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第九話 俺が選んだ道




「あぁー、いいなぁー。生者は酒が飲めて。おい、カズマ。お前の不思議パワーで、酒とか出せないのかよ」

「酒を飲んだことがない健全な未成年に、何を求めているんですか。というか、世界を救済する長旅から帰ってきて言うことがそれですか」


 あれから数ヶ月経ち、俺たちは無事に神殿まで帰って来ることができた。瘴気が消えたことは、すぐに世界中が把握したらしい。今は各国で、瘴獣の残党狩りを主に行っているようだ。そして聖女様とその仲間が帰還したことで、国は大いに祝い、どんちゃん騒ぎとなったのであった。


 帰ってきた結花ちゃんの姿に気づいた人々は、拍手やお礼など温かい笑顔に溢れ、一目でも彼女を見ようと集まった。そして、その隣に佇む神官長の姿に気づき、すぐさま平伏して畏怖の敬を示すまでが流れだった。帰りの道中も、始終こんな感じだったな。


 オカンのおかげで、結花ちゃんが揉みくちゃにされなかったから、ここはよかったと思っておくべきだろう。この世界の人々は、聖女に対するオカンの恐ろしさを誰よりも知っている。帰還途中から、「ユイカ様のためですから……」と背中が煤けながら、神官長も開き直っていたし。


「まぁ、久々に楽しく暴れられたからいいとするかなぁー」

「……今更ですけど、結局みんな無事に帰還しちゃったんですよね。幽霊七ケタ全員。あれだけカッコいいことを言って、盛大な死亡フラグを立てといて」

「おいおい、カズマ。そもそもよく考えてみろよ。……二ケタ差だぜ?」

「それを言われたら元も子もなさすぎる結論すぎて、あの時の感動を返せと請求したくなるんですけど」


 こいつら、本当にブレねぇな。真面目に戦った俺らよりも、なんかギャグ補正がついていそうなこの人たちの方が、色々ひどい気がする。なんだろう、すごく理不尽な気分だ。


 それにしても、最後は聖女の旅らしく終わったような気がしていたけど、……今までのことや帰還中の様子を考えると、ぶっちゃけオカン最強伝説を打ち立てることがメインの旅だったような気が…。い、いやいや、そんなことはない。俺たちは、世界救済のために旅立った。うん、きっとそのはず。


「けどまぁ、お前らはよく頑張ったと思うぜ。少なくとも、今この世界で喜んでいるやつらの笑顔を作ったのは、間違いなくあいつら五人とお前のおかげだろうしな」

「……面と向かって言われると、ちょっと照れるんですけど。それに、騎士団長さんや幽霊みんなのおかげもありますし」

「俺らは、暇つぶしに好き勝手やっただけだ。それに、俺らは元英雄様だぜ。こんな祝い事には慣れているし、これ以上の功績をもらっても仕方がねぇよ。だから、この世界を救った栄誉はお前らだけで十分だ」


 なんでもないように、騎士団長さんはニヤッと笑いながら告げた。それから、酒を飲んで馬鹿騒ぎをして笑いあう人々を、呆れたように、そしてどこか嬉しそうに眺める。なんだかんだで、騎士団長さんには一番お世話になっているんだよな。


 欲望に忠実すぎる人だったけど、やっぱり頼りになる兄ちゃんって感じだったからかな。たぶん俺にとって彼は、お向かいのそのまた向かいぐらいに住んでいる親しい兄貴みたいなポジションだったのだろう。うん、頼りにはなっても、やっぱり家族や親戚、ご近所はご遠慮いただきたいと素直に思った。



「あら、カズマ。こんなところにいたのね。神官長があなたを呼んでいるわよ」

「あっ、賢者さん。神官長がですか?」


 そこらにいた幽霊共と、適当に駄弁ったり、羽目を外して黒歴史を作っている人を観察して楽しんでいるところへ、この世界で二番目にお世話になっただろう女性が現れた。主に研究対象的な意味と、俺が騎士団長さん(ケダモノ)とよく話をしていたから、賢者さんとの接点が増えたことが要因だろう。


「えぇ、もう夜も遅くなってきたから、宴を離れて休憩するんですって。それで、あなたに話したいことがあるから、呼んできてほしいって頼まれたの」

「神官長が離れたってことは、結花ちゃんも一緒ですよね。主役が早く退席しちゃっていいんですか?」

「あの彼が、宴に不慣れな聖女様に夜更かしをさせると思う?」

「全く思いません」


 結花ちゃんの性格的に、未成年だからお酒も飲まないだろうしな。会場にいた人間も、きっと誰一人止めることができなかっただろう。


「彼女は自室で先に休むそうよ。だから、神官長の部屋に直接行ったらいいと思うわ」

「そうですか…、わかりました。わざわざありがとうございます」

「別にいいわ。それにしても、この国も幽霊だらけになったわね。あなたを探すのにも一苦労だもの。もう、もとの場所にさっさと帰ればいいのに」

「飽きるまで帰らねぇんじゃね。暇人どもにとって、最高のオアシスができたんだからな」

「思えば、旅の途中から予兆はありましたもんね…」


 賢者さんの愚痴から、三人で思わず遠い目になってしまった。幽霊たちにとって、魂レベルのオアシスが文字通り出来上がってしまったのだ。下手したら、そのオアシスが枯れるまで、ここに居ついてもおかしくない。


 旅の途中でホイホイしまくった幽霊たちは、ほぼ全員この国で浮遊霊となってしまっている。俺たちとしては、帰還中に勝手に解散していくだろうと思っていたのだが、一つの出来事が幽霊たちの心を鷲掴みにした。というか、大歓喜させたのだ。


「もう慣れましたけど、俺を間に挟まなくても、賢者さんに普通に頼みごとをしていますしね」

「あなたを探しに神殿の外になんて出たら、幽霊にわらわら囲まれて、動けなくなるに決まっているでしょう。私が呼んでくるって、言ってあげたのよ」

「オカン大好きだもんな…、あいつら」


 神殿の中は最初からいた幽霊以外は、用事がない限り入ってはいけないルールが敷かれることとなった。そうしないと、神聖な神殿の中が幽霊だらけになって、立派な巨大心霊スポットの完成である。普通に嫌だろう。


「それじゃあ、いってきます。幽霊だけど、賢者さんも宴を楽しんでくださいね」

「えぇ、そうするわ。いってらっしゃい。……宴だから、馬鹿なことをする幽霊も多いでしょうからね。ふふふ、新開発した魔法の実験に最適だわぁ…」


 彼女の小声を、俺は全力で聞かなかったことにして、暗がりの空へ飛び上がる。思えば俺も、幽霊生活に慣れたよな。最初は空を飛べて感動したけど、今じゃ普通の感覚だ。そして、寒さや暑さ、空腹や眠気といった当たり前の感覚がなくなったことにも慣れてしまった。人の温もりも、もうわからなくなっている。


 ……それは、ちょっと寂しいかもしれないと俺は思った。




******




 今から数ヶ月前、俺と護衛のみんなで見事にラスボスを倒した。その結果、結花ちゃんは安全に厄を浄化することができ、世界を救ったのであった。……それだけで終われば、綺麗な最後だっただろう。しかし実はもう一つ、あの戦いの結果で変わってしまったことがあった。今だからわかるけど、確かに予兆はあったなー、と思っていたりする。


 あの瘴気の泥との戦闘中。必死だったため俺は気づかなかったが、終わって冷静になってみると、一つやばかったことがわかったのだ。俺は幽霊だから物理攻撃は効かない。だけど、瘴気は効く。リッチは瘴気に蝕まれたことで生まれる、幽霊の瘴獣である。幽霊たちでも、長く瘴気にあてられたらまずいのだ。


 あの戦闘中、敵は広範囲に瘴気の泥を振りまいていた。空を飛んでいた俺も、当然ながら効果範囲内である。その泥に俺が溶かされることはなかっただろうが、瘴気の塊に精神体が傷つく可能性はあったのだ。賢王さんにその時の戦闘の話をしていて、教えられたことである。聞いた当初は、幽霊だけど本気で寒気が走った。


 だけど、この通り俺はピンピンして無事である。それはあの泥の雨が降った時、俺にも浄化の結界が張られていたことが理由にあった。俺が見える結花ちゃんなら、それができるだろう。しかし、あの時彼女は力を使っていなかった。


 ならばあの場面で、俺に結界を張ることができたのは誰か。その答えは、ただ一人だけである。だけど、考えてほしい。戦闘中の、それも薄っすらとした気配しか感じられない相手。よく探さないと気づかないような対象に、的確に結界を張れるものだろうか。実際、あの戦いの最初では護衛組の三人にしか結界は張られていなかった。


 つまり、あの俺と護衛組の三人で大活躍していた後方。聖女様ではなく、もはや彼の旅だと思われてもおかしくない現状で、最後だけは俺たちがトリだと頑張っていたあの時。最終決戦は援護だけで、影が薄いと思われていたあの最強のお方は、……静かに覚醒していたのだ。



 彼は出会った当初、結花ちゃんに「精霊の気配がなんとなくわかる」と言っていた。俺は精霊っぽいちょっと毛色の違う幽霊だから、彼には俺の居場所がなんとなく感じられるのだと思っていたのだ。だから、俺も深く考えることなく、そのことを受け入れていた。


 ……だけど、もしそれが彼の勘違いであったとしたら。彼が感じる気配というのが、実は精霊ではなく、全く別の存在だったとしたら。彼が旅の途中で、俺以外の幽霊にも的確に説教ができたことを不思議に思わなかったのはどうしてか。


 それは彼が、幽霊を精霊だと思い込んでいたからである。つまり彼は、精霊に話をしていると思っていたからこそ、的確に説教ができていたのだ。だけど、当然あいつらは精霊ではない。ここに矛盾が生じるだろう。


 だがその矛盾は、最初の前提条件が変わればなくなる。そう簡単なことだ。単純に彼が感じていた「精霊の気配」というものが、実は最初から「幽霊の気配」だったとしたら――。



「……十歳ぐらいから、周りで不思議な気配を時々感じられるようになったのです。最初は不気味に感じましたが、その時私を育ててくださった神父様が、『それはもしかしたら、精霊様が見守ってくれているのかもしれませんね』と教えて下さったのです」

「それで、今まで幽霊を精霊だと思って……」

「はい。しかし実際に、その気配が感じられる場所で、空間が揺らぐことがたまにあったのです。精霊とは、界の狭間を管理する存在。もしかしたら、精霊様が何か力を使ったから、空間が揺らぐのではないかと考えられてきました。本当の原因は長年不明でしたが、それを私が感知できるということで、周りも精霊がわかると私を認めて下さったのです」

「えっと、神官長。もしかして、その空間の揺らぎって、『ジャッジメント・オブ・オカン』の時みたいな感じだった?」

「……今思うと、似ていました。私が神官長という地位にこの年で就けたのも、精霊の力が感じられることが要因の一つとしてありました」


 俺と普通に会話ができている神官長は、ものすごく遠い目を天井に向けながら、ぽつぽつと語っていく。今まで彼が信じてきたものが、足元から一気に崩れ落ちたようなものだ。それでも涙を流すことのない彼のメンタルは、今までの経験値の賜物だろう。


 俺との関わりによって、彼と幽霊共との間に接点ができたと俺は考えていた。しかし本当は、もっと前から彼は幽霊と関わりを持っていたのだ。精霊と勘違いしながら。そんな状態だった彼が、七ケタの幽霊に囲まれる生活を長く続けていたら、どうなるか。その結果が、今である。


 そう、神官長は――もともと霊感がある人だった。それが環境によって育まれたことで、霊感(真)へとあの最終決戦でついに覚醒を果たしたのである。神官長は文字通り幽霊たちのオカンとして、『(しん)オカン(ちょう)』へと進化したのであった。幽霊が見えて、お話ができるという能力を手に入れて。


「えーと、あの戦いの後も謝ったけど、精霊って嘘をついていて本当にごめんなさい。そして幽霊共がオカンが見える人になったと知った途端、七ケタで一気に押し寄せるのを止められなくてごめんなさい。帰還の旅の間ずっと、幽霊共の自重のない世界機密レベル暴露大会に強制参加させちゃってごめんなさい。あと――」

「いえ、わかっています。皆さんに悪意はないことは。ただ、……色々重かっただけです」


 七ケタの愛は、さすがに重いよね。神殿に帰ってあのルールを作るまで、彼にプライベートな時間はなかった。こうやって、彼と落ち着いて話をするのも、もしかしたら初めてかもしれない。こっちに帰って今まで、バタバタしていたし。


「神官長なら結花ちゃんのために、幽霊に説教ができてもおかしくない。そう思って、深く考えていなかったからなー」

「私も、カズマ様のお姿をあの戦闘中に見えるようになるとは思っていませんでした。おそらく、その前の大量の死霊との戦闘で、死者との境界線が曖昧になったことが原因でしょう。瘴気の空間に入ってから、幽霊の皆様の気配もだんだんわかるようになっていましたから」


 俺は神官長とは筆談をしていたので、会話ができることは素直に嬉しい。俺は結花ちゃんという話せる相手がいたから、彼と話せてもそれぐらいしか思わなかった。しかし、他の幽霊共は違う。


 幽霊が生者に関わることは、本来できない。俺というイレギュラーが間にいたから、成り立っていた不思議な関係であった。そこに訪れた、彼の覚醒である。自分たちと関われる存在だけでも嬉しいのに、それがオカンとかあいつらが踊り狂っても仕方がないことだろう。被害は全て神官長が被ったが。


「まさかあれほどの人数と、旅をしていたとは…。それに、今まで助けていただいた恩を、私は返せるのでしょうか……」

「いや、オカンは幽霊に恩とか考えなくていいと思う。割と本気で」


 神官長が言っていた空間の揺らぎだって、場所を聞いたら女風呂を覗こうとする騎士団長さんと賢者さんがよくバトっていたところだった。あの二人が戦ったら、そりゃあ頻繁に空間だって揺らぐわな。生者がその原因不明の揺らぎを、精霊かもと思ったわけだ。


 非常に認めたくないが、あのはた迷惑だった騎士団長さんの果てなきリビドーが、精霊が見えると勘違いされたオカンを神官長の地位に就かせたということか。なんてひどい因果関係。



「なんだか愚痴みたいになってしまって、すみません。こうしてカズマ様とゆっくりお話をする機会は、なかったものですから」

「いやいや、俺もなんか新鮮だからいいですよ。それに俺の方が年下だし、ただの幽霊だから様付けとかいらないと思う。もう呼び捨てで呼んでください」

「呼び捨ては、私が慣れなくて…。では、カズマさんと以後お呼びしてもよろしいでしょうか」

「神官長がいいなら」


 確かにこの人が、誰かを呼び捨てで呼ぶのは違和感があるかもしれない。基本敬語で話しているし。俺とは性格も考え方も真逆なタイプだけど、不思議と落ち着くのは彼の人柄だろうな。怒らせたら、一番怖いが。


「ついでに、カズマさんも私のことを名前で呼んでいただいても構いませんよ。神官長では、他人行儀でしょう?」

「えっ…………」

「……あの、カズマさん。まさかと思いますが、私たち一年ぐらいは関わりがありましたよね…」

「いや、えっと。ごめんなさい、普通に落ち込まないで! もう神官長かオカンで解決していたからって言うか、みんな神官長のことを名前で呼ばないから、『名前を呼んではいけないあの人』的な扱いをされているのかと思って……」

「私はいったい何者扱いなんですか! ごく普通の神官ですよっ!?」


 いや、それだけはない。



「――こほんっ。名前はまた後で、お教えします。まずは、こちらに要件があるのに、お呼びをしてしまい申し訳ありませんでした。改めて、カズマさん。ユイカ様を助けていただき、そして私たちの手助けをして下さって、本当にありがとうございました」

「……えーと、俺は自分がやりたいことをやっただけだから、お礼を言われるとなんか変な気分になる。俺の方こそ、神官長に迷惑をいっぱいかけたし、助けてもらったから。うん、俺の方が、本当にありがとうございました」

「いえ、私の方が…。ここで互いに謙遜して、お礼を言い合っても仕方がないですね。では、お互いに相手のお礼を受け取るというかたちでどうでしょう?」

「……それが一番いいかも。はい」


 くすくす、と柔らかく微笑む神官長に、俺は気恥ずかしくなって頬を掻いた。以前までは一方的なやり取りだったし、俺の表情は伝わることがなかった。しかし今は、普通にやり取りができるのである。やっぱり、真面目にお礼を言われると、恥ずかしいもんだわ。


「あとは、カズマさんのこれからをお聞きしたいと思ったのです。何か私たちにできることはないか、と思いまして」

「俺の、これから?」

「えぇ、……私たちアレンセルの者は、ユイカ様だけでなく、あなたも巻き込んでしまった。それだけでなく、この世界のために助力もいただきました。本来なら、ユイカ様と共にカズマさんも栄誉をもらえる立場です。しかし……」


 そりゃあ、俺に報酬とか渡せないよな。幽霊だし、公式的には精霊扱いだ。精霊は神の使いなんだから、聖女に協力して当然だろう。その精霊に栄誉を、と言われても世界だって困るだろう。しかも相手は見えないし、感じることもできないのだ。


 俺自身は、報酬とかは別にいらないと思う。実際に頑張ったのは、結花ちゃんだ。俺はそれにほんの少し手助けをしただけ。この世界の人々の願いを受け取って、重い期待を全て背負ったのは彼女である。そんな結花ちゃんと同じ報酬とか、絶対に釣り合わない。


「あの、神官長。俺の報酬とかは、無理に考えなくてもいいですよ。お礼の言葉は、神官長からしっかり受け取ったから」

「……申し訳ありません。ですが、これから先のことで何かありましたら、その手伝いぐらいはしたいと思ったのです。こちらの勝手な都合で、この世界を救うために召喚したのですから。幸い、私はカズマさんと話ができますので」

「それで、俺のこれからか…」


 つまり、報酬とかは渡せないけど、せめてこれからの俺のためにサポートをしますって訳ね。お礼はいらないって言っても、彼の性格的に引かないだろう。確かにこれから先、俺が見える神官長がバックについてくれるなら、これ以上に心強いものはない。


 だけど、それでも俺にはたぶん必要ないだろう。俺はつい浮かべてしまった苦笑のまま、彼に答えを告げた。




「結花ちゃんには、伝えないでほしいんです。それでも、いいですか」

「彼女にはですか? 内容にもよるかもしれませんが……、はい」

「旅の途中で、結花ちゃんと魔法使いさんたちが、旅が終わった後どうするかって話をしていたんです。その時、俺もこの後のことを考えてみたんですよ。聖女の旅が終わったら、俺はどうするのかを」


 俺が結花ちゃんの守護霊をしていたのは、彼女が唯一の俺の関わりだったからだ。異世界で右も左もわからない中、同じ世界の出身者という安心感は強い。それから彼女を知っていって、一人で頑張る姿にハラハラした。


 俺の存在意義は、彼女を幸せにすること。そんな目標ができたからこそ、俺は幽霊になっても今まで頑張ってこれた。聖女なんて大変な役目を背負う彼女に、俺の存在が少しでも救いになれば、それだけでよかった。俺の存在は、決して無駄なんかじゃないって……そう思えたから。


 だけど、旅の途中で気づいたのだ。結花ちゃんはもう、俺が傍にいなくてもちゃんと歩けるって。一人で無茶をしそうになっても、彼女を止めて傍で支えてくれる人たちがいるから。結花ちゃんの幸せを願ってくれる人が、俺以外にも大勢いてくれる。神官長や信頼できる仲間が、彼女にはいるのだ。


 これから彼女は、今まで頑張った分、精一杯この世界で幸せを手に入れられるはずだろう。困ったことがあっても、一緒に考えて助けてくれる人たちがいる。俺もこの人たちなら、結花ちゃんを支えてくれるって、自信を持って言える。


 それなら、俺の存在は――。


「俺は、結花ちゃんの前から姿を消そうと思っています。この神殿からも出て、ちょっと旅でもしようかなって気分ですね。聖女の旅でも、まだ行っていない地域もあるし。そんでそんなところを回ったら、……潔く成仏しようかなって考えています」

「カズマさん、それは」

「俺も、結構考えたんですよ。俺が思い残していることって何かって考えたら、結花ちゃんのことぐらいしか思いつかなくて。異世界だって、この旅で十分に堪能できたし、すごく楽しかったからさ。そう思ったら、この世界でもう思い残すことはないってわかったんです。俺はもう十分に、役に立てたって」


 俺の言葉に目を見開く神官長に、俺は笑ってみせた。俺が消えることは、決して悲しいことじゃないって思ってもらいたいから。


「……このまま、ユイカ様の傍にずっといらっしゃることはなさらないのですか」

「うーん、たぶん、俺は傍にいない方がいいと思うんだ。これを言ったら、結花ちゃんは絶対に否定すると思うんだけど。俺の存在は彼女の心を、閉じ込めちゃう気がするんです。どんなに理由をつけても、たぶん結花ちゃんの中で俺を巻き込んでしまった罪悪感はずっと消えないと思う。俺は死んだのに、本当に自分が幸せになっていいのかって。そういうところ、あるでしょう?」


 俺が困ったように言うと、神官長は黙って口を閉ざした。聖女バカだけど、結花ちゃんという個人をちゃんと見てきたからこそ、彼もわかるのだろう。本当に困った俺の守護対象様だ。だけど、そんな彼女だからこそ、俺は応援したいって思えたんだ。


「俺は、自分が死んだことをもう納得している。幽霊の自分を、受け入れている。だけどさ、このまま幽霊としてずっと漂い続けられる自信はないんだ。俺は騎士団長さんたちみたいな英雄じゃなくて、ただの考えなしのガキだから」


 きっとこの精霊っぽい力のおかげで、俺は幽霊として長く過ごすことができるはずだろう。だけど、いつか心が追いつかなくなる気がするのだ。


「俺は結花ちゃんに幸せになって欲しい。神官長やみんなが笑っていて欲しい。アレンセルって異世界が好きだ。だけど、この気持ちがずっと変わらない自信がない。幸せになっていく結花ちゃんを、俺は死んだのにって時が過ぎていくほど妬むようになるかもしれない。家族や友達とまた会いたい気持ちが、俺をそこから切り離したこの世界を恨む気持ちになるかもしれない」


 可能性の話であるとは、自分でもわかっている。俺がそんなことを思うはずがないって、今なら自信を持って言える。だけど、これからはわからない。生きている人たちが羨ましい、って気持ちは今の俺にだってある。元の世界への後悔だって、山ほどある。ただ今は、それを考えない様にして、別の優先順位に置き換えているだけなのだ。


 幽霊だから、寝る必要がない。だからこそ、考える時間ならいっぱいあった。結花ちゃんのため、そして俺のための最善は何か。そう考えて出した結論が、これだったのだ。


「……俺は、今の俺のままでいたい。悪霊みたいな、あんな気持ち悪いものになりたくなんてないし、みんなと笑って最後を迎えたい。だから俺は成仏して、お別れしたいと思ったんです」


 もともと死んでしまったのに、幽霊でもおまけの生を味わえたのだ。きっと俺は、すごく運が良い人間だろう。生きる意味なんて見出せずに、死んでいく人だって多いのだ。仲間になった幽霊の中には、そんなやつ普通にいた。その中で俺は、こんなにも感謝をもらえた幸せ者である。


 だいたい幽霊って、成仏するのが一番自然なことのはずだ。昔読んだ漫画とかだって、幽霊キャラは成仏するのが定番だった。それがきっと、本来あるべき形なんだろう。


 結花ちゃんは気にするかもしれないけど、神官長たちならきっと彼女を立ち直らせてくれる。だから俺は、心置きなく成仏することができる。幽霊仲間のおかげで、その方法とかも教えてもらったしな。



「……本気、なのですね」

「はい、これが……俺が選んだ道です」


 震えそうになる身体を、俺は無理やり抑え込む。死んだら幽霊になったけど、成仏したらどうなるのかなんてわからない。俺の意識はまだあるのか。全部消えてしまうのか。輪廻転生とかってできるのかなとか。わからないことだらけだ。


 それでも、きっと進めると思う。これから先で、もし俺が負の気持ちに負けて悪霊になってしまったら、本当の意味で俺が今までしてきたことが全部無駄になってしまう。それだけは、絶対に嫌だった。


「自分勝手だとは思います。だけど、わかってくれたら助かります」

「……あなたの気持ちはわかりました。別れは、まだしないのですよね」

「えっ、うん。もうちょっと周りが落ち着いてからに、する予定でしたけど」

「それでしたら、まだここにいてください。受けた恩を返さずにいるのは、私が嫌なのです。この世界をさらに知ってからなら、カズマさんやユイカ様がまだ知らない、この世界の名所を私に案内させてください」


 幸い、情報だけは嫌でも手に入りますから。そう言って、神官長は真っ直ぐな視線で俺を見た。自分が恩を返したいから、という理由だとこっちは断りづらい。実際に彼の案内なら、この異世界をきっと楽しめるだろう。もう少しだけ、みんなと一緒にいたい気持ちもある。


 そんな思いが、俺の首を縦に振らせていた。彼はそれに、安心したような笑顔を浮かべる。色々言いたいことは彼にだってあっただろう。正直俺の出した答えを、否定されるかもしれないと思っていた。それでも、受け止めてくれた神官長に感謝をした。


 さすがは、俺の心のオカン。俺はそう思いながら、彼との他愛のない会話に笑う。悔いの残らない様に……残り少ない日々を、俺は精一杯楽しもうと思った。



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