第六話 聖女の旅という名の珍道中
「そういえばさ、今更だけど結花ちゃんの旅ってどこまでするの? あと、結局何を浄化するんだ?」
「それって、結構始めの方に神官長さんが説明してくれたと思うけど…」
「ごめん、難しい話はいくつかスルーしてた!」
「一真くん……」
誰かに聞いたらすぐにわかると思って、今まで忘れていました。異世界幽霊事情やポルターガイスト訓練に、オカン伝説の補佐と俺だって色々忙しかったんだ、と心の中でいい訳だけはしておく。
確かに自分でも適当な性格だと思うけど、俺から見れば結花ちゃんと神官長の方が真面目すぎる気がするんだよね。もうちょっと肩の力を抜かないと、大変だろう。俺を見習えとは言わんが。
「今までいた国から北の方に、その原因はあるんだって。この世界に適合できなかったものは、『厄』と呼ばれるものになる。そして瘴気って言われる、この世界にとってよくないものを作るの。その浄化に特化したのが、私ってことかな」
「うーん。つまり、外からの厄がアレンセルに入ってしまって、それが瘴気をばらまき出した。その特効薬として注入された薬が、結花ちゃんということか?」
「大まかにいうと、そんな感じかな。その厄を浄化することで、この世界に適合できるようにしてあげるのが、私の役目みたい」
「じゃあ、別にその厄ってものを倒す訳じゃないんだな」
勇者の冒険譚みたいな想像をしていたが、そう言う訳ではないらしい。『厄』となってしまう原因は、女神を通さずにこの世界へ渡ってしまった際に、拒絶反応を起こしてしまったことで変質したものだと言う。
結花ちゃんは、その時に起こった拒絶反応を正常に治してあげて、元の状態に戻すことを頑張るって訳か。小さい厄なら、この世界の人たちでもできるらしいが、大きいものは無理らしい。その後、この世界への移住か、元の世界へ帰るかの選択を渡すらしい。聖女は本当に、厄に対する特効薬って感じなんだな。
俺としては、この世界の聖女のあり方にホッとしている。やっぱり世界のためとはいえ、誰かを殺めるのは後味が悪いだろう。それも、本来この世界とは関係がない人間に。……もし、そのあたりの人の心の機敏も含めた対応だと言うのなら、この世界の女神ってちょっと怖いかもな。
「ユイカ様、そろそろ次の街に着きます。降りられるご準備をお願いします」
「あっ、はい。わかりました」
馬車の外から神官長の言葉が聞こえ、結花ちゃんは慌てて返事を返した。なんとこの聖女の旅、馬車付きである。馬の手綱を狂犬さんと魔法使いさんが握り、周囲の警戒を暗殺者さんが、そして我らがオカンが結界と連絡役として働いている。
仕事がない結花ちゃんが申し訳なさそうにしていたが、考え方によってはこれが普通だろう。彼らの役目は、安全に結花ちゃんを送り届けることだ。そのために選ばれた、と言ってもいいだろう。俺はそんな結花ちゃんの暇つぶし相手や、時々出てくる瘴獣との戦闘をポルターガイストを使って応援するぐらいだな。どうやらこの世界に魔物はいないみたいで、瘴気によって作られる害獣のようだ。
あと、馬車は当然目立つが、聖女の旅はアピールしてなんぼというものらしい。『厄』はその拒絶反応の所為で、この世界に落ちた場所から移動できない。意識もほとんどないものが多く、基本瘴気をばらまくだけのもの。そのため、世界救済のための聖女の旅を妨害する者なんていないのだ。
この世界は、異世界との関わりが強いからか、大体なんでも受け入れてしまうらしい。神殿の記録なんかを見ても、ごろごろ事例が出てきた。だから、魔族もいるらしいが敵対なんてしないし、むしろ異世界の脅威と戦うために連携だってする。なんとも不思議な感じはするが、そういうものかとも思った。
「おーい、カズマ。次の街の情報収集が終わったぞー。……お楽しみはできなかったが」
「あっ、騎士団長さん。賢者さんもお疲れ様でーす」
「まったく、外に出てもこのケダモノ油断ならないわ…。とりあえず、あの街の地理や名物から噂、全員のゆりかごから墓場までのあらゆる情報は得てきたわよ」
「……わぁー、頼もしいなー。えっと、じゃあ、……全部神官長に渡しておくか」
人はそれを、丸投げという。
「あと、あの街にいた幽霊が、面白そうだからついて行きたい、ってわらわら来たけど大丈夫よね。止めるのは面倒だし、別に生者には迷惑をかけていないもの」
「いいですけど、これ下手したら旅が終わるころには五ケタ以上いってませんか。最近の幽霊共は俺の世界の遊びに嵌まって、真面目に聖女の旅をしている横で、空中サッカーや、野球をしたり、リバーシ大会を始めたり、自由人の巣窟となってきているような気が……」
「でも、誰にも迷惑はかけていないでしょう?」
「いや、そうですけど…」
一部始終を知っている俺からすると、結花ちゃんたちにものすごく居た堪れない気持ちになるんですが。神官長がいつ頃、胃潰瘍になるのかを賭けしているやつまでいるし。結花ちゃんを賭けの対象にしたら、俺がしめるけど。
俺たちの仕事は、主に情報収集だ。生者と関われるのは俺しかいないため、他の奴らは好き勝手に行動しては、どこからか有力な情報から対処に困る情報まで集めてくる。選別は頭の良いオカンに任せているので、問題はないと思う。
仲間の皆には一応、精霊云々は伝えたみたいだけど、反応はよくわかっていない感じだった。そりゃあ、目に見えず、気配すらも感じられないものだしな。結局、そんな神の使いである精霊様に協力してもらっている聖女と神官長がすごい、でなんか落ち着いた。
「……とりあえず、神官長に今回の情報を伝えに行って来るか」
「俺たちの方で、ある程度はまとめてやったからそれを伝えたらいいだろう」
「はい、本当にありがとうございます」
そうして、手帳一冊半分を消費して伝えました。幽霊のいい所って、疲れないことだよね。神力っぽいものは、俺いっぱいあるみたいだから。神官長の目から、光が徐々に消えかかっていたけど。
そんな俺たちの手助けもあり、彼は訪れる場所全てで、一番質の良い宿や店を見つけることができる。関わる人も大体把握しているため、トラブルもほとんど起こらなかった。世界の情報すらも牛耳る神官長に、「さすがは我の主!」と暗殺者さんも大絶賛していた。
さらに神官長の性格的に、困っている人は放っておけず、知っていながら悪人を野放しにできないこともあり、行く先々でオカンが発動された。結花ちゃんがいるため、手におえる範囲を彼は心がけていたが、一度聖女様が絡むと暴走待ったなしだった。狂犬さん、めっちゃ溌剌としていた。
前に聖女を無理やり取り込もうとした豪族がいて、その方の末路は語るまでもない。他国でも以下略。結花ちゃんの旅は順調に進み、同時に世直しも並行されていった。旅が進むにつれ、「聖女様が来た!」よりも「オカンが来たァッ!?」の方に比重が傾き出したことを、幽霊情報網で俺は知った。何かが根本的におかしいな、って気はしている。今更どうしようもないが。
そんな俺たち幽霊ホイホイな、聖女の旅の内容であった。
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「ユイカさんは、この世界を救われたらどうなさりますか?」
「えっ、この世界をですか?」
俺たちが北に進むにつれ、人は少なくなっていった。そのため、街や村が近くにない場合は、外で野宿をすることも多くなる。そんな時は、神官長が周りに結界を張り、気温湿度全てを完璧に制御する。さらに栄養価と旬を合わせた食材を駆使した、野外とはとても思えない料理の数々。オカンが万能すぎる。
野外は俺たち幽霊組も、色々協力ができる。一夜過ごすのに適した場所を探したり、食材を探してきたり、外敵の存在を知らせたり。ここに来るまでに、幽霊ホイホイをした結果、彼らの半径数キロメートルは幽霊だらけだ。異変があったら、すぐにわかる。
なので異変以外は、時々暗殺者さんが、神官長の寝こみを物理的に襲おうとした時に、俺がポルターガイストで彼を覚醒させてあげるぐらいである。避けられて、「やっぱり、さすがは我が主…」とうっとりする彼女に、神官長が本気で冷や汗を流す日々。自分の主の凄さを確認するために、稀に暗殺しようとする味方。悪気がないところが、余計に怖い。オカンが頑張って、教育中である。
「えぇ、今までの聖女様は、神殿に戻られています。それから、一緒に旅をした方の下に嫁いだり、国の方と婚姻を結ばれたり、自由に旅をしてみたいという方もいらっしゃったそうです。まだ早いと思われるかもしれませんが、おそらくもう一月で目的の場所には着くでしょう。頭の隅にでも、考えておくといいかもしれないと思いまして」
オカンと狂犬さんが野営の準備の間、女子組は神官長が作ったシチューの火の調節とかき混ぜ係として集まっていた。魔法使いさんの言葉に、確かにもっともだと俺も思った。旅を終えた結花ちゃんは、もうこの世界の負担を背負う必要はない。自由に好きなことをしていいのだ。
「えっと、正直全然考えていませんでした。とにかく頑張ろうってことで、頭がいっぱいで」
「ふふ、この世界の者として、ユイカさんの姿勢はとてもありがたいことです。しかし、それだけが人生では、勿体ないではないですか。ユイカさんがよかったら、魔法も習ってみませんか。瘴獣を一撃で葬ることができるように、ご指導致しますよ」
「我も、獲物の仕留め方を教えるぞ」
「あ、ありがとうございます」
ただひどく、この話に関しては人選ミスな気はした。
「まぁ、それは置いておきましょう。ユイカさんはまだまだ若いのですから、もっと積極的に動いてみるのも一つの方法です。結婚はまだでも、恋愛はしてみるのも手ですね」
「我は恋愛はよくわからないが、主の作る食事はすごくおいしい。戦うこと以外の我が知らないことを、いっぱい教えてくれる。ユイカは異世界人。だからこそ、この世界の知らないこといっぱいある。それをたくさん知れる、悪くないと我は思う」
「困ったら、みんなに頼ってくださいね。これでも、それなりに人生を生きているわ。お姉さんとの約束ですよ」
「……はい、わかりました」
目を細めて、優しげに話す魔法使いさんに、結花ちゃんもはにかみながら答えた。こういう時って、やっぱり女性同士が一番なんだな。この世界に来たころは、硬い表情しか浮かべなかった彼女が、こんなにも嬉しそうに笑っている。
結花ちゃんは、旅の途中で聖女と崇められることに、いつも恥ずかしそうにしていた。それでも、色々な人に関わり、瘴気で苦しんでいた人を治癒したり、街の子どもと一緒に遊んだりして、様々な経験をしている。みんなの救いになっている。聖女として、胸を張っていいと俺は思う。誇ったって、いいはずだ。
……俺も、この旅が終わったら、今後どうしたらいいのか考えておいた方がいいかもな。
「ん、姉か…。我もユイカより年上だから、姉になるのか。なら、ユイカは妹。……よし、いじめられたら我に頼れ。そいつの首を取ってきてやる」
「いえいえいえ、取らないでいいですからね!?」
「あらあら、最強の姉が二人もできてしまいましたね。……っあ、いけない! シチューをかき混ぜ忘れていたわッ!?」
「何っ!? ユイカが食べる食事を台無しなど、主が…、主がァッーー……!!」
「ふ、二人とも焦りすぎだよ。私も神官長さんに言ってあげるから、ふふっ」
魔法使いさんと暗殺者さんの悲鳴にも似た狼狽っぷりに、結花ちゃんのツボに入ったのか、思わず噴き出す。そして三人で、大急ぎでシチュー鍋をかき混ぜていた。
最強の姉二人をここまで狼狽えさせる、神官長の存在感はさすがだと俺は思った。
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ちなみにこの旅に出て、俺の目的のいくつかは達成していたりする。まず、異世界の魔法は賢者さんのおかげで大半は見せてもらった。俺も使おうと思ったが、どうも形にできなくて断念。代わりに神官長を通して、魔法使いさんがハッスルしていた。血文字魔法陣をあんなに大喜びして、口づけするのは彼女ぐらいだろう。
魔物はいないが、瘴獣はいたので、白熱した戦いを見学することはできた。狂犬さんは、この人本当に人間かというような動きをする。暗殺者さんも、さすがの動きである。基本はこの二人が瞬殺し、集団や後方の担当が魔法使いさんだ。神官長は結界で防御したり、幽霊索敵を使い指示を出している。
治癒は結花ちゃんの担当だが、出番があんまりない。それに嬉しいような、役に立てないことにしょんぼりするようなことはあるらしい。みんな怪我がないことが一番だが、彼女の気持ちもわからないでもない。
しかも、騎士団長さんが神官長経由で狂犬さんと暗殺者さんに更なる訓練の仕方を教えているため、旅の最初よりも力をつけてきている。暴れ足りないぜ! という三人組の紐をしっかり握る、神官長のオカンレベルも日に日にレベルアップだ。この人たち、いったいどこに行こうとしているんだろう。
あとエルフは、森の奥深いところに住んでいるため、旅の途中で会うことはなかった。しかしたまたま幽霊ホイホイしていたら、死者の中に何人か紛れ込んでいたので、親切な幽霊エルフさんの耳だけちょっと触らせてもらえた。すごく、幸せでした。
他にもこの世界の色々な種族を実はホイホイしていたようなので、改めて種族別に分けてみたら、異世界人種博覧会が開けそうでした。幽霊って、種族問わずみんな暇なんだね。個人的に、異世界交流をしまくれたので、満足できました。
それと、ドラゴンという名の大トカゲを、結花ちゃんと一緒に驚いたり、魔力が結晶化して風に流れることで起きる現象に感嘆をもらした。まるでダイヤモンドダストのような美しい光景に、二人して目を輝かせただろう。
アレンセルには、地球のような機械や便利なものはない。それでも、この世界は世界でたくさんのものに溢れている。地球への名残惜しさは当然あるが、それでもこの世界は単純に好きだなって俺は思う。
神官長や旅のみんな、それに幽霊のみんなに守られているから、そんな悠長な考えなのかもしれない。運良く優しい人たちに囲まれているから、そう思うだけなのかもしれないだろう。だけど、それでもいいんじゃないか、って俺は思うんだ。この世界を救いたい理由なんて、そんなもので。
そんなことを、旅の終着点である――北の大地の最前線を見据えながら、俺は感慨深く考えを巡らせていた。
「確認してきましたが、やはりここが『厄』の最前線のようです。食料の補給も、念入りにしておきましょう。ここから先は、瘴気が充満していますから、大地にあるものの全てが汚染されているでしょうから」
「こっからは、旦那の主が浄化の結界を張って進むことになるんだよな」
「えぇ、そうです。残念ながら私の力では、これほどの密度の瘴気に対して、結界を張り続けられる力はありません。申し訳ありません、ユイカ様」
「謝る必要なんてありません。今まで、ずっとみなさんに守ってきてもらったんです。だから今度は私が、……必ずみなさんを守ってみせます」
グッと神官用の杖を握り締め、力強い声で告げる結花ちゃんに、神官長は目を細めて微笑んだ。それでも、「無理をしては絶対にいけませんからね。体調がすぐれなくなったら、すぐに言って下さい」と心配性なところは変わらないようだが。
「もう完全に、お母さんだな」
「娘の成長を見守るオカンね」
「年の近い男女なのに、漂う家庭の匂い」
「もうあれ、ただの四人の子持ちだろ。いや、カズマがいるから五人か」
「というか、もう幽霊のオカンでいいだろ」
それを見守っていた幽霊共が、神官長に憐れみの視線を浮かべる。お前ら、好き勝手に言いやがって。言っておくけどな、神官長をオカンと慕っていいのは俺たちの特権なんだからな! オカン特権を振りかざして、幽霊同士言い合いを始めた俺らであった。
そんなシリアスな場の空気と、俺の場違いな空気の読めないオカンジャスティスバトルの両方を眺めることになった、結花ちゃんが一番の被害者であっただろう。冷や汗を流す結花ちゃんにいち早く気付いた神官長が、オカン争いをしていた俺と幽霊全員を的確に説教。彼女のためなら、彼は見えない壁を超えるらしい。
「瘴気が充満か…。こりゃあ、俺たちもあんまり力が強くないやつは残した方がいいな。取り込まれて、悪霊になりかねない」
「えっ、マジですか。それって具体的に何人ぐらい残すことになりそうですか?」
とりあえず、俺たちも真面目モードになろう。そうして浮上した問題は、結構シビアなものであった。
「今いる全体の七割は置いて行くべきだな」
「今いる全体の七割……」
騎士団長さんの告げるその数に、普通なら戦慄するべきだろう。だが、俺の視線は聖女様ご一行よりもさらに後ろへ流れる。地平線の向こうのその更に向こうまで、密集した人口比率。この世界中にいる暇人幽霊共を、時にはホイホイし、時には勝手について来たことで、もはや全貌もわからない大群生になっていた。
これの三割なら、ぶっちゃけちょうどいいんじゃね? と思ってしまった俺は、きっと間違ってはいないと思った。
「私も全体数はちょっと把握できていないけど、三割ってことは約百万は一緒に行けると言うことね」
「すみません、賢者さん。三割で百万なことに、素で驚いているのですが」
「私も、七ケタを超えたあたりから数えるのが大変になって…」
もう歩く霊地だな、俺ら。百万鬼夜行の方に戦慄した。
「さらに厄介なことに、どうやら『厄』の瘴気に変化が起きたようで、すんなりと原因の下にはたどり着けないみたいです」
「……敵か?」
「そうなりますね。どうやら瘴気で取り込んだものを、自分のフィールドで操ることができるようです。『厄』の意識はほとんどないはずですが、おそらく防衛本能が働いているのでしょう。故に、我々の目的に立ちはだかる相手は、……万を超えるかもしれません」
「そんなっ……!」
神官長が告げた事実は、パーティー全体を揺るがした。たった五人で、万の相手をすることになるかもしれない。いくらこのパーティーでも、厳しい戦いを想像せざるを得ないだろう。
「それでも、私にしか……できないことなんですよね?」
「ユイカ様」
「私の浄化の力は、女神様によってこの瘴気に特化した効果を及ぼすって言われていました。だったら、私ならなんとかできるかもしれません」
彼女の理屈は、間違ってはいないのかもしれない。それでも、もし無理だったら命を落とす可能性だってある。今から数万の敵に相対できるような、人材の確保は難しいだろう。何より、瘴気の中だ。結花ちゃんの結界の範囲を考えると、あまり大人数で向かうこともできない。
「聖女として、私はこの世界に召喚されました。なら私は、ここから逃げる訳にはいかないと思うんです」
「確かに、そのために貴女を召喚したのは事実です。ですが、それに責任を感じ続ける必要はありません。私たちは、貴女を犠牲にしたい訳じゃない」
「……犠牲なんて、思っていません。私には、私の幸せを願ってくれる人がいてくれるから。私が進みたいのは、責任のためじゃなくて、自分が進みたいからです。この世界で、瘴気に苦しむ人を早くなくしてあげたい。同じ異世界の者として、『厄』となってしまった方を助けてあげたい。この気持ちは、間違いなく私の意志です」
微かに震える手が、彼女の恐怖を伝えている。それでも、強く真っ直ぐに己の思いを告げた。始めの頃の、無我夢中に杖を振り続け、どこか無理をしていた時とは違う。それだけは、俺にもわかった。
ここに来るまでで、もうすぐ一年は経つのかもしれない。それに長いか、短いかと感じるのは人それぞれだろう。それでも、その年月と経験は、間違いなく彼女を強くしていた。
「……我は、ユイカを守るぞ。妹を守るのが、姉だからな」
「クッ、万の敵ねぇ…。俺は逆に燃えてきたぜ」
「あらあら、先を越されちゃったかしら。最近は歯ごたえのない相手ばかりだったもの。大群相手の魔法を、色々試せそうね」
えっへん、と小さな胸を張る暗殺者の少女の言葉を皮切りに、狂犬さん、魔法使いさんも笑って答えた。よく頑張った、と結花ちゃんの言葉を受け取るように。
「はぁ…、このパーティーは、どうしてこう血の気が多いのか……」
「ん、主はついて来ないのか?」
「何を言っているのですか。ユイカ様が行くところ、当然ついて行きますよ。たかが五ケタの敵で、私の思いを止められるとでも」
さすがは、神官長。幽霊七ケタから、慕われるだけあります。
「みなさん、……本当にいいんですか?」
「もちろんですよ」
「……まかせるといい」
「ふふ、腕が鳴るわね…」
「どうせ、出発は明日だろ。その間、俺は剣の手入れをしておくぜ」
一人でも立ち向かおうとしていた結花ちゃんは、みんなの言葉に泣きそうな笑顔を浮かべた。それに、狂犬さんがにやりと笑い、魔法使いさんが彼女の背中をそっと支え、暗殺者さんがお姉ちゃんと呼んでもいいぞと困らせ、神官長がそっと手を差し伸べる。それに、彼女はその手を取って、一緒に歩き出した。
それに幽霊百万鬼夜行は、眩しそうに彼女たちを見つめる。俺も力になれるかはわからないけど、全力で支えようと思う。この中の誰一人も、欠けてほしくない。それはここにいる全員が、きっと同じ気持ちだろう。
もうすぐ、全てが終わることになる。幽霊七ケタが後ろから応援する中で、五人の救済者と、『厄』の瘴気によって取り込まれた万の軍勢との戦いは始まろうとしている。そんな張りつめられた緊張の糸が、俺たちを包み込もうとしていた。
「……そういえば、神官長様。その瘴気によって敵となったものは、どういった相手なのですか?」
「そういえば、伝えていませんでした。申し訳ありません」
魔法使いさんの言葉に、うっかりしていたのか、恥ずかしそうに神官長は頬を掻く。そして、真剣な顔つきでその相手を告げた。
「なんでも、この地にいた霊体を取り込んで悪霊化したものや、瘴獣である大量のリッチが『厄』の守護をしているそうです」
「えっ……、お化けが相手なんですか」
「あぁ、大丈夫ですよ、ユイカ様。悪霊となったものには、神力や魔力が。リッチは実体があるので、物理攻撃も効きます。倒せない相手では、決してありませんよ」
「えーと、そ、そうですかー」
結花ちゃんが、俺の方をちらちらと見ながら、乾いた笑みを浮かべている。俺もきっと、同じような表情をしていることだろう。いや、だって……うん。
「…………あの、みなさん」
「あぁ、なんだカズマ。今久しぶりに感じる闘争のにおいに、剣を磨いているところなんだが」
「せっかくだから、この魔法を試してみようかしら。いえいえ、むしろこっちの新魔法の実験が先かしら? ふふふ、うふふふふふふ」
「第一グループは、こちらのルートの殲滅をしろ。続いて第二グループは、このルートを通り、強襲を仕掛ける。第三グループは、神官長殿たちの護衛だ。第四から第五グループは、細かい地理の把握と、敵情視察に専念。どんな情報も見逃すな。数の有利を生かし、必ず五対一以上で相手をするんだ。では、私は寝させてもらう。何かあったら、起こせ」
あらやだ、この人たち超殺る気。そりゃあ、相手が悪霊やリッチなら、こっちはしばき放題だもんね。本質は同じ幽霊同士だ。俺も活躍できちゃうかもしれない。すごく頼もしいを通り越して、もはや別のものに変わってきた気がする。とりあえず、俺も柔軟体操をしておこう。
改めて、明日は聖女の旅の最終決戦が始まる。悪霊やリッチという数万の軍を率いる『厄』。それに相対する、救済者五名と約百万の幽霊の戦いである。数万VS百万とんで五の決戦が、切って落とされようとしていたっ!
自分で言うのもアレだが、……数の暴力ってひどいと思いました。