第45話
結論から言うと、KENさんは終始紳士であった。
自分は仕事があるから気にしないでと、遠慮する私に寝室のベッドで寝るように勧めてくれたのに、朝起きてリビングに入るとソファーで寝ているKENさんの姿があった。
勝手に台所を拝借して簡単な朝御飯作り二人で食べているとKENさんは次の部屋を決めるまでずっと居れば良いよと言ってくれたが、さすがにそれは駄目だろうと、丁重にお断りをした。
色々あって忘れていたが昨夜は合コンの途中でお金も払わず帰ってしまった事を思い出し、とりあえず響子先生に連絡をしようとスマホを見てみると、そこにはびっしりと東雲先生からの着信で埋め尽くされていた。
「どうしたの?って、うわっ!なんだこれ?」
スマホの画面を見つめたまま動かなくなった私を見て不審に思ったのか、KENさんは横から覗き見してきたが、さすがにこの東雲一色画面には驚きを隠せないようだった。
マナーモードのままで昨夜から一回も見てなかった上に、後でメールを送ろうと思っていたのに結果送ってなかった事を思い出し、急いで東雲先生に電話をかけようと画面をタッチしかけたがまたもや梨谷先生の顔がちらついて指が止まってしまう。
電話の後ろから梨谷先生の声が聞こえたら?
自分だってKENさんのお家に泊まったんだし、東雲先生も怖い思いをした梨谷先生に付いていてあげてもおかしくないとは思うものの、あの二人の関係がいまいちよくわからない今、二人が一緒に居るかもしれないと思うだけで、東雲先生の声が聞きたいのに電話をかける事のをためらってしまう。
「メールだけでもしてやったら?あいつも心配してるだろうし」
「そうですね…」
私の葛藤がわかるのかKENさんがそう勧めてくれたので、空き巣の件には触れずに無難なメールを送る事にした。
『何度もお電話くれたのに、
返事もしないで本当にすみませんでした。
昨夜は無事帰宅しました。
ご心配おかけして申し訳ありません。 』
「……随分固い文章だね、業務連絡じゃないんたから」
余計な心配をかけてしまうしこれで良いんですと言うと、「男心がわかってないな」と呆れられてしまった。KENさんの言ってる意味はよくわからないが、私はあらためて響子先生に電話をかける事にした。
詳しく話す気はなかったのに、昨日東雲先生と店を出る所をしっかり見ていた響子先生に根掘り葉掘り聞かれて、結局全てを話してしまった結果、なぜか今日から響子先生の部屋に間借りする事になってしまった。
その後、またもやKENさんに付いてきてもらった私はアパートで衣類など何日か分の荷物をスーツケースに詰めると、響子先生と待ち合わせしているファミレスへと向かった。
「仙道さん!思ったより元気そうで良かった…、ほんと話を聞いて心臓止まるかと思ったわ」
「ご心配かけましてすみません…。あと、ホントにお邪魔して良いんですか?」
「もちろんよ!何日でも構わないから、ゆっくり部屋探しすれば良いわ」
「ありがとうございます」
先に店内で待っていた響子先生は私の姿をみとめると、私の両手を包み込むように握りながら、ほっとした表情を見せて労いの言葉をかけてくれた。
KENさんと響子先生をそれぞれ紹介し、3人でランチを食べながら私は昨日先に帰ってしまった合コンはどうなったか気になっていたので響子先生に聞いてみた。
「利香先生は野々宮さんといつの間に消えちゃったからわからないけど、神谷さんは貴女を東雲先生に盗られた後すぐに全員分のお会計して帰って行ったわ。ああ、気にしないでいいわよ、仙道さんを怖がらせたお詫びって言ってたから」
「そ、そうなんですか…」
手を握られた時はちょっとビビったけど、神谷さんも本気じゃなかっただろうし、あんな風に帰ってしまって申し訳なかったな。しかも全部奢らせてしまったなんて。多分もう会うことはないだろうから、心の中でお礼だけ言っとこう。
ついでに響子先生は千駄谷さんとどうなったんですか?って聞こうとしたら、ニコニコ笑うだけで何も言わない響子先生の目が笑ってない気がして私は黙って食事に専念する事にした。
KENさんも響子先生も私に気を使ってか、東雲先生の話も空き巣の事も口にはせず専ら早瀬先生の話で盛り上がっていた。
初対面の二人の共通の話題にはもってこいのキャラだし、本人のいないところでイジられまくっていたのを聞いているだけで面白くて笑ってしまった。
~♪
着信があったので見ると、それは警察からだった。
二人に断ってから店外で電話に出ると、女性の警察官の方がまだ犯人は捕まっていない事、他にも何人か被害に遭った人がいるという事、そして私と同じように犯人と遭遇して危うく性的暴行を受けそうになった人もいたという話を聞いて体が震えてしまった。
最後に夜道の一人歩きはしないことや確認せずに部屋のドアを開けないなど当たり前の注意をされて、電話を切った。
席に戻るとちょうどKENさんが立ち上がったところで、仕事があるから帰ると言う。
「KENさん、本当にお世話になりました。このお礼はまたさせて頂きますね」
私は深く頭を下げお礼を述べると、
「いいよそんなの。お礼だったらまたお店に飲みに来てくれれば良いから。あっ、でも今度はお友達とおいで?危ないから一人で来ちゃ駄目だよ」
「危ないって、どっちの意味かしらね?」
「ハハハ、さあね~?じゃあ、真紀子ちゃんまたね」
ヒラヒラと手を降るとKENさんは伝票を持ってさっさとお会計をして帰ってしまった。
「あっ!お会計…!しまった、またお世話になっちゃった……」
「ふふ、借りだらけで大変ね。これはすごいお礼を用意しなきゃね」
「はぁ、ほんとですよ…」
「……ねぇ仙道さん、KENさんの事どう思ってる?」
KENさんが帰って行った方を見ながらため息をついていると、響子先生は突然こんな事を聞いてきた。
「どうって、優しい人だと思ってますけど」
「ふ~ん?じゃあ、東雲先生は?」
「えっ!?東雲先生!?な、なんでっ、」
「どうなの?」
「…………」
なんで初めにKENさんの事を聞いたのかわからないが、東雲先生については好きか嫌いかで言ったらもちろん好きだ。
だけど恋してるかどうかと言われると二の足を踏んでしまう。
響子先生はごまかしは許さないとばかりにじっと私の目を見ていたが、ふっと私の後ろに目線を外すとニッコリ笑って手招きをした。
誰か来たのかな?と振り向いて後ろを見ると、
「東雲先生!?」
なんとそこには、汗だくではあはあ息を切らしながら立っている東雲先生の姿があった。




