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第50話

「ここです」


東雲先生に連れてこられたマンションは何階あるかわからないが、私の住んでいた安アパートとは比べ物にならないくらいの立派な高層マンションだった。


失礼だが、いくら医師免許を持ってたとしても今は一介の高校の保健医でしかないのに、なんでこんなお高そうなマンションに住めるのだろうか。

そんな私の疑問がわかったのか、東雲先生は少し照れたような顔をして、


「無趣味なんで貯金はそこそこあるんですよ。毎月家賃を払うのも面倒ですしね」


まさかの分譲マンションでしたか!その歳で不動産購入したなんて凄いですね!


「防犯の事を考えたら、やっぱり次の部屋はオートロックにした方が良いですよね」


共有エントランスの自動ドアの横で東雲先生が何か操作してるのを横目で見ながらふと思いついた事を呟いていると、繋がれたままだった手がギュッと握られるのを感じた。


「!?」


どうしました?と顔を見上げると、そこには笑ってるのに笑ってない東雲先生の顔がこちらを向いていた。


「後で操作方法と暗証番号を教えますね、勿論合鍵もお渡ししますから安心して下さい」

「は、はい。ありがとうございます…」


そうか。何日お邪魔する事になるかわからないけど、いつも一緒に帰宅するとは限らないからそこまでさせてしまうんだ……。

本当に申し訳ないな、いくら恋人だからってあまり良くないよね。これ以上迷惑かけないように気をつけなきゃな。


「本当にすみません、なるべく早くお部屋探しますか…イタッ!?」

「あっと、すみません、大丈夫ですか?」

「は、はい…?」


さっきより強く手を握られたけど、先生さっきからどうしたのかな?気のせいか表情も固い様に見える。もしかしたら私気づかない内に東雲先生の気に障る事言ったのかもしれない。


「さあ、行きますよ」

「あっ、はい!」


素っ気ない声音で促されてエレベーターに乗り込むと、両手が塞がっている東雲先生に「6階を押してもらえますか?」と言われ指示通り6階を押した後、何故かエレベーター内は無言の空間になってしまった。


理由はわからないけど、やっぱり怒ってるみたい…。


まだ部屋の中に入ってもないのに厄介払いされちゃったらどうしよう。今更響子先生に頼むのを悪いし、最悪ビジネスホテルかな。まだ夜に1人きりでいるのは怖いけど仕方ない、大好きな東雲先生の気分を悪くするよりマシだ。


「あの~東雲先生?やっぱり私“チンッ”ひぇっ!?」


エレベーターのドアが開くやいなや凄い勢いで廊下に足を踏み出した東雲先生はそのまま早足で歩いていくので、私はほとんど引き摺られながら必死でついていった。


ガチャガチャ、バタンッ!ガチャッ!


「せんせっ、んんっ!?」


部屋の中に入るとすぐ東雲先生は後ろ手で鍵を閉めると、いきなり私を強く抱き締めて噛みつくようなキスをしてきた。


「んっ、はぁ、うぅん!」


突然のキスにびっくりして、思わず開けてしまった口の中を先生の舌が入り込んできて忙しなく動き回る。一瞬唇が離れた時、息を吸おうと大きく口を開けたのを見逃さず先生は舌を私の舌に絡ませてくる。


ピチャピチャといやらしい音が聞こえてくる中、こんな深いキスをした事のない私は段々と体に力が入らなくなってきて、東雲先生の抱き締める腕がなければ今にも崩れ落ちてしまいそうだった。

身長差のある私達のキスは、かなり屈んでいる先生の腰もつらそうだが上を向く私の首と爪先もだいぶ辛くなってきた。


「んっ、チュッ。…はあ、チュッ」


最後に私の舌を唇で挟み音を立てて吸い上げてから、離れる前にもう一度触れるだけのキスを落としていった。


「せ、せんせ、い……、怒って、ないの?」

「怒ってませんよ?どこまでも愛しい気持ちしかありません、なんでそんな事を考えたんです?」


息も絶え絶えに訊いてみたが、東雲先生は知らない内に目尻に浮かんでいた涙を拭ってくれながら甘い甘い顔で答えてくれた。


「だって、何も喋らないし、何か怖い顔してました…」


舌をなぶられ過ぎて呂律が回らない私はまるで子供のような物言いになってしまったが、先生は「可愛い可愛い」と顔中にキスを降らしてくる。


散々私の顔中にキスを落とした後、やっと気が済んだのか抱き締める腕はそのままに少しだけ顔を離した。


「怒ってはないけど、少しだけ腹が立ったかな。ごめん、怖がらせてしまいましたね」

「やっぱり私、何かしました!?」

「うーん自覚なしか、本当に質の悪い。…言っときますけど貴女に部屋探しなんかさせるつもりはありませんからね」

「はっ?何を、」

「とりあえず中に入りませんか、いつまでも玄関にいるのも何ですし」


いやいや、元はと言えば先生がここでいきなりキスしてきたんでしょ!……って言ってるそばから、この人は!


心の中で悪態をつきながら先生の後に続こうと靴を脱いで揃えていたら、後ろから延びてきた手が腰に回り立たされてしまう。そしてその手は肩に移動し肩を抱かれたままリビングまで連れて行かれてしまった。


なんだか想いが通じあった途端、東雲先生のまとう空気がピンクというかとっても甘ったるいし、しかも常に体のどこかしらが触れ合っている気がするんだけど、これって普通なの?出会った頃もそれに近い感じはあったが今思えばあの頃は若干からかっている雰囲気もあった気もする。


世間一般の恋人達もこんなにベタベタしてるの?


過去付き合った人は1人いたが、その人は私を束縛しようとして暴走してしまったけど実は付き合い方は中学生のように清らかだったのだ。だからイチャイチャすると言われてもどうしたら良いかわからないし、さっきみたいなキスをされると頭も体も使い物にならなくなってしまうから困ってしまう。


こんな恋愛偏差値の低い私にとって東雲先生は高望み過ぎる人なのかもしれない。今は好きでいてくれても、先生の望むようにできなくていつか私なんかでは物足りなくなってしまうかもしれない。


東雲先生の過度なスキンシップは困惑する事も多いけど、嫌な訳じゃない。むしろ嬉しいし幸せな気分になる。

こんな事言ったら怒られるかもしれないけど、いつか来るかもしれないお別れの時までこの幸せを堪能しよう。


「何を考えてるんですか?」

「!」


大好きな声で耳元で囁かれるも、別れる可能性の事を考えていた後ろめたさからか咄嗟に肩を強張らせてしまった。


「ふ~ん、また俺の恋人はイケない事を考えてたみたいですね、……これはお仕置きが必要かな?」

「ひっ!」


いつの間にか広いリビングダイニングの中央に鎮座しているソファーの前まで来ていた私は東雲先生の不穏な言葉に顔を青くしたのだった。








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