小鬼(ゴブリン)
こん棒同士がぶつかり合い、乾いた音が響く。
力は良い勝負なのかもしれないが、僕にはスキルによる補正がある。
この時点ではっきり言って、同じグラウンドに立っていない。
僕のほうが上手なのである。
ただ一度打ち合っただけなのに、僕には確信が持てた。
それに、身長差だってある。
背の低い僕よりも、更に背の低い緑色。
「っふ!」
「ギィイ!」
体重を乗せた振り下ろしも可能であって、二回目の打ち合いは僕が振り下ろしたのをどうにか受け止めるだけだった。
そこは横に避けるなり、後ろに下がるなりすればいい気がしたが、退く気配は無かった。
敵ながらあっぱれというやつだね。
だからと言って加減なり、堂々とした打ち合いを続けるのは得策とは思えない。
現に少しながらも打ち合ったことによって手に痺れが来る。
回数はこなせないなと思い、一度後ろに飛び退き距離を置く。
相手は深追いせず、慎重な構えだ。
心なしか肩で息をしているような気がする。
やはり、僕のほうが有利だ。
これでは無駄死にだな。
勝機でもあったのか、それともただ単に武器を持たぬ相手に対して攻撃を仕掛けたくなかったのか…
「死にたがりなのか?」
「ギギギ…ギ、ギィ。」
僕の問いかけに返事をするが、分かっての事なのか?
僕のほうはもちろんなんと言われいてるのかは分からない。
ちょっと歯がゆく思えた。
「しかたない、か。己がせいを怨むのだな。」
「グギッ。」
少し恥ずかしそうな表情したぞ?
会話に齟齬があるのか。
いや、元より会話が成立してるとは限らないか。
ギーギーとしか相手は言ってないからな。
僕が攻撃するのを待っているようじゃあ、もとより勝つ気が無いみたいだな。
すり足で近づいている気もしないでもないが、微々たるものだ。
僕は横なぎにこん棒を振るう。
相手はとっさに防ごうとするが、かえって手の甲に当たるという結果となった。
零れ落ちるこん棒。
しかしながら、地に落ちはしなかった。
もう片方の手でキャッチしたのだ。
でも、いままでこん棒を握っていた手の甲からは血がにじみ、少しばかりか腫れている。
拳に力が入らないようだ。打撲かな。
構えなおそうとするが、僕は暇を与えぬように今度は反対側から横なぎに振るう。
こん棒同士がぶつかるが、相手の持つこん棒はそのまま弾き飛ばされる。
利き手ではないからか?
それとももう力が入らなかったからか。
仕方ないよな。
僕は、こん棒が飛ばされたほうへと呆けた顔を向けているヤツの頭上に自身が握るこん棒を振り下ろした。
その時、僕のほうへと顔を戻す、そいつの瞳に僕の姿が映る。
ああ、とても獰猛な笑みだ。
われながらどうかしてる。
でも…
「ハーイ。ソコマデダヨー。」
「ギーーーーー!!!」
相手の脳天へと迫っていたこん棒は途中で止まる。
あの声だ。
それと、傍観していたやつの声も聞こえた。
がしっと、腰に抱きつかれる。
しまった。
そう思ったが、攻撃される気配も無い。
それどころか、抱きつく緑色のヤツの顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃだ。
「おい、離れろ!」
僕は流石に、叫ぶ!
しかし、頑なに首を横に振り、更に顔を押し付ける。
もうグリグリと。
べちょべちょになるじゃないか!
「ププ、クク。コロシアイシテタキガスルンダケドネー。サホドノリキデモナカッタノカナ?」
「笑ってないでこいつを退かすなりどかすなりしてくれ!」
「エー。イマテガハナセマセン。」
「嘘付け。僕の手を止めているのは蔦だ。君の手は空いてるじゃないか!」
「コレハカザリデス。」
「…。」
僕の手は、蔦が絡まり物理的に振り下ろせなかった。
そして、蔦を伸ばしてきた木。
それは僕が拠点にしている場所に生えている一本の木から伸びていた。
その木の枝に座るは僕と同い年かそれより幼いように見える女性。
声の正体はその子のようだ。
手をパタパタと振りながら「カザリデス。」と言っているが、意味が分からない。
僕は目を鋭く細めながら睨む。
「オホー。コワイネコワイコワイ。サテ、ト。マンゾクシタカネ、コオニチャンタチ?」
小鬼ちゃん達?
「ギ。」
「ギ、ギギギィ。」
その言葉に返事をする小鬼。
やっと離れてくれたが、なぜ名残惜しそうなんだよ!
うう、服がテカテカシテル。
洗濯したい。
割りと切実に。
僕に殺されかけたやつも弱弱しく一声鳴いただけだったが、名残惜しそうに僕を見ていた。
「イヤーネ、コンナコトサセトイテイウノハナンダケド、イノチハダイジニ、ネ?キミタチハ、イキテイラレルジカンガミジカインダカラサ。ワタシミタイナセイレイトチガッテ。」
精霊?
にしても、凄いぎこちないというか、片言な喋り方だ。
本当にあの女性が喋っているのか疑問に思うくらいに。
本当はくちを動かしてるだけで、他の誰かが喋ってるって言われても頷ける。
「カイワジタイガヒサシインダ。ソコハ、ゴアイキョウデオネガイスルヨ?」
頭をコテンと傾けながらそんな事をのたまう。
一見愛くるしいようにも見えるが…
でも、人ではないと。
人間なんかではないと。
ヒシヒシと伝わってくる。
「ダカラセイレイダトイッテイルダロウ?モノワカリノワルイボウヤダコト。ソコノコオニチャンタチノホウガヨッポドリカイリョクガアルヨ~。」
「小鬼とはこいつらのことか?」
「ソウダヨー。マア、キミタチノイウトコロノ、ゴブリン。」
「…ゴブリンね。」
緑色のやつらより僕のほうが頭悪いと言われているような居心地の悪さから逃げるように質問するが、かえってきたのは、小鬼=ゴブリン。
ゴブリンと言えば妖精な気もするが、小鬼と言ってることから魔なる物である。
つまり魔物だ。
狩るべき存在だ。
しかしながら、狩れといわれただけであって、その相手の素性を知らされてるわけでもなく、ただこいつらだろうという理由から昨日は命を奪った。
「オット、シゼンノセツリダトコオニチャンタチハワリキッテイルンダ。ソレデモ、キノウハオスダケコロサレタカラ、ホカノリユウガアルノデハナイカトオモイ、イマノタタカイトナッタワケダヨ。」
雄だけを殺した?この僕が?
そんなの分かってやったわけではないのだけれど…
見分けつかないし。
そして何より…皆腰蓑だけだよ?
こう、なんか胸とか隠したりとかさー。
そう思って、僕が胸元を凝視したからだろうか…
ゴブリンは、恥ずかしそうに胸元を隠した。
…いや、遅いよ。
さっきまで普通にしてたじゃないか。