第41話
「は、はじめまして!仙道真紀子と申します!」
ガバッと頭を下げると、ドッと笑いがおきてしまった。
「仙道さん緊張しすぎですよ~!」
「真紀子ちゃん?誰も取って食わないからそんなにガチガチにならないで。はい深呼吸~!」
すー、はー、すー、はー、
「あはは!可愛いなー」
あはは…、は~~~、
最初からこんなんで私大丈夫かな。
「こういう席は初めて?」
「はい…、すみません……」
「なんで謝ってるのー、それじゃあ真紀子ちゃんの初合コンに乾杯!」
そんな事で乾杯しないで欲しい、えっと、…千駄谷さんだっけ。
その前に話しかけてくれたのが野々宮さんで、それから…、
「みなさん高校の先生なんですか?」
ああ、この人が神谷さんだ。
「いえ、私は事務員なんです」
「へえ~、高校なんてはるか昔の事だけど事務の人って記憶にないなあ」
「きっとウチの高校の子達も私の顔なんて知らないと思いますよ」
「えー、そいつらもバカだな、こんなに可愛いのに!」
「へあ!?」
突然話に入ってきた千駄谷さんがおかしな事を言うせいで変な声が出てしまった。
「そうね、でも隠れてるからこそ見つけた人は夢中になるのかもよ、ね?」
響子先生?もう酔ってるんですか?
その流し目止めて下さい、好きになっちゃいますよ。
「なになに?意味深じゃん、じゃあ見つけた俺も夢中になっちゃうのかな?」
「ダメよ、あなたは軽すぎるわ。この舞台には力不足よ、引っ込んでなさい!」
言ってる意味はわからないが凄い迫力。
響子先生って酔うと女王様キャラになるんだ。
「……おい、お前、」
やばいよ、さすがの千駄谷さんも怒っちゃったよ!
「もう一回言って下さい!」
「「「は?」」」
「その虫けらを見るような目、シビレるわー!もっと俺を蔑んでくれ!」
えー!千駄谷さんって、そっちの趣味なの?
あれ?でも神谷さんも驚いた顔してるし、
ということは今目覚めちゃったの?
「やめて!気持ち悪い!!」
「あ~サイコー!!もっと下さい!」
「……ほっといて僕らだけで飲みましょうか」
「そ、そうですね」
ごめん、響子先生。
逃げるなり調教するなり自分で何とかして下さい。
私と神谷さんはギャーギャー騒ぐ二人を見ないようにして乾杯をした。
利香先生もいつの間にか野々宮さんと二人の世界に入っており、こちらの騒ぎに気づいているのかいないのかわからないが楽しそうに話し込んでいる。
「…………」
「…………」
き、気まずい。
どうしよう、なんか話した方がいいのかな。
でも何を話せばいいわからないよ。
神谷さんも黙ったままハイボール飲んでるし。
「…さっきの橋川さんが言ってたのって、本当?」
「へっ!?あ、ああ、さっきの…、う~ん響子先生酔ってるんですかね?何を言ってるのか全然意味がわからなかったですよ」
良かった、やっと喋ってくれた。
「僕はちょっとわかるよ」
「そうなんですか、凄いですね。舞台とか力不足とか何を言ってたんですか?」
「はは、そこは僕もちょっとわからないな」
「?」
「その前だよ、見つけた人は夢中になるってやつ」
「ああ、そんなこと言ってましたね」
「僕もそうなるかもしれない…」
「!!」
そう言って神谷さんは膝に置いてあった私の手をそっと握ってきた。
「あ、あの、あの、ちょっと、あの!」
焦りまくる私をよそに神谷さんの手は私の手を滑るように移動していき、あっという間に手のひら同士を合わして指をからませていた。
こ、恋人つなぎ!
「僕も仙道さんに夢中になって、いい?」
神谷さんは私の目をじっと見つめながらそんな告白まがいなことを言ってくる。
「あ、あの、手、手を、手を離して、」
「ダメ、返事をくれるまで離さない」
ひ~!どうしよう~!
こんな時なんて返せばいいの?
私に夢中になっていいですよ?なにその上から目線!
駄目です、私の事は忘れて下さい?何様のつもりだ!
手を振りほどこうとしてもガッチリ握られた手は離れることはなく、更に力が込められてしまった。
助けを呼ぼうにも響子先生はそれどころではなさそうだし、利香先生に至ってはすでに野々宮さんと消えていた。
「ねえ、真紀子ちゃんって呼んでいい?」
顔、顔が近い!
ヤバいよ、このままじゃ…!
「そこまで」
「!?」
「悪いけど彼女は連れてくよ」
東雲先生……!?
もう少しでキスされてしまうかと思ったその時、いきなり空いていた手を引っ張られ強引に立たされると私は東雲先生に肩を抱かれていた。
「彼女は僕と話しているんです、勝手に連れて行かないでくれますか?」
引っ張られた勢いで手を離された神谷さんは低い声で言いながら東雲先生を睨んでいる。
東雲先生の方も座ったままの神谷さんを見下ろしながら、
「いきなり手を出そうとした奴が何を言ってやがる、真紀子に汚い手で触れるな!」
名前!今、真紀子って…、
「行こう」
そう言うと、東雲先生は私の肩を抱いたままさっさとお店を出てしまった。
「あの、東雲先生?」
「…………」
「なんであの店に居たんですか?」
「…………」
「お~い、東雲センセー?」
「…………」
「………?」
「……なんで合コンなんかに行ったんですか」
どこに向かっているのかわからないが東雲先生は一言も発せず、私は肩を抱かれたまま引き摺られるように歩いていたが、だいぶ歩いたところで突然立ち止まると私の顔をじっと見つめてきた。
「そ、それは利香先生に誘われて、」
「あいつの方が良かったですか?」
「あいつって、神谷さんとは別に何も、」
「手を握られてキスされそうになってたじゃないか!それでも何もないと言うんですか!?」
「それは!そのどうしたらいいかわからなくて………、東雲先生が来てくれて助かりました」
俯いたままお礼を言うと、
「はぁ…、貴女という人は本当に目が離せないな」
そう言うと東雲先生は私の体を抱き締めた。
「し、東雲せんせ、」
「貴女みたいな危なっかしい人はここに閉じ込めてしまおうか」
ここ、ここって、ここ!?
東雲先生の腕の中!?
東雲先生は決して逃がさないとばかりに長い腕を私の体に巻き付けている。
私の手は下に降ろされたままなので顔が東雲先生の胸に密着して息苦しくなってきた。
「く、苦し、せんせ、い」
それに気づいたのか腕の力は少し緩んだものの、今度は私の肩の上に額を乗せてくる。
「せんせ、!」
「合コンなんかに行くって聞いて、気が気でなかった…」
「……」
「やっと見つけたと思ったら男に迫られてるし、」
「うっ…、」
「二度と他の男に触らせないで、名前なんかを呼ばせないで下さい……」
それって、それってどういう事ですか?
期待しても良いんですか?
ねえ、東雲先生教えて下さい。
貴方の気持ちを…、
「真紀子さん、私は貴女が、「離してよ!!」……?」
その時、聞き覚えのある女の人の声が近くから聞こえてきた。
「もうあんたとは付き合う気はないって言ってんの!離してよ!!」
「うるせえ!お前になくても俺はあるんだよ!」
梨谷先生?
男の人と揉めてるみたいだけど。
「綾香!」
えっ、東雲先生?
私の肩から頭を上げると東雲先生は一目散に梨谷先生の方へ走っていってしまった。
私は突然温もりが消えて寒く感じる体をそのままに、梨谷先生の元へ駆け出していく後ろ姿を茫然と見守るしかできなかった。




