第7話
「ありがとうございました。」
「い~え、いつでも使っていいですからね。」
「はい、またお願いします。」
なんと、今日は珍しくも職員室からお送りしています。会話を交わしているのは、英語を担当している川田先生。私よりかなり年上だと思われるが、はつらつとした笑顔と明るい口調はあまり歳を感じさせない。
「だけど、コピーする度にここまで来るんじゃ大変よね。事務室のコピー機、まだ直してもらえないの?」
「頼んではいるんですけど…。」
「ああ教頭でしょ、あの人しぶちんだからね。」
しぶちんって、川田先生…。
「でも、いい機会なんじゃない?」
「?」
「だって、こんな事もなければあなたずっと事務室から出てこないじゃない!」
いえ、教頭室には行きます。
「授業中はいないけど、結構若くて活きのいい先生も沢山いるから、話でもしたら良いんじゃない?」
声、声が大きいッス!注目集めてるッス!
何事かと他の先生方がチラチラとこちらを見てくるのにいたたまれなくなった私はお礼を言って逃げる様にその場を後にした。
職員室を出ると授業中という事もあり、廊下に人の姿はない。先程コピーした書類の束を抱え歩いていると、中庭の大きないちょうの木が目に入った。
そういえば、井上さんの奥様の具合はどうかしら? などとボンヤリ考えながら歩いていたのがいけなかったのか、曲がり角にさしかかった所で人が急に現れたのに気付かず、派手にぶつかって、尻餅をついて転んでしまった。
「「すいませんっ!」」
「大丈夫ですかっ!?」
同時に謝罪を口にしたその相手は何の影響もなかったらしく、こちらをに気遣う言葉をかけながら高い位置から手を差し出してくる。
「だ、大丈夫です。」お尻は結構痛いけど、そこは気にせず顔を上げる。
うわおぅ。…やっぱ乙女ゲームだ。
いやいや、きっとこの学校の教員採用資格に顔面偏差値もあるんだな。
ぶつかった相手は、一言で言うと甘口イケメン。
タレ目の目尻にはテンプレの泣きぼくろ、長めの髪は軽く後ろに流している。着なれた感のあるジャージー姿は様になっていて、おそらく体育教師なのだろう。しかも東雲先生程ではなくともこれまたお声も良いなんて、顔が良いと声も良い説が立証されつつあるようだ。
うん?この声どっかで聞いた事あるような?
「本当にすみません!」
「いえ、私も余所見していましたし。こちらこそすみませんでした。」
多少気恥ずかしい気もするが尻も痛いし、有難く差し出された手を取り立ち上がる。
「体育を担当してます早瀬蓮二と言います。失礼ですが?」
「初めまして事務員の仙道と申します。」
軽く頭を下げる。その際職員証を見せるのも忘れない。当たり障りない口調で自己紹介する早瀬先生だけど、やはり見覚えない人物には警戒していたんだろう。名前を告げると、掴んだままだった手の力が抜けた。
「どこか痛い所でも?」
チャラい見た目に反して、怪我の有無を確認する為に私の全身を見る視線は気遣う色しか見えず、丁寧な物言いも相まって私の中の好感度が上がった。ピロリ~ン!
だから乙女ゲームじゃないって。
冗談はさておき転んだ衝撃でばらまいてしまった書類をサササッと拾い集め「本当に大丈夫ですから」と軽く会釈して横を通り抜けようとしたら、グンッと腕をつかまれた。
おぉっと危ないっ。さっきまで怪我の心配してたやんか、その割りに扱い雑だな、おい。
「やっぱ心配だ、念のため保健室行きましょう。」
「はい!?」
大丈夫だっつとろーが!話聞いてた?
ポロ~ン。はい今好感度下がったぞ!
「いやいやホントにどこも怪我してませんって。手を離して下さい。」
一向に離される気配のない腕を振りながら軽く睨むが、疑わし気な顔はそのままに手が離される事はない。
確かに尻が痛いがそれはイマイチ言いにくいし、かと言って彼も引く気配はなさそうだ。どうしたものかと悩む私に痺れを切らしたのか、一言「行くぞ。」と歩き始めてしまった。
保健室といえばセクシーヴォイス東雲がいる。
また耳元で囁かれた日には尻が治る前に腰がやられそうだ。
ガラッ!「入るぞ。」
結局なす術なく連れてこられてしまった…。
「ノックをしなさいと何度言ったら…」
デスクに向かい仕事中らしき東雲先生は眉をしかめながらこちらに顔を向けると、そのままピタッと動きを止めた。
「「?」」
一点を見つめたまま微動だにしない先生の視線の先を辿ってみると、そこには逃げない様にしっかりと握られたままの私の手首とそれを掴む早瀬先生の手があった。
「出会い頭にぶつかっちまって、彼女どっか痛めてるみたいなんだ。ちょっと診てやってくれるか。」
東雲先生の態度に不審な表情をしつつも、早瀬先生は私を前に押し出す。そういえば、さっきから言葉使いが若干粗雑になってるんだけど、これが素なのかな?
「!? 大丈夫ですかっ、さぁこちらへどうぞ!」
すごい速さで移動してきた東雲先生は早瀬先生の手を叩き落とし、そのまま私の手を取った。
「いえ本当に痛いとこなんて無いですからっ。」
「嘘つけ、さっき立った時一瞬顔しかめてたろ。」
ちっ、早瀬めよく見てたな。
たしかに立つ時ズキンと痛みが走ったが、おそらく軽い打ち身で二、三日は座布団くらい用意した方が良いかもしれないが、所詮その程度だ。ここでイケメン2人の前で尻が痛いなんて言うなんて言う方が恥ずかし過ぎる!お医者さんなんだから気にするのもおかしいとは思うものの、やっぱり東雲先生に診てもらうのは………無理っ!!
「あ、あれ、なんだか良くなってきたみたいです。なので戻りますね。」
じりじりと後退りしながら、逃げの態勢を取る。が、敵は簡単に逃してくれないみたいだ。捕まれた手はビクリともしない。
「駄目ですよ、しっかり診ておかないと。貴女の肌に醜い痕でも残ったら大変だ。おい、ぶつかった時の状況を説明しろ。」
後半は早瀬先生に向けてのセリフだ。顔は私に向きながら横目で睨むもんだから、早瀬先生は若干吃りながらその時の状況を話した。
「なるほど、わかりました。早瀬先生は迅速にここから立ち去って下さい。。」
「なんだよ、急に。俺がいちゃまずいってのか?」
「ええ、まずいですねぇ。彼女が恥ずかしがります。」
そう言いながら、先生の大きな瞳は怪しくカーブを描いた。
あ~あ、この人わかっちゃったね。
「さぁどうぞ」半ば諦めて、促されるままに足を進めていると…、
「東雲センセー!美紅来ちゃった~♪」
突然ガラッと開いたドアからツインテリボンの美紅嬢が飛び込んで来た。
今だっ!「失礼しましたっ!」
一瞬の隙をついて捕まれた手を降りほどき、私は脱兎のごとく逃げ出したのだった。
主人公脱出後
東『あ~あ、逃げられた。』
早『あの走りなら怪我はなさそうだな。』
東『やっと来てくれたのに…』
早『何かいったか?』
東『……お前にはイロイロと話がある。』
早『お、おいっ。』
美『?』
みたいな会話があったかも。