雪の舞う日に、また君と出会う
初短編です。
心理描写がこれで大丈夫なのかが心配です。
窓の外には校庭が広がっている。そこでは桜が舞い、サッカーをしている人たちの姿も見えた。
授業中、机に肘をついてつまらなそうにしている少年――それが〝僕〟。
お腹が減ったなぁ、と思って時計を見れば、まだ十時半。
それにしても、どうしてこんなにつまらないのだろう。
高校に入ったばかりの頃は、とても楽しかった。悪友たちとデパートでゲームを買いに行ったり、カラオケに行ったりして。担任が面白い人で、毎日みんなで笑いながら話し合ったっけ。
気がつくと、目の前でカーテンが揺れていた。
……あれっ、窓が開いている?
窓の方を見ると、やっぱり窓は開いてしまっていた。
なぜ? そう思った瞬間。
窓の外から雪が入ってきていた――。
❄ ❄ ❄
「私は金沢 歩。あなたの名前は?」
儚げな美少女が僕に話しかけてきた。
いつの間にか座っていたはずの僕が立っていて、目の前には美少女がいる。
そしてクラスメイトたちが誰もいなくなっていることに気付いた。
「えっ? ああうん、僕は坂上 優治だよ」
条件反射で名乗ってしまった。
金沢さんはよろしくといいながら、僕の前に手を出した。おそらく握手を求めているのだろう。
僕は手を伸ばして握手をした。
理由は全く分からないけれど、金沢さんに惹きつけられる。それは容姿ではなく、もっと別の何かに。
「金沢さんは、同じ二年生?」
「そうみたい。学年章、同じ色だものね。私は隣のクラスなんだけど、なんとなく来てみたの」
金沢さんはそう言うと、開いた窓の外を見つめた。僕はその視線を追う。
雪がしんしんと降っている。そういえば、サッカーをしていた人たちはどこにいったのだろう。
それに……春のはずなのに雪が降っている。
――これは夢なのかもしれない。
「坂上さんは雪、好き?」
金沢さんは窓の外を見つめたまま、僕に話しかけてくる。
「あんまり好きじゃない」
僕は金沢さんを見ながら、そう答えた。
「私もそんなに好きじゃないの。だって溶けてしまうから」
金沢さんの横顔が、ひどく悲しそうに見えた。
――誰かに似ている……?
どこかで見たことがある顔だ。でも思い出せなくて。
そのことが僕の心を痛めさせる。
気がつくと、金沢さんは僕を見て笑った。
「坂上さん、いいえ、優治。本当に思い出せないの?」
その笑顔も声も誰かに似ている。でもやっぱり思い出せない。
けれど、忘れてはいけなかった人だということを思い出す。
「私だよ、優治」
その言葉が、記憶の中の誰かの声と重なる。
あれは――。
「もうすぐ時間切れだわ。悲しいけれど、あなたが生きていてくれているだけで、私は幸せだから」
「待って、思い出した! 君は水連だよね――!」
気がついた途端、記憶の中と同じ白い髪と瞳を持つ水連の顔が、いたずらっぽく笑った後、泣きそうな顔をした。
なつかしさと、もう一度出会えた喜び、そして悲しみが、胸に込み上げてくる。
この再会は、同時に別れも意味していたからだ。
十二歳の冬の夜、道に迷った僕の手を引いて家まで案内してくれた、同い年くらいの少女だった水連。
水連の手はひどく冷たかったけれど、体ではなく心を温めてくれていた。けれどその体は、大きくなった僕には、今にも倒れてしまいそうなほど小さくて。
その夜だけで十分だった。
優しくて愛おしい、初恋の人。
思い出した今、再び恋に落ちてしまっていた。いや、ずっと恋をしていたのかもしれない。
僕がこの記憶を忘れてしまっていたのは、二度と会えないかもしれない彼女のことを忘れたかったから。忘れて、楽になろうとしたからだろう。
「どうして学校に? しかも雪まで降らして」
「優治とは雪の日に出会ったから。お別れも雪の日にしたかったの」
水連は笑顔を浮かべる。
僕はこの笑顔を胸に焼きつけておこうと思った。
「もう、消えてしまうの?」
「そうよ。こうなることは、私が生まれる前から決まっていたの。黙っていて、ごめんね」
泣きそうになった水連の体を抱きしめる。
「水連に、また会えてよかった」
「私も、会えてよかったと思っているわ」
いつしか水連の体が形を崩し、少しずつ雪の結晶となって、開いた窓の外へと消えていく。
「水連。信じてもらえないだろうけど、君を忘れてしまうくらい、好きだったよ」
僕は形を失っていく水連を強く抱きしめながら涙を流す。水連もまた涙を流し、僕を抱きしめ返した。
「私も好きだったわ。優治、悲しませてごめんね。さようなら、元気でね」
水連はそう言って、僕の前から姿を消した――。
❄ ❄ ❄
誰かに揺り動かされて、僕は目を覚ます。
「おい、坂上、起きろ!」
先生が僕を起こしたようだ。気がつけば、元通りの教室の椅子に座っていた。時計を見ると、時刻は十時四十分。そして僕の目には涙が浮かんでいた。
その涙を拭いつつ、僕は授業を聞いているフリをする。
あれはただの夢だったのかもしれない。
でも、会えてよかったと思う。
それは僕の、不思議でそしてせつない大切な記憶――。
僕はぎゅっと手を握り締めた。
今度こそ。
僕は絶対に、忘れない。
❄ ❄ ❄
――これを機に、僕の人生は大きく変わることになる。
2014/2/27 若干加筆