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序章

初投稿ですので、温かく見守ってください^^

 ミンミン蝉の鳴き声が響く中(時々、ツクツクボウシッも混ざってる)いろんな意味で有名な作家、桐原孝也は舞い上がる埃と闘いながら、蔵中を引っかき回していた。新しい作品に絶対必要なある物を探しているのだが……。

 この江戸時代末期に建てられた蔵には、当然のことだがエアコンは無い。

 孝也は暑いのが大嫌いだ。もちろん寒いのも嫌いだ。そんなわがまま男に、喧嘩を売っているのかいないのか、蝉はうるさいわ、誇りだらけだわ、体を伝う汗は気持ち悪いわで、彼のイライラはMAXに達しようとしていた……。



 そして、そんな男の状態を知るはずもない哀れな子羊が一人、入り口に立つ。

 緊張と期待で頬を紅潮させて。今、肺いっぱい酸素を吸い込んだ。


 

 

 






「後藤そらです!よろしくお願いします!」 

 蝉(と、ツクツクボウシ)に負けない勢いで少女は最敬礼をした。

『人間関係の基本はまず挨拶だからね。挨拶だよ!』と、人事担当者の斉藤さんに念を押された上、彼のとっておきの挨拶も学んできたのだった。


 ──完璧だ!


 斉藤さんに心の中で礼を言いながら孝也の返事を待つ。

 しかし、数分待っても相手からの反応は無かった。全く無かった。完全に無視されていた。 



 ──あれ?失敗した……?かなぁ


 空は様子をうかがうように、そ〜っと体を起こして、恐々(こわごわ)問いかける。

「あの〜……先生?」

 

 …………

 …………


「桐原先生……です……よね?」

「……何だ?」

 空に背を向けたままで、孝也が面倒くさそうに返事を返す。

「私、後藤空と……」

「さっき聞いた」

「申しまして……」 

 イライラした口調でさえぎられたが、言葉は途中で止められなかった。

「あの……」

 こちらに振り向きも挨拶もしない男に、空はどうしたら良いのか分からない。


 …………。

 …………。

 …………。


「だ・か・ら・何だ!どこの後藤だ?何しに来た!とっとと帰れ!○○○○○!(ぴー)」

 沈黙に耐え切れなかったのは孝也だった。

 機嫌が悪いためか、元からなのか?音に出してはいけない言葉まで口にして。


 ──ひぃっっ 

 ギリッと振り向きざまに怒鳴る孝也に圧倒されて、空は一歩後ずさる。

 ──何か出てる!何か出てる!先生の周りに怒りのオーラみたいなものがっ……。

 

 更に。顔が良いだけに余計恐い。


 そう……桐原孝也は実は美男子なのだ。サラッサラの金髪に(元ヤン?)白い肌(引きこもり?)目鼻立ちの整った顔をしていて、右目の下にアクセントのような泣きぼくろがある。


「なんで逃げんだ?締めるぞ!テメェ」

 帰れと言っておきながら逃げると怒る。孝也は殺気をはらんだ声で、空が立っている蔵の入り口へと向う。


 黙ってさえいれば王子様に見えないこともない。

 だが空の眼には、自分の生き血を吸い取ろうとにじり寄る、やや目尻の下がった美しくも怖ろしい悪魔に見えていた。


 鼓動が早くなる。

もしかしたら……生きてここから帰れないかも知れない。ごめんね、みんな……《原稿もらって来たら五万円》に釣られて、こんな所に来てしまった私を許してね……。

 と言うか、助けて。この際誰でも良いから!


 魔界の王子が近づく──。

 空はじりじり後ろに下がる──。


 ようやく合点がいった。出版社を出る前に斉藤さんはもちろん、周り人達にも次々と『頑張って〜』と送り出された意味を。

 さっきまではあのエールを、アルバイト初体験の高校生に対する大人の励ましだと思っていたが。……世の中そんなに優しくはなかった。単に……



『あの先生、恐いから頑張って』だったのだ──。



 ──やっぱり大人は汚いよ。よりによって何故こんな人の原稿を取りに行けと?


 

 

 凶悪な笑みを浮かべながら孝也はついに空の眼前に立った。さぁてどうしようか?

「……ん?」

 ガタガタと震えながら、眼に涙を溜めて自分を見上げるこの少女にふと疑問を覚えた。

「お前……」

 額から流れる汗を拭おうと手を上げる。

「ひぃっっ」

 もうだめだ……ボコボコにされる!

「変質者じゃないのか?」

 …………。

 …………。  

「…………へ?」

 私が変質者?……意味が分からない。それにちょっと先生の怒りが鎮まったような?

「オレが変質者か?って聞いてんだ!ちゃんと返事しろっ」

 ぼけぇ〜と突っ立ったままの少女に孝也が再び悪魔になる。 

 ひぃっっ。やっぱり怒ってる〜。

 空は、なけなしの勇気を振り絞って口を開いた。

「わっ……私は、白堂出版はくどうしゅっぱんの斉藤さんに頼まれて……」

 震えて上手く喋れない。空の声はどんどん小さくなっていく……

「その……桐原先生の……原稿を預かりに……来ました。変質者ではないです」

 すみませんと頭を下げてから、恐る恐る孝也を見る。

「ふ〜ん。違うのか……。そんなら白堂から来たって最初から言えよ。紛らわしい」

 最近……名乗ってさえいれば、自分に近づいても良いと思っている輩が多い。

 気配を消して寝室に潜り込んでいたり、干す度に下着が少なくなっていたり、怪しい電話をかけてきたりと……

 夏になってから特に増えた。そんな奴らに情けなんて必要ないし、たとえ女だろうが容赦はしない。

 だから今回もいつもと同じだと思っていたが……

 ──なぁんだ、ストレス発散出来なくなったか……つまんねぇ。

 

「すみません」

 なんだかすっかり興ざめしたような孝也の声に、空はほっと胸をなでおろす。

 疑惑が晴れたみたい。でも……なぜに変質者?軽くショックだ。

 ──説明する暇も与えてくれなかったくせに……

 でも、これでやっと仕事が果たせる♪ここから出られる。

 

「それで、原稿はどこですか?」

ぇよ」

「……あっ……まだプリントアウトしてないんですね?それなら待ちますよ」

えもんはぇんだよ。言ってんだろ」 

 変態を寄せ付ける王子様フェイスに似使わしくない言葉の中に、寂しそうな音が含まれた。

「これから書くんだ。……その為に必要な本、探してる」

 そう言って、蔵の中に戻りかけてから一旦、立ち止まって振り返る。

「お前も手伝え。本が見つかったらすぐに書いてやる」

 金色の髪が太陽にきらめく……。


 だが空には孝也の美貌にときめく余裕など無かった……。

 ──無い……原稿が、まだ無い。私の夏のレジャーの経費は?怖いの我慢して聞いたのに……。

 ……まだこれから書くんだ。はあ〜。



 よし!探すぞ!

 先生も今は怒ってないみたいだし。

 本さえ見つかれば、原稿はすぐに書いてくれるって言ってたし……何より夏休みを楽しむ為には五万円♪

 

 空は孝也に続いて蔵の中へと入って行った。

 当分出られなくなるとも知らずに……。











                    〜おまけ〜




「う……」

 蔵の中に入ると空は呻き声をあげた。

 そこはまるで、賊にでも荒らされたかのように散らかっていたからだった……。

「言っておくが、盗むんじゃねぇぞ。いつかばれる……そこ、踏むなよ」   

 盗るなと言われても、空にはどれが売り物になるか分からないし、他人の物は盗らない。

 適当な場所にしゃがみ込んで散らかった物を片付け始める……こんな中から見つかったら奇跡だと思う。

「それから……見つけても、オレの後ろでいきなり大声を出すなよ」

 空が自分を狙う変質者ではないと分かってから、魔界の王子は眠りに入ったようだ。言葉や態度にもあの刺すような殺気は感じられなくなっていた。よほど嫌な目に会っているのだろう。

「分かりました。でも、どうしてですか?」

 何か音に反応するものでもあるのかな?

「いや……自分の背後でいきなり大声出されたら、普通びっくりするだろ?」

「まあ、そうですね……」

 確かにそうだ……分かる。──じゃあ、最初自分が挨拶した時……。


 ──びっくりしてたんだ……。

 


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