第51話
「んんっ、んっ、はぁ、せんせっもう、んんっ!」
「はぁ、んっ、ちゅっ、…なに?」
「せんせ、もう、やめて…んん!」
「駄目ですよ、これはお仕置きなんですから、ちゅっ、貴女が俺の愛を信じてくれるまで続けますよ、んっ」
現在の私の状態はなんとソファーに座った東雲先生の腿の上を跨ぐように座らされ、しつこい位に唇を貪られている。
私の口腔内で触れてない所はないんじゃないかというくらい東雲先生の舌は我が物顔で動き回っており、途中私が酸欠になりそうになると少し口をずらしてくれるが、すぐさま先生の舌が暴れだすので段々と私の意識が朦朧としてきた。
東雲先生の首にかけさせられた腕の力もなくなってきて、私の体がずり落ちていくのに従っていると、気づけば私の視線の先には眼鏡を外した東雲先生の顔とその後ろに初めて見る天井があった。
「しぇんしぇ?」
長時間唇をなぶられ続けた私は完全に呂律が回らなくなってしまった。しかも、頭に酸素が足りてないのかこの体勢が押し倒されている事に気づいてもいない。
「ごめんなしゃい、しぇんしぇえ……ゆる、して?」
普段であれは絶対にしない物言いをしながら涙目で許しを乞う姿を見て、東雲先生は大きな瞳を更に広げると一気に顔を真っ赤に染めてうつ向いてしまった。
「…そんなん反則だろ、くそっ!たまんねえ…」
「? まだ怒ってます?ごめんなさい…、」
ちゅっ。
「だから怒ってませんって。俺こそやりすぎたな、ごめん。…………嫌だった?」
先生は額にひとつキスをすると不安そうな顔で訊ねてきたので、私はブンブンと頭を横に振ると東雲先生は安心したのか、「良かった」と呟いて、唇に触れるだけのキスを落とした。不思議な事に唇の感覚がなくなるんじゃないかと思う程の濃厚な口付けを交わした後なのに、一瞬触れただけのキスがシビれるくらいに気持ち良かった。
「何度でも言うよ、俺は真紀子の事が好きだ。愛してる。この先真紀子を手放す事なんてあり得ないし、別れるなんて日は絶対にこない。……お願いだから俺の気持ちを疑わないで」
「はっ、はい、」
「……本当にわかってる?今日からずっとここに住むって事なんですよ?」
「はいっ、え、はい?ずっと?え?それじゃ部屋探しは…、」
「そんな事絶対にさせませんからね!次に引っ越す時は俺と一緒にですよ、わかりましたか?」
「…………」
それって、それってまるでプロポーズみたいじゃないですか!あれ、私達今日から付き合い始めたとこだよね?
「東雲先生…、あの、それって……、」
「ちゃんとしたのはまたしますから、楽しみにしてて下さいね」
「え?ちゃんとしたのって、ええっ!?」
そう言って、東雲先生は私の左手の薬指にキスをした。
本気ですか!?嘘でしょ?あ、いや、嫌じゃないんだけど、むしろ嬉しい……って、いやいや、いいの?そんな簡単に決めて良い話じゃないよね!
「ダメダメ!そんなの駄目です!!」
「……え?」
「そんな一生の問題を簡単に決めちゃ駄目です!私が何も出来ない女だったらどうするんですか?他にも浪費家だったりとか、う、浮気性とかだったら?まだお互い何にも知らないのに期待させるだけさせといて、やっぱりやめますなんて言われたら私っ…、んんっ!?」
喋ってる途中なのに突然口を塞がれて思わず頭をよじって逃れようとしてしまったが、頬を両手で挟まれてしまい動かす事ができない。今度は唇自体を舐めたり時には噛むように挟んできたりして散々味わいつくされてしまった。
「全く…わからない人ですね、何回言えば信じてもらえるんですかね。俺が真紀子を嫌いになる事なんてありませんよ。何も出来ないなら俺が全部やるから貴女は俺の隣で笑ってるだけで良いんですよ、浪費家?望むところですよ、それ以上に稼ぎますから。流石に浮気性は困りますけど、そんな気が起こらないくらい愛してあげますから心配ありませんね。さあ問題解決です、他に言いたい事はありますか?」
「えっ…でも…そんな……、なんで、そんなに私の事好きになってくれたんですか?」
色々言ってたけど結局はそこが私の一番気になる所なんだ。私のような平々凡々な女が東雲先生みたいに格好良くて身長も高くて優しい上にお医者様だなんて優良物件な人が一生共にして良いと思うくらいの魅力があるとはとても思えない。何度信じてって言われても、ごめんなさい、やっぱり信じられない……。
「わかりません」
「は?」
「だからわからないんですよ。貴女を好きになった理由なんてない、ただ真紀子の全てが欲しいだけなんです。全部好きだなんて嘘っぽくて言いたくないんですが、本当に全部好きなんです。……真紀子は?逆に聞きますが俺のどこが好きなんですか?」
逆に聞かれてしまったが、確かにそう問われると困ってしまうな。容姿?性格?……うーん、どれも好きだけどそれが理由だとは言い切れないな。なんで私先生の事好きになったんだっけ。
そういえば、早瀬先生に宿題を出されて―――――、
「先生、私が他の男性と抱き合っているのを想像してみて下さい」
「はあ!?なんでそんな胸糞悪い事想像しなきゃならないんですか!想像するまでもない、腹が立って苛ついて相手の野郎を殺したくなりますがそれが何か!?まさかそんな男がいるとか言わないですよね!?」
「あ、いえ!そんな人いないです!すいません、ただの例え話ですから!」
「はあ…、心臓に悪い事言わないで下さいよ。しかし、いきなりなんでそんな事言い出したんです?」
「以前早瀬先生に言われたんです、東雲先生が他の女性と抱き合ってるの想像してみろって」
「……それで、想像してみてどうでしたか?」
「嫌だと思いました。……東雲先生が他の女の人と結婚して子供が生まれるまで想像してしまって、一晩涙が止まりませんでした。その時に東雲先生の事好きなんだって確信したんです。私も同じですね、理由はわかりません。でも先生には他の女とは歩いてほしくないって思ったんです」
口に出して言ってみると、色々と絡まっていた感情がストンと心に収まっていく気がした。先生のどこそこが良いとかそんなんじゃなくて、ただこの人じゃなきゃやだって気持ちが全てなんだ。きっと東雲先生が言ってたのもこういう事なんだろうってやっとこの時素直に思えた。
「色々変な事言ってすみませんでした。あの…私…、先生の事信じます。だから、その…、」
「許しません」
「えっ!?」
まさかそんな事言われるなんて思ってもいなかった私は顔を青くして東雲先生の顔を見ると、不穏な言葉とは裏腹にイタズラを思い付いたような笑顔を見せていた。
「好きな人に信じてもらえなかったなんて、と~っても傷ついたんで簡単には許せませんね」
「うっ、ごめんなさい…、どうすれば…許してもらえますか?」
おそるおそる訊ねると、次の瞬間にはグルンと視界が反転して、なんとソファーの上で私は仰向けになった東雲先生に跨がっていた。
「えっ?えっ?」
「真紀子からキスして下さい」
「はいぃ!?」
「キスして俺の傷ついた心を慰めて下さい、さあ早く」
わ、わ、私から、キ、キスなんて!しかもこの体勢で!?
あわわわ!先生目を瞑っちゃった、…やっぱりしなきゃならないよね、う~、私にはハードル高いよー!
経験値ほぼゼロの私にとって、寝転んでいる東雲先生に自分からキスするなんてとんでもない難題なのだが、目を瞑って私からのキスを待っている先生は色気が半端なくて思わずゴクリと生唾を飲み込んでしまう。
意を決してゆっくりと体を前に傾けて行きながら私は東雲先生の唇に近付いて行く。その時、先生の顔だけを見ていれば良かったのに何故か私は左側にあるローテーブルの下に目がいってしまった。
「!!?」
「……どうしました?」
いつまでもキスが降ってこない事に焦れるように目を開けた東雲先生はローテーブルの下を凝視しながら固まっている私を見て、同じ方向へと顔をむけた。
「!!」
「……何ですか、コレ…!」
そこには、ピンクのレースで飾り付けられた派手なブラジャーが落ちていた。




