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君は月夜に照らされて  作者: 富良乃 富岳
2/11

ーー僕に世界は救えないけど 2

ーーー不規則なタイミングで点滅する光が僕の意識をゆっくりと現実に戻してくる。


どうやら河川敷のようだ、水面が朝日を反射している。

カラスの鳴き声、高架を渡るトラックの音。

まだ霞みがかった意識のなかで自分の服が血塗れになっている事に気付いた


「そうだ、昨日の!」


昨夜の非現実が改めて自分の理解のなかに落ちようとしたとき


「あら!やっとお目覚めになられたのですね!良かったあ〜」


声がする方に目を向けると、そこには、おおよそ6歳くらいだろうか、布を腰に巻いた半裸の小さな女の子。

朝陽を受けた銀色の髪が宝石のように煌めいていて、愛嬌したたる笑顔を浮かべこちらへ駆け寄り、勢いのままに俺の胸元飛び込んできた。


「もう!心配しましたよ〜、呼びかけても呻くばっかりで、打ち所が悪かったのかと思いました。私、精一杯丁寧に運んだつもりだったのですけど」


「ちょっと待って!えっと、君はーー」


「一応よく診たんですけど、かすり傷が数カ所ありましたが特に目立った外傷はありませんでしたし、突然のショックによる意識障害となると今の私だとちょっと治すのに時間かかっちゃうかなって……」


「待ってって!君、誰!?服は!?

てゆうか親御さんとかは?」


「あら、やだ!服を洗ってた途中だったので……こんなはしたない格好……申し訳ありません。」


しおらしく顔を赤らめ身を捩り胸元を手で隠すと、僕の隣に座りなおし。

ゆっくりと息を吸って吐いてから、


「申し訳ございません。嬉しさから少し取り乱してしまって……」


「いや、いいんだけどさ、君は誰なの?」


「わたくしは、カルネと申します。

そういえば、昨夜は突然の事とはいえ申し訳ございませんでした。」


「昨夜って……なんで君が昨日のことを知ってるの?」


「なぜ、と申されましても……ともに窮地を脱したではありませんか、我が救世主よ。」


そういうと片膝を立て僕の手を取り恭しく頭を下げる。


「もしかして、昨日の天使の人、なの?」


「まぁ、天使だなんて!そんな風に呼ばれたのは何年ぶりでしょうか!」


喜びを露わに握った手をブンブンと振りながら笑顔を浮かべている


「でも、昨日と姿が違いすぎってゆうか…

羽とか、天使の輪っかみたいなのとか…」


そういうと「んっ!」と力んだような声と共に純白の肩翼を出してみせた、しかしそれは、すぐさま光となって霧散していった。


「今は、身体の修復に、努めておりまして…

翼や光輪アークを顕現させるには…まだ至っていないのです……

この情けない姿もそのためです……」


息を荒げながら言葉を紡ぐ少女を支えながらどうやら本当にこの子は昨日の天使らしい。


「君が昨日会った人なのは分かった。でもどうしてあんなことに?君を追ってたやつらは何なの?そもそも救世主って……」


「申し訳ありません。後ほど順を追って説明致しますので…どうか、少し休ませては頂けませんか…?」


息を荒げる彼女の身体は、胸元や太ももからいまだ少し血が滲みでている。


「あんまり、その…まじまじと身体を見られのは…その…恥ずかしいので…」


そう言って間もなく少女は再び僕の胸元へと倒れ込んだ。


人通りの少なさをみてまだ明け方だろう。

誰かにここを見られる前に場所を移さないと

通報でもされたらとんでもない。


幸いにも財布はしっかりと持っていた。

買い溜めした備蓄は……流石に無事ではないか……


よし、と意を決し、腰に巻いていたジャージを少女に着せて、抱き抱えてから、通りに出てタクシーを拾う事にした。


あ、そういえばこの子の服……

階段を下った先の消波ブロックに掛けられた純白の布を脇に抱え、少女をおぶる形で大通りを探して歩き始めた。


天使様の服は分厚いのにとても軽くて、やっぱり布も特別なやつなんだろうなとか考えながら。


ーーーーー


「4000円…なかなかデカい出費だなぁ…」


自宅へ着くと時刻は6時32分

運転手と出勤中のサラリーマン数名に半裸の幼女をおぶった青年という異様な姿を見られたときは、警察署での弁明をひたすらに考えたが、誰も見向きもしなかった。

実に無関心、無干渉な人々で溢れる世界も、このときばかりはただただありがたかった。


少女をベッドに寝かせた後、シャワーを浴びて、それからソファーに横たわった。


昨日の晩、あれだけ爆発やらなんやら大暴れしていたのだからニュースにでもなっているのでは、とテレビをみたり、インターネットで検索をかけたりしたが、あるのはタレントのスキャンダルや殺人事件の記事で、

昨夜の出来事は一切語られていなかった。



『ーー 区での連続 ーー は、未だ発見されておらず、ーー…』


いつのまに眠っていたのか。

つけっぱなしになっていたテレビは夕方のニュース番組になっていた。


そうだ、あの子はー


「おはようございます、救世主よ」


「え、あ…とおはよう……ございます。」


声の方を見やると昨晩の天使が散らかった洗濯物を畳んでいる最中だった。


「あ、ごめんなさい…部屋散らかってて、片付けは僕がやりますから!

……じゃなかった!

もう、身体は大丈夫、なんですか?」


「そんなに畏まらないでください。

はい、おかげさまですっかり元気になりました。救世主がお目覚めになるまでに少しばかりお部屋の片付けをと思いまして……ご迷惑だったでしょうか?」


「いや、えっと…ありがとうございます。

それと……大丈夫そうで良かった。」


「お心遣い痛み入ります。」


「今朝の話の続きなんだけど…

聞かせてもらってもいいかな?」


「はい、少し長くなりますがよろしいでしょうか。」


畏まったように居住まいを正す彼女につられ僕も背筋を伸ばして正座をした。


「お願いします。」


ーーーーー


カルネと名乗るその少女の話をまとめると、

カルネは別の所に住んでいて、そこの王様に反乱を起こした為に殺されそうになって人間の国に逃げてきた。昨夜襲ってきたやつはカルネの元同僚って感じだろうか。

ただ、反乱の理由がカルネ本人にも分からないと言う。

所々専門的な言葉が多くて理解が出来なかったけど


「ーー 要するに、君と一緒にいると僕かなりヤバイんじゃないの!!?」


あんな怪物みたいなやつらに追われて逃げられるわけないし、そもそも天使の王様って神さまじゃないか。

そもそも信じてはいなかったけど、人間が神様に刃向かうなんてのはフィクションの世界だけの話だ。


「いや、そういえば僕が救世主ってのはどういう意味?」


ずっと気になっていた。

そもそも僕とカルネが出会ったのは昨日の夜がはじめてのはずだ。

なのにカルネはずっと僕を知っているかのような口ぶりに違和感を覚えていた。


「どういうと言いましても。

あなた様はわたしの救世主です。

あなたに出会えるのをわたしは待っていたのです」


「いや、だから僕は君と会ったのは昨日がはじめてだし、そんなこと言ったってーー」


「いいえ、あなたはわたしを救ってくださいます。手を差し伸べて頂いたあの日の様に、わたしを救ってくれたあの夜に。また救ってくださると約束したではないですか。」


涙を目に溜めて食い下がるカルネだが、そんな約束した覚えがない。


「悪いけど人違いだよ…。

僕にはあんな化け物みたいなのやっつけられないよ。

どうか出て行ってくれないか。」


「そんな……」


涙を浮かべて縋る彼女をみるのは心が苦しかった。

だが、自分の身には変えられない。


僕だって命が惜しい。


手を振りほどいて目を逸らそうとしたが視界の端でついに涙を流す彼女が、あまりに痛々しくてこれ以上見ていられなかった。


どうにかそれを振り払いたくて、部屋を飛び出した。


「待って、私のーー」


「僕は、違うよ……!」


ただ遠くへ、駆け出した


ーーきっと、昔の誰かに僕を重ねたんだろう


息が上がっている。


ーーそれに縋ってここまで逃げてきたんだろう


久しぶりに走ったせいか、息が苦しい。


ーー手を握り返せなかった


だからこんなに涙が出てるんだ。


ーーあの子は泣いてた。


だから張り裂けそうなくらい胸が苦しいんだ。


ーー助けたかった。


助けられるんなら、助けたかったんだ…



気づけば家から5キロほど離れた空き地に居た。

日はすっかり沈んだようで、少し向こうの住宅街に灯りが灯っている。

野良猫たちが住み着いているのだろうか、そこかしこで猫の鳴き声が聞こえる。

となりの空き地にはマンションが建つらしい、

時折、防音シートが夜風に揺られバラバラうるさかった。


走り疲れた身体を癒すように花壇の淵に座り込み、ぼんやりと空を見つめていた。

足元に猫が擦り寄ってくる。

野良猫にエサをやる人たちのおかげで随分と人懐っこいネコになったらしい。


「ごめんな……なんも持ってないんだ。」


ーー帰ったらあの子はまだいるだろうか。

もう少し話だけでもしっかり聞いてあげれば良かったかな、なんて。


そのとき夜空に浮かぶ月夜に照らされる翼をみつけた。


カルネが追いかけてきたのか。


なんて顔して会えばいい?慰めの言葉をかければいいのか?

近づいてくるシルエットに少し戸惑いながらも、逃げ出した自分を償う機会に少しばかり安堵した。


そうだな、しっかり謝って、話を聞いて、

ちゃんと分かって貰ってからお別れをしよう。



勘違いとはいえ、僕は昨夜彼女に助けられた身だし、よく考えればそのお礼も言えてなかった。

彼女の探す人が見つかるまで一緒にいるだけなら……

そんなことまで考えてしまう。


呼びかけようと息を吸い込む。

その刹那、僕の身体を紙一重掠めず足元の猫が光線に貫かれた。


『よぉ〜し、そのまま動くなヨォ……

そんで声も出すな、いいねぇ……足元の猫ちゃんとおんなじになりたくなかったら僕の言うことは聞いておくんだヨォ……』


この間延びした声、


「お前、昨日の…」


熱っ!!!

肩が、なんで、

目線を肩に移そうとしたが、


『動くな、喋るな、分かるね?

次は頭だヨォ?』


どうやら肩を貫かれたらしい。

右肩から焦げ臭い独特の匂いがする。

ジンジンして痛みは感じないが肩を伝う温かな血液が自分が置かれた窮地を知らせる。


『これからする質問に、はいかいいえで答えてネッ、それ以外は即死亡だから、あ、嘘もダメだヨォ〜。僕、嘘つきは嫌いだからさぁ。

その時も死んでもらうから、ちゃ〜んと答えてね❤︎』


やばい、絶対に殺される

答えても、答えなくても。

なんだってこんなことに……


『分かったか?』


「……。」


『答えろよ!僕が質問してんだろぉ!?』


足元へ一瞬の光とともに細く、そして深い穴が開けられた


「ーッ…はい…」


ダメだもう終わりだ。


『昨日、僕を見たか?』


「はい」


このまま殺されるんだ、証拠の隠滅に殺されるんだ。


『ならあの女と一緒に逃げたな?

居場所は分かるか?』


「ーーはい」


おそらくはまだ部屋だろう。

僕から聞き出した後に一緒に殺すんだろうな……


『おーけぇーい❤︎

なら、あの子はどこにいるか連れてって貰っていいかナぁ?そしたら命だけは助けてあげるからさぁ。まぁ、ちょ〜っとだけ記憶は弄らせてもらうけどぉ〜』


……え?まさか、助かるのか……

あの子は多分まだ家にいる、いや、居てもらわないと困る!

記憶を消して貰えるんなら罪悪感もない、

居なくても一緒に探せば

そうすれば


僕は助かる

ーーあの子は殺される


「嫌だ。」

え?


『あぁ?』


そんなことない

助かりたいんだ。


「嫌だって言ったんだ。」

こんな事したって無駄だ、

どうせあの子はいつかみつかって殺されるんだ、


「1度命を助けてもらった、」

そうだ!せっかく助かった命なのに


「あの子がいないと死んでた。」

昨日死んでたはずなのに…


「勘違いでも助けてくれたんだ。」

嬉しかったんだ


「だからあの子の場所は教えない」

ーー。


『もういいよ』


目の前が光に染まった。


あんまり痛いのは嫌だなぁ……

って、最後まで情けないや


僕は、諦めて目を閉じた。






ーーあれ、まだ生きてる…?


「なんで、ですか?」


「カ、ルネ…?」


「わたしの場所さえ言えば助かったかも知れないじゃないですか」


ボロボロの翼を広げたカルネが僕に覆い被さるようにして立っていた。


『わざわざ出向いてくれて助かるヨォ〜。

やっと死んでくれる気になったかぃ?』


「早くここから逃げてください。」


「でも、カルネ、また怪我して…」


『避けるなよぉ?ちゃ〜んと一発で殺してやるからさぁ』


男の元に光が集まって行く

次の攻撃に備えているのだろう。


「私は大丈夫です」


「でも血が……」


眩い閃光が槍の様な形を模して男の手に収まってゆく。


「はやく逃げて!」


「嫌だよ!」


『じゃあね〜』


閃光が、男の手から放たれた。


「嫌だ!」


カルネを突き飛ばして間一髪、閃光は僕の左腕を抉り隣のマンションの鉄骨を崩していった。


支柱をおられた鉄骨は僕らの上に降り注ぎ野良猫と僕とカルネを覆い隠す様に被さった


「どうしてですか!あなたは私の救世主ではないのでしょう!私が生きる目的ではないのならもうそのまま殺してくれれば良かったのに!」


「だって、昨日、助けてくれた…」


血を流しすぎたのかもしれない、

夏だってのに凄く寒い。


「あんなの関係ないです!あなたがそうでないと分かれば助けなんてしなかった!」


「さっきも、助けて、くれた。

こんな、怪我して……」


「関係ない!怪我だってこんなの!痛くなんか」


「痛いよ、血が出たら痛いし、悲しいと涙が出るんだ。」


「こんなの……」


「心だって痛むんだよ、君が泣いてて、僕が逃げて……苦しかったよ。」


「あなたは、違うのに……」


「ごめん、助けたかった、僕じゃなくても、助けてあげられれば。」


もうダメだ。

声も掠れて息をするのもそろそろ限界かもしれない。


「あなたが……助けてくれるのですか?」


「たすけ、たかった。」


「我が主に背く事は人の道を逸れるということですよ。」


「きみを、たすけ、た……い。

何でもいい……助けたい……」


目はあけているはずなのにもう何も見えない。

ふっとライトが落ちる様に意識が抜け落ちていく その最中で、カルネの声が妙に鮮明に聞こえた。


「ならばそれが、あなたの代償。

あなた自身を代償とし、その対価に……

わたしをーー」






ーー再び世界に光が満ちた。




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