ーー僕に世界は救えないけど 3
『潰されて死んじゃった?いゃいやぁ〜、
出来損ないとは言え、そぉ〜んなにヤワじゃあないでしょ?』
上空より瓦礫の山を見降ろし
翼を携えた破壊の化身、月光を背負い、真昼の太陽の様な光が再びそれの手元へと集約されていく。
『下手な鉄砲も、数打ちゃあ当たるってねぇ!!』
無数の破壊の光が、鉄骨の山へと降り注ぐ。
地上は元の形を失い、
僅かばかりの灰塵が一帯を覆う。
ーーはずだった。
『どぉ〜ゆ〜事だぁ!?』
焦土となるはずの地上は、巨大な純白の翼に覆われていた。
『あの出来損ない!まだ力を残していたかッ!』
「ーー出来損ないって誰の事だよ」
下劣な笑みばかりを浮かべるその顔に、はじめて動揺の色が見えた。
『人間…!?なんで!もう死んでもおかしくないだろ!…ッ!?』
その瞬間、高速で飛翔する真っ黒な槍が空中の白い翼を貫き、バランスを崩されたそいつは地上へと叩きつけられる様に落ちていく。
「答えろよ、僕が質問してるだろ」
『キ サ マァ〜ッ…!』
「どうしたんだよ、さっきまでベラベラ喋ってたじゃないか、驚きのあまり言葉も出ないか?」
『騙し打ち一発決めてドヤ顔してんなよ!その出来損ないに何吹き込まれたか知らなぃけどサァ!僕を誰だか分かってやってんだろぉなああッ!!』
「お前みたいな羽虫のことを聞いたんじゃない!カルネを出来損ないと言ったのか!その事を聞いてんだよ!」
『羽虫……だと……ッ!?僕は名前はレイノルだ!これ以上僕を侮辱してみろ!お前の身体に100万の風穴ブチ開けてブッ殺してやるッ!』
激昂するレイノルと名乗った男は血走った眼でこちらを睨みつける。
昂ぶる怒りに呼応する様に破壊されたはずの翼は光を纏いその形を再現し、無数の光の矢を一面に展開する。
ーーよし、思ったよりもノってきてくれてる…
あと、もう少し…
「どうした?今更脅しなんて怖くないんだよ、豆鉄砲撒き散らすばっかりの能無しが、怖くて近づけないってんならこっちから行ってやろうか?」
ーー大丈夫……きっと上手くいく……震えそうになる身体を目一杯力んで抑える。指の爪が掌に食い込むほどに握りしめ、恐怖に引きつりそうになる顔を奥歯が砕けんばかりに噛み締めながらも、出来うる限りの悪辣な笑顔をつくる。
『……やっぱり前言撤回だ……跡形も残らず消してやるヨォ…』
無数の矢は光の粒となり、再び収束し、巨大な槍を再構築する。
深く姿勢を落とし、翼を広げ、眩い光をその身体に集める。
『ーーこの僕、直々になッ!』
ーー亜光速で迫り来る破壊の光。
迫り来る眩い死を目前に、僕は確信したのだった。
勝利を。
「カルネ!今だ!」
カルネは盾として展開していた巨大な翼を翻し、僕を抱え一瞬で鉄山の頂上へ、
ー 支払う代償は鉄。求める対価は 槍!ー
鉄屑の山は、瞬く間もなく黒く、巨大な槍へと姿を変える。
超速の推進力のままに、レイノルは黒槍の先端へと文字通り飛び込み、画仙紙に落とされた墨の様に、真珠色の身体を黒が染め上げる。
向かっていた白の切っ先は胴元へ達する寸前で消え去った。
『キ…サマァ… ただの人間が…どぉして…』
勝ち誇った笑みを浮かべて奴への手向けの言葉を送った。
「お前がバカで助かったよ、レイノル。」
『殺して…やる…』
そう言い残して、レイノルの身体は光の粒になって夜空へと消えていった。
「勝った…のかな…?」
あまりに一瞬の出来事に現実を実感出来ずにいた。昂りか、恐怖か、数多の感情に震えが止まらない身体が、生死を分かつあの瞬間がつい先刻までの現実なのだと告げる。
ふと、後ろを見れば、そこには今にも泣き出しそうなカルネの顔があった。
「ごめん、カルネも大変だったよね、けど上手くいって良かっーー」
「良くないですよ……」
「あぁ、そうだよね……カルネに守ってもらってばっかで情けなかったよね……」
「ーーそうじゃないです!」
怒りか、悲しみか、双眸に涙を浮かべ僕の肩に強く掴みかかる。
「あそこで矢を放たれていたら死んでいました!飛びかかってこられたときだって!私が少しでも遅れていればあなたは死んでいました!最初に飛ばした槍だって!あれに疑問を持たれていればさっきの攻撃は成功しなかった!そもそも私が最初の攻撃を防ぎきれなければそこで終わりでした!」
矢継ぎ早に話すカルネに気圧されながら、頬を掻きながらなんとか謝罪の言葉を探す。
「いや、ほんとごめん。作戦って割にはだいぶ浅かったよね……まぁでも、ほら、勝てたんだしさ、お互い生きてるし……」
「……救世主を失って、あなたを失えば、誰が私を助けてくれるんですか……」
「……ッ!」
その言葉を聞いて、やっと理解した。
そうか、カルネは不安だったんだ……
「あの方から逃げ出したも救世主という存在があったからで!でも、あなたはその人じゃなくて……それでも……助けてくれると言ってくれて……私は心から嬉しかった!
また、見えない光を探していくのかと思っていた私に、あなたがくれた言葉がどれだけ大きかったか!!」
なにも言い返せなかった。
成功しないと思ったわけではない。ただ、最悪同士討ちでもと思った。
カルネを守って死ぬならそれで良いと思った。
それがただの自己満足であると知った上で。
俯きながら、目を合わせられずいた僕に、それでもまだカルネは言葉を紡いだ。
「だから……あんな戦い方、もうやめて……」
懇願だった。
希望を失いたくないと、光を零したくないと、
嘆き、涙を流し嗚咽混じりに呟いた。
「お願いだからもう死なないで…」
約束なんて出来ない。相手は化け物だ。
ちょっと力を持っただけの僕が100%勝てる算段なんてきっとない。
だけど、目の前の少女の涙をみることが、僕には何より苦しかった。
だからこう答えるしか無かった。
「僕は死なないよ」
自信なんてなかったけど
「君を助けるって君に誓った。
守るって心に決めたから。」
カルネの目を見つめ力強く、言い聞かせるよう答えた。
「だからもう大丈夫。必ず君を救ってみせるから」
「あなたが、私の救世主になってくれるのですか……?」
カルネは涙を流し、震える声で問いかけた。
救世主なんてそんな大層なもの、僕なんか逆立ちしたってなれやしないだろう。
それでも、目の前のこの子を助けたい。
泣いてるこの子を1人にしたくないから。
だから首を振って、しっかりと目を合わせて
「僕は 千早 翔。
僕に世界は救えないけど、約束するよ。
僕は君を救う、カルネが救われるまで、ずっと側にいるから。」
「……ほんとに、やくそく?」
咽びながら尋ねる彼女に再度答える。
「ほんとだよ、もう逃げない、どこにも行かないから。」
約束、と小指を差し出そうとするより先に、カルネが僕の胸元目掛けて頭から突っ込んだ。
そして、堪えていたものがついに溢れたのか、小さな子供のように大きな泣き声をあげた。
澄んだ夜の空気に響く声が止むまで、彼女の髪をやさしく撫で続けた。
月はいつもより眩しく光って見えて、
照らされた涙は、まるで宝石の様な輝きを放っていた。