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第五話 こうして、聖女のパーティーは無事完成した




「今日も遅くなってしまいましたね……」


 疲れが浮かぶ秀麗な容姿と、深い溜息。彼が視線を上に向けると、月明かりが窓から降り注ぐように輝いて見える。明かりが最低限しかない神殿の廊下は見通しが悪く、全体的に同じような造りであるため、迷子になりそうであった。さらに神聖な空気と合わさり、慣れない人間には薄気味悪さを感じるかもしれない。


 そんな夜闇の廊下だが、彼にとっては自分の庭も同じであった。ゆったりとしているが、自分の部屋へと向かう青年の足取りに迷いはない。お祈りや書類、その他の事務に神殿の管理。さらに聖女様の氷枕や料理の研究、健康的なスケジュール調整など、やるべきことが山ほどある。そのため、帰りが遅くなってしまうが、それは仕方がないと思っている。それでも最近は、厄介なことも増えてしまい、やはり疲労が溜まってしまっていた。


 周りから神官長と慕われる青年は、ようやく見えてきた自室に安堵の息を吐く。プラチナブロンドの髪を後ろで一つ括りにし、白い広袖のチュニックを着た彼は、そのまま自室に向かおうとした足を――冷気を感じたと同時に、ぴたりと止めた。


「今日は久しぶりに静かな夜だと、思っていたのですが……」


 やるせない様に、頭痛を抑える様にこめかみに手を当てながら、懐から黒い手帳を取り出す。すぐさま新しい真っ新なページを開き、紙が水平になるように手で押さえた。傍から見たら、書くための筆も持たず、手帳を空中に掲げているだけに見えるであろう。


 しかしその数秒後、変化が起きる。手帳の用紙に突如ポタッ、と赤い染みが浮かび上がった。その染みはだんだんと増えていき、少し掠れた文字が紡がれていく。ぴちょっぴちょっ、と時々鳴る水音みたいなものが、暗闇から微かに聞こえる。もう何度も見た光景だが、やはり慣れない、と神官長は冷や汗を流した。


 そして手帳の用紙が真っ赤に染まった頃には、見事なダイイングメッセージが完成していた。誰がどう見ても、立派な血文字である。彼の手帳は前のページも含めて、すぐに乾き、さらに裏写りのしない親切設計な大量の血文字がオンパレードしていたりする。他人に見られたら、確実に精神を病んでいる、または悪魔を召喚しようとしている、と勘違いされそうな代物であった。


 神官長という立場でありながら、こんなおどろおどろしい物を持っているのには、ちゃんと理由がある。彼自身も、こんな物理的にも精神的にもよろしくない物は出来れば持ち歩きたくない。しかしこれがなかったら、自分の命の危機に直面してしまう。そして彼はゆっくりと唾を飲み込み、今回書かれたメッセージに目を向けた。



『こんばんは。お仕事お疲れさまー、神官長。今日神官長が作ってくれた味噌田楽、結花ちゃんおいしかったそうです。ただこの世界の辛子の辛さは、ちょっと合わないみたい。隠れて、悶えていました。なので、次は辛子なしにしてあげるといいかもしれません』


 神官長の聖女様アルバムに、しっかりとメモされた。


『それと神官長の部屋、さっき見たら暗殺者が二名ほど待ち構えていました。扉を開けたら、毒針が飛んでくるようにせっせと罠を作っています。それをもし避けたら、もう一人が魔術で焼き殺せるように準備万端にして待っています。他に罠はなし。イケメンくたばれ…! と私怨混じりな暗殺者の様子でしたが、二人だけみたいです』


 無言の沈黙が、夜の神殿に流れる。一度手帳から視線を外し、深呼吸を一回。そしてもう一度じっくりと見て、見間違いを祈るが血文字は変わらない。いや、小さくあいたスペースに『ファイト!』が増えている。神官長の目は、もはや諦観の域に達そうとしていた。


 本当に、どうしてこうなってしまったのか。その原因はわかっている。流れもわかっている。それでも、現実を直視するのがとても辛い。


 自分のような若い者が神官長という地位に就いていることに、面白くないと思う者がいることは知っている。賄賂や後ろ暗いことに手を出さない自分に、苛立ちを浮かべる者がいることも知っていた。それでも、数ヶ月前までは間違いなく平穏な日々であったのだ。暗殺者というか、命を狙われるようなことは一切なかった。


 わかっている。自分が色々歯止めが効かなかったことが原因だということは、一番わかっているのだ。それでも、少しぐらいは現実逃避を許してほしい、と神に祈りを捧げた。


「……精霊様。部屋の中にいる二人の位置を、手帳に書き込んでください。あとこの術式を書いた二枚の札を、部屋の中に放り込んでおいてくださると助かります。護衛の二人を連れてきますので、合図を出したら、いつもの様に相手の動きを止めていただきたい」


 神の使いである精霊様に、このようなことを頼むのは……、と心苦しく思いながらも、さすがに死活問題である。救いなのは、『イエス、オカンッ!』と手帳に書かれる呪われそうな血文字の割に、明るい文面だろうか。ノリが軽すぎて、逆に信仰心にダメージを負うこともあるが、そこは無理やり割り切った。



 それから数分後、部屋の中に放り込んでもらった術式を発動。彼の得意とする結界魔法で、暗殺者二人を部屋の中に完全に閉じ込める。さらに弱体の術式による、デバフのコンボと、突然起こる身体の硬直。それに狼狽えた相手の一瞬の隙をつき、速やかに神殿の騎士と護衛を引きつれて、窓からの奇襲で一撃した。


 抵抗も逃げることも、自殺する暇すらもなく、鮮やかな手腕で暗殺者を捕らえる指示を出す神官長に、その場にいた誰もが尊敬の目を向ける。さらに暗殺を指示し、己の部屋に手引きをしたらしい、とある貴族と神殿の上層部の証拠もどこからか手にして国に突き出し、牢屋にぶち込んだ。神官長の情報網に、誰もが震えあがった。


 そんな、国や神殿から尊敬や畏怖や恐怖の化身と言われ、聖女による救済の旅が終わる頃には、世界にまでその名を轟かせることになる――神官長の頭が痛くなる日々の一部分であった。




******




 俺が結花ちゃんと会話ができるようになって、一ヶ月が経ちました。そしてこの期間の間に、彼女は聖女の力をしっかりと制御できるまでに成長し、瘴気によって濁った水をきれいな水に変えられるような奇跡を起こせるまでになった。


 そして俺も、結花ちゃんと一緒に神力の練習を頑張ったことで、更なるパワーアップを成し遂げたのだ。まずは、ポルターガイストの威力と範囲拡大である。大きいものや重さがある物は、ちょっと浮かせるぐらいが限界だが、それ以外ならビュンビュンできるようになったのだ。


 ホラー映画で昔見た、包丁とかスプーンとかフォークのタイフーンがやってみたくて、深夜に実践もしてみた。非常に楽しかったが、見回りをしていた神聖騎士(男)の人に見られて、野太い悲鳴が神殿を駆け巡る大騒動となった。事態を鎮静した神官長に、本気で二時間近く説教された。



 次に、結花ちゃん以外の……主に神官長へ意思伝達ができる方法を編み出すことができた。最初は筆をポルターガイストで操って書こうと思ったが、字を書くという細かい制御、これがかなり難しいのだ。それに難航していた俺が、いっそインクを操ればと考えながら指を這わせたら、なんか出てしまった。


 そして書いていて思ったが、異世界『アレンセル』の召喚魔法陣は、かなり優秀なものらしい。こういう内容を書きたいと思ったら、無意識にこの世界の言語が浮かび上がるのだ。日本語を書きたいと思いながら書けば、それもちゃんと書ける。言葉といい、なんとも便利だなー、と感心した。


 そんなこんなで、俺の神力っぽいものを吸い出して書くからか、時々出力によって掠れたり垂れたりはするが、これ以上ないほどの代物であろう。俺は早速神官長あてに、いつものお礼と結花ちゃんへの要望を込めた手紙を書いた。初めてにしては、なかなかのできだろうと満足し、彼の机の上に置いたのだ。


 その後、手紙を発見した神官長が、内容も見ずに小さな悲鳴をあげて、神聖魔法を使い机ごと吹っ飛ばした。あれには、俺も目が点になった。せっかく俺が初めて書いた手紙なのにー! と顔文字の怒りマークを壁に書き、さらにラップ音で主張したことで、ようやく俺の存在に気づいてくれたらしい。


「えっ、あの真っ赤に染まった呪われそうな紙は、精霊様の手紙だったのですか。そ、それは申し訳ありませんでした。ですが、なんで血みたいな……」

「あー確かに、なんか血文字っぽくなっちゃったっけ。幽霊だから、血文字って常識だと思って、あんまり気にしていなかったや」

「そういえば、(幽霊にとって)赤い字って定番だよね」

「そうなのですか? (精霊にとって)赤い字は、定番のものだったのですね……」


 俺の通訳のために来てくれた結花ちゃんの援護(?)のおかげもあり、無事に俺の血文字コンタクトを神官長は受け入れてくれたのであった。結花ちゃんを通しての会話だと、やはり彼女も大変だろう。何より、彼女にはあまり心配をかけたくない事案もある。




 こうしてレベルアップを果たした俺は、結花ちゃんと神官長の周りを経由することとなった。離れている間は、結花ちゃんには賢者さんが、神官長には騎士団長さんが時々見てくれる。何かあったら、すぐに知らせてくれることとなった。俺経由で多少現世と関わりができるということで、二人ともそれなりにやる気を出してくれたのだ。


 賢者さんは魔法が得意だが、神力も扱えるらしい。そのため、五百年前からの失われた技術も含め、結花ちゃんに教えている。可愛い弟子ができたと喜びながら、おしゃれや女性の嗜みもよく語っていた。結花ちゃんがさらに可愛くなるのなら、もちろん全面協力する。代弁しながら、俺も勉強になった。


 男の神官長についてくれた騎士団長さんは、意外にも真面目に国や神殿の防護、騎士についての懸念を、神官長に語っていた。彼には精霊仲間だと理由を告げ、最近問題になっていた事案を出し、さらに騎士団の自力上げの方法を代筆する。普通に勉強になって驚いたが、一応偉人だったことを思い出した。


 そうして赤黒く染まる手帳に、ありがたいお言葉が大量に記される。手帳がいっぱいになっても、内容が内容だけに捨てるに捨てられず、古い赤黒手帳は誰にも見られない場所に、神官長は封印しているらしい。



 そんな俺も周りも充実した日々を過ごしていた中、事件は小さなきっかけから起こる。それは国から来た書類を神官長が眺めている時に、俺と騎士団長さんがそれを目撃してしまったことが始まりであった。


「ん、どうやら国からの聖女の旅の選抜候補者のリストのようだな」

「本当ですか? どれどれ…」


 勝手に仕事の書類を見るのは本来マナー違反だが、幽霊に規制などあってないようなものだ。神官長も俺たちが現世に関われないことを知っているし、存在の感知さえできない。なので、俺が情報を他者に流さないことを条件に、勝手に探ることは黙認してもらっている。


 難しい顔でリストを眺める神官長の隣から、じっくり俺も名前を見ていく。好奇心からか、騎士団長さんも視線を向けている。そして、その内容を見た結果に、俺は流れるはずがない冷や汗を背に感じてしまった。


「……あの、騎士団長さん。気のせいでしょうか。このリストに載っている何人か、幽霊井戸端会議で聞いたことがある名前の人が載っているのですが」

「あぁー、確かに。おっ、こいつの親、あの汚職まみれの貴族のところのガキか。こっちは、名前だけで実力がないのに威張り散らしている騎士だろ。強さは申し分ないが、裏で女関係拗らせているやつもいるな」

「この魔術師って確か、国の予算を誤魔化して個人の研究費用にしている人でしたよね。こっちは、裏で人体実験をしてるって実験の被験者さん(幽霊)が語っていました。そんでこちらの方は、他国のスパイだったはず」

「はははっ、さすがは聖女殿。特に貴族は聖女の後ろ盾があれば、家は安泰だろうからな。女神の制約のおかげで、金に不自由もしないし、成功が約束されている。誰もがパイプを持っておきたいと考えるのは、当然だな。その夫になれば、恩恵も多大に受けられるって訳か」


 いや、全然笑い事じゃないですよね。リストに載っている全員という訳ではないが、明らかにやばいやつが何人かいる。聖女を守るために選出されたはずなのに、何このこれじゃない感。


 純粋に世界を救うために、と考えてくれている人は果たして何人いるのか。もっとこの世界のために、そして結花ちゃんのことを考えろよ、お前らッ! と俺の胸はムカムカとした気持ちでいっぱいだった。


「今までの聖女の成功と負債だろうな」

「どういうことですか?」

「この世界に召喚された聖女は、皆役目をしっかりと果たした。そして、女神の制約の恩恵を受けながら、この世界で生涯を過ごしている。初めの頃は、純粋に世界を救うために国も協力しただろう。だが、そんな緊張も長くは続かない。この世界は、良くも悪くも異世界の脅威に慣れてしまっているからな」

「……この世界にいる多くの人々は、聖女が必ずこの世界を救ってくれる、と考えているってことですか。だから、救われた先にある欲に手が出てしまう」

「なんせ聖女の後ろ盾は、この世界の神の後ろ盾と言っても過言じゃない。俺が知っている昔話で、聖女と恋に落ちた平民の兵士が、最後には一国の王にまでなったということもあった。聖女の幸せの範囲によっては、周りに影響を及ぼす」


 数百年単位で現れる、伝説の聖女。生きている人間なんていないのだから、現代の人は書物や長命種からしか知識を受け取れない。だから多少の歪みが生じてしまうのは、仕方がないことなのかもしれない。しかし、それに納得することは、俺にはできなかった


 こっちの世界の常識を、勝手に押しつけてくること。何よりも、結花ちゃんをただの道具扱いしているみたいで気分が悪い。女神の制約だって、聖女のための報酬である。異なる世界から一人呼び出され、全く関係がない世界を救うために頑張ってくれたからこその破格の扱いなのだ。そこを勘違いして欲しくない。


「……今までの聖女の旅の同行者って、このリストからどのように選ばれるのですか」

「トーナメントを行って、最後まで勝ち残った者。あるいは、今まで行ってきた功績から選ばれた者。または、権力者の意向だな。やり方は時代によって違うが、今回はどうなるか…」

「…………」


 俺はもう一度、リストを眺める。たぶん、俺が嫌がらせをしたりしても、きれいさっぱりにはできないだろう。その程度では、聖女の恩恵を受け取りたいやつらの意思を挫くことは無理かもしれない。


 だけど、このまま傍観したら、しわ寄せは全て結花ちゃんに向かう。良心や運だけに任せるなんて、俺にはできそうにない。世界を救うなんて大変なことを頑張る彼女に、余計な心労なんて背負わせたくなかった。


 こんな時、自分の頭のなさが嫌になる。旅のメンバーに入っている神官長も、彼女のために尽力を尽くしてくれるだろうが、どれだけ防波堤になってくれるか。彼だって、伸び伸びと結花ちゃんのお世話をしたいだろうに……。


 そこまで考えて、俺は思った。そうだ、神官長にはこのことを伝えておいた方がいいよな。とりあえず、リストに載っているこいつらは、こういうやつらだからもし旅のメンバーに選ばれたら、目を光らせてくれって。俺もこいつらを脱落させる案がないか、賢王さんとかに聞いてみよう。


 そんなことを考えながら、俺はいつも通りに気づいてもらうため、神官長に冷風を発射した。



「――ヒッ! あ、あの、精霊様。わかるのですが、いきなり寒気を感じるとこちらも驚くのですが……。それで、何かありましたか?」


 疑問を浮かべる彼の隣に積まれている白い紙へ、リストに載ってある人物の注意事項を俺はどんどん記載していった。最初は積み上げられていく血文字の羅列に頬を引きつらせた神官長だったが、その内容に目を通したと同時に、目つきが変わった。


 怒りとムカつきと八つ当たりから、俺の手は一切の休みなく紙を消費していき、神官長も出来上がった内容を見る見るうちに消化していった。字を書くときに聞こえる血の滴るような水音と、紙をめくる音のみが、無言の部屋に鳴り響く。


 俺にとってはほんの一時間程度かと感じたが、時計を見たら、実に三時間以上この状態が続いていたらしい。人間集中するとすごいな。俺、幽霊だけど。勢いのまま書いてしまったが、神官長はどうだろう…、と振り返った俺は思わず肩をはねさせた。


 ――オカン、めっちゃ怒っている。目が全然笑っていない。


「……精霊様。ここに書かれていることは真実ですか?」


 静かな声音が、逆に怖かった。ここで嘘です、とか言ったら幽霊なのに命の危険を感じさせる。もちろん真実なので、『精霊嘘つかない。そいつら皆嘘つき』と俺は必死に返信した。


「さすがは、神の使いである精霊様です。まさかこのような者たちが、この国にいるとは。何よりも……ユイカ様の神聖なる旅に同行しようなどと愚かなことを考えるとは、片腹痛いですね。彼女が体調不良になられたり、ストレスを感じさせるなど、私の目の緑のうちは許す訳がないでしょうに。聖女様を蔑ろにし、害悪にしかならない恥知らず共がッ……!」

「ど、どうしよう、騎士団長さん! オカンが、俺たちのオカンがっ!!」

「し、知るかっ!? あっ、てめぇ、カズマッ! 何俺の後ろに避難してやがる! 原因はお前だろうがッ!!」


 歴戦の騎士団長すらも、思わず慄かせる神官長の迫力であった。



 これから後、スーパー神官長タイムという名の『かかあ天下』が降臨された。俺の渡した情報網を駆使し、さらに幽霊繋がりでリアルタイム監視による現行犯逮捕。荒ぶるオカンを呼び起こしてしまった俺は、もちろん彼に全面協力。次々と不正を暴いていった。


 国の上層部からその行動に注意をされたが、「もとはと言えば、あなた方がしっかりしていないからでしょうがァーー!」と雷が落ちた。幽霊情報網による、あらゆる証拠に弱み辛みを握りまくったオカンの正論という名の説教は、凄まじかった。上層部は、今でも時々魘されて、夢の中で謝り続けているらしい。


 そうして彼が正気に戻ったのは、降臨から一ヶ月経った後のことである。俺は泣いて喜んだ。本当に怒涛の一ヶ月。騎士団長は幽霊を統率して、情報収集。賢者さんは、何も知らない結花ちゃんを見てもらった。今回のことは、俺と神官長で全力で隠蔽を頑張った。この一ヶ月の俺たちの癒しは、彼女だけだったからだ。


 あと意外に頑張ってくれたのは、賢王さんだった。国に対して動いた神官長に、彼も何かを感じたのか全体のブレーンとして、実に何百年ぶりに働いてくれたのだ。心理戦や貴族の闘いに、宮廷の動向。彼の張った罠に次々と嵌まっていく相手に、この人が一番怖ぇ…、と実感した。


 しかし俺以上に恐怖を体験したのは、この国の人たちだろう。なんせ、彼らには神官長一人の力で一国が揺らいだと思っているからだ。恐るべき情報網に、王国を手玉に取る知略、とんでもない行動力に、あらゆる危機を察知する能力。まさか幽霊が全面協力していて、本人は聖女バカを拗らせて暴走しただけなどと、誰が思うだろうか。


 こうした経緯を経て、聖女の旅のメンバーは物理的に清浄化され、神官長は怯える貴族から暗殺者を差し向けられるようになった。しかし暗殺を事前に察知し、鮮やかに回避する手腕にさらに勘違いは加速していったのであった。なんせ暗殺依頼を出そうとするところから、こちらには筒抜けなのだから。暇人幽霊共にとって、今回のことは最高の暇つぶしだったらしい。



 そして、それからまた一月が経った現在。二人組の暗殺者を捕らえて、数日後。なんと神官長の人質に結花ちゃんを使おう、と本末転倒なことを考えた暗殺者(バカ)により、二度目のスーパータイムが降臨した。


 それにより、国は泣きべそをかき、騎士も魔法使いもてんやわんやし、神殿は祈りを捧げ、最後には暗殺者の頭領に説教をして壊滅させるということをやらかす。これが止めとなり、国から『聖女に安易に触れるべからず。じゃないと、オカンが来るぞ!』と末代まで語られるようになったらしい。




******




「まぁ、色々な経緯は省きますが。ユイカさんの旅の選抜パーティー権を、国が神官長様に全権を渡すことで丸く収まり、今のメンバーが誕生したと言う訳です」

「そ、そうなんですか…」

「はい、ですのでユイカさんはドンッと構えていればよいのです。貴女だけが、あの方の怒りを唯一沈められる尊いお方なのですから…」


 聖女の旅、世界救済メンバーの一人である魔法使いの女性の話に、目を瞬かせる結花ちゃん。「このパーティーって、どうやって選ばれたのですか?」という素朴な疑問の答えであった。


「その、一真くん。私よくわからないんだけど、どうしてこうなったの?」

「……ぶっちゃけると、俺もよくわかっていない。とりあえず、神官長は頑張ってくれた、の認識でいいと思うよ」

「い、いいのかな…。なんか聖女以外の別の意味で私、敬われている気がするんだけど……」

「神官長の沸点と元気の源は、結花ちゃんだから。えっと、お礼とかプレゼントをあげたら彼も報われ――喜んでくれると思うよ。俺も一緒に探すから」


  首を傾げる彼女に、俺は苦笑いで返答をした。なんせ国から、『こんな怖いものはいらない!』と言われて、救済メンバーの決定権を手に入れてしまった神官長が、一番困惑していたんだから。



「それでは、ユイカさん。改めて自己紹介を。私はこの国で魔法の研究をしていた魔法使いです。女性同士、仲良くできたら嬉しいわ」

「あっ、はい。私も仲良くできたら嬉しいです。よろしくお願いします」


 彼女はリストに載っていた中から、幽霊情報網を駆使して発掘してきた実力者である。ついでに言うと、少し前まで暗殺の嵐だった、神官長の護衛をしていた人物だ。その人が、そのままメンバー入りとなった。


 本気で命の危機だったため、使えそうな人材を神官長はなりふり構わず採用したのだ。ちなみに彼女は、賢者さんからの五百年前の技術を餌に釣れた、魔術マニアであった。心の中で、賢者さん二号と呼んでいる。


「俺はこの国で騎士をしている者だ。旦那の主よ、よろしく頼む」

「だ、旦那の主…」


 彼も、神官長の護衛組だった。戦闘大好きなバトルジャンキーの狂犬だったが、神官長のオカンスキルによって、彼の言うことだけは聞くようになったのだ。それからは、犬のように神官長に付き従っている。


 暗殺者の戦闘は主にこの人の担当で、「旦那といれば、退屈しない」と忠犬のように傍にいた。彼にとっては、結花ちゃんはピラミッドの頂点だ。実に躾のされた狂犬である。


「我は、暗殺……ではなく、偵察や排斥を主にする役目だ」

「今、別のことを言いかけませんでしたか」

「済まぬな。以前の職と混合していた」


 そして最後に彼女、暗殺者の頭領さんであった。神官長に膝をつかされ、牢屋に入っていたはずなのだが、あっさり逃走。そのあと姿を変え、堂々と神官長の前に姿を現した時は、腰を抜かすかと思った。神官長が。ただ彼女に敵意はなく、むしろ敬愛の目で神官長を見ていた。


 闇に潜む者である暗殺者をものともせず、気配を消しても簡単に探知される。あらゆる策も罠も効かず、己に膝をつけさせた男。いくら気配を消しても、幽霊にとって生者というだけで存在感ありまくりだからな…。罠も全部俺が壊したし。そんな暗殺者の頭領さんは、この方こそ我が主と勝手についてきた。暗殺者は、その時に辞めてきたらしい。


 自分が生きていた証拠も含め、ちゃんと全ての痕跡を消してきました! と身辺整理と一緒に準備万端だった彼女。一応実力はピカ一だし、オカンに心服している。断ってもストーカーとかヤンデレになりそうだったことと、神官長のみ手綱が握れるという理由から選ぶしかなかった。自分の主の大切なお方ということで、彼女の中の結花ちゃんも敬愛度はマックスである。



「聖女に、オカンに、魔術マニアに、狂犬に、暗殺者。結花ちゃんに手を出しそうな人はいないし、実力もあるけど…。これって、いいんですかね?」

「あぁー……。聖女のパーティーというより、もう神官長のパーティーかもな。仕方がないが…」


 そして、隣で腕を組んで、遠い目をする騎士団長さん。


「ついでに、幽霊の皆さん。本当にこの旅に、ついてきて下さるんですか。俺としては心強くて、凄くありがたいですけど」

「ここまで関わったら、彼女も彼も放っておけない。何より、……私たちがいなくなったら、神官長の死亡フラグというものがとんでもないことになりそうで罪悪感が」

「……そうだな」


 さらに自重を忘れてあれこれやってしまった賢者さんと賢王さんと、その他多数の幽霊同志。当時の神官長はとにかく必死であったが、やってきたことは弁解の余地すらない事実の数々である。精霊云々伝えても、もう手遅れだろう。


 俺は結花ちゃんだけでなく、神官長もしっかり守護しようと思う。彼には多大な恩がある。二人に仇名す者どもは、幽霊情報網を駆使して黒歴史を暴き、さらに俺のポルターガイストでぶっ飛ばしてやろう。俺は拳を握りしめて、決意を新たにした。



 俺たちが召喚されてから半年以上が経ち、ついに聖女のパーティーは無事に完成する。五人の救済者と、後ろの背後霊集団の旅は、こうして始まったのであった。



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