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だんぢりふぁいたーず  作者: 土葬くん
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第一話「私たちの団長になってほしいの!」

僕の出身地域に伝わる、というか、根付くだんぢり文化を、女の子たちで小説として書いてみました。お酒を飲んでいる、煙草を吸っている人物たちは、きちんとみんな30歳以上です。法に抵触しておりません。詳しくは、作中で描写したいと思います。

 関西国際空港に到着した時には、もう夜中の12時を回っていた。何本か前の便が遅延し、玉突き的に、立て続けに数便の飛行機の到着が遅れたのだ。10時には日本に着き、11時には実家の扉をくぐっているはずが、とんだ災難だ。

 まだ電車は出ていないものかと駅へ足を向けてみたものの、駅の明かりはすでに落とされていて、なんともやるせない気持ちになった。踵を返し、空港の方へ向かう。どこかソファでも見つけて今日はもう眠ろう。ああ、でも、僕と同じような境遇の人も多かろう、ソファはもう埋まっているかもしれない。

 なんて考えながら、駅と空港を結ぶ連絡橋の上で、湿気た日本独特のにおいになつかしさを感じていると、

 ぴりり

 携帯が鳴った。こんな時間にいったい誰だ。アメリカの知り合いには、全員、今日のこの時間には日本に着いているだろうということは連絡済みだから、よっぽどの馬鹿でないかぎり、こんな時間に電話をかけてくるなんてことは……。

 いや、あいつらならやりかねない。確かに、俺のつるんでいた連中はみんな馬鹿ばっかりだった。

「はいはい、いま出ますよっと」

 携帯のナンバーを確かめると知らない番号。一瞬、訝しんだものの、とりあえず通話ボタンに指をかける。

「Hello?」

「はろー! あ、ボンジュールだっけ? ぼんじゅーる!」

 馬鹿だ。

 電話越しの相手は、間違いなく馬鹿だ。けれど、アメリカの馬鹿ではない。ボンジュールはフランス語だ、バカタレ。しかし日本語? 一層謎は深まっていく。

「すいませんが、どちら様でしょうか」

 わざわざ、もしもし以外で応答したんだ。相手は僕のことを知っている日本の馬鹿だ。馬鹿に間違いはない。

「もー! あたしのこと忘れちゃった? あたし、あたしだよ!」

「すいません、私私詐欺でしたか、それでしたら……」

「ごめんごめん。わたし、遥。ほら、立花遥」

 立花遥! なんてなつかしい名前なんだ。それなら馬鹿納得である。5年ぶりの馬鹿丸出しの声が、あんまりにもなつかしくって、ついつい涙ぐみそうにすらなる。

「遥姉! 久しぶり。電話番号違ったから、分からなかったよ」

「へっへーん。あたしもスマホにしたんだー。アメリカの生活はどうだった?」

「楽しかったよ。でも、やっぱりちょっと寂しかったかな。久しぶりに遥姉の声を聞けて、安心したよ」

「それならよかった! 私も、こんな時間にかけた甲斐があったよー。いまは家?」

「いや、それがかくかくしかじかで」

「えーほんとに!? それなら、これこれしかじかで」

 という訳で、30分後。

 僕は遥姉の車に乗っていた。黒いボックスの軽四。本来貨物用の車らしい。どおりで助手席のクッションが悪い訳だ。振動がもろにケツにくる。

 深夜の空港連絡道を走るエンジンの音が甲高い。

「ありがとう、こんな時間に」

「いいってことよ。私と祐の仲でしょ」

 排煙のため、窓を開け放っていて、真横をトラックが通ると風がうなる。

「煙草吸ってたんだね。中学の時は、においが嫌いって言ってたのに」

「まあね。煙草は嫌い? 嫌なら消そうか」

「ううん、別に嫌いじゃない。ちょっと意外だっただけで」

 水色のパッケージ。メビウス3ミリ。アメリカでも売っていたが、向こうじゃ税金の関係で、貧乏学生にはとても継続的に買えるような代物じゃなかった。

「日本だといくら? 昔は430円だったと思うけど」

「いまはなんやかんやで500円。じきに、また値上げするらしいけど。その時になったら、やめようかな」

 ひとつ目の降り口を過ぎて、さらに加速する。エンジンが悲鳴を上げるみたいにうなって、なんだか恐ろしくなる。

「5年ぶりに帰ってきたってことは、もう向こうには戻らないの?」

「戻るかもしれないし、戻らないかもしれない。骨休めもかねて、自分のやりたいことを見つめなおそうかなと思って」

「ふうん、そっか。てことは、結構長くなることもあるんだ。それなら……」

「それなら?」

「あたしの友達に、祐のことを紹介してあげようかな。あいつらも、気になってるだろうし」

「友達? オトコ?」

「そんな訳ないでしょ。もちろん、女よ。たぶん、まだやってるだろうからちょっと連絡してみるね」

 言って、遥姉はスマホを取り出しながら、アクセルを更に踏み込む。時速100kmあたりで前後に震えていたメーターが、120kmまで一気に振れる。

「ちょっとトバすよー!」

……

120km/hで走り続けた貨物用軽四はまもなく岸和田降り口でスピードを落とし、臨海線に入った。さすがに一般道ではトバす気もないようで、60km/hの時速が妙に遅く感じる。

「あそこのスーパー、おととし潰れちゃったんだよね。やっぱり、生協の力は偉大よね」

 中学生の頃、よく遥姉に連れられて、映画を見たり買い物をしたりしたスーパーの跡地を尻目に、右折する。

「『まだやってる』、って言ってたけど、なにか集まってるの?」

「うん、まあね。でも、その集まりに祐を直接連れていく訳には行かないから、ちょっと待ってもらうことになるかも。ごめんね」

「……ちなみに、何の集まり?」

「……聞きたい?」

「いや、いい」

「まあ、今日は無理だけど、すぐに紹介したいかな」

 なんの集まりだろう。と少し推理してみるも、まったく見当もつかない。高校の同窓会? 仕事先の人間? なんにせよ、また紹介してくれる機会があるというのだから、無理に考えなくてもいいか。

「そろそろ着くよー。お、ちょうど終わったところみたい」

 パン、とクラクションを鳴らすと、たむろしていた2人がこっちを向く。

 大柄な女性と、

 小柄な女性。

 2人とも煙草を口にくわえていて、遥姉の喫煙も彼女たちの影響なのかしらと、考えつく。

「2人ともお待たせ。紹介するわね。この子が、立花祐。私のいとこの子だから、片いとこ、になるのかな」

「初めまして。立花祐です。えっと、お二人は……」

「私は青島聖ってんだ。よろしく頼むよ」

「明智美希。あなたのことは、遥からよく聞いているわ」

 青島さんと明智さん。聞くところによると、遥姉は、僕のことをずいぶんと彼女たちに話していたらしい。それはもう辟易するくらいに。

 中学の頃から、遥姉は自分の関心のあることを他人に話す時には、井戸端のおばちゃんみたいに、際限がない。これは、実際に僕もてひどく体験してきたことだから、彼女たちにも同情を禁じ得ない。

「立ち話もなんだし、どこか居酒屋にでも行こうぜ。飲みたりねーぜ。遥も、車停めといでよ」

「明日日曜日だし、別にいいけど……。あんたの方こそ、明日仕事じゃないの?」

「私も明日は休みだよ。祐、あんたも来るだろ?」

「え、あ、はい。みなさんがいいなら」

「いいもなにも、私たちはあんたの話が聞きたいのさ」


 駅前の居酒屋に着いた時には、時刻は1時を過ぎていた。閉店は2時と聞くと、えらく飲みたりなさそうにしていた青島さんが、唇を突き出して悪態を吐いていた。

 日本酒、ビール、焼酎、と3人が立て続けに注文するもんだから、なにかしらカクテルでも注文しようかしらと考えていたのに、意味もない対抗心というかなんというか、ついつい同じくビールを頼んでしまった。

「祐もビール飲める人なんだね。あたしは、どうにも麦くさいのがダメなのよね」

 本当は僕もあまり好きではない。が、見栄で注文したもんだから、うん、まあね、と適当に相槌を打っておく。

「アメリカに留学してたんだっけ? 賢いなー、祐は」

 と、青島さん。さっき来たばかりのビールがもう半分以上減っている。

「向こうじゃ遺伝子工学を専攻していました」

「それは、いまの世界的な男性不足を受けて?」

 明智さんも早い。独酌で器を満たすのが継ぎ目ない。

「はい、そうです。まあ、現状、手詰まりっちゃ手詰まりなんですけど……」

 負けじとビールを掻っ込む。が、やはり遥姉と同じで麦臭いのが少し嫌になる。

「中学生の頃から、いろいろ小難しいこと言ってたもんねぇ。先は博士か大臣か、なんて言われてたもんね」

 ちびりちびりと、遥姉は気怠そうに焼酎のグラスを傾ける。

「向こうって、どんな感じなんだい? 私は、生まれてこの方二十数年、日本どころかこの辺りから出たこともないもんでね」

「雰囲気が違うだけで、実際の生活なんかは大して変わらないですよ。まあ、はじめのうちは、食べ物や飲み物で難儀しましたけど……」

「向こうのハンバーガー屋さんって、日本のラージサイズよりももう一回り大きいのがあるってホント?」

「そうそう。エックスサイズって言ってね。そもそも、向こうのSサイズが、こっちのLサイズ並だけどね」

 他愛もない会話が続く。遥姉と青島さんは気さくに話しかけてくれるが、僕にはす向かいに座る明智さんは、店に入ってきたからというもの、ほとんど口を開かない。それでいて、ジト目気味でいるもんだから、正直少し怖い。

 と思いきや、ふと彼女を正面に捉えると、顔が真っ赤であることに気付いた。話によると、合流するmでにすでに酒が入っていたと聞くが、実はその時点でずいぶん飲んでいたのだろうか。

「祐、美希のことなら放っておいていいぞ。こいつは、酒がからっきしなんだ。寄り合いでも、ビール一本空けるか空けないかくらいだったしな」

「別に言わなくたっていいだろう、聖。こればっかりはどうしようもないんだし」

 明智さんが口をとがらせて反駁する。

「だから、別に私は怒っている訳じゃないし、そんな顔をしなくてもいい」

 ぎくりとする。彼女には僕の内心を見抜かれてしまっていたようだ。恥ずかしいやらなにやらをごまかすために、残った半分のビールを一気に飲み干して、近くを通りかかった店員さんに、もう一杯のビールと、それからポテトフライを注文する。

「お、いい飲みっぷりだね。あたしも、もひとつビール頂戴!」

 フロアに残る客は僕たちだけのようで、速やかにビール2杯と、ポテトがテーブルにやってくる。青島さんは嬉しそうにジョッキを傾ける。つられて僕もジョッキをあおる。

 時刻は1時半。女性の店員がラストオーダーですと言うが、青島さんも満足したたようで、首を横に振る。。テーブルの上の空いたグラスやお皿が回収されて、綺麗になったところで、

「さて」

 先ほどまで、がははと笑ってビールをあおっていた青島さんが、ふいに居直って、真正面に座る僕を見据える。ただならぬ空気。思わず背筋が伸びる。

「や、別に祐はそんなにかしこまらなくたっていいんだよ。居住まいを正さなきゃいけないのは、むしろ私なんだから」

 顔を真っ赤にしていた明智さんも、隣に座っている遥姉も、僕の方を向いて、それぞれ手遊びなんかして、場の緊張のボルテージがぐいぐい上がっていく。

「な、なんのお話、ですかね……」

 考えられる可能性は複数ある。ここは、もしそうであった場合、一番厄介なケースを最悪の場合として想定しておこう。例えば、そういきなりこの3人の中から1人選んで、婚姻を迫られる、とか。一見荒唐無稽な話かもしれないが、案外、ありえない話ではない。どころか、僕がアメリカにいた時には、いくつかそういう実例を聞いたことがある。幼馴染であった2人の女性が、ショットガンを持っておしかけてきて、男性に結婚を迫ったのだという。世界的な男性不足の現状、こういったことも起こりうるのだ。ま、最悪にケースだけれども、

「えっとね、祐……」

 ごくり。生唾を飲み込む。吸った息を吐けないくらいに胸が詰まる。

 ぴくり。遥姉の肩が跳ねる。丸い、大きな瞳が、一段と大きく見開かれて、僕の両目を正面から捉え、


「あたしたちの、団長になってほしいの!」


「はぁ」

 対する僕の返事は、返事をした僕自身があっけにとられるほど間の抜けたものだった。

 団長、団長とはなんだ。まさか断腸ではあるまい。

「まあいきなりこんなこと言われても、当然反応に困るよね。えっと、いちから説明するとね」

「青年団っていうのは」「それで、骨折して」「それがもう最後の年で」「実は」「でも、そうすると」「だから団長探してて」「それで……」

 身振り手振りで必死に説明してくれるが、遥姉の説明は要領を得ない。なにしろ馬鹿だから。なんとなく、ふわっと事態は理解できたが、なにが一番肝心なのかがいまひとつ伝わらない。

「まあ、要するにだ。本来団長を務めるべき男が、怪我で入院していて9月の祭礼に間に合わない。だから、君に代役を頼めないかという訳だ。あわよくば、次年度以降もお願いしたい」

 明智さんが端的にまとめてくれた。

「その、青年団っていうのは、もしかしてあれのこと?」

「そう、あれのこと」

「みんな、もしかして青年団の人たちですか?」

「そう、もしかしなくとも」

「で、団長というのは」

「そこの一番偉い人」

 返答に窮した。もちろん、答えはノーに決まっている。日本に帰ってきていきなり、名前は知れども実情は知らぬ組織の長になれと言われて、はいと応えるような人間はいない。だのに、僕が即決で否の言葉を発せなかったのは、彼女たちの面持ちが、目が、あまりにも真剣で、容易に拒否する言葉すら喉で詰まってしまっているのだ。

 だが、彼女たちが真剣であるからこそ、生半な返事は返せない。

「お断りします」

 頭を下げて、拝辞を述べる。

 彼女たちの真剣さは、その眼差しや態度からいたいほどに見て取れる。青年団がどのような組織なのかはわからないが、少なくとも団長を欠いたまま、例の祭礼を執り行えるようなものではないのだろう。

 いくばくかの沈黙が流れ、そろそろこの静寂さえも痛々しく、いたたまれないものとなってきた時に、

「そっか。そうだよね。ごめんね、祐、急にヘンな話しちゃって」

「まあ、そりゃあいきなり団長やれ、って言われてもふつーは断るわな」

「となると、ことは聖が団長か」

 先ほどまでの活気を取り戻して、三者三様にしゃべりだす。が、そこにどうしても落胆の色はぬぐいきれない。申し訳ないと思いながらも、だからといって、適当な気持ちで引き受ける方が、彼女たちに対して不誠実だ。

「あら、もうこんな時間。ずいぶん長く話し込んじゃったね。祐の家は、ここから近かったよね」

「うん、蛸地蔵のすぐそば。遥姉は知ってるとして、お二人も近いんですか」

「まあそう遠いとこにある訳ではないよ。それじゃ、そろそろお暇しようか」

 お支払いは聖さんが引き受けてくれた。二度ほど割り勘にしようとごねてみたが、彼女が強く突っぱねるので、三度目は失礼かと思って辞退した。帰り道、遥姉に聞いたが、年下におごるというのは、青年団に古くから根付く風習であるらしかった。

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