第36話
「あの女、ムカつく!!」
「この煮付け、すごく美味しいですよ。」
「あっ、本当。」
「東雲先生にところ構わずベタベタして、学校内ってわかってないんじゃない!?」
「レシピ知りたいですね。」
「そうですね。」
「東雲先生が何も言わないからって調子にのって!しかも、男子生徒にも色目使ってるんですよ!あのクソ〇ッチ!!」
「…利香先生、いくら個室だからって教師がそのワードを叫ぶのは……。」
「だって、あの女エル〇スの数量限定の新作バッグ発売前なのに持ってたの!私もまだ手に入れてないのに!!」
「なるほど、それが一番の恨みですか。」
「どうやったら発売前に手に入るのかしら?」
「とにかく元カノだかなんだか知らないけど、東雲先生も女の趣味悪過ぎ!」
「あら元カノだったの、噂もあてにならないわね。」
「……。」
この話早く終わらないかな。そもそもこの女子会も利香先生が梨谷先生の愚痴を言いたくて開かれたんだっけ。その流れでいくと、どうしても東雲先生の話題になっちゃうわな。
放課後、利香先生が職員室のドアを開けた先にたまたま居た私と響子先生は、『お二人とも今夜暇ですよね、ね!飲みにいきましょ!あっ、お店は任せて下さいね。』という(半ば失礼な)誘いに返事もできないまま乗ってしまい、ここで利香先生の愚痴を聞く羽目になってしまったのだ。ただ、利香先生はかなりのお嬢様だったらしく高級和食のお店に連れて来てもらえた事はとても感謝しています。
「そんなに腹が立つって事は、利香先生って東雲先生が好きなんですか?」
「!?」
響子先生の質問に聞かれてない私がドキッとして、思わずビールをこぼしてしまった。
「あ~あ、何やってるんですか。もう酔っちゃったんですか?」
「そういえばあの時もあんまり飲んでなかったわよね、アルコール得意じゃないの?」
「は、はい。二杯が限界ですね。」
利香先生の答えを聞く前に自分の失態で話がずれてしまった。何となく気になるけど、私には一度ずれてしまった会話を自然に戻すスキルはない。モヤモヤしながらこぼしたビールを拭いていると、あっさり話が戻ってきた。
「私は東雲×早瀬のカラミさえ見れれば何杯でもいけますね!」
「はっ?」
「だから、あのカップリングを邪魔するあの女が許せないんです!あの女が来てから二人のカラミが減って、他の子達も悲しんでるんですよ。」
「……仙道さん、私もう古いのかしら。利香先生の言ってる事が理解できないんだけど。」
「いえ、理解しなくていいです。」
最近私の周りってブレない人が多いな。利香先生が東雲先生を、なんて考えるまでもなかったわ。いつまででも続く腐〇子談義は放っといて折角の美味しい食事を楽しむとするか。
「……仙道さんて、ヒロインみたいよね。」
「はあ?」
箸を構えてさあ何食べようかなってとこで、なにワケわからない事言い出すんですか、響子先生。
「何言ってるんですか、私なんて思いっきりモブ顔ですよ。」
「それよ、その感じが本当のヒロインを喰っちゃうヒロインなの!」
響子先生、貴女こそ理解できないのですが。本当のヒロインを喰うヒロイン?本当ではないということは偽者?悪者?あんまり嬉しくないんですけど。しかし、おとなしい響子先生にしては珍しくはしゃいでるなあ。
「仙道さんって乙女ゲームって知ってます?」
「一応、はい。学生の時にちょっとだけですけど。」
「じゃあ、二次小説は知らないわよね。」
「二次小説?なんですか、それ。」
「二次小説は元ネタとなる原作本や漫画、乙女ゲームなんかから派生したものなんだけど、その中でも色々あってトリップものや転生ものが主流なの。仙道さん前世の記憶があったりしない?あ、ない?それでね二次小説の主人公は転生して破滅回避するため頑張る悪役令嬢だったり、モブになって傍観するつもりが攻略対象者に惚れられたり、元ネタのヒロインと友達になったり、性格の悪いヒロインが記憶持ちで逆ハー狙って結局ざまぁとか、多種多様なの!」
…………話の半分も聞き取れませんでした。だけど響子先生が二次小説が大好きなのはよくわかりました。乙女ゲームは知ってたけどそんな世界があるとは知らなかった。それで私がヒロインみたいって意味がまだわからないんですけど。
「うちの学校って生徒も先生も見目が良い人が多いじゃない?だからここが乙女ゲームだったらって想像してみたの。やっぱりヒロインは浅井美紅さんが妥当よね、それで仙道さんは私はモブで傍観しますパターンだと思うの。つまり二次小説の中のヒロインなのよ!」
響子先生はかなりハマってるみたいで段々ヒートアップしてますけど、ここ現実ですよ~わかってますか~?確かに美紅ちゃんはそれっぽいし、この学校乙女ゲームみたいって私もちょっとだけ思ったりしたけど。実際、高校生達の恋愛劇を傍観(盗み聞き)してますけど。……あれ?それっぽい?
「実は私見ちゃったの、去年の食事会の時路地裏で東雲先生と抱き合ってる所。」
「えっ!?」
あれを見られてた?しかも抱き合ってたって、そんな風に見えてたの?
「あ、あれは違います!そんなんじゃありません!隣には早瀬先生もいたんですよ。」
「知ってるわよ、帰って行く時まで見てたもの。私それからずっとあなた達を観察してるんだけど、早瀬先生と仲良さそうだし東雲先生とも怪しいし、仙道さんはどっちを攻略するの?」
だから乙女ゲームじゃないって。
「どっちも攻略しません。」
っていうか、できません。
「そうなの?え~!折角面白そうなキャラが出てきたと思ったのに!」
それって間違いなく梨谷先生の事ですよね。
ダメだこの人、完全に楽しんでる。私が東雲先生を好きだったなんて知ったらどうするんだろう……、嬉々として柱の影から観察とやらを続けるんだろうな。
結局この女子会では響子先生のご趣味に触れてもうお腹一杯です。ゲフッ。




