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君は月夜に照らされて  作者: 富良乃 富岳
9/11

怒ったように泣いて、笑って 終

舞い上がった土砂が、散り行く木の葉のようにゆるりと落ちて、拓けた空の雲の隙間から、顔を覗かせた月明かりが、静かにその身を照らし明かす。


ミミズ腫れのように隆起した血管が、心臓のように脈を打って、それらが痣のように黒く皮膚の下を葉脈のように覆い歪な黒の格子模様を浮かべている。


一歩、また一歩踏み出す度に、荒れた土を深く踏み固め、不安定に形成された左右非対称の足跡を残している。


人型を模した宵闇の姿は、まさしく化け物であった。




『イイわね、凄く素敵な姿よ、不細工で歪で禍々しい、あなた其の物って感じ』


「挑発のつもりか?だとしたらもう間に合ってるよ、お前の訳の分からない説法のお陰でもう十分ムカついてたから」


『お前じゃないって言ってるでしょお!!!何回言い聞かせれば分かるのッ!!』


鋭く尖った触手が僕の身体に何度も突き刺さる。

しかし、歩みは止めず、刺さったその一本一本を引き千切り、絡まるそれらを捻り取り、サリュテリアの元へ進む。


怒りに歪みながらも、近づく僕を見る顔には、未だ笑みを残していた。


「答えろよ、お前がさっき渡したの、アレはなんだ?」


おおよその察しはついていた。

ここへ来たとき、違和感は既にあったはずなのだ。

いや、僕が足元を見ながら何気なく歩いた街道からもあったのかもしれないが。


この公園に入ってから、僕は誰一人として他人の姿を見ていなかったのだから。


『鮮度が足りなくて怒ってる?それとも正義の心に目覚めたりでもしたの?』


ハッと嘲笑するように、眉根を寄せて口の端を吊り上げている。


「別にそんなんじゃないよ、僕はそこまで出来た人間じゃないからさ、見ず知らずの他人の命まで気にかけてられない。だけど、アレほど嘘だなんだと僕にふっかけてきたお前が、僕に嘘をついた事がどうしようもなくムカつくんだよ!」


『嘘なんてついてないわ、言ったでしょ、暇つぶしに人を殺すような事はしないって。でも、あれは必要だったの、あなたの為なのよ?』


「その軽口ももうウンザリだ!いちいち難しい言葉使って、何も分かってないみたいに僕を罵って!」


『何も分かってないのは事実でしょう?あたしもあなたのその子供みたいなところ嫌い、分からないからって大声だして、都合が悪いと黙りこむ、バカの一つ覚えよね』


「……そろそろ黙らせてやる。」


大地を蹴るようにして、サリュテリアの懐へ一気に飛びかかる。

半瞬で5メートル程の間合いを詰め、時を思い出したかのように、先程まで立っていた地表を爆裂音と共に突風がさらっていった。

怒りを握りつぶすように拳を硬め、大きく振りかぶって、不敵に笑う端整な顔めがけて、思い切りぶん殴った。


鈍い轟音と共に肉片が宙を舞う。


しかし、弾け飛んだのは僕の殴ったはずの右腕だった。


『いきなりレディーの顔面殴るなんてどういう神経してるのよ!傷がついたらどうするの!』


地団駄を踏みながらキャーキャー喚くそいつの手には、先程までなかったはずの黄金の錫杖が握られている。

周囲の光が、それに吸い寄せられるように集約し、錫杖は神々しい光を纏っている。


『ちょっと見てくれが変わったからって強くなったなんて思わないでよね』


吹き飛んだ腕の断面から、血管を巡る黒い液体が滴りそれが再び腕の形を再構築する。


サリュテリアが喋り終わるのもまたず二撃、三撃目を打ち込むものの、その錫杖に阻まれ幾度も千切れた腕が舞う。


『もうやめなさい。見てて痛々しいわ』


亜音速で叩き込む拳を、あくびまじりにあしらう彼女は眉根を寄せて、諭そうとする。

それでもやめない、無くなった腕を何度も作り、間に合わなければ蹴りを入れ、手元のナイフを刀に変えて斬りかかる。

しかしそのどれもが、無力化される。


『もういいわよ、そんだけやれれば合格』


ただの一撃も入れられない僕に、慰めのような視線で言ってくるが、それでも体は動き続ける。


『なんで、そんなにムキになってるのよ〜』


……分からない。あのキューブを使ってから、体の内から溢れる衝動が収まらなくなっている事に僕は気づいた。

自分の感情が、抑えられない。


「止ま……れない……」


獣のように飛びかかり、返り討ちに遭い、それでもまた向かう。

不毛な繰り返しを行う身体は、僕の意思を寄せ付けず、四足で深く身構え、足元に噛み付くように飛びかかる。


『し・つ・こ・いー!!!』


錫杖を大きく振りかざし、巨大な光のハンマーが僕の身体を無様に叩きつける。


そして、めり込んだ大地の中で土を代償とし、サリュテリアの足元に巨大な塔を一瞬にして築きあげた。

僅かな代償によって生み出された塔はすぐさま霧散し、唐突に足場を失った彼女は宙に放り投げられ、錫杖を手放してしまう。

地表を蹴りあげ、隼の如く空へ跳躍しその身を貫かんと拳を振りかぶる。


一連の鮮やかな逆襲劇は、間違いなく僕が行ったものであるはずなのに、何故かそれが僕にとってはドラマの出来事のように、俯瞰的に感じられた。


『さすがにこれはマズイわね!良くやったわ!』


そう言って彼女は翼を翻し身をよじる。

僅かにズラされた拳はその脇腹を抉り抜いた。

苦悶に顔を歪めながら彼女は僕の顔を掴み、昨晩のように僕の意識を奪った。


霞む視界で遠ざかって行く空を見ていた。



ーーーーー



どれくらい経ったのか、目を覚ました視界には、まだ夜空が広がっていて、隣にはうなだれて真っ青な顔をしたサリュテリアが座っていた。


『……起きたのね』


乱れた髪をかきあげながら、気怠げに横目で僕を流し見る。


ゆっくりと身体を起こして、手足を確認したが、痣はすっかり引いており、元どおりの形に戻っている。

僅かに痛みは残っているものの、あの痛烈な破壊衝動は収まっていた。


『まだやるの?』


「……いや、やめとく」


『あ、そ』


訪れた静寂が少し窮屈で、思わずあたりを見渡せば、醜く抉れていた大地は、平坦に整地されていた。


「君が、やったのか?」


あ、またやってしまった。

そう思い恐る恐る表情を伺うが、もう怒る気力もないとばかりにやるせなくため息を吐き出した。


『暇だったからね。それに、一応ここも今日のデートコースだったから、綺麗にとって置かないと』


「あんなのがデートなら、僕はもう2度とごめんだよ」


『いいの、私は楽しかったから』


そう言って、目を細めながら平らになった敷地内を見渡している。

風に吹かれる草の音だけが、静かに聴こえてくる。


『今度はカルネを連れて行ってあげて。ちゃんと手を繋いで迷子にならないように』


僕に告げている筈の彼女の目は、遠くの景色をぼんやり眺めているようで、独り言のように、淡々と呟いている。


『何をするにも、後ろを付いてきていたわ……サリュテリアって発音が難しくって、サリーちゃんって呼んでくれたのもあの子』


『頼んでもないのにずっとお話を聞かせてくれた、いつか私の救世主サマが太陽をみせてくれるって』


『あの子の話はまるで退屈だったわ、起承転結もなく、ただありふりれた、形式的な幸せを並べるだけ。でも、あたしは好きだった』


『叶わない夢を追い続けるあの子が、あたしにとって何より尊かったわ』


言葉を紡ぐその表情はどこか寂しそうで、目には涙が溜まっていた。


『届かない御伽噺のはずだったのに。少なくともあたしはそう思ってた』


『あの子もあたしと同じように、夢に焦がれながら永久を紡ぐのだと、独りを分けあえるのだと思ってた』


脚を抱くようにして、握った外套の裾に皺を寄せ、悲哀に揺れる声で言葉を連ねる。


『……けど、あの子は違った。あの子は夢に出会ってしまったのだから。希望を捨て、咎を背負うあたしには眩しいくらいの夢に』


『それでもいいと思った。なのに、そう思ってたのに……』


『……どうして……それがあなたなの』


恨めしく僕を睨みつけて、怒りを噛みしめるように声を絞り出す。


『……聞いたって分からないんでしょ、それでも言うわ、あの子はきっとあなたのせいで不幸になる。あなたは、今以上の苦しみを背負う事になるわ。それでも……それでも……』


『……あの子を、あたしの大事な妹を託せるのはあなたしかいないのね……』


「なぁ……さっきから何を言って……」


問いかける僕に見向きもせず、サリュテリアは自らの胸を黄金の錫杖で貫いた。

残っていた方翼が黒炭のように黒く染まり、やがて灰になって消えてゆく、錫杖の柄を鮮血が伝ってゆき、やがて、その身は薄い光を放ち始める。


ぼんやりと透過し始める彼女に僕は思わず手を伸ばすが、その手は空を切り、虚空を掴むだけだった。


『あなたの嘘を暴きなさい。そして、その壊れた器を満たして、

ーーあたし達の主を殺しなさい』


身を包む光が強くなって、微かにみえたその顔には、柔らかな笑みを浮かべていた。


『あたしの妹を頼んだわよ』


そう言い残し、彼女は光とともに消えていった。

さっきまで彼女がいた場所には、血溜まりだけが出来ていた。


呆然と立ち尽くした僕は、さっきの言葉を反芻しながら、それが土に吸い込まれゆくのをただ眺めていた。




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