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To say the least,  作者: yunika
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1.爪を隠す者


挿絵(By みてみん)


爽やかな晴れ間が続く澄み切った青い空。

陽の逆光に潜みながら旋回する大型鳥。

そこから見下ろす景色は希望か絶望か。

暖かな春の陽射しの下、聞こえてくるのは

ある少女の疲弊した息遣い。


壁に囲まれたその中庭の芝生の上で

その少女はひたすら走り、走り。

僅かに陽のあたるその場所を選び。

そしてどさり、と芝生に寝転び。

こんな任務、もうやってられない!

と叫ぼうとしたが。


(――やめた。誰かに聞かれでもしたら)


少女は自分に与えられた任務を思い

盛大な溜め息をつく。


肩まである赤みがかった茶色い髪は

汗でぐっしょりと濡れている。

白いエプロンと紺のワンピースに

包まれた、細くも引き締まった体は

荒い呼吸で上下していた。


火鷹(ほだか)さん、やっと走り終わったのね!」


突如、静かな空間を切り裂いた金切声。

誰かが少女の元へと近付いてくる。

彼女と同じ服を着た、長い黒髪の女性だ。

口をへの字に目を吊り上げ。そこにある

感情はもはや言うまでもない。


「全く貴女はここに来てから何枚のお皿を

 割ったのかしら? それから、洗濯物を

 早くしまっちゃいなさいよ」


腰に手を当て、少女を見下ろす形で

盛大に溜め息をつく女性。

少女の先輩にあたるメイドであった。


(この人は先輩メイドの……、名前なんだっけ?

 ああそうだ、黒薙さん)


先輩の顔と名前が一致したことに

少女は頭の中で合点を打ち、

よっこらせと起き上がる。


「すみません。反省しております。

 だから、精一杯走りました」


黒薙は呆れたように火鷹を横目で見やり、


「……この屋敷のメイドとして働きたい人は

 他にもいるわ。ドジな子は必要ないのよ?」


と意地悪気に言い残し、去っていった。


(ドジなメイドは、必要ない、か。

 でも、私の本当の姿は一流の忍だし)


大名や武士の時代が終わったこの現代。

そこでは知る人のみが、知っていた。

この社会に忍が未だ存在していることを。

そして彼らの多くは正体を隠しながら

忍の里を形成、運営していた。


優秀な一部の忍は戦国時代の大名に

仕えるのと同様に、決まった家に

専属で仕えていることが殆どであったが

中には決まった主に仕えず、その時々で

自由に契約を受ける者もいた。


そしてこの少女、狩生(かりゅう) 火鷹(ほだか)も優秀な忍だと

評判の者であるのだが現在、本人の希望と

裏腹に仕事形態はそのどちらでもなかった。


(これが終わったら新しい契約探さないと)


ここは、街中にある、とある大きな邸宅。

戦国時代から続く名家だという、音月(おとつき)家の

敷地内であった。ここへ火鷹が潜入メイドと

して働き始めて約2週間。火鷹がその役割を

担ったきっかけは、彼女が属している忍里の

まとめ役にあたる上忍の一言である。


――――暇だろ?

   気になることがあるから行ってこい。


(手当とか出るのかな。聞くの忘れたな……)


そして彼女はメイドの仕事に慣れず

皿を割ったり服を引き裂いたりしては

反省の色を示し、ときどきこうして

中庭を走っていた。


「さて、仕事に戻るか。

 メイドの仕事に」


火鷹が汗を拭っていると、いつのまにか

前に一匹の猫がちょこんと座っていた。

黒の富士山額と白の靴下模様の猫。

疲れ切った少女の顔を見つめ

にんまり顔でおすわりしている。


「シャチったら。ごはんはまだよ」

「?」


表情を変えないまま、首を傾げる猫。


「言っている意味がわかりませんにゃ。

 じゃないわよ」

「……」

「忍猫語でお願いしますって?

 にゃーにゃににんにゃにゃいっ!

(これからシーツにアイロンかけて

 その後お風呂の準備してベッド整えて

 夜食を運んだあとでね!)」

「うにゅう……」


ようやくシャチという名の猫が

しょぼくれた返事をしたとき。

火鷹の頭にずしりと重い物が入り込んできた。

不穏な空気はこの場所がそうさせているのか、

それとも違った原因なのか。


――――何やら不穏な空気が里に及んでいる―――


ふと上忍の言葉が脳裏に甦る。

火鷹は髪と同色の、炎を宿したような

赤茶色い瞳をくるりと動かした。

ちらりと見上げた先は壁の高い位置に

ある一室の窓辺。そこからは白いレースの

カーテンが静かな風にゆらめいていた。


「あそこの部屋は……、確か」


(窓を開けっぱなしにしないでと言われた

 部屋だ。そして部屋にいる人は、確か)


火鷹は周囲に人の目がないのを確認し

近くにあった排水管を足早に伝うと

あっという間に窓へと駆け上がった。

地上から数メートルの高さにも関わらず

空中でくるりと身を翻し、部屋へ飛び込む。


その際に器用にも瞬時にきっちりと

土足から室内履きへと履き替え、

窓を閉めた後におそるおそる

部屋の主へと声を掛ける。


「晃様……?

 いらっしゃいますか?」


音月 晃。音月家当主、蒼馬の親戚であり

跡取りの青年である。潜入とはいえ屋敷の

いちメイドに過ぎない火鷹は、この人物を

これ程近くで見かけたことも話したこともない。


火鷹の声かけに、返ってくる音はなかった。

人一人が暮らすには広すぎる、その居室を

見渡してみる。するとまたも人一人が

寝るには広すぎるベッドの上に、先程の

彼女の様に大の字で寝転ぶ人物が見えた。


(寝息が聞こえる……。寝てるのか。

 ってコラー!)


そのベッドにいつのまにか部屋に

上がったシャチがごろんと寝転んでいる。


(だめだめ!

 その人、この家の大事な人なんだから!)


火鷹はシャチをベッドから下ろすと

晃に布団をかけ顔を覗き込んだ。

艶やかな栗色の髪を無造作なままに

すやすやと寝息を立てている。


火鷹が聞いた屋敷で働く人々の話によれば

黙ってにこにこしていれば、爽やかな

一青年に見えるその少年は。

本当に黙ってにこにこするだけの

青年であるらしかった。


事前調べによると彼は特に勉強や

スポーツに秀でているわけではなく

かといって何かに打ち込んだりする

様子もないらしい。


(17歳だっけ、私とそんなに変わらない歳。

 特に秀でた物がなくても、跡取り、か。

 でもなんか、この人の空気……、不思議だな。

 まるで吸い込まれるような)


晃を眺める火鷹からは、先程までの

疲れはてた様子はとうに消えていた。

だが外へ漏れ出ていた不穏な空気の

出所を気にし続けた。


(この不穏な感じ……。上忍様の感じて

 いたものと同じかしら?どうしてこの家を

 調べるように言われたんだっけ)


上忍の言葉を思い起こす。


――――近頃、里付近の森は枯れ水が澱んでいる。

   きっと音月家の力が弱ったせいだ―――。


(そうだった。なんで?)


――――音月家は大昔から、我々の里を含む

   この地域を守護してきた家だ。

   あるときは力を奮い、あるときは

   ひっそりと静かに。そしてあるときは

   革命を起こしてきた者達。

   そして今、その力が失われつつある――――。


(そうだった。なんで?)


――――あのな、それを調べるんだよ!


(そうだった!)


想像の中で叱咤された火鷹であったが

仕事ぶりは淡々とこなす為、里の上忍達に

叱られることはあまりなかった。というより

むしろ褒められることの方が多いのだが。

ただ、皆揃いも揃って火鷹を案じては

ひたすらこの言葉をかけていた。


――――新しい仕え先は見つかった?


(まだです!)


そうこうするうちに、音月家がメイドを

募集していることを聞き付け応募し、

上忍の指示通り潜入に臨んだものの

やることなすこと失敗ばかりであった。


(メイドの仕事がどうも上手くこなせないな。

 そして似合わないなぁ、このメイド服も)


忍として潜入調査をするときにはその場に

応じた衣服を身に着けることが多くある。

火鷹はこれまでどんな服着てたっけ、と

以前の仕事着を脳裏に思い起こそうとする。


だがズキリ、と脇腹に激痛を感じた。

それは以前の仕事先で負った傷である。


(そういや前の仕え先で私は傷を受け……。

 挙げ句に要らないって言われたんだった)


先程の先輩メイドの言葉さえ心に重く響く。


――――必要ないのよ。


(でも今は、忍として一流の仕事を

 こなせばいいだけなんだから)


と火鷹が息巻いた、そのとき。


(なんか来る!)


目にも止まらない速さで鋭利な物体が

飛んでくるのを火鷹は瞬時に察した。


火鷹は反射的に傍にあったトレイで

それを受け止める。キン、と高い

金属音を立てて床に落ちたのは

細く尖った一本の針であった。


(麻酔針かしら?

 注射は嫌いよ)


火鷹はそれが飛んで来たのであろう

方向を見つめ、叫んだ。


「何者なの!?

 出てきなさい!」


凛とした火鷹の声が室内に響く。

ややあって、その何もないはずの空間が歪み、

藍色の装束を着た者が現れた。

その装束は、アニメや時代劇でよく目にする

「忍者」の典型的な格好であった。


火鷹はトレイを盾変わりにし、身構える。


(この人、忍だろうな……。

 それにしても、随分古典的な服装。

 今どきこんな格好してる人いないよ。

 どこで買ったのかな。忍者屋敷?)


その藍色の忍は火鷹の考えていることなど

一ミリたりとも知らず、女性とも男性とも

つかないくぐもった声で


「何者、だと?

 ふん、お前には関係のない話さ」


と嘲笑った。だがそれは、すぐに

冷ややかなだけの声色となる。


「……メイドごとき、と思ったが。

 その身のこなし、お前こそ何者だ」

「ドジなメイドです」

「……そうか。まぁいいさ。

 それより、その男をこちらへ

 寄越してもらおうか」

「一応聞きますけど、晃様の

 お友達……、ではないですよね?」


(今日、来客予定はなかったはず)


「ふふ、今に判るさ」


忍の目が鋭く光った。

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