王女殿下 2
「やっと入れた....」
まさか着いたとたんに荷物のひとつひとつを詳しく説明させられるとは思わなかった....。
「そうですね。何やら祭りのようですが、何か関係があるのでしょうか。」
酒場のテーブルでうなだれているハルトの元に宿の受付を済ませたルーナが戻ってくる。
この酒場は、1階が酒場で2階が宿という造りになっている。
「ああ、さっき店員に聞いたら収穫祭の前日に当たったらしい。その関係でここら一帯を治める領主様が来てるんだってさ。」
「なるほど、それで警備が厳しくなってるんですね。」
ハルト達が訪れた街『クラベリナ王国』はセントリア王国に次ぐ大きさで、毎年収穫期になると祭りが3日間に渡り開催される。その際、国王が収穫に対する感謝の提示と街自体の視察を兼ねて出席するのが恒例である。
「まあ、国王様なんて僕達には関係がないさ。せっかくだし祭りを楽しもう。」
「そうですね。しかしご主人様、お仕事の方はよろしいのですか?」
実際クラベリナに着くまでの間に、かなり出費をしている。
ハルトは魔術で造り出した薬『魔術薬』を売って回っているのだが...この世界は魔法が日常化しており、簡単な回復魔法なら絆創膏を貼るくらいの感覚でほとんどの人が使用できる。
そんな世界で魔術薬、引いては魔術というものは時代遅れの何物でもなかった。
「ここに来る前に寄った村でも大して売れなかったからな~」
ハルトの向かいに座るなり、ルーナはさらに追い討ちをかける。
「それに、その魔術薬を作る素材もございません。」
魔術薬は基本的にどんな素材からでも調合出来る。用途・目的に合わせた物を組み合わせ、適切な分類の魔力を流し込むことで完成する...要は、ポーションを作りたければ回復魔法を薬に籠めればいい。
なら魔法を使えば良いじゃないか!と多くの人が思うだろう。しかし魔法は、即座に使えるという利点を持っているが使いたい魔法の種類に魔力を変換しつつ、具体的な規模や効力を頭の中で指定し使わなければならない。
これに対し魔術は魔力の変換だけ出来れば作れる。規模や効力の調節は素材で決まるのだが、その見極めや素材に適した魔力の種類を見定めるのは一般人には難しいだろう。それに...
「そりゃ魔法を使えたら魔術薬なんて要らないわな~、僕だって魔法が使えたら必要ないだろうし」
ハルトには変換から先の魔法として力を出力する才能がなかった。あったのは魔術薬に適した素材の見極める為の感性と魔力変換の多用さだけである。
「そんな事はありません、ご主人の薬を必要としている方が今までもいたではありませんか。」
「それは、そうだけど...」
ルーナの言ったことは間違いではない。確かに、魔法の使用が困難になったお年寄りや戦闘中などで即座に使うために旅人や冒険者から注文はあった。だが、その数は微々たるものであるのも事実だ。
「何にしても、素材は必要か。」
「はい、この辺りは未探索なので新たな薬を作ることが可能かもしれません。」
「じゃあ、クラベリナ最初の活動は周囲の探索だな。」
かくしてハルト達は、酒場での休憩もそこそこに草原の探索へと向かった。
■■■
......どうしてこうなったんだろう。
探索開始から数時間、そこにあったのは新たな素材ではなく盗賊に囲まれている二人の姿だった。
「恐らく、街の警備を厚くした為にここら一帯の警備があまくなっていたのでしょう。」
ルーナの推測に同感しつつ、ハルトは囲む男達に無駄を承知で警告する。
「あの、一応言うと、やめた方がいいですよ?」
盗賊達が各々笑い飛ばす。
ハルトが更なる忠告を発しようと口を開くのと剣が振り下ろされるのは、ほぼ同時だった。
….刹那、その場に静寂が訪れる。
何が起こったのかをその時点で理解していたのはハルトのみである。
数秒後、ハルトの首と胴体を切り離すはずだった剣は地面に落ちていた...盗賊の両腕のアクセサリー付きで....
…だから言っただろ......
ハルトは悔しさからなのか眉間にしわをよせながら目を逸らす。
「うわああああああ!俺の腕がぁぁぁぁ!!」
ようやく理解が追い付いた本人は、その痛さに悶え転げ回っている。
いや、痛さは麻痺によりそれほど無いだろう。あるのは切られた衝撃と激しい吐き気と後悔、既にどうしようもない事を頭の隅で理解してしまった故の絶望だろう。
「このアマ!!」
「このメイド何しやがった!!」
...先の言葉を訂正せねばなるまい。この現状を把握していたのは、ハルトともう一人居た。
「ご主人様に、これ以上の無礼は許しません。」
いつの間にか縄を解き、顔や服に返り血を浴びながらもただ一編の油断はなく、怒りが混じった殺気を纏って自身の敵だけを見据えているメイド...ルーナである。
どこから出したのか、両手に握る双剣には血が伝い地面に小さな溜まりができている。
「ルーナ、殺さないで。拘束さえ出来ればいい。」
「しかし...っ!」
「いいから!」
「...畏まりました。」
そこからの展開は速かった。10人はいるだろう盗賊を峰打ちにて戦闘不能に、さらに縄で拘束するまで数分もかからなかった。
「こ、こいつ本当に人間か...!?」
「これだけの人数がいて剣が服にもかすらないってどんな化け物だよ...」
次々に驚きの声をあげながら気絶していく男達を華麗に無視して、ようやく縄から解放されたハルトは一人の男の元へ...
「...くっ...あ”あ”ぁぁぁ......」
声にならない呻きをあげている男の切り落とされた腕の先と残された腕の切り口通しを近づけ、とある薬をかける。
「ご主人様!?」
「なに?」
「どうして...その男は...!!」
「ああ、知ってるよ、僕を殺そうとした男だ。」
「なら...っ!」
「僕達は自分を殺そうとした奴の負傷を気にするほど善人じゃない。けど、目の前で苦しんでる人がいて無視するほど人でなしでもないだろ?」
「ご主人様がそう言うのであれば、私からこれ以上の異見はありません。」
「ありがとう、ルーナ。」
切り口にかけた魔術薬が反応し青白く光ると、ハルトは切り口を向きに注意しながら密着させて更に魔力を籠める。
すると、苦痛で酷く歪んでいた男の顔がゆっくりと落ち着きを取り戻していく。しばらくして、痛みが完全に引くと両腕は斬られる前の在るべき場所に戻っていた。
「さて、こいつらが起きない内に街で管轄の警備員に報告しに帰ろう。素材はその後だね。」
流石のハルトも、再び男の声を聞きたくはないようだ。
「はい、では参りましょうか。」
「あ、ルーナこれ」
ハルトから差し出されたのは手拭い...ルーナが戸惑っていると
「女の子が血まみれで街を歩のはやっぱり、ね。服は今はどうしようもないけど顔だけでもさ。」
「そ、そうですか...お気遣いありがとうございます......」
「じゃあ、行こう」
「はい。」
返事は先程と同じだが、その声がワントーン上がっていたのはハルトはもちろん本人も知らない。
拘束された者達を置いてその場を後にするハルト達を木の陰から見つめる1つの影があったことに誰も気がつかなかった......