ーー 僕に世界は救えないけど 終
「これ、結構やばいかな。」
破れ散らばった防音シート、無数のクレーターに、地に転がる巨大な槍。
深く刻まれた戦いの跡が街中の空き地を醜く残されている。
どうにかこの槍だけでもなくしたいと思い。
ーー支払う代償は槍、求める対価は鉄骨ーー
ーー何も起こらない……?
二度と三度と試しても、槍はその形を留めたままで、一切の変化が見られない。
力が不発したのかと、試しに落ちていた石ころを手に、ボールをイメージし、強く念じてみれば、石ころはたちまち、まん丸な球体へと姿を変える。
力の不発ではないとすれば、
代償で得た対価を再び代償にする事は出来ない。
とかだろうか。
この力の理解を進める事が出来たのはありがたいが、辺りに広がる惨状をどうすべきかの問題を解決するすべは未だ見つからない。
頭を悩ませながらこめかみを抑えていると、側に転がる槍が微かな光を帯び始めた。
なんだ!?
突然の事に身を捩り、近くにいたカルネの手を引いて引き寄せる。
しかし、動揺とは裏腹に、槍は穏やかな光を放ちながら徐々に塵となり、虚空へと消えてゆく。
素っ頓狂な顔をした僕をカルネが見上げている。
なるほど……代償で得た対価はある程度の時間で消えていくらしい。
また一歩進展したと共に、取り敢えずの問題であった槍の処理も同時にできた。
後はこのクレーターとその他のゴミだが、流石にこれはどうしようもないか……
せめてもの思いでゴミ拾いだけやって後は逃げようと思い、散らばったビニール片を拾い集めていると、わぁ!とカルネが声を上げた。
駆け寄ってみれば、その手元には小さな黒い毛玉、どうやら仔猫らしい。
「なんでしょうか、この生き物……聖獣でしょうか?見たことのない姿ですが……」
「その何とかは知らないけど、そいつは猫だよ。危なくない。」
そう言ってひと撫でしようと手を伸ばすとガブリと噛みつかれる。痛みは無いものの、驚いて手を引っ込めると、猫はフーッと威嚇しながらカルネの足元へ逃げて行った。
「なんか僕嫌われてるのかな?カルネには懐いてるみたいだけど」
笑いながら茶化す僕と、噛まれた手を心配してか動揺をみせるカルネ。
「親と逸れたのか……それともさっきので亡くしたのか……」
「この子……どういたしましょうか」
その子を抱き抱えながら尋ねるカルネ、まさか連れて帰りたいってことか?
うちってペットの飼育はダメだったような……
「翔様……?」
だが、その麗しい翡翠の双眸に逆らえる事もなく。
「餌はカルネがやってよね、また噛まれるのはごめんだよ。」
そう言って僕らは空き地を後にした。
ーーーーー
手の甲を伝う生暖かいソレが何なのか理解するのにどれ程の時間がかかったのか。
頭蓋の中心から凍りついていく感覚とは別に心臓は肋骨を砕かんとばかりに膨張と収縮を繰り返す。
感覚も感情も失い。
ただ、形を持った本能が元の余韻のままに、止まる事なく。
ーーーーー
カルネと出会って生死を彷徨う二夜を超えて、僕ら2人はともに疲れを癒すように深い眠りについた。
そして目を覚ました翌日の昼いや、もう夜か……
僕は、筋肉痛で動けなくなっていた。
「痛ーっ!これはヤバい…人生で最高潮の筋肉痛がキてる…」
「翔様!無理をなさらないでください、
外傷はなくなったものの、今の身体は非常に不安定な状態なのですから!どうか安静に。」
いや、正確には筋肉痛ではないらしい。
カルネ曰く、僕の身体は昨日、カルネとの契約を交わしたあのとき確かに死んでいたらしい。身体の中に意識が入った状態でまだ馴染んでいないのだとか。
詳しいことはよく分からなかったが、その証拠に僕の心臓は動いていないし、脈だってない。
先程から足先を昨日の猫が噛み続けているが、感覚はあれど、そこに痛みは感じられない。
「死んでるって言っても正直実感湧かないんだよ。実際触覚はまだ残っているし、現に身体がめっちゃ痛い。」
「壊れていた身体を修復する際に意識への負荷がかかる為に、痛みのような感覚になるのでしょうか?全て推察に過ぎませんし、詳しい事はわたしにも分かりませんが…」
「まぁ、またうちに戻ってこられただけでもありがたいか。」
「身体が動かせるようになるにはもう少し時間がかかりそうですね、
さぁ、お食事の支度ができましたので、お召し上がりください。」
「召し上がるって、これを食事とは言わないよ。」
この身体になって不便なところは食事だろう。
死んだ身体に食物を入れたところで栄養は取れない。そこでカルネとの契約で得た力を使い食物を代償として、栄養を対価として直接得ることで、修復を促すんだそうだ。
「空腹とかはないけど、やっぱ、味がある食事を楽しめないのはちょっと残念だなぁ。」
ふとそんなことをボヤくとカルネが申し訳なさそうに身を竦ませ
「申し訳ありません。わたしの配慮が至らず。説明もなしにこのような身体に…」
「カルネのせいじゃないよ、それにあそこで終わってたはずの僕が、こうしてまた1日を迎えられてるんだ。多少の不自由なんてぜんぜん平気だよ」
わざとらしく力こぶを作ってみたりして僕は言う。
「それとさ、その、話し方…そんなに畏まらなくたっていいからさ」
「ですが、翔様は…」
「昨日も言ったけどさ、僕はただの翔、君を助けたい、これは僕が願ったことだから」
「はい、ありがとうございます…じゃなくて、えと、ありがとう…翔…?」
恐る恐る尋ねる姿にこれまでの彼女の不安を感じ、胸が締め付けられる。
一度は自分の身可愛さに見捨てようとした僕にさえ、縋らねばならないのかと、
そんな気持ちを悟らせぬと、目一杯の笑顔で
「どういたしまして!こちらこそありがとう!カルネ」
そして、カルネもそれに呼応するように戸惑いながらも、ぎこちない笑顔をみせるのだった。
甘ったるい空気に嫌気がさしたのか、仔猫が僕の手元から魚肉ソーセージを一本奪い取って、カルネの足元へ駆け込んで行った。