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第八話 最後の戦い




「これが、……『厄』なの?」

「なんか、繭みたいだな」


 死霊の軍勢を抜けた先に、俺たちを待っていたのは、瘴気によって灰色に染まった森であった。幽霊たちのおかげで、敵に遭遇することなく俺たちは先に進むことができた。そして、瘴気の最も濃いところを目指し続けたことで、ようやくたどり着くことができたのだ。


 黒い粘々としたものが、周りの木に張り付いている。その中心には、その黒い泥みたいなものに包まれた何かの物体が、宙にぶら下がっていた。卵が腐ったような、そんな独特の臭いがあるのか、結花ちゃんたちが顔を顰めている。いくら聖女の結界があっても、ここまで根源に近づくとわかるようだ。


 俺でも、結花ちゃんの結界の中にいないとなんだか気持ち悪くなる。彼女と同じように女神の恩恵を受けている俺ですらこれなら、幽霊のみんなはいなくて正解だっただろう。


 しかも、この黒い泥みたいなのに厄の意思が流れているのか、四方八方から見られているように感じるのだ。今のところ動きはないが、いつ意志を持って動き出してもおかしくないような不気味な存在感。気配に敏感な幽霊だからか、この怖気の走る気配が本当に気持ち悪かった。


「あの黒いものは、瘴気が固体化したものだと言われています。迂闊に触れない様に、お気を付け下さい」

「と言っても、周りはその黒いやつだらけだぜ」


 神官長の言葉に、狂犬さんが辺りを見渡しながら告げる。彼は試しに懐に入っているナイフを取り出し、すぐ近くにあった黒い泥のような瘴気の塊に勢いよく突き刺した。


 すると、ナイフの触れたところからジュッ、と音が鳴り、ナイフの刃が飴細工のように溶けた。それに彼はナイフを引き抜こうとするが、その粘りによって絡め捕られ、動かすことができなくなる。諦めたように柄から手を離すと、ナイフは泥の中に沈んでいった。


 次に暗殺者さんが、撫でる様に黒い物体に布を触れさせる。そして布が触れたところから、徐々に腐り落ちていく様子を観察し、そっと手元に戻す。穴があき、腐臭を放つ布を見ながら、彼女は小さく頷いた。


「表面には粘着性はないが、触れたところから爛れていく。これ自体に硬度はほぼなく、ゼリー状。しかしその中は、粘着物質を含んだ強力な消化液。……武器は役立たず。剣で切れば刃の先から溶かされ、持って行かれてしまう。打撃を与えて、中身が飛び散ってもまずい」

「魔法も、ほとんど効かないわね。この表面の膜みたいなのが、弾いているみたいだわ」


 魔法使いさんも、難しい顔をしながら考察を述べる。とりあえずみんなの意見を総合すると、武器も魔法も効かない、触れたらほぼアウトな物体ってことか。何その、手も足も出ない恐ろしい物体。


「……私の浄化の光をあててみましたら、効果がありました。先ほどより小さくなっていますので、神力には弱いようです。本来気体である瘴気が濃縮したものが、この固体だからなのでしょう」


 とりあえず、神力を使えばなんとかなるらしい。この場で力が使えるのは、結花ちゃんと神官長と一応俺の三人か。そして一番の浄化の使い手は、やはり聖女である彼女だけだ。


 それに結花ちゃんは力強く頷き、手に持っていた杖を瘴気の塊に向けて掲げた。まるで子守唄のような、優しい旋律が彼女の口から紡がれると同時に、杖の先から温かい白い光が生じる。そして最後の詠唱が終わると、彼女は杖を真っ直ぐに振り上げた。


「お願い、浄化の光よ。私たちに道を照らしてっ!」


 白き光が膨れ上がり、その波動が瘴気に満ちた森に輝きを取り戻させるように辺りを照らし出す。その光に触れると、厄の周りにこびり付いていた黒い物体が、次々と黒い煙を吐き出しながら小さくなっていった。


 それに俺たちは、安堵して息を吐く。目をつぶり、浄化に集中する結花ちゃんの様子を彼らも見守るように眺める。そして辺りの黒い泥が消えていき、残されたのは巨大な繭のような厄と、灰色の森だけになった。


 脂汗を流す結花ちゃんに水を渡し、神官長が疲れの見える彼女に休憩を促すが、彼女はそれに首を横に振る。次に光によって開けた視界に映る黒い繭を、全員が真っ直ぐに見据えた。あとは、アレを浄化すれば全てが終わるのだ。結花ちゃんは神官長にお礼を言うと、ゆっくりと前に足を踏み出した。



「よし、これで終わるはず。……ん?」


 彼女を支えながら進む、みんなの後ろをついて行こうとして、ふいに俺は違和感を覚える。何故か、胸がざわざわするのだ。まだ何かあるような、感じられるような気配。生者とは違う、だけど死者とも違う。先ほどより薄いけど、あの黒い泥に似た怖気がまだ残っているような気がするのだ。見られている気配がある。


 ……どこだ。どこから感じられる。少なくとも、目に見える場所にはない。俺よりも目が良いだろう暗殺者さんや狂犬さんが、気づかないはずがない。何より結花ちゃんの浄化の光は、空いっぱいにまで広がっていたはず。横にはない。上にもない。なら、他に候補があるとすれば…。


 俺は慌てて、地面の下に視線を移した。ゆっくり気配を辿っていくと、微かだがあの怖気が感じられたのだ。それは、厄の手前の地面の中。今、彼女たちが向かっている先。あの時のトラックのように、嫌な予感が俺の全身を駆け巡った。


「待って、止まるんだ! 結花ちゃんッ! 地面の下に、黒いやつがまだ残っている!!」

「――えっ?」


 俺の叫び声に驚いた彼女が足を止め、それにつられて他のみんなの足が止まった数秒後、その眼前の地面が大きく割れた。そして突如として地面から溢れ出た黒い泥が、噴水のように突き出たのだ。天へと伸びるほどの長さと、そこらにある木なんかよりもずっと太い黒い泥のような触手であった。


 異変に気付いた神官長が咄嗟に庇うように結花ちゃんを守ってくれたが、あと少しでも気づくのに遅れていたらと思うと、ゾッとした。しかもその黒い触手は、先ほどまでの泥とは違い、まるで生きているように暴れ出す。


 その泥が魔法使いさんに当たりそうになり、俺はポルターガイストで彼女のローブを操り、咄嗟に後ろへ引っ張り上げた。それに首をちょっと絞めてしまって、女性として可哀想な声をあげさせてしまったが、不可抗力ということで許してほしい。


「これは……! みなさん、いったん後方に下がりますよ!」

「下がるって言ってもよ、旦那! 下手に動くと泥が――って、うおぉァッ!?」

「あっ、俺がそこらの木を引っこ抜いて投げて牽制するから、早く避難してー」

「できたら投げる前に、……ううん、ありがとう」


 狂犬さんの頭擦れ擦れを、俺がポルターガイストで頑張って投げつけた木が通過。泥の触手に俺の投げた木が大当たりし、そのおかげで動きが止まったため、彼らは急いで後ろに下がることができた。


「……一真くん、木を引っこ抜けたんだね」

「土壇場の勢いで。しかし、アレどうする? さっきまで張り付いていた泥とは、大きさも気持ち悪さも段違いだ。すっげぇ暴れていて、厄に近づけそうにないんだけど」

「う、うん。地面から生えているから、ここまでは来れないみたい。もう一回、私が浄化の光を使えば倒せると思うけど…」

「お待ちください、ユイカ様。先ほどあれだけの大きな術を、あなたは使ったのです。さらにこれから厄を浄化するための力を考えれば、ここで使うのは得策ではありません」


 俺と結花ちゃんの会話から、話の流れを感じ取ったのか、神官長が注意を促す様に声をかけた。無理に聖女の力を引きだせば、結花ちゃん自身の寿命を縮めるような危険を冒すことになるからだ。


 それは俺も絶対に嫌だが、だけど他にアレを倒せる方法が思いつかない。あの大きさの瘴気の塊を浄化するなんて、神官長一人じゃ無理だ。結局、彼女に負担をかけてしまう。ここは逃げるべきなのか、だけど……。



「……なぁ、旦那の主。今の木をブン投げたのが、例の精霊様か?」

「えっ、あ、はい。その、頭は大丈夫でしたか?」

「髪を何本か持って行かれたが、それはいい。おい、俺の声はそっちに届くのか?」


 狂犬さんが空中にふらふら視線を彷徨わせているので、おそらく俺を呼んでいるのだろう。結花ちゃんが彼の質問に肯定し、さらに俺の居場所を簡単に教えていた。


「そうか。さっきの木だが、アレと同じような力を俺の武器に纏わせることはできるか?」

「……力を纏わせる?」

「えっと、どういう意味ですか?」


 やった本人の俺がわからず、結花ちゃんも首を傾げる。質問に質問を返されたからか、変な顔をされた。いつもオカンに怒られているバトルジャンキーに、こんな微妙な顔をされることになるとは。俺もよく怒られているけど。


「なるほど。さっき、精霊が投げたという木。あの黒いのに当たっても、腐らずにダメージを与えられていた。その精霊の力による効果を無機物に施すことができるのなら、我の武器も通じるかもしれない」


 暗殺者さんの説明もあり、ようやく二人が俺に期待していることがわかった。確かに先ほど俺が操って投げた木は、触手に当たっても腐らずに、しっかりと動きを止める働きまでしてくれた。その効果を、彼らの武器に付与できないかということか。


 いつもやっていることなのでできるだろうが、さすがにぶっつけ本番は怖い。もし失敗したら、彼らの命が危なくなるかもしれない。それでも、成功すれば結花ちゃんの負担を確実に減らせる。俺たちが、アレを倒す。他にあの触手の気配はないため、あいつさえなんとかすればいいのだ。


「もう、酷い目にあったわ…。それで話は聞いたけど、それなら私は魔法でフォローをすればいいわね。ダメージは与えられないけど、足場を作ったり、盾ぐらいならできるもの。アレはかすり傷一つでも、危ないでしょうからね」

「みなさん、だけど私が頑張れば……」

「最初に神官長様が言っていたでしょう。私たちは、貴女を犠牲にしたい訳じゃない。全員で、元気に帰るんでしょう。任せなさい、このための護衛よ」

「主は、我らの分の結界を頼む。ユイカが役目に集中できるように、回復に専念させるべきだ」

「……わかりました。ユイカ様ほどの力はなくても、少しの間なら瘴気を払う結界を私でも張ることができます」


 神官長は詠唱を唱えると、彼ら三人に瘴気から守る結界を張り巡らせる。結花ちゃんは祈るように手を握り込み、俺たちを見つめていた。


 この黒い泥が、厄の最後の足掻きだろう。こいつをみんなで倒せば、障害は全て取り除いたことになる。あとは大元を結花ちゃんが浄化して、ハッピーエンド。……うん、完璧だ。この五人と、幽霊のみんなで世界を見事に救って、帰ってみせるんだ!




「行くわよ、大地の力よ! 敵を貫きなさいッ!!」


 濃紺のローブを纏った魔法使いさんが牽制のため、黒の触手に向かって岩の流星群を召喚した。そのいくつかは触手によって溶かされ、相手も全く堪えた様子がない。しかし、地面に突き刺さったいくつもの岩の柱が形成された。


 その岩の上を飛び移りながら敵へと迫る獣と、その岩の影に身を滑らせながら武器を構える闇が躍り出る。触手はどうやら己に近づいてきたものを、攻撃するようだ。まず目についた獣へ、その泥の触手を振り抜いた。


「ふん」


 彼はそれを足に力を入れ、跳躍することで躱す。彼が立っていた岩の柱が、触手によって崩壊するが、別の柱に飛び移り距離をさらに縮めた。そんな獲物の様子に、さらに追撃しようと泥は身体をうねらせる。


「お前の相手、犬だけじゃない」


 そんな相手に向かって、一切の足音も立てず、意識の死角を掻い潜った暗殺者は、腰のスローイングナイフを数本引き抜き投擲した。上から彼らの戦いの様子を見ていた俺は、いつも使っていた力を彼女の投げたナイフへ移す様に意識する。


 もっと鋭く、もっと速く。淡い光を放ちだした刃は、吸い込まれるように獲物へと突き刺さった。


「――――!」


 言葉はないが、先ほどまで魔法使いさんが放った魔術が当たった時とは、明らかに反応が違った。ジュワッ、と刺さったナイフから黒い靄が吹き出る。俺が纏わせた光が黒い煙と一緒に徐々に消えていき、光を失ったナイフは、最後はやつの身体の中に取り込まれていった。


 あの様子から、どうやら攻撃は効いているらしい。ナイフも俺の光が纏われている限り、溶かされることもなかった。ただ光が消えると、溶かされて取り込まれてしまうようだ。


「もう一回、援護」


 今度は標的を小柄な影に変えた触手が、鞭のようにしなり、標的を捕らえようとする。しかし彼女はそれに焦ることなく、冷静に変則的な動きをその動体視力で見極め、さらに追撃を放った。


 いくつかはやつに打ち捨てられたが、数本ほどまた突き刺さる。それに黒の靄が出て、また光がなくなりかけて溶かされる寸前――全てのナイフが触手から離れた。そして、彼女が腕を引くと、打ち捨てられた分も含め、全てのナイフが手元に戻ってきていた。


「……一本折れたか。だけど、やつに刺さっていたものを含め、他に状態の異常はなし。再度、十分に使えると判断」


 どうやらワイヤーのような糸が、ナイフに括りつけられていたらしい。ちゃっかりしている。


「だけど、毒とか薬品を色々ぬっておいたけど、特に効果のほどは見られない。これは残念」


 ……さらに、ナイフに何か塗っていたのね。本当にちゃっかりしていた。



 そんな余裕を見せる彼女に怒りを覚えたのか、触手の先の方が震えだし、嫌な不快音をあげだした。そして、太い一本の触手の先端に線が走り、二本の触手に突如分かれる。これには、彼女も俺も目を見開いた。


 先端が二本に分かれたため、少し細くなったが速さは先ほどと変わらない。単純に二倍になった相手の攻撃の手に、彼女は距離をあけようと岩を盾に走る。やつは、それを追いかけようとするが――。


「振り落されるんじゃないわよ!」

「ハッ、誰に言っていやがるっ! おい、精霊! こっちに力をよこせッ!!」


 その上空から魔術の風を纏い、獣は獰猛に笑った。獲物が二つに分かれようが、関係ないというように。彼らへの注意を怠っている相手へ向かい、彼は風から身を乗り出し、重力に従い急降下した。


 魔女の風の援護により、下から吹く風などが抑制される。空中という足場もない場所でありながら、彼は体勢を崩すことなく大剣を構えた。技も何もない。あるのは、純粋なまでに研ぎ澄まされた――たった一本の斬撃。


「くたばれ」


 容赦のない一閃が、触手の一本を一刀両断した。俺の付与した力が、キラキラと剣の残像を追うように降り注いでいる。思わず見惚れてしまうほどに、その剣の軌跡に俺は魅了された。


 しかし、一本切り落としても、もう一本ある。まだ空中にいるため、体勢を整えられない彼に向けて、残った一本が振り下ろされようとしていた。俺はすぐさま、魔法使いさんが作った岩の柱の一本をポルターガイストで引き抜き、やつと相打った。それに、岩の破片と、黒い泥が飛び散る。


 そんな硬直した場へ、黒い影が動いた。


「精霊! 力ッ!」


 降り注ぐ泥を避け、跳び上がる。動きの止まった隙を逃さず、闇は鍔が無い刀のようなものを使い、躊躇なく獲物を切り抜いた。さらに俺の目ではとても追い切れない斬撃が繰り返され、光が纏われる一呼吸の間に、残ったもう一本の触手を何十と切り捨てた。それから遅れて、黒い靄と泥が一斉に噴き出された。


 痙攣するように、触手の傷ついた場所から泥が振りまかれる。広範囲に飛び散る穢れの雨が、彼らに降り注ごうと猛威を振るった。


「光よ、我らを穢れから守りし盾となれっ!」


 黒い雨を真っ直ぐに見据えながら、青年は黄金の光を纏いながら叫んだ。そして神官長の守護結界が俺も含め、全員に展開される。その力強く、優しい神気が、黒き穢れを弾き飛ばし、活力を俺たちに与えた。



「いい加減、地面から出てきなさい! 全てを燃やし尽くす、終焉の炎よ。我らの敵の全貌を引きずり出しなさいッ!」


 真っ赤に燃える魔法陣が、触手の根元に展開される。魔女の召喚の呼び声と同時に地が震え、まるで噴火のように炎の奔流が下から噴きあげられた。その破壊力により、やつのいた地面は抉れ、マグマがその巨体を空へと押し上げてみせたのだ。


 ブチブチッ、と甲高い音を立てながら地から切り離された相手が、また地に向かい落ちてくる。その場所に先回りをしていた二人の聖女の剣は、それぞれの武器を構えた。俺も持てる力の全てを、二人の武器に籠めてみせる。


 そして、獣と影はその信頼に応える様に、二振りの刃によって敵を薙ぎ払った。降り注ぐ黒き雨は、黄金の光によって遮られる。地に落ちた触手は何度か痙攣をした後、大量の黒い靄を噴き出しながら、静かにその動きを止めたのであった。


 チンッ、と鞘へ刃をしまう音が鳴り響く。静寂が辺りを包みこむと同時に、全員の顔には笑みが浮かんでいた。



「だから言ったでしょう。私たちに、任せなさいって」


 安心したように、ポロポロと泣き出した結花ちゃんに向けて、魔法使いさんはそっと抱きしめて、優しく頭を撫でた。それに結花ちゃんは、何度もうなずき返していた。俺たち以外には何も感じない気配から、俺もようやく気が抜けて、空の上に倒れ込んだ。


 まだ余力がありそうな護衛組に、俺は尊敬の目を向けながら、こうして最後の障害は取り除かれたのであった。




「……今、楽にしてあげるからね」


 俺たち五人が見守る中、結花ちゃんは『厄』に祈りを捧げた。それは、祝福の歌であった。この世界と結花ちゃんが捧げる、『厄』となってしまった者へと向けた……優しく暖かな光。


「私もね、最初は怖かったよ。向こうでも、こっちでも、私だけ一人ぼっちになっちゃった気がして。寂しいのに、声もあげることができなくて。ずっと自分で勝手に壁を作って、……一人ぼっちになっていたの」


 純白の輝きが、固く閉ざされていた繭の外側を一枚ずつ丁寧に消していく。みるみるうちに小さくなっていく『厄』の様子が、まるで結花ちゃんの言葉が響いているかのようだった。


「私は自分が傷つくことが怖くて、震えて立ち止まることしかできなかった。だけど、この世界に召喚されたことで、私はたくさんのことを教えてもらった。たくさんの思いを受け取った。そして私の思いも、……受け取ってくれた」


 最後の黒い一枚をはがすと、そこには彼女の腕の中に収まってしまうぐらい小さくなった白い繭があった。もう残り少ない神力を丁寧に込めながら、結花ちゃんは語りかける様に言葉を紡いだ。


「一人は怖いよ。だけどね、一緒にいてくれる人が私にはいるんだってわかったら、怖くなんてなくなったの。自分から動く大切さを、踏み出す勇気を、そして幸せを願い合う心を、私はみんながいてくれたから知ることができたんだよ」


 柔らかな手つきで結花ちゃんが繭を撫でると、ピクンッ、と繭の中のものが動く。それに驚く俺たちに、彼女はおかしそうに笑っていた。


「あなたは、一人じゃない。みんなが私を信じてくれたように、私もみんなを、そしてあなたを信じる。私は、あなたの幸せを願うよ。世界に、怯えなくてもいいんだよ。辛いことも悲しいことも、今までもこれからも変わらずにあるかもしれないけど、嬉しいことも楽しいこともたくさんあるはずだから」


 白い糸がスルスルと解けていき、『厄』の全貌が明らかになった。いや、もう『厄』なんて名前ではなくなったのだろう。最後の一本が空へと消えていくと、辺りに広がっていた瘴気もその姿を消し去っていた。



「……ようこそ、異世界アレンセルへ。私は地球ってところから召喚された、結花って言うんだ。よろしくね、小さなお客様」


 彼女が微笑むと、腕の中の小さな生き物も甘える様に小さな鳴き声をあげた。


 異世界から召喚された少女は、多くの人に支えられながら無事に聖女としての役目を果たし、この世界と小さな命を救ってみせたのであった。



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