表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

旧作・駄作・ほぼ没

終景より

作者: 住友

流血シーンなどがある事を警告します。


 私は今、自宅にいる。自分の部屋で一体これからどうすれば良いのか考えている。

考えながら同じところを行ったり来たりしている。

「何だこれは何だこれは……何が起こっている?」


 今朝、人の悲鳴で目が覚めた。どうやら隣人のK氏の悲鳴らしかった。

悲鳴は絶叫に変わりしばらく鳴り止まなかった。私はベランダから何事なのかと呼びかけた。

返事はなかった。絶叫も止んでしまった。

そこから覗ける隣家の部屋はすりガラスのせいで中が伺えない。

「……まあいいか」

確かめるのは億劫に感じられたのでそのまま2度寝しようと思い寝台に向かおうとしたその時であった。

覗いていた隣家のその窓に大量の血が内側から吹き付けられたのだ。

「! ……!?」

私は激しく動揺し、このことを家人に伝えようと思った。

「そういやみんな仕事で夜まで帰ってこないとか言っていたな……」

警察を呼ぶことにしたが混線で全く電話が通じなかった。

「どうなっているんだ?」

私はひどく困惑し、落ち着くために階下に降りて水を一杯口にした。

「この水はちっとも冷たくない……」

家人とも連絡が取れない。やはり混線のためだ。となると電話はもう使い物にならない。

私はテレビをつけてみることにした。

チャンネルを回す内に私はあることに気がついた。

どのテレビ局も報道番組ばかりなのだ。それも緊急速報と銘打ってある。

どれも支離滅裂な内容だった。

何でも世界中の町で人間が人間を襲って食っているらしい。

猛獣が獲物をそうするように、人間が人間の肉をかじり血をすするのだそうだ。

恐ろしいこともあったものだ。

気のせいか家の中が全体的に暗い気がする。おそらく空が暗いのだ。太陽が厚い雲に遮られているせいだ。

鳥の啼き声だけが爽やかだ。

私は2階の自分の部屋に戻った。

そしてCDラックからバッハを取り出してそれを聴いた。

そうすれば調和と静寂の世界が再び帰ってくると思ったからだ。

しかし終わってしまうと何のことはない、何もかもが危険に満ちていることを再認識しただけだった。

音楽というのはいつもそうで、聴き手に果てしない法悦をもたらすが聴き終えると

我慢のならぬしこりのようなものを心の中に残していくのだ。


 今日は学校が休みなのだ。だから私は9時過ぎまで寝入っていた。

私は学校が嫌いだ。

人間を20人30人集めて1つの部屋に押し込め、他人と同じことをすることに喜びを感じるように

訓練、調教、洗脳するその全体主義ぶりその熱狂さ加減がたまらなく嫌なのだ。

私には友人がいない。孤独でいることを寂しいと思う人間はどうしようもない怠け者なのだ。

当然恋人もいない。寂しいのなら勉強していればいいのだから。

学校や集団の中に身を置くことに比べれば今のこの状況は実に喜ばしいものだ。

世は騒然とし、家族とは連絡が取れない、この緊迫した雰囲気、

何か興奮のようなものを与えてくれるこの状況が私はだんだんと気に入ってきたのだ。

「さて、どうしようか?」

かといって打開策は何も思いつかなかった。外は相変わらず危険で、

テレビやラジオは依然として何か取り留めのないことを言っている。

とにかく、助けは来ないということだけはよく分かったが、結局それだけだ。

私はリュックサックを用意し、缶詰と水の入ったペットボトルを詰め込んだ。

「とりあえずこれでいつでも外に出られるな。」

次に持っていく本を選んだ。本は大事なものだが荷物はできるだけ軽くしなければと思い、一冊だけにした。

「ヘッセ、カミュ、ゴーゴリ……ニーチェ……サルトル……どれにするか……これにしよう。」

CDも一枚持っていくことにした。

「ブルックナーかマーラーかベートーヴェンか……よし。」

私は家中の戸締りを確認した。

そしてそれから何もすることがなくなった。

寝台に大の字になっていると、眠気が私を襲い、それから……


 私は目を覚ました。嫌な夢を見たのを記憶している。

目覚まし時計が鳴り止まない夢だ。

私は状況を思い出す。ああそうだった、今世の中が大変なことになっているのだった!

だが私の周りは静かだった。

窓からは墓場が見える。そこも私の部屋に負けないくらい静かだった。

ただ竹林の茂みだけが賑やかにさざめいていた。

「私は世界でたった一人の人間になったのではないだろうか?」

恐ろしい考えだったが、否定もできない。

人間を食わない人間、本当の人間、真実の人間は今や私一人なのだ。

他は皆人間を食いたくてうずうずしている、

そのくせ自分は食われたくなくてびくびくしているあの獣のような人間になってしまったのだ。

「いやまてよ……もしかしたら人間は最初から私一人だったのかもしれん……」

そうだ、そうに違いない。

町では皆が皆私をじろじろと見てきては口の端を歪めたり笑いをこらえたりしていた。

あれは私をいつ食えるか楽しみにしていたから笑っていたのだ。そうに違いない。

奴等の笑いの中には氷があった。ちぇ、忌々しい。

そんなことを考えていると、唐突に町内放送が流れ始めた。私は窓を開け放ち耳を済ませた。

内容は案の定、一連の馬鹿騒ぎに関するもので言うには市民は皆近くの学校へ避難しろということだった。

私は動くべきかどうか迷った。下手に動かない方が安全だとさえ思った。

時間は午後2時12分。日没までには時間がある。


 結果的に、私は避難所へは行かないことにした。

空を舞うおびただしい数のカラスが不吉なものを予兆しているからだった。

「そうだ、行かない方が良いに決まっている……」

ラジオ放送によれば私の自宅の一帯はすでに最も危険な区域に指定されているらしい。

だが、それが何だというのだ。

元から私の周りには人間を食う人間が溢れていた。何も変わりはしない。

「どこも安全ではない……どこに行っても奴等はいる……」

私は何もしたくなかった。

「みんなおかしいんだ、おかしいに決まってる……」

私は再び部屋の中を円を描くようにぐるぐると歩き始めた。

だが今度は何も考えなかった。何も考えられなかったのだ。

歩きながら私はひたすら放心した。視点を移すのすら疲れる。

明らかに落ち着いていないことが自分でも良く分かった。

私は最早立ち止まることも、考えることも、眠り夢見ることさえできないのであった。


 私には分かっていた。

私は、魯迅の「狂人日記」にもあるとおり、

人間のあの白くて硬い歯は人間を食うためにあるのだということを知っていたし、

人間のあの丸い頭だって人間を騙したり

人間を合理的に殺したりして食うためにあるのだということだってちゃんと知っていた。

テレビには目をぎょろつかせて歯をひん剥いた奴等が顔を青くして町をのしのしと歩いているのが映っている。

私の周りにもこんな奴等がいたものだ。やはりあいつらも他の人間を、私を食おうとしていたのだ。

だが奴等がまさかこんなにも公然と事をやってのけるとは。

皆狂ってしまったのだ。


 私は遺書を書いた。死んでやるのだ。

みんなおかしい。

これも皆世の中のせいだ。世の中がおかしくて、悪いせいなのだ。

テレビは馬鹿になっている。何時までもくだらないことをだらだらと一方的に喋り続けている。

やたらとサイレンがうるさい。

巨大な何かが我が家の狭い階段を窮屈そうに昇ってきている。音で分かる。

だがもうそれも別にどうでもいい。

終わりだ。世界の終わりだ。

みんなで地獄に落ちたのだ。ここは地獄なのだ。


 海が見える。星が綺麗だ。火の手が上がっている。ここはどこだ。

私はCDラックからショスタコーヴィチを取り出してそれを聴いた。

頭が痛い。椅子が壊れている。夜風には味があることを私は知った。

花火がちかちかする。豚が遠くで鳴いている。全身が痒い。


 ああ、これは何だ、いやそんな!

馬鹿な、耳が、耳が!



初投稿です。

中国の小説家、魯迅の「狂人日記」より影響を受け

勢いで書きました。

あと、最後のシーンはラブクラフト御大からの剽窃です。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ