働き蟻たちのフォークソング(一夜限定スズナリの会)
錫蒔隆さんへ敬意と感謝のしるしとして。
昨日、どこかで誰かが練炭自殺した。それで火事になった。今朝、ニュースキャスターが話していた。パインアップルみたいな太陽が恋しい季節になったんだ。肺がちくりと痛むのはきっと、冷たい空気が流れ込んでくるせいだろう。
雑巾みたいな作業着で、僕は人混みに流されて歩いていた。雑踏とクラクションの不協和音が、僕の足を引き止めた。
年寄りの労務者がひとり、歩道に仰向けになって倒れている。僕とおんなじ作業着で。針みたいな北風にあらがうことを辞めてから、一体どれほど経ったろう。よくよく観てみると、亡骸の顔に朝露がへばり付いている。
スーツ姿の働き蟻がひとり、年寄りの顔に新聞紙を被せて去ってゆく。僕はたばこを咥え、その様子を眺めていた。僕がたばこを吸い終わるずっと前に、新聞紙は風に巻かれ飛んでいった。
年寄りの右手が何かを握っている。十一日目の鏡餅みたいにカチンコチンの指をこじ開けると、十円玉が四枚。僕は財布を取り出して、あと二枚、あげた。
やがて、青い信号の合図で巨大な交差点が、動き始めた。
完
お題「文章至上主義」で執筆させていただきました。
なお、本作は高石友也の楽曲「労務者とは云え」を下地にして執筆したものです。