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ロイスの口から放たれた言葉は衝撃的なものだった。
王子であるロイスが自分の国であるオスティア王国を滅ぼすというのだ。
このような重大な発言を聞いて四人は驚き、言葉を失うかのように思えた。
しかし、四人の反応は予想に反するものだった。
「ロイス様、ついに向かわれるのじゃな。しかし、覚悟はしていたつもりじゃったがいざ決起するとなるとなんとも言えにくいものじゃな。」
そういっていつものように長いひげをさすりながら深く息を吐き出す。
「私たちは、ロイス様のため、国のため命を投げ出す覚悟でついていきます。」
普段はどちらかというと大人しく、自分の気持ちを前面に示すタイプではないカイルが目を見開き決意の声を上げた。
ロイスのためというのはまだわかるが、国のためとはどのような意味なのであろう。
国を滅ぼすということが国を救うことになると言っていることになるわけである。
滅ぼすと救う、という相反する二つが等しい意味になるわけを少なくともこの場にいる人間は知っていた。
「お前らの守りたいものをすべて背負う王になる、俺についてきてくれ。」
決して叫ぶような大きな声ではないが、静かに力強い王としての初志を掲げた。
どんな言葉でもふさわしく表せないほどの高揚感が彼らを包み込んだ。
ロイスほどの男が自分たちのために戦ってくれる、自分たちを導いてくれる。
ロイスの見ているものが自分たちを救う程度のちっぽけなものだけではないことは重々承知であるが、それでも感謝せずにはいられなかったのである。
次の日の夜、予定した通り砦から1000人のロイスの精鋭とともに王都アルカスに向けて出立した。
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オスティア王国は大陸の南部に位置し、領土も他の国と比べれば小さい国である。
領土が小さいということはもちろん国民も他国と比べると少ない。
国の北部、つまり他国と接する部分は険しい山々に遮られていて、国から出ようとするにも、入ろうとするにもパレスの砦のような砦を通過するのが普通である。
商人からすればしっかりと街道が整備されていて、野盗なども出ないように警備されているため別に特段商売がしにくい国ではなかった。
しかし、他の国にとってはこれが実に大きな問題であった。
時代は弱肉強食であり、弱者が強者に食い物にされるというのは国レベルでも同じである。
弱者であるオスティア王国は強き国に飲み込まれてしまうはずなのである。
だが、国はまだ滅んではいない。
そしてここまで滅んでないのにはそれなりの理由があった。
オスティアには金や鉄などを産出する鉱山の類もなく土地も狭く、民も少ない、いわゆる支配する利が少ない国である。
良いところと言えば、海に接しているため塩をとれることや土地が肥沃なところくらいであろう。
利が少ないだけならば、まだいいのであるが国境の砦が厄介で仕方がなかった。
国の兵士のほとんどを国境付近の砦に集めていて、その上、国随一の戦上手が集まっているのだから容易には落ちないのである。
まあ、それでも多数の兵と、時間さえかければオスティア王国くらいわけなく滅ぼせるであろう。
しかし、戦争には金がかかるということを忘れてはいけない。
なんの消費もなく命ずれば動く神から与えられたような代物ではないである。
そのような戦争を長引かせて何の考えもなく金を浪費し続ければ国はどうなるか考えずともわかるであろう。
加えて、それだけの浪費をして得た国が利の少ない国でしたでは笑い話にもならないであろう。
まあ、それでもパレスの砦にたびたび攻め込んでくるバレル帝国のような輩もいる。
オスティア王国が現在まだ滅んでない理由はまだあるが大方こんなものであろう。
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ロイスが率いる1000人の兵は道中野盗に襲われるなどの問題もなく、出発した次の日、太陽が真上に来るころには王都アルカスに到着していた。
アルカスはオスティアで最も大きい都市である。
他の街はせいぜい人口が数千人~一万人単位の農民が主の小都市が転々と存在するだけであり。アルカスを除けば都市と言えるものはアルカスのさらに南にある都市ぐらいであろう。
オスティアには王族、貴族、騎士、平民の4種類の人間がいる。
王族は王やその親族のこと、平民は商人や聖職者、農民、漁師、鍛冶師など様々な人たちがいる。
ここまではいいが、貴族と騎士が非常にわかりづらいものとなっている。
騎士とは武を司るものであり、個人が王さまから叙任されること階級である。
貴族は政を司るものであり、個人ではなく家に対して王が特権を与えた階級である。
しかし、貴族でありながら騎士に叙任されている場合が多々ある。
王都以外にも小都市はあり、そこの統治は騎士が行う。
貴族出身の騎士が統治している場合や、純粋なる騎士が統治している場合の二つがある。さらに、騎士に叙任されても領地をあたえられ統治を任せられるわけではない。そのような騎士はとても貧しく、多くは貴族に囲い込まれている。
それ以外の騎士は王の近衛兵になる者や前線の砦に派遣される者などいる。
このように、騎士でありながら貴族のような者もいるし、貴族でありながら騎士のような者たちがいる。
余談であるが騎士というと国に中性を誓った崇高な戦士のように消えるが実際はそんなことはない。
王に騎士の地位を叙任されていても、自分の立場によって忠誠を誓う相手が違う。
王に忠誠を誓うもの、貴族に中世を誓うもの、自分の領地を一番と考えるもの様々いた。
人の意思を統制するのは容易なことではないのでこれは仕方のないことである。
経済的な裕福さは王族や貴族が優れているわけであるが他の国でも同じ様な構造であるので特にこれはおかしいことではない。
表面的に見れば平民は貧しい、重労働で苦しい生活のように見えるが、実際はそれぞれの身分で同等の苦労があり、自分以外の苦しみなど知りえないだけである。そして、お互い自分が一番苦労していると思っていないとやってられないのである。
平民の人口が一番多い以上、世間一般的に平民が一番苦しいという風潮になっても仕方がない。
まあしかし、だからといって平等がどうであると騒ぎ出す輩はこの世界にはいない。
そもそも自由や平等なんてものはこの世界には存在しない。
身分があり、それに準ずる制約があるのである。
農民は王から国の土地を借りている以上、税を納めなければならない。
騎士は領地の統治を任せられている以上、そこに住まう人の統治をおこなわなければならない。
貴族は国の政を任せられている以上、国の行く末を示していかなければならない。
国は王のものである、王が国のすべてを決めて導き守らなければならない。
その道から外れるようなことがあればだれであってもどの身分であっても突きつけられる運命は大した差はないのである。
久しぶりに来た王都アルカスは相変わらず立派だった。
ロイスは南部の都市に行ったこともあるが規模で言えば同等かもしれないが王都というだけあって豪華絢爛さで言えばオスティア王国では比類なきものであった。
王都アルカスは人口50万人超の大都市である。
すべての人がす城の中の区画に居住できるわけはなく、ほとんどの住民は当然ではあるが市壁の外に住んでいる。
王族や貴族、一部の裕福な層たちが居住している区画が中心にある。水の張った深い堀に石造りの高さ5メートルほどの城壁は囲まれ、堀を超えるには跳ね橋を渡らなければならない。城壁の中には石造りの6メートルはあろう塔がまばらに立っていた。そして、王族が住む贅の限りを尽くした宮殿やそれには少し劣るが貴族や大商人のなどの富裕階級の屋敷が並んでいた。
その城壁の周りに富裕層まではいかないが中流階級の貴族や騎士たちの屋敷が城壁を中心にして帯状に連なっている。ここに5万人ほどの人間が住んでいてこの区画を覆うようにして高さ3メートルほどの市壁に囲まれている。
50万人都市と言いながら実際は市壁の中に住んでいる人は6万人程度なのである。ではなぜ50万人都市といわれるのかというと市壁の近郊に衛星都市が多く存在し、その都市に住んでいる人を合わせるとその程度になるというだけである。
そもそも、50万人超がまるまる居住できる都市などこの世界にはほとんどない。市壁を建造するには多大な労働力と金がかかるのである。
オスティア王国にも大規模な市壁を有する都市は王都と南部の都市、それと国境付近の砦ぐらいのものである。
王都アルカスの市壁を抜け、中流階級の家々が立ち並ぶ道をロイスの一団は歩いていた。
彼らが王都を訪れるのは珍しいことではない。前線での戦況の報告や人員の補強、食糧の輸送などを王に依頼しに来なければならないのである。
さすがに、敵国が攻め込んできている最中にそんなことはしないが機会を伺って王都に来なければ人員の補強も食料の輸送もてんで出鱈目なものを寄こしてくるのである。
以前はろくに弓や剣すら使えない兵を送ってきたときは何かの嫌がらせにすら感じられた。
砦が抜かれたらこの国は終りだというのに貴族や王たちは頭が悪いのではないかとロイスは常々悪態をついていた。そして、手紙などで言ってきかないなら直接行くしかないと始まったのがこの王都訪問である。
ロイスはこの訪問が大嫌いであった。砦を維持するのには金も人員も必要不可欠であるのにその出費を出し惜しみしようとする貴族が多数いて、そのような人種から経費をもぎ取らなければならないのである。ここまで来るのだって本来必要のない経費がかかり、少しの間ではあるが指揮官が砦を離れて前線の指揮系統が混乱する可能性も考えられるのである。この訪問は完全に無駄な行為である。
まあ、その無駄な訪問を利用させてもらい今までのツケは今回まとめて払ってもらえばいいとしようとロイスは考えていた。
一団が中流階級の居住区を抜けてもうそろそろ吊り橋にたどり着こうとするとき、先頭のロイスが最後尾にいるカイルの方にやってきた。
「全部うまくいくさ。大丈夫、大丈夫だ。」
ロイスはいつもの様子と変わらないがカイルはそうはいかない。
だれが見てもわかるほど落ち着きがないというほどではないが長年一緒に過ごしてきた者からするとどこか落ち着きのないように感じられた。ロイスはそんなカイルのことをすべて見透かしているようだった。
「わかっています。わかってはいるのですがどうも・・・・・・すいません。」
ロイスの考えた計画がいくら良くても実行する兵たちが肝心な所でとちってしまえばすべて無駄になるのである。そうなれば王族であろうと反逆の罪で首が飛ぶことは間違いない。
考えれば考えるほど平静を保つことは困難になるのであった。
この作戦とて短絡的に決まったわけではない。
一番確実で勝算があるものを選択してこうなったのである。
ロイスの頭の中ではもう結果はわかっていて、あとはミスなく実行するのみであり、だからこそ、部下たちに大きなプレッシャーがかかるのである。
「俺は心配してないよ。首尾よくやってくれ、期待してるよ。」
子供のような笑みを浮かべて手をひらひらと振って一団の先頭の方に戻っていった。