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第七話 それぞれの思いをのせて




 結花ちゃんが召喚されてもうすぐ一年と言うことは、俺も同じだけの時間をこの世界で過ごしてきたことになる。まだまだ知らないことは多いが、幽霊仲間や神官長のおかげで、それなりの知識は教えてもらっているのだ。この世界のことや、敵のことも。


 悪霊とは、幽霊の上位種と言っていいのかもしれない。周りの生命力を手当たり次第に取り込み、時には生者から奪うことで己の存在を確立させた者たちのことを言うのだ。同種である他の幽霊を取り込んで、力を増す場合もある。


 また悪霊がいれば、大地は痩せ、緑は減り、あらゆる負が世界に影響を及ぼす。そのため、生者や幽霊にとっては、彼らは討伐しないと色々まずいことになる対象なのだ。あと取り込まれた幽霊は、その悪霊が滅びない限り、延々と苦しみ続けるらしい。幽霊である騎士団長さんが、彼らをしばき倒す理由にも頷ける。


 そしてリッチは、そんな悪霊どもの親玉と言ってもいい。力のある悪霊が、瘴気を取り込んだことで生まれる瘴獣である。こいつは熟練の戦士でも、面倒な相手らしい。実体化と霊体化の両方をあわせ持ち、さらに生前の技術を使う厄介な個体までいる。魔法使いのリッチや、剣士のリッチなど上位種にはいるのだ。下手に突っ込むと、返り討ちにあう可能性もあった。


 そんな悪霊、リッチによる万の軍勢は、普通に脅威である。そして一番厄介なのが、この瘴気の充満した空間だ。ここは、完全に彼らのフィールド。こちらは負ければ、取り込まれるか悪霊化する。対する相手は、倒しても瘴気のおかげで、少ししたらまた復活してくるのだ。頭を潰したら死ぬゾンビより、余計に性質が悪い。


 俺たち幽霊組も、気を引き締めないといけないだろう。ミイラ取りがミイラになったら、途端に形勢が逆転されてしまう。数は二ケタぐらい圧倒しているが、彼らが上位種であることに変わりはないのだから。



「先陣は我々だ! いくぞ、魑魅魍魎どもよ。魔の頂点たる魔族(幽霊)の剛速球乱舞を、その身に受けてみよォッーー!」

「さすがは、魔族だな。緻密な魔力操作で、急所へのストライクも変化球もお手の物か。良い肩だ。しかし、我ら獣人(幽霊)の鍛えられし精神体も負けはせぬ。今こそ、今までのバッティングの成果を見せる時ぞォッ!!」


 そんな風に気を引き締める俺の周りから、聞こえてくる幽霊共の殺る気に満ちた声。不死身の相手など知るか! とにかく殺らせろ! と物騒極まりない。お前ら、どれだけ悪霊が嫌いなんだよ。魔力で作った魔球を、正確無比に連弾する魔族の精鋭たち。さらに、強靭な肉体でバットを振り回して嬲っていく獣人集団。


「エルフ(幽霊)の同胞たちよ。悪しき者たちを今こそ、我らが神気で浄化する時です。私がトスを上げますので、幽霊大バレーボール大会で優勝した『フェアリアル・デストロイヤー』のアタック力を見せてあげましょうッ!」

「人間(幽霊)である俺たちには、彼らのような魔力や神力、精神体はない。だが、数の絆がある! お前ら、俺たちも魔力玉を蹴り抜くぞ! 俺たちの熱き魂の力を悪霊・リッチ(ゴール)に叩き込むんだァッーー!」


 そして、華麗な動きで的確に容赦ない浄化ボールを放つ、森の守護者たち。十一人ルール無視した一方的なPK戦をする人間たち。もうこっちが悪霊と言われても、納得できるフルボッコ風景であった。


 あと、数だけはいたからか、団体戦が好きだなお前ら。確かに賢王さんから、集団で袋叩きにしろって言われていたけど。


 そして、君たちどれだけ暇だったんだ。どれだけ地球の文化に影響されているんだよ。何より、……この場面で見せる必殺技がそれでいいのかっ! この半年の旅で、お前らが学んだことってそれなのかよ!? この世界、厄がなかったら本当に平和だなッ!


 フザケが一切ない幽霊共の表情が、本気を語っている。真面目に地球の団体競技を、戦闘技術に昇華させていやがる。最終決戦でふざけていたら不謹慎だと俺でもツッコめるのに、このツッコめない俺だけに優しくない空間はなんなんだよ!?


「地球では、ただのスポーツなのに…。これが異世界……」

殺球(やきゅう)は、魔族と獣人たちがはまったゲームだったな。さすがは、毎回盛大に殺りあっているだけはあるな。そしてバレーボール、通称バレット・ボール。弾丸のような球を飛び交わせ、舞踏としての優雅さも競い合う戦い。あの美しさを競うエルフたちが、嵌まるわけだ」

「そしてあれが、その数と勢いで行われる軍団同士でボールを奪い蹴り合い、相手にゴールすると言う、泥草さと戦いの虚しさと感動を味わえるサッカー。サッカーの『サ』は、殺戮の『サ』だと言われるだけはあるわね…」

お前ら(幽霊共)、……俺の説明を絶対に話半分で聞いていただろォッ! 全年齢対象の健全なスポーツ名で、R指定に突っ込みそうな改変を勝手にしてんじゃねェーー!!」


 騎士団長さんと賢者さんの説明を聞きながら、俺は地球人としての心からの叫びを放っていた。今まで俺は、自分が好き勝手やっていた自覚はある。それに、今はちょっと反省する。


 こんな俺ですらも、ツッコミに回らずを得ない幽霊共の好き勝手さは普通に恐ろしかった。そして、烏合の衆のはずが、おかしなところでスポーツ精神を発揮し、全員が目的のためにまとまっていることも恐ろしかった。


 そんな、俺が叫んでいる後方では。



「主、不思議だ。先ほどまで感じていた大量の殺気が、何故か急速に消えていく」

「もしかして、そいつらは偵察隊か? 侵入者を確認しにきただけだったのか」

「油断しないで、罠の可能性もあるわ。警戒を緩めない様に!」

「……あの、ユイカ様。なんだか、うっすらと予想がつきそうなのですが、精霊様はどのようなご様子で」

「えーと、かず――じゃなくて、精霊様たちは頑張ってくれているのだと思います。……たぶん」

「たぶん、……そうですか。はい」


 俺の魂の叫びを聞きながら、結花ちゃんは引き攣った笑みを浮かべた。ちなみに彼女には、「いっぱいの幽霊が手助けをしてくれるから、安心して!」とは伝えておいた。「い、いっぱい?」というところに疑問を持たれたが、詳しい数は決して口外しなかった。主に、彼女の精神衛生上のために。


 あと当然神官長にも、『いっぱいの精霊が援護をするよ!』とは伝えた。彼も「いっぱい…」のところで、視線が右往左往していた。『俺たちの取締役のオカンが望むのなら、詳しい数を教えるよ?』と親切心で記載したのだが、凄い勢いで手帳を閉じられる。カズマの扱いに慣れて来たわね…、と賢者さんにぼそっと呟かれた。


 そんな思い思いの道中を過ごしながら、俺たちは決戦の奥地へとさらに足を踏み入れていったのであった。




******




 瘴気に満ちた大地は、厄へ近づくにつれてその濃度を増していった。敵の数も多くなり、幽霊の中にもこれ以上の瘴気に耐えられない者や、相手からの攻撃で負傷した者も出てくる。無理をして悪霊に取り込まれたらまずいため、そういった仲間はすぐに後方へと下げられた。数がいるからこそ取れる安全策だな。


 その減った分、結花ちゃんたちが敵と相対することもあった。しかしさすがはここまで旅をし、そして万の軍勢と戦う覚悟もしていた彼らだ。多少の敵など、ものともしていなかった。


「みなさん、このままこの方向に突き進みますっ! 前方より、リッチが七体、悪霊が十二体ッ!」

「了解だ、旦那ァッ!!」

「ん!」

「浄化の光で援護をします!」


 神官長の指示と同時に駆け出した狂犬さんと暗殺者さんは、それぞれの武器を構え、前方の敵に集中する。骸の身体に、ボロボロのローブを纏ったリッチたちは、嘲るようにカタカタと笑う。久々の生きの良い獲物に、歓喜するように。穴のあいた目から真っ赤な目玉が現れ、己に近づく二人を見据えた。


 そして『死者の風』と呼ばれる、相手の魂に直接浴びせる冷気を彼らは発した。『死』という生きる者として誰しもが持っている、原初の恐怖を具現化したリッチ特有の固有技だ。それが複数からの技ともなれば、相手に即死効果を与える威力となるらしい。そんな魂すらも凍えさせるような寒気が、あたり一帯に巻き起こった。


「……なんか、涼しい」

「あぁ、まぁ旅をしていた頃もよくこんな冷気があったし、気のせいだろう」


 そこは幽霊七ケタに囲まれながら長旅をしたことで、無意識に耐性がついてしまっていた彼らには全く効果がなかったけど。結花ちゃんの援護もあり、「えっ、何こいつら」という感じであっさり一閃され、リッチたちは葬られた。


「ッ、右方より、中位の炎の魔術式です!」

「そっちはレジストするわッ!」


 魔法使いさんが短い詠唱文を唱えると同時に、魔法陣が彼女の目の前に展開される。魔法名と一緒に杖の先で押し出す様に突きつけると、そこから水の中位魔術が発動し、相手の魔法と打ち消し合った。


「――光の鎖よ!」


 すぐさま神官長が神聖魔法の補助術式を使い、奇襲を仕掛けてきたリッチの動きを止める。そして、そこに群がる幽霊隊員たちによる、動けない相手への遠慮のない袋叩き。凄い悲鳴をあげて、リッチは消滅した。


 傍から見たら、補助術式でリッチを消滅させた神官長に、魔法使いさんが慄く。神官長は諦めを浮かべたような表情で、小さく笑った。彼のメンタルは、もうそんな視線程度では折れないぐらいに強化されていた。



 神力による強化も合わせ、火事場の馬鹿力を発動した神官長が、六法全書クラスの手帳を片手に、全体に更なる指令をとばす。俺も幽霊たちから送られてくる情報を、逐一彼に報告していく。咄嗟の時は、結花ちゃんに声をかけて、結界を張ってもらう。先兵幽霊による情報収集のおかげで、この瘴気に満ちた視界の悪い空間でも、迷わず進むことができるのだ。


 休みなく着実に進み続ける五人の息は少し荒いが、まだまだ余裕はあるだろう。こちらも数を減らしているが、地の利がある相手に無理はできない。今のところ問題もなく、安全を欠いてまで急ぐ理由もないと思う。慎重に進んでいくべきだ、というのが俺たちの総意であった。


 血の気の多いやつもいたが、「オカンに怒られるぞ」と言うと、大人しくなった。幽霊が見えないはずなのに、何故か的確にやりすぎ幽霊に説教をとばせる神官長。こちらも耐性と言うか、慣れたのだろうか。


 そんなどうでもいいことを考えられるような余裕が、俺たちにはあった。あまり長くここにいるのはまずいが、焦りすぎても駄目だ。無駄に体力を消耗しないようにしないと、結花ちゃんたちの後が続かなくなる。瘴気によって、変質した枯れた大地の足場は悪い。霞がかかったような視界は、彼女たちの精神を消耗させているだろうしな。



 ……しかし、今更だけど俺たちがいたからこんなにも余裕があるけど、もし幽霊が、というか俺がいなかったらこの聖女の旅は成功できたのだろうか。全部成り行きでこうなったので、俺のおかげだとは思わないが、それでもこの旅と彼女にかなり影響は与えたと思う。


 俺は巻き込まれ召喚されただけの、いてもいなくてもいい存在だった。必要なのは、聖女である結花ちゃん。ここに俺がいるのは、偶然で必然ではないはず。結花ちゃんを助けることを選んだのは、間違いなく俺の意志。だけど、下手したら俺は彼女を恨んでいた可能性だってあった。


 俺がいなかったら、彼女はどんな聖女になっていたのだろう。この旅の結末は、どうなっていたのだろうか。今よりも幸せだったのか、それとも……。ただ今の俺にわかることは、ここにいる彼女は笑うことができて、そして真っ直ぐに前を向いて進んでいる。仲間と一緒に、立ち向かっている。それならきっと大丈夫だ、って気持ちも俺にはあった。



「――ッ、カズマ! どうやら団体客が来るようだぞ!」

「……情報からこっちの方が数は有利だけど、乱戦になりそうね」


 二人の報告を聞き、俺も前方に目を凝らす。まだ瘴気の幕でこちら側からは見えないが、黒い影のようなものが群をなして、こちらに迫って来ているらしい。暗殺者さんもその気配に気づいたのか、神官長が指示を出す前に全員の足を止めさせた。


 おそらく、この大地にいる全ての敵が集結したのだろう。それは俺たちが、厄にだいぶ近づいて来たことと同じ。もうゴールが目前に迫っているからこそ、相手も最後の戦いを仕掛けてきたのだ。


 数の暴力に対して、彼らが取れる戦略は多くない。俺が彼らの立場なら、分散は時間稼ぎにしかならず、各個撃破され負けが確定する。ならば勝機があるとすれば、一点集中で瓦解させること。そして、敵の頭を狙うことだ。俺たちの敗北条件は、結花ちゃんたちが倒れることである。


「短期での乱戦狙いだな。とにかく聖女殿たちを、狙ってきやがったってことか」

賢王()の予想通りね。さぁ、ここからが私たちの本当の戦いよ」

「騎士団長さん、賢者さん…」

「ちゃんと最後まで、聖女殿を守護しろよ。カズマ」

「カズマ、あなたは彼女たちをしっかり案内しなさい。私たちは背後霊らしく、……あなたたちの後ろを必ず守ってあげるわ」


 鞘から純白の剣を引き抜き、眼前に構える騎士団長さんと、妖艶な微笑みと一緒に、魔法陣を展開させる賢者さん。他の幽霊たちも、それぞれ己の魔力や神力を練り上げだした。空気が、それに振動するように震えた。


 ようやく見えてきた敵の影を見ながら、俺は唾を呑みこむ。みんなが負けるはずはないと思うが、それでも言い知れぬ不安が胸中に浮かぶ。この状況を、俺たちは予想していた。そしてそうなった場合、敵の壁の中で一番層が薄いところに集中砲火し、道を作ると決めていたのだ。


 そのあけた穴へ、俺が先導して五人を敵の集団から抜けさせ、一気に厄まで行きつかせる。幽霊たちでその道を切り開き、そして結花ちゃんたちのもとへ行かせない様に、彼らはここで足止めをするのだ。俺たちの方が数が多いとわかっているはずなのに、不安に思う方が情けないのかもしれない。


 思わず心配が喉から出そうになって、それを俺は慌てて押しとどめる。きっと彼らが望む言葉は、そんなものじゃないと思ったのだ。戦いなれている彼らに、俺の不安を語ったって意味なんてない。今必要なのは、不安でも心配でもない。


 俺が彼らの背中に向かって言うべき言葉は、たった一つだけだ。


「……結花ちゃんたちは、俺が守ります。だから、ここをよろしくお願いします!」

「あぁ、任されたッ!」

「いってきなさい!」


 彼らなら大丈夫という、信頼だ。俺はこの場を離れ、結花ちゃんたちの下へ向かう。俺に気づいた彼女の不安に揺れる瞳に気づいて、大丈夫だと俺は笑った。地平線の果てまで漂う幽霊集団に見慣れている俺とは違って、眼前に見える見たこともない数の黒い影の軍団に、彼女が怖がるのは当然だ。だからこそ、俺がしっかりしないといけない。



「……合図が出たら、一真くんについて行くんだね」

「うん、みんなが絶対に道を作ってくれる。だから、俺についてきてほしい」

「…………、わかった。ついていくよ」


 簡単な説明を口頭で伝え、それに結花ちゃんは震えながらも強く頷いてくれた。たくさんの味方がいるとわかっていても、幽霊である彼らは彼女たちには見えない。俺たちが道を作るから、あの軍団に真っ直ぐに突っ込め、と言って信じてくれる彼女の方がすごいのだ。


 結花ちゃんが、他の四人に俺が今伝えた内容を話してくれている。それぞれ困惑が顔に出たが、異議を唱える人物はこの場にいなかった。彼女は自分の命を、そして仲間の命を、俺たちに預けてくれた。今まで積み上げてきたものが、確かにここにはあった。


 なら、迷う必要なんてない。臆病風に揺らぐな。俺がやるべきことは、その信頼に応えることなんだから。


「あっ、そうだ。結花ちゃん、神官長にちょっとお願いしたいことがあるから、呼んでくれる?」

「えっ、うん。神官長さん、精霊様がお話があるって」

「私にですか?」


 幽霊のみんなにお願いされていたことを思い出し、俺も彼のところへ移動する。もはや阿吽の呼吸のように、手帳を広げて待ってくれている神官長に、俺はいつも通り指を紙に這わせた。


 ちなみにお願いとは、集中砲火の開始の合図係りである。昨日の幽霊作戦会議中に、技名や誰がやるかで種族間でちょっと揉めてスポーツ対決に発展しそうだったので、「もうオカンでいいだろう」という賢王さんの鶴の一声で決定したのであった。聖女様ご一行も、幽霊もわかる合図を出せるのは、彼しかいないことも理由にあった。


 そのため、その先陣の切り口を彼に頼むことにしたのである。敵も近づいているため悠長なことはできないが、やはり士気の向上は大切だ。幽霊のみんなも準備万端だ。俺は伝えたいことを手帳にしっかり書き、いつでもスタートできるように俺も準備をした。


 そして、メッセージが終わったことを確認し、神官長は恐る恐る血の滴る手帳を覗きこんだ。



『神官長へ。今から精霊のみんなで集中砲火するので、ぜひ俺たちみんなで徹夜して考えた決め台詞を合図にして下さい! セリフは下に書いたので、よろしくお願いします!』


 覗き込んだ体勢のまま、神官長が石のように固まる。次に、手帳を一回閉じ、再び最初から読み直し下まで見て、また閉じた。同じ動作をもう一回。そして数秒間、静かに天を仰ぎ、太陽の見えない瘴気に包まれた空をぼんやりと眺める。彼の奇行に、聖女様たちも挙動不審になった。


「し、神官長さん……?」

「……わかっているのです。精霊様方に、悪意はないということは。ただ私とは、善意や感性や信頼の方向性の溝が、ものすごく深いというだけで」

「だ、旦那。なんか葛藤しているのはわかるんだが、もう時間が……」

「えぇ、それもわかっていますよ。私の羞恥心よりも、大切なのは世界の平和ですよね」


 まるで菩薩のように、悟った微笑みを浮かべる神官長。聖女様のためにあらゆる苦難や試練を乗り越え、時には自業自得で突き進んで来た彼は、この一年で大変図太くなったのであった。……今度、ポルターガイストで肩たたきでもしよう、と俺は思った。


 彼は、とても真面目な大人である。どれだけ自分の気が進まないことでも、それが必要なことだと言うのなら、どんなことでも割り切って行動できてしまうのだ。きっとそういうところが、暇人幽霊たちのツボに入っちゃったんだろうなぁ…。


 そして、神官長はみんなの一歩前に出ると、大きく息を吸い込み、戦いの合図を響き渡らせたのであった。



「……我らこそは世界の救済に選ばれし、五人の勇者なり! その我らの前に立ちはだかる亡者の群れよ、その囚われし魂を今解き放とうっ! 神の使いたる精霊様のお導きの下、聖女様の進む道に光を灯せッ! 我らが守護者たちよ、天地を揺らし、悪を滅しなさい! 『ジャッジメント・オブ・オカン』!」


 そして次の瞬間、瘴気が満ちる灰色の世界に、光が生まれた。神官長の後方から閃光が生じ、瞬く間に敵へと降り注いでいったのであった。


 神官長による丁寧なのにヤケクソ気味に感じられるセリフの後、ノリノリな幽霊たちによる一点集中の攻撃が行われた。生者にすら空間の歪みを感じ取れるほどの衝撃が辺りを包み込み、黒の集団の一ヶ所が綺麗に消滅する。俺たちはその光の先へ向けて、足を踏み出した。


 同時に騎士団長さんたちが、雄叫びを上げて死霊たちを抑え込む。顔を真っ赤にする神官長に、「えっと、よかったですよ。ジャッジメント・オブ・オカン!」とさり気なく聖女様がフォローという名の止めをさしながら、切り開いてくれた道を突き進んで行った。



 「困ったときはオカン」が俺たち幽霊全体の認識になっていたため、技名もそれでいっか、という軽いノリで決定してしまったのである。俺ら、オカンのこと大好きだな。


 ただこの時、誤算だったのは一つだけ。この旅が終わった後に神官長大好きな暗殺者さんが、この時の話を盛大に自慢したことで、世界中に『ジャッジメント・オブ・オカン』の技名が彼の名前と一緒に、後世にまで残されてしまったことだけであった。



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