
鈴葉は咄嗟に目と耳を塞ぐ。
爆音と光、そして熱風。
かまいたちの周りにある風を爆発で
吹き飛ばそうとしたのだろう。
だが熱風にしろ風は風。風を操る
かまいたちにとって然程効果があった
様には見えずかまいたちは悠然と
雷蔵達を見下ろしていた。
中々手こずっていそうな雷蔵を見て
鈴葉は自身の背にある大手裏剣を
手に取り、森を飛び出した。
「おじさん!
私が手裏剣で風を散らすから
その隙にとどめを!」
返事は待たず鈴葉は大手裏剣を
片手でひょいと持つと、勢いをつけ
それを放り投げる。ぶうん、と空を
切る音を鳴らし回転していく大手裏剣。
かまいたち自体は手裏剣を易々と
避けたものの、廻りにある風を
散らすことには成功した。
「伝承のように鎌を持っている
わけでもなく、奴は風だけ……?
よくわからん」
雷蔵はぼやきつつも、短刀に気合を
込めそれをかまいたちに投げつける。
それは見事にかまいたちの腹に刺さり
その刹那、二人が現実世界では聞いた
ことのない様な金切声が宙に炸裂する。
「やったねおじさん!」
「隠れとけと言っただろ!」
攻撃が有効であったことにしばし安堵を
得つつも、雷蔵は鈴葉の言葉に今一つ
安心しきれないでいた。
もう1発、と雷蔵がもう1本の短刀を
構えると、かまいたちが大きく
息を吸い込むように体を反らせた。
すると周りの空気が再び風となり
かまいたちの周りで渦を描きだす。
「くそー! じゃあもう一度!」
むきになる鈴葉に、かまいたちが
にやりと顔を歪める。そしてぐっと体に
力を込めた刹那。耳鳴りにも似た超音波の
様なキインと甲高い音が鳴り響き始めた。
それが高速で風を切る音であるのだと
二人が気付いたとき。既に二人の体の
あちこちから鮮血が滴り落ちていた。




