150(スランプ)
飯か、腹が減ったな。俺はなんとか立ち上がり、キャスターが付いた点滴ラックを杖代わりにして、カーテンを開ける。個室か、良かった。
俺はヨボヨボと歩き、個室から出る。やめてくれ……俺の個室は廊下の一番端だった。50メートルほどを5分かけて歩く。かなり衰えたな。10段くらいの台車に、病院食が並べられてるトレイ。
「一真圭市様ですね?」
看護師に声をかけられる。死亡扱い……偽名か。
「腹が減った。俺の分はある?」
「はい、ご用意は出来てますよ」
俺は【一真圭市】と書かれた名札が付いてるトレイを持ち、テーブルに座る。メニューはほぼ流動食だ。食えないよりマシか。
味がしない……不味い……。
一応、平らげて、トレイを元に戻す。
「将棋出来る? ……将棋出来る?」
右手がブルンブルンと震えてる、オッサンに声をかけられた。アルコール依存症だな? “ホンモノ”は怖い。関わりたくない。
「将棋は出来ない。他を当たってくれ」
本当はルールくらいは知ってるけど。
俺はヨボヨボとまた歩き、個室に戻ろうとした時に、今度はナースに声をかけられる。
「圭市様、肩を貸しましょうか?」
「ああ、悪いね。頼むよ」
可愛いナースだ。年は俺と変わらないだろう。左手に点滴ラック、右手にナースの肩を掴み、ヨボヨボと歩く。
「やっと目を覚ましましたね。奇跡ですよ。私は圭市様の髭そりと爪切りを担当してましたが、もう用はないですね」
「今までありがとね。名前は?」
「園原街子です。何か欲しい物があれば、何でも言って下さいね」
「ビールが飲みたいな」
「精神病棟でアルコールなんてダメです。アルコール依存症で苦しんでる人がたくさん居るんですよ?」
「そりゃそだね、アハハ。ポテチの海苔塩が食べたい」
俺は街子さんに支えられ、個室まで戻ってきた。
「売店でポテトチップスを買ってきますね」
「支払いは?」
「院長の一真アルト様が立て替えてくれますよ。では行ってきます」
至れり尽くせりだな。閉鎖病棟というのが引っ掛かるが。
俺はベッドに横たわり、マインド・ポゼッションを試みる。
「マインド〜! ポゼッショ〜ン!」
ダメだ、幽体が出ない。
「ミリオ〜ン! ダラ〜ズ!」
ダメだ、幽体が出ない。




