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第一話 こんな巻き込まれ召喚はありですか?




「ようこそおいで下さいました、聖女様」

「……あなた方は?」


 俺の目の前には、金髪に碧眼というキラキラした男性と、小柄で可愛らしい女の子がいる。他にもぞろぞろと金髪の人の後ろにいて、とりあえず代表はこの人なんだろうなー、と思った。少なくとも、ここは俺の知らない場所で、知らない人たちしかいないのは間違いないだろう。


 次に目に入ったのは、白で統一された荘厳な大部屋だろうか。太い柱が均等に並び、石でできた空間が広がっている。それらを照らす揺らめく明かりから、火が光源らしいことがうかがえる。神聖っぽい雰囲気は出るけど、なんとも経費がかさみそうだなー、ということを考えている場合ではなかったらしい。


 声のする方に改めて振り向くと、煌びやかでまるで漫画に出てくるような異国の衣装に身を包んだ男性や女性であるとわかる。彼らの目は全て、俺よりも少し離れた位置にいる一人の女の子に向けられている。少し短めに切りそろえられた黒髪と、俺の近所にある高校の制服を着ている女の子は、心ここに非ずという感じで座り込んでいた。


「何より、……ここ、どこですか?」

「そうだ、ここどこだよ」


 きょろきょろと目を周りへ向ける彼女の行動と、彼らに向けた震える声でようやく当たり前の疑問に行き着く。どうやら俺と同じように、この子もドッキリをさせられている側ということだろう。


 確実に俺とこの子はこの空間とミスマッチである。ここまで完成度の高いコスプレ集団の中では、逆に俺や彼女のような制服という普通要素が異彩を放ってしまっている。いや、制服はご褒美方面という捉え方もあるから、そう考えれば俺たちはこの空間にいても、何もおかしいことはないのではないだろうか? ……うん、何を考えているんだろう俺。



 というより、俺はこういったシチュエーションに心当たりがある。ありすぎる。ぶっちゃけさっきまで混乱していたが、落ち着いて考えてみると、これってあれではないだろうか。


 漫画やゲーム、小説でも人気のお約束の場面。先ほど彼らが言った言葉や、現代とは違った建物や服装、そして俺と彼女の足元に広がっている魔法陣のような何か。


「ここは、『アレンセル』。聖女様が元いた世界とは、異なる場所にある異世界です。我々この世界の者では手に負えぬと判断し、この度古の術を使い、聖女様を召喚させてもらったのです」

「召喚、異世界に、……聖女? 嘘、そんなの…」

「異世界! 召喚ってことは魔王でもいるのか!?」


 目を瞬かせ、余計に混乱する女の子。それとは違い、予想大当たりー! と思わず興奮してしまった俺。だって異世界だ。召喚なんてものがあるんだから、魔法だってあるかもしれない。エルフとかドラゴンとかもいるかもしれないってことだ。


 もちろん不安もあるし、召喚されたってことは何かしら役目だってあるのかもしれない。それでも空気が読めないと言われようと、ちょっと心が躍ってしまったのだ。ただ目の前の女の子の顔色は真っ青だったため、さすがに騒ぎ過ぎたかと思い、頬を掻いた。


「あー、ごめん。ちょっと考えなしだったか――」

「信じられないかもしれませんが、事実です。我々にはあなたの力が必要であったため、この世界に召喚をさせてもらいました」

「えっ、おーい。確かに俺、空気が読めなかったかもしれないけど――」

「あなたは間違いなく、伝承通りの聖女様です。その身に纏われる聖なる輝きは、神官長である私ですら、眩しく感じるほどです」


 彼らの視線や『聖女』という話から、主役は彼女なのかもしれない。しかし、男の俺もこの場に立っていることから俺も何かの関係者なのだろうか。そんな淡い期待があったのだが、これは本当に聖女以外いらないスタンスですか。俺、いらない子扱いですか。


 もし俺がただ巻き込まれただけだったとしても、これはひどい。今まで読んできた小説とかでも、ここまでの無視はなかったぞ。巻き込まれ君が睨まれたり、罵倒されたりという展開は見たけど、認識すらしてくれないってあんまりじゃないか。


 先頭に立って女の子に話しかけている金髪スルー野郎に、俺の頬が引きつる。神官長って言っていたが、聖職者なら慈悲の心が必須だと思う。イケメンで若くて、それでいて地位が高いという嫌味の塊なのに、さらにいじめっ子って、なんて性質が悪いんだ。



「む、無視っていけないんだぞー! なぁ、君からも何か言って――」

「私はどこにでもいる高校生です! 聖女なんて、そんなことをいきなり言われてもっ!」

「同郷よ、お前もかいッ!」


 いきなり異世界にとばされて、当事者になったら混乱もするだろうけど、周りをもっとよく見てよ。俺もどこにでもいる男子高校生だけど、同郷同士でここは力を合わせるところだと思うんだ。まるで俺の声も姿も、むしろ存在さえも気づいていないかのような、彼女と周りの俺への扱いに涙が出そうになった。


「ちくしょう…、いいさ! 無視するなら勝手にしやがれ、俺も勝手にするっ! ……巻き込まれとはいえ召喚されたんだから、俺だって何か力を手に入れているかもしれないよな」


 魔力とか、スキルとかさ……! 耳だけ彼らの会話を聞きながら、俺は自分のやりたいことをやることに決めた。さすがに奇行をやり出したら、渋々でも声をかけてくれるかもしれない。そんな風に拳を握りしめ、よくわからないが内に秘めたるパワーみたいなのを解放しようと思って気づく。今更だけど、気が付いた。



「俺、……透けてね?」


 力を籠めようと、自分の手をじっくりと見た感想がそれだった。慌てて自分の足元や髪を引っ張るが、何故かどの場所を見ても、本来見えないはずの向こう側が透けて見える。俺自身の身体はぼんやり見えるから、全体的に半透明になっているとわかった。そこにあるのはわかるのに、すごく希薄な存在感。


 これが俺に宿った特別な力とか、影が薄いみたいな能力とかなら、……まだよかった。だけど、本能的にそんなものじゃないと感じる。心のどこかで、こうなっている自分自身に納得しているのだ。そして、俺は何かを忘れているような気がする。こうなっている原因を俺は知っているはずなのに、何故か記憶の蓋が開くのを恐れている。


 心臓が冷えたように、途端に寒気を感じる。混乱している女の子の声や、落ち着かせようと話す神官長の声だけが鮮明に聞こえた。聞こえているはずなのに、内容が入ってこない。先ほどまでの異世界に来た昂揚感も不安も忘れ、俺はゆっくりと今日の自分の記憶を辿っていく。


 今日もいつも通りに学校に行って、ちょっと居眠りをしたけどしっかり授業を受けて、昼食に購買のカレーパンを買って、放課後は友達と一緒にカラオケの約束をして、そして家に向かって帰る途中だった。帰り道にいつものように横断歩道を渡ろうとしたら、俺の前を歩く近所の高校の制服を着た女の子がいて、それに可愛いなーって思って。そして……。



 意識が浮上した時には、彼らの会話は終わっていたらしい。というより、頭がパンクした聖女ちゃんが気を失ってしまったから強制終了したって感じだ。神官長が近くにいる騎士に声をかけ、気絶した彼女を背中に背負うように声をかけている。どうやらこの部屋から出るらしい。


 俺は震える手を握り締め、足を前に動かした。歩いているはずなのに、歩いている感覚がわからない。それでも俺の行きたいところに向かってくれることには安心した。俺と一緒に召喚された女の子のすぐ傍まで行くと、そっとしゃがみ込む。


 そして、恐る恐る彼女に手を伸ばし、俺と同じ黒髪に触れようと近づけた手は――そのまま彼女に触れることすらなく、すり抜けていった。


「は、ははは…。なるほど、そりゃあ誰も俺に気がついてくれない訳か」


 俺よりも高い身長の騎士みたいな男が、彼女を優しく背負う。その時に傍にいる俺にぶつかったはずなのに、それも結局すり抜けた。彼らは俺を無視した訳でも、いない者扱いをした訳でもない。ただ当たり前の反応をしていただけなのだ。


 見えない者に、触れることも出来ない者に、生きてすらいない者に、周りが反応を返すわけがない。俺と彼らとの間には、絶対的な壁があるのだから。それを、まざまざと気づかされた。



「俺、死んじゃったのか…」


 まさか幽霊で異世界に召喚されるとは、思っていなかった。



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― 新着の感想 ―
興奮してることを加味しても主人公の言動キモすぎだろ
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