第30話(賢太郎視点)
「やべえよ~、俺やっちまったかも!」
まだ準備中だというのに突然店にやって来て、一人でワーワーわめいているのは自分の可愛い弟達の一人だ。
「なあKENさん、俺あの後記憶が全然ないんだけど何してたか覚えてねえ?」
「真紀子ちゃんに下ネタ連発して引かれた後、服を脱ごうとして足滑らしてすっ転んだまま寝てしまった男の事か?う~ん、覚えてないなあ。」
「マジか、俺最悪だな。」
目の前で頭を抱えるこの図体はでかくて口の悪い男、蓮二は髪の毛をガシガシとかきながら天を仰いた。
「じゃあその後だな、涼正に電話した形跡があるんだけど内容を全く覚えてねえんだ。」
「涼正に聞いてみれば良いじゃないか。」
「聞こうとしたんだけどよー、すんげえ怖い顔して笑いながら『何か?』とか言ってくるもんだから何も言えなくなっちまった。声かける前はめっちゃ落ち込んでるし、あいつがそんな風になんのは仙道がらみしかねえと思うんだけどな。」
「……真紀子ちゃんはどうだった?」
「あいつはあいつで俺の顔見るなり泣きそうな顔で突撃してきそうな勢いだったんだけどよ、職員会議やら授業やらで話聞いてやる前に帰っちまったんだ。」
……良い方向に行くと期待したんだが、完全に裏目に出たな。
「はあ~、やっぱ俺がなんか言っちまったんだよなあ。」
スマホを見つめながら蓮二はため息をついた。
「とりあえずお前は何もするな。」
「何もするなって、あいつらほっといたら進まねえじゃねえか。」
「進んだじゃないか、悪い方に。」
「うっ!」
テーブルに突っ伏してしまったこいつには悪いが、自分は昨夜蓮二が涼正に電話している様子を横で見ていたのだ。
彼女が帰宅した後、床で寝ていた蓮二が突然起き上がるとスマホを取り出し電話をかけ始めたのだ。酔っぱらってワケのわからん事ばかり話しているのを相手が適当に相槌をついているのはわかった。
『俺の話を聞いてくれんのはお前だけだ!』『はい、はい。』『仙道のやつ、さっさと帰りやがって、』『はっ?』『仙道真紀子だよっ!あいつ人が寝てる間に居なくなりやがって、』『………』というやり取りがあって、十中八九相手は涼正でしかも誤解しているだろう事は容易に予想できた。
最初はまずい事を言いそうになったら無理矢理にでもスマホを取り上げるつもりで身構えていたが、このまま誤解させて涼正が嫉妬の一つでもすればなにかしらのアクションを起こすんじゃないかと考えた自分はあえて放っておくことにした。
その結果、涼正がアクションを起こしたのは確かな様だが、涼正のヘタレ加減を甘くみてたようだ。
予想以上に涼正は小学生男子だったな。
おそらく好きな子をいじめる子供の様に、嫉妬のあまり真紀子ちゃんに暴言を吐いたか何かして泣かせたってとこだろう。
昨夜初めて見た彼女は特に美人という訳ではないがどこか惹き付けられる女性だった。多分、涼正や自分のような粘着質な人間には堪らないタイプなんだと思う。
真紀子ちゃんは好きになったら囲って、誰の目に触れさせず愛でていたくなる女性だ。
あいつがそこまで認識してるかわからんが、嫉妬心が大き過ぎて暴走してしまったんだろう。
自分と涼正と蓮二は同じ施設で育った為、子供の頃から知っているが涼正は女遊びは散々していたが、多分恋は一度もしたことがないと思う。
体ばっかり大人になって、心はガキのまんまだなんてどうしようもないな。
スクールカウンセラーが聞いて呆れるよ。
まったく、大人になってからの初恋ほど始末に負えない物はない。やっぱ、はしかは早いとこかかっておくべきだな。
きっと本人も後悔しているはずだが、解決策が見つからず途方に暮れてるんだろう。
何かしらのアドバイスをしてやりたいが、涼正は昔から人の言うことなんか聞きやしない。そもそも自分に近付いてもこないのだ。(あいつは井上さんと蓮二にしか心を開いてないからな)
さて、どうするか。
蓮二が絡むと余計ややこしくなりそうだし、例の事件や奥さんの看護で大変な井上さんの手を煩わせるのも本意ではない。
やっぱりここは真紀子ちゃんに頑張ってるもらうしかないか。
KENさんは何でもわかってしまうのです。
ご都合主義ではありません。
彼らの育った施設は能力者を育成する機関でもありません。




