怒ったように泣いて、笑って
カルネと出会って数週間が経った。
あの夜以来、僕の周囲にはこれといって変化はなく、ただこれまでと同じ日常を繰り返していた。
これまで通り大学へ通い、最寄り駅から家までの帰路の途中でぼんやりと考え事をしながら歩を進めていた。
あれからカルネとの契約で得た力で改めて分かった事がいくつかある。
代償と対価。
何かを差し出し、それに見合った何かを得る。
文字に起こせば非常にシンプルなものだが、実際に使ってみると意外にも条件は細かかった。
例えば食べ物を代償にしたときに得られる対価は肉体能力の向上、それも生き物に近ければ近いほど。
あの夜は恐らく足元にいた猫の死骸を代償に力を得たお陰で致命傷を回復して更にはある程度動けるようにまでなったのだろう。
あれがもし生きているものならばと考えたが、良心が痛んで試した事はない。
叶うならば試したくもないし。
能力向上の持続時間は大体10分くらいだろう。
次に鉄や木なんかの部品は僕がイメージしたものを形にしてくれる。
これもややこしいところで、剣や盾、槍なんかの形状を何となく理解してる武器はともかく、銃や爆弾といった細かな内部構造のものは作れない。
いや、僕が理解すれば作れるのかもしれないが。
これも大体その形を保てるのは10分から15分ってところで、元の代償の量にもよるが、長期戦や遠距離戦となると非常に分が悪い事が分かる。
そしてこれが1番厄介なところで代償に使える物は僕がその瞬間手に触れている物だけ。
目の前の肉に向かって念を送ってもそいつが僕の栄養になってくれる事はない。
例えば海に放り込まれて仕舞えば僕は氷を作って投げつけるくらいしか出来ないってことだ。
他にも分かってない事もあるのかもしれないけど、カルネに聞いても分からないって事だし。契約の方法を聞いても、本人曰く「なんとなくそうするんだって思ったらできた」らしいのでこの力の認識が正しいのかどうかもはっきりいって分からない。
確かに、僕もあのとき力の使い方は何となく分かったって感じだったし、これ以上はまた何か思いつくのを待つしかないように思う。
あれやこれやと考えてるうちに家に着いた。
「ただいま」
「あ、お帰りなさい」
もう何度も繰り返す挨拶だが、それでも笑顔で迎えてくれるカルネに愛おしさを覚える。
四畳半のアパートに閉じ込めるてしまっている罪悪感も彼女を守る為だと言い聞かせた。
「今日も大丈夫だった?」
「はい、朝から何も、ミータも元気だったよ。」
ミータとはこの間の襲撃の際に親を亡くした黒い仔猫の名だ。
瓦礫の下で奇跡的に生きていたのを手当てしたところカルネに懐いたらしく、大家さんに内緒で飼っている。
「そっか、良かった。
これからご飯にしようか……カルネ?」
カルネが見つめる先のテレビには【紅葉シーズン幕開け、一足早い紅葉狩り】とのニュースの特集コーナーがあった。
「紅葉、見たいの?」
「いえ、そんなことは、わたしが外に出ると、翔に迷惑がかかるし、それにミータと2人で遊んでるから、ぜんぜん。みなくても大丈夫」
てをパタパタと振り、慌ただしく否定してみせるが、それは寧ろ見たいと言っているようなもので、
窮屈な思いをさせてしまっているお詫びといってはなんだけど……それに、近頃の静けさをみれば、ほんの少し外を見て回るくらいなら問題はないか。
「今夜、少し出かけようか。真夜中なら人目も少ないし、山までひとっ飛びしていこう!」
「で、でもそんな事をしたら見つかってしまうかもしれないし…」
「大丈夫だよ、僕がついてる」
僅かばかりの逡巡はあったものの、俯きがちにこちらをみて
「ありがとう、嬉しい」
膝の上で丸まっているミータを抱えそっと抱きしめるように、喜びを噛みしめるようにそっと呟いた。
この笑顔をみれるなら、やはり提案して良かったと思った。
ー一瞬の非日常をしばらくの平和が拭い去ったのだろうか、しかし、僕はまだ知らなかった。
平和がこうも簡単に崩れ去るものだったとは。
ーーーーー
アパートの窓から遠くに薄く見える山へ、カルネの翼でひとっ飛び、車でも一時間はかかるであろう距離を10分足らず。
よほど今夜の外出が楽しみだったのか鼻歌混じりに翼をはためかせていたのが、とても愛らしいと感じた。
「……綺麗。」
慈しむような視線を紅葉にむけ、深い感動を吐き出すようにしてカルネが呟いた。
中秋の名月にはまだ早いが、それでも立派な月明かりが紅葉を薄く照らしていて、その美しさを一層際立てている。
すると隣から袖を引かれたので、みてみれば
あの…これ…とカルネが落ちた紅葉の葉を1つ拾い上げ、
「今日の想い出に、これ、持って帰っていいかな?」
と尋ねてくる。
可愛い。
「そうだね、じゃあ僕はこれにしようかな」
なんて言って、カルネと同じように紅葉の葉をひとつ拾い上げ笑ってみせると、呼応するように彼女も笑う。
こんなに嬉しそうにするカルネを久しぶりに
見た気がして、今日の外出を提案してやはり良かったと安堵した。
「そろそろ帰ろうか」
そう促すと、一瞬、少し残念そうな顔をしたものの、手元の赤い葉を見つめ、少し微笑んで僕の手を掴む。
ーー『あらぁ、もう帰っちゃうの?』
樹々の隙間から甘ったるい女の声が響いた。
見つかっていたのか!?
迂闊だった……でも、一体いつから!?
『あたし、そーゆぅ付かず離れずなメロドラマって結構好きなのよ』
なんなんだこいつは、声は聞こえているのに、姿が見えない。
今襲ってこられれば間違いなく出遅れる。
どうする。今持っているものはと言えば、念のためにと忍ばせたスパナと魚肉ソーセージが二本。あとはマッチとティッシュか……
これだけでこの間の化け物みたいなやつに太刀打ち出来るとは思えない……
『ねぇねぇ!2人ってどーゆー関係?付き合ってんの??』
カルネが身を寄せる、不安に肩を震わせている。
大見得切って連れてきて、このザマか……
己の情けなさを嘆く暇は無いと唇を強く噛み締め、現状の打開策を探そうと知恵を絞る。
『ねぇ、聞こえてんでしょ?答えなさいよー』
響く声は苛立ちからか、さっきよりも大きく聞こえる。
『返事しなさいよーねーってばー!』
……なにかおかしい、
場所が分かっているのなら先に不意打ちで仕留める方が確実だ。
この声の主が不安を煽ってから殺しを楽しみたいようなサイコなら……まぁ最悪だが……
『もー、なんなのー2人でキスでもしてるわけぇ?お口塞がってて返事できなーいってのー?』
……やっぱり。
僕はできるだけ声を潜め、カルネに耳打ちをした。
そしてポケットの中のマッチとティッシュ取り出し、何本かをティッシュで束ね。
ー代償はマッチと紙、対価に爆竹をー
少ない材料から3つ繋がった爆竹に火をつけ、出来るだけ遠くに投げた。
それとともにカルネは空へ僕を抱えて飛び出した。
少し遅れて爆裂音が林の中でこだまする。
その瞬間、その音の地点が光に包まれるとともに消失したのだ。
やっぱりそうか……
さっきの声のやつは音を頼りに僕らを探してた。
質問を返させようとしたのも僕らの正確な位置を図るため。
もしくは一定以上の音を立てたら自動で消失させるような力か何かを使うのか……
「あいつに気付かれる前に逃げよう。丸腰同然の今襲われれば、間違いなくやられる。」
「分かった、どこへ逃げる?家に戻るってのも」
「家はダメだ、万一跡を付けてこられたら君の隠れ場所が無くなる。体制を整えて迎え撃つ。とにかく鉄があれば武器にはなる。
食料は……魚肉ソーセージ二本か……少し心許ないけど、まずは鉄が欲しい」
不法投棄された粗大ゴミでもあればそれなりの武器を作る事も出来そうだけど……
ここからじゃよく見えない。
仕方ないか。
ポケットから魚肉ソーセージを一本取り出し、それを元に視力を向上させる。
暗い林の葉の1枚1枚までもが鮮明に見える。
少ない代償でどこまで保つか、今はとにかく目当てのモノをみつけるしか……
無数の木々の間に目を通し、一刻も早く何か武器になるものを……
慌ただしく動かす視線の端に突如こちらへと飛来する物体が見えた。
「カルネ!逃げて!」
声と聞くや否や、すぐさま旋回し飛び回る。
「どうしたの!?」
「攻撃が来た!見つかったみたい……まだ来てる!」
先程見えた何かは僕らの軌道を辿る様に等速でこちらへ接近してくる。
なんだあれは!雲に隠れていた月が再び姿を現わすとともにそれのそいつの正体を照らし出す。
巨大なツノと重厚な外骨格に大きく開かれた薄羽、そう、まるでカブトムシだ。だが僕の知るカブトムシと比べると明らかに大き過ぎる。
目測でもおよそ1メートルはあろうか、それも1匹ではない、確認出来ただけでもおよそ8匹。
このままではマズイ、距離を置こうと空に出たのが裏目になった。
「カルネこのままもう一度山の中へ!
木の中ならあのデカブツを足止め出来るかも!」
「分かりました!」
声とともに急転直下、ほぼ垂直に地表へ向かい重力も推進力に乗せ、超速で落下する。
まさに地面スレスレ、鼻先が僅かに落ち葉を掠めようかといったところで再び九十度上体を起こして地表と身体、紙一重の間隔を保ち飛ぶ。
後ろでは勢いのままに地面に叩きつけられた巨大カブトムシが鈍い音と共に砕け散ってゆく。
衝突を免れた僅か二匹だけが依然僕らの後を追う。
僅かな木々の隙間を高速で低空飛行する。
目の前の景色が瞬く間に過ぎ去る程のスピードでも、カルネは見事な体捌きでその針の穴を縫うようにして飛び回る。
前の1匹の羽がちょうど二本の木の間に挟まれ、それにつられ後続の1匹がともに速度を落としたのをみて。
これならなんとかなる!
カルネを呼び止め距離を取ったところで停止させ、ポケットの残りのソーセージを肉体の強化に、側にあった木を大剣へと変え、向かう甲虫へと振り下ろし、その身を粉砕する。
『へぇ〜、あんたの力ってそういうのなのね!変わってるわねぇ〜』
この声はッ……!
『警戒しないでよ、お話しましょ、おはなし。」
「いつから気付いていた。」
『この山に入ったときからずぅ〜〜っっっと!見てたわよ?気付いてなかったのぉ?』
「何が目的だ!カルネに手をだそうってなら僕が許さない!」
震える手で木刀を強く握り、精一杯の虚勢を張る。
『大丈夫よ、興味があるのはあなたのほう……ねぇ、その子とどこまでイッたの?エッチした……なんちゃってウフフ……あら、ごめんなさいね、ビックリさせちゃって。でもほら、あたしってその、あんまり知らない人を殺めるのって良くないと思うの……相手の話を聞いて、しっかり理解して、溶け合って、最後に命を頂く。その方がきっと美しいから。だから、ちゃんと聞かせて欲しいの。あなたのこと……』
事態はすでに最悪だったようだ。
相手は相当なサイコらしい。