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幕開け

気が付いたら知らない場所にいた。

そんなことが、まさか自分の人生にありえるなんて。


葛西あやめ、17歳。

私は今、猛烈に困っている。


「ほらアイリスちゃん、ミルクだよ〜」


少し状況を整理しよう。

口元に差し出されたモノは一旦スルーさせて頂く。


私は日本のある土地に生まれ、優しくも厳しい両親の元で、可愛い妹と共にこれまでつつがなく育ってきた。

記憶をたどっても意識が途切れる前、私はひとつ歳が離れた妹と普段通り登校中だったはず。

それがなんということだろう。

先程…おそらく5分前くらいだろうか、気が付いたら見慣れない場所、知らない人間に抱かれていた。

恐るべき劇的ビフォーアフターだ。

なお、抱かれていたというのは…悲しむべきか悩むが、色っぽい意味ではない。


「困ったなあ…、どうして飲まないんだろう。

僕の赤ちゃん、今日はご機嫌ナナメですか〜?」


そう言って、困った顔をしつつも愛おしそうに私の頭を撫でるのは、さらりとした長い金髪に青い瞳のたおやかな男性。

そして、その細腕にすっぽりとおさまり…正真正銘赤ん坊になって抱っこされているのは、認めたくはないが私だった。


どうしてこうなった。

そしてあなたは男の割に細っこすぎやしないか?

というか、もしかしなくともこの人は父親なのだろうか…さっき、僕の赤ちゃんと言っていたし。

しかし、実際の私の父はこの人のように男性でありながら清楚で可憐という言葉が似合いそうな麗人とはまったくの正反対の、熊に見間違えられそうな超絶ゴツい日本人男性だ。

母さんに似て本当に良かったと何度思ったかわからない。


そんな父は、というか私が生まれた葛西家は、代々長子が受け継ぐ武道場付きの日本家屋に住み、大昔はなんちゃら流とかいう剣道の流派の…平たく言えば剣道一家だった。

まあ刀なんて飯のタネにならない現代、父は道場を開き子供達に剣道を教えつつ、自分で剣道具を扱う会社を興して普通に働いてもいたけど。

今思えば結構濃い父親だな…。


話が逸れたが、つまり生まれてから周りの人間は黒髪黒目が普通の私には、こんな色彩豊かな見た目の知り合いはいないということだ。

本当に、一体何がどうなっているのだろうか。


その後、空腹に耐えかねた私は歯を食いしばって(まだ歯が生えていないので実際は不可能だったが)屈辱に耐えながらミルクを飲んだ。


男性は「よくできました」と微笑み、私をベビーベッドに横たえると部屋を出て行ったが…さて、これが夢だとするなら、そろそろ覚めてはくれないだろうか。


頰でも叩いてみよう、としたところで不意にぷにぷに柔らかそうな可愛い手のひらが視界に入った。

誰の手だ?と触れようとしたところ、今度は反対側から同じような手がその手のひらを掴んだ。

そこでようやくこれは今の私の手であることに気がつき、思わずため息がこぼれてしまう。

その手は、当然だが私の意のままに動き、感覚も伝わってくる。

ただ意識が女子高生だったため違和感と、若干現実逃避していたのですぐにわからなかっただけだ。


一度妹に、おもしろいからと文庫本サイズの小説を読まされたことがある。

その内容が似たような状況だったが、実際に引き起こるものだとは、宝くじの当選なんかよりも確率は低い…いや、絶対にありえないと思っていた。


その小説のタイトルの一部はにあった言葉は、『異世界転生』。

どうやら、私はそれに当たってしまったようだ。

もちろん異世界ではなく、同じ地球上の全く違う国…という可能性もあるが。


にしたって、何も赤ん坊の状態からでなくても…。

たしか読んだ話では、主人公は物心ついた頃の年齢で前世の記憶を思い出していた。

その時は何も思わずに読んでいたが…なるほど、今となってはそれが心底羨ましい。


考えても見て欲しい。

特殊な趣味もない普通の女子高生が、知らない人間に赤ちゃん言葉であやされ、ミルクを差し出され、あまつさえ風呂やトイレの面倒を見られるなど…。

地獄か。

人知れず、私はこれからやってくるであろう現実に絶望した。




意識が覚醒してから、1ヶ月が過ぎた。


この頃首がすわってきたようで、体を動かしやすくなったような気がする。

成長段階的に見れば、おそらく生後4ヶ月ほどだろうか。

世話をされることに関しては、なんと、割とすぐに慣れてしまった。

最初こそ屈辱と恥ずかしさで泣きたくなったものだが、一度体験すれば次からは大して気にならなかったのだ。

我ながらかなり図太い。


さらに、周りのことに関しても若干わかったことがある。

まず、私のここでの名前はアイリス・アイシア。

奇しくもあやめの英名であることは単なる偶然かはわからないが、少し嬉しく思ったのは仕方がない。


それから、生活や建物、人物の服装を見るに、この世界は現代と比べ、かなり遅れているようだ。

なんだろう、歴史好きな妹がよく語っていた中世?あたりだろうか。

そして最初にミルクをくれた男性、やはり私の父親で、名をマリークレイ・アイシアというらしい。

この人物、初対面の時も思ったが男性とは思えない華奢さと肌の白さを持ち、透き通る青い瞳に、一際目を惹く輝くプラチナブロンドの髪は、腰まである長さをいつも緩く編んで前に流している。こんなにも美しい人間を私は初めて見た、と思っていたが、その半月後に会った母親は、さらにそれを上回る美しさだった…が、それについてはまた後ほどにしよう。


それよりも、私が疑問だったのは身の回りにいるのが男性ばかりなことだ。

どうやら金持ちらしいアイシア家のお屋敷には、無駄に広い敷地を維持する為に少なくない人数が雇われている。


これは私の勝手なイメージだが、通常召使い…メイドとは、女性が多いのだと思っていたが、ここでは男性の方が圧倒的に多い。


少数の女性は、庭師頭や料理長など、なんとなく偉い立場にあるような人ばかりで、その筆頭が、家令…とでも言うのだろうか?この家の全てを取りまとめている人物だ。

カレンというその家令は、他の召使いと比べて私と接触することは少ないが何か問題が起こるたびに使用人や父親からよく聞く名前だ。


結論として何が言いたいかというと、私が生きていた世界と、男女の立ち位置が逆なのでは?ということだ。

上に立つ人間が女性であることなど、現代ならばあっても全くおかしいことはないが、いかんせんここは現代ではない。

あくまで私がいた世界基準で考えれば、このくらいの発展具合なら私の考えはおおよそ間違いではないはずだ。


さらに、これ以外にも前世とは正反対な世界であることを証明したのが、母親であるローゼ・アイシアだ。


「旦那様、奥様がお戻りになられたようでございます」


「そう、ならお迎えに上がらなくてはね。

…さあ、一緒にお母様をお出迎えしようか、アイリス?」


ちょうど帰ってきたようだ。

父は私を抱きかかえると、玄関に向かった。


現代では見たこともない豪奢なシャンデリアが下がる玄関前の階段を降りていると、これまた無駄に大きな扉が開かれた。


「ローゼ様!お帰りなさいませ」


「マリー、ただいま戻ったわ。今日はアイリスも出迎えてくれたのね?

ただいま、私たちの愛しい娘」


そう言って父が抱く私の額にキスをしたのは、私の今世での母、カサブランカその人だ。

なんというか…マリークレイはマリークレイでとてつもなく美しい人なのだが、ローゼはタイプが違うものの確実に父を上回る美人だ。


思わず目をひかれるすらっとした高身長に、引き締まった身体。

結い上げてもなお太ももまで届く艶めき波打つ髪は、燃えるようなワインレッド。

伸ばしてセンターパートにした前髪から覗く意志の強そうな瞳は銀色で、見つめられると女性なのに少しドキッとしてしまう。


なんだろう、マリークレイがかすみ草で、ローゼは名の通り薔薇の花とでも言えばわかりやすいだろうか。

とにかく、この両親ならばどちらに似てもおかしなことにはならなさそうだと安心したのは間違いない。


そうして着替えと食事を済ませ、いつもなら何気ない会話で一家団欒を楽しむ、という時に、ローゼが悲しげに目を伏せた。


「ああ、マリー…急なんだけど、私は明日から当分家には帰れそうにないの。

前から揉めていた隣国と、やはり戦争はさけられそうになくてね…」


「…そうですか…。わかりました。家と、アイリスのことは任せて下さい。

いざという時はカレンたちもいますから、大丈夫でしょう」


そう言って、マリークレイは微笑んだ。

私を抱きかかえる腕が、少し震えている。


「ようやく家に帰れるようになったと思ったのに…アイリスのこともあなたに任せきりでごめんなさいね、マリー…」


マリークレイの隣に座り、ローゼが細い身体を抱くように寄り添う。

その肩に頭を寄せながら、マリークレイは儚げに微笑んだ。


「いいえ、寂しい気持ちはもちろんありますけど…でも、国のために凛々しく立ち続けるあなたを支えたいと、そう思ったから結婚を望んだのです。

でも、ひとつだけ、わがままが許されるなら…必ず、帰ってきて下さいね」


「ありがとう、マリー。

当然だわ。少なくとも、アイリスが成人して立派になるまでは、死ぬわけにはいかないもの」


そう言ったシルバーの瞳はきらりとテーブルに置かれたろうそくの火を反射して、言葉の通り決意と自信がみなぎっているように見えた。

そんなローゼを見て、マリークレイは安心したようにふっと笑った。


「そうですね…。

それにしても、アイリスはローゼ様に似て…」


「マリー?違うでしょう、家では私のことはローゼ、と呼ぶの」


にっこりと微笑んだローゼが、空いた手の指先でマリーの頰に触れ、二人の目がかち合う。

先程凛々しく火が灯っていた銀色の瞳には、かすかにいたずらっぽい色が…って、おい。


「あ、ローゼ様、ごめんなさ…」


娘の前だぞ、父も赤面するな。


「あら…2度目はおしおきって言ったでしょう?

カレン、アイリスをお願い」


「かしこまりました。

旦那様、失礼します」


ローゼの言葉でどこからともなく現れたカレンが、私をそっとマリークレイの腕から取り上げる。


「えっ、あ、アイリス…や、待って、ローゼ!」


「おやすみ、愛しいアイリス。

マリーはこっち…しばらく会えないんだから、今日は覚悟するのね」


カレンは、若干苦笑しながら足早に部屋を出ると、扉を閉めた。

その途端に漏れ聞こえる、マリークレイの甘い声。

あ〜…。以下、省略します。


と、一事が万事、こんな感じなのである。

なんというか、自分でも話していて混乱するのだが、現代での常識が当たり前な私からすると、あれ?どっちが父でどっちが母なの?という。

まあ、少なくともこれはただの転生ではなく、異世界転生で間違いないだろうというのが、ここ1ヶ月過ごした私の感想だ。


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