114(ねすみ講演)
俺は後列左端の席に座る。壇上に司会者らしき男が上がった。
「あーあー、マイクテスト。それでは、皆さん、着席して下さい。必ずウェアラブル端末をオフにして下さい。写真撮影、ビデオ撮影、録音はご遠慮願います」
俺は隣の人に気付かれないように、ウェアラブル端末をオフにすると見せかけて録音機能に変える。一応、周りを見渡す。後ろにズラーッと溢れた人達が立っていた。座れただけラッキーか。
会場が暗転して、壇上にスポットライトが照らされる。
「それでは、サファイアクラスの駒川恭子さんの講演からです。どうぞ」
駒川恭子!? 弥生さんのお姉さん……俺は面識がある。目立たない所に座って良かった。
恭子の話は自己啓発本をなぞったような内容だった。つまらない。それは会場の連中も同じのようだ。
すると、恭子のイヤリングが取れて落ちた。恭子は突然、慌て出して、支離滅裂なことを言って壇上から去って行った。イカれてる。
「そっ、それでは、続いてエメラルドクラスの小島さんです」
小島は商品説明に特化した話を進める。絶対に糖尿病にならないサプリメントだとか、絶対に精神疾患にならないサプリメントだとか、疲れが一気になくなるサプリメントだとか。眉唾物の商品を説明をする。どんな頑固な汚れでも簡単に落とせる洗剤も。普通の洗剤で十分だ、不潔野郎。
「続きまして、トリプルダイヤモンドクラスの遠山さんです」
遠山の話は漫談みたいなものだ。しかし、聞き捨てならない言葉を言い放った。
「僕は美容師をやってたんですけどね。客の頭が臭くて、ベータロードを始めました」
会場はドッと沸く。イカれてる。盲信してる連中にとっては面白い話なのだろう。
俺はつまらない漫談を聞き流していた。今のところ問題ない。しかし、今井さんの仇は取ってやる。
「お待たせしました! いよいよ、中村香様のご登場です!」
壇上に現れたのは50代のオッサンだ。中村香って男なのかよ!? てっきり女だと思ってた……まだまだ知らないことがあるな。
会場のボルテージは最高潮になる。現れただけで拍手喝采だ。普通のオッサンなのに。
さてさて、どんな話をするのかな?




