第23話(東雲視点)
ああ、苛ついてしょうがない。
思えば最初から不可解な事ばかりだった。
初めて見た時、何てことないただの女だと思った。でも、何故だか目が離せなかった。
二度目に会った時、蓮二のやつと手を繋いで(俺にはそう見えた)来たのを見て、無性に苛ついてしょうがなかった。ぶつかって怪我をさせたと聞いて、蓮二に殺意を覚えた。
自分でも不可解な感情をもて余した俺は彼女に必要以上に触れたり甘い言葉をかけて、このイラつきを解消しようとした。だが、次第に彼女の反応に満足感を覚えてきた俺は、普通に彼女と触れ合うことが楽しく感じ、彼女を可愛いと思えるようになっていた。
心待ちにしていた、(強引に)約束させたクリスマスデートを断られた時、初めて挫折を覚えた。
自慢ではないが、昔から女には不自由しなかった。勝手に近寄ってくるし、俺はそれを適当に摘まんでいれば良かった。
元々、俺は女を信用していない。理由は分からない。高校生の時その理由を知ったがもうどうしようもなかった。それほどに女性不信は深く根付いていたのだ。なのに、なぜ彼女はそんな俺の心に簡単に入れたのか、今でもさっぱり分からない。
たかがデートを断られたくらいで失望した俺は『やっぱり女は信用ならない』と、俺の視界から彼女を消した。
ああ、苛つく。なんで彼女は今ここにいないんだ。どうして、蓮二なんかと馬鹿教師を捕まえに行かなきゃいけないんだ。理事長の頼みでもなければ、こんな面倒な事したくもない。基本、生徒なんてどうでもいいんだ。蓮二は元々情に厚いやつだし、生徒を大切にしているらしいが俺は理事長と(おまけで)蓮二がいればそれで良かった。
白石の主催しているドラッグパーティーが開かれている店を突き止めた俺達はそこで信じられない事実を知った。
店前で挙動不審な男が言うには、知り合いが中に連れて行かれたからどうにかして欲しい、というものでどうせこの後踏み込むのだからと無視していたが、男が『真紀が…』と呟いたのを聞いて嫌な予感がした俺はそいつの胸ぐらを掴んで問い質した。
中に連れて行かれたのは『仙道真紀子』だと言う。
全身の血液が沸騰するのではないかと思う程、怒りが止まらなかった。蓮二が止めなければ怒りのまま扉をぶち破って行ったことだろう。
店内は酷い有り様だった。逃げ惑う男女とそれを確保していく警察官達。その中で彼女は一人立っていた。近付いた俺にも気付かず、虚ろな目で頬を赤く腫らして口から血を流している姿を見て、怒りよりも、ただ生きていてくれた事が嬉しかった。
意識を失ったのか、抱き締めていた体が崩れ落ちそうなのを抱え直しながら『離したくない』ただそう思った。
翌日無事目を覚ました事に安堵したが、すぐに苛立たしい事が続く。
目の前では彼女に怒涛の説教している蓮二がいた。俺の言いたい事とほぼ同じなので黙って聞いていたのだが、二人の息が妙に合っているのが気になる。彼女も気を許している感じが気に入らない。そういえば蓮二のやつ事務室に入り浸ってたな、ゲイだと思って安心していたが、疎外感が半端ない。くそっ。
その後、病室に現れた挙動不審男にも腹が立つ。元恋人だかなんだか知らないが彼女を愛称で呼び、過去の過ち(おそらくストーカー行為のようなものだろう)を好きだったからしたとかなんとか言いながら謝罪していたが、現在を含め過去も彼女を泣かせていた事に憤りを感じる。なにより、どれだけの期間付き合ってたか知らないが、彼女とデートしていたと思うと今すぐここから叩き出してやりたくなる。
そして、なにより俺を苛つかせたのは誰であろう彼女だ。
詳しくは知らないが話を聞く限り、この男に相当な目に遭わされていただろうに、『また会いたい』などという戯れ言に頷いたりして、お人好しもいい加減にしろと言いたい。男は気付いた様だが蓮二よりも俺の眉間のシワは深くなっていたはずだ。
男が去っていった後もあいつのせいで泣き続けるのが我慢ならず、ハンカチを差し出したのに受け取ろうとしないのも拒否されたようで、思わずキツイ言い方をしてしまった。
これらが全て何という感情に繋がるか気付いてはいるが、情けない事にそこからどうしたらいいのか分からないんだ。簡単に甘い言葉も吐けない。くそっ、三十路前にして初恋だなんて本当に厄介極まりない。




