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 9話 復活のとき       (康平視点:4)



 奈恵…奈恵は、俺のことなんて、やっぱり幼馴染としか思ってなかったんだな…


 奈恵から、ちっとも嬉しくない「頑張れ」を言われた後。

 ちょっと気を抜くとまた石になってしまいそうな自分を抑えつつ、なんとか1日学校生活を過ごした俺は、重い足を引きずって家に帰ってきた。ふらふらと階段を上り終え、自室のベッドに倒れこむ。


 俺は男だから、めったに泣くことはない。(うるっとしたのはノーカウントだ)動物の映画を見たときも、小学校の卒業式も平気だった。学区の違いで、仲の良い友達と別の中学になる奈恵はボロボロ泣いていたけど、俺は隣でそんな奈恵をかわいいなぁと思って眺めていた。

 最後に泣いたのはいつだったか…ああ、5年生のときだ。






 いつものように西崎家におじゃましていたときのことだ。

 その日は、奈恵が友達と遊びに行くと言っていたので、奈恵が帰ってくる夕方まで、俺は自宅で宿題をやったり、ゲームをしたりして過ごしていた。

 そろそろ奈恵のところへ行こう、と思ったとき、俺はふと気がついた。


 今日の宿題は算数だ。教科書に載っている計算問題をやって行くことになっていた。

 奈恵は、基本的に成績は悪くない。国語・理科・社会に関しては。致命的なのは算数だ。だから、宿題が算数のときは自分で一通り解いた後「康平のと、答え合わせさせて。」と頼んでくる。

 必ず何問か間違いがあるので、俺ともう一度やり直す。「康平、自分の分と2回もやらせてごめんね。」と申し訳なさそうに言って、俺の説明を真剣な顔で聞く奈恵を見るのが密かな楽しみなので、教えるのはちっともいやじゃなかった。


 今日も答え合わせが必要だろうから、算数のノートを持っていくことにしよう。ノートを小脇に抱えると、俺はいそいそと西崎家に向かった。


 「こんにちはー。おじゃましまーす。」


 俺が来る日は、おばさんが鍵を開けておいてくれる。玄関に入ったところで、奈恵が自分の部屋から顔だけ出して叫んだ。


 「待ってたよー、康平。私の部屋に来てー。」


 リビングにいるらしいおばさんに「おじゃまします」と、もう一度声を掛けて、奈恵の部屋に行った。


 「由香ちゃん、今日英語教室の日だから、あんまり遊べなかったの。だから、宿題やってたんだ。」


 なんだ。早く帰ってたのか。なら、もう少し早く来ればよかった。


 「康平、おやつ食べてきた?なんか飲む?」

 「食べてきた。のど渇いてるからお茶もらっていい?」 

 

 その時、奈恵が俺のノートに気がついた。


 「ノート持って来てくれたんだ!さっすが康平。お茶、持ってくるから、答え合わせしててもらっていい?」


 ノートは机の上にあるから、と言い残して奈恵は階段を下りて行った。気が利くなぁ、奈恵は。料理もどんどんおいしくなってきたし。いいお嫁さんになるだろうなぁ。

 もしかして、そのとき隣にいるのは俺か!?うわああぁぁ、幸せだ~!


 あ、いけね。うっかり、妄想モードに入るとこだった。マズいマズい。え……っと、算数のノートは、っと…

 机の上だったな、と目を向けると、きちんと整頓された机の上に、かわいらしいノートが2冊置いてあった。2冊?


 近づいてみても、どっちが算数のノートか分からない。どちらもかわいい表紙だ。とりあえず片方を手にとってペラっとめくる。と、そこへ、お茶を載せたお盆を持った奈恵が戻ってきた。


 「おまたせ……って、康平!何見てんのよ!!」


 いきなり大きな声で怒った奈恵に、俺はビックリして固まってしまった。奈恵は、お盆を置くと、俺の手から慌ててノートを取り返す。


 「女の子の交換日記を勝手に読むなんてサイテー!!!」


 見たこともない剣幕で怒鳴られて、始めてそれが交換日記だったことを知る。


 「ち…違うって!机にノートが2冊あって、どっちが算数のノートか…」

 「だからって、人のノート見ないでよ!分かんなかったら待っててくれればいいでしょ!」


 そうか、そうすれば良かったんだ!目からウロコが落ちてスッキリしかけていた俺に、奈恵が爆弾を落とした。


 「康平なんて、大っキライ!!!!」



  がーーーーーーーーん…!!!



 奈恵に嫌われてしまった……

 大っキライって…大っキライって……大っキライって………




 思えば、あれが俺の始めての“石になった日”だったな…あの時も辛かった……。


 結局、あの時は、奈恵の珍しい怒鳴り声を聞きつけたおばさんが2階に駆け上がってきて、わ~んと泣く奈恵と、固まった俺にそれぞれ事情を聞いてくれた。

 ポロポロ涙を流しながら、悪気はなかったこと、ノートを手にはしたし、開きかけてたけど、中身はまるっきり読んでいないことを話す俺を見て、奈恵のほうも落ち着きを取り戻したようだった。


 「康平、話も聞かないで怒ってごめんね。」


 由香ちゃんのナイショの話も書いてあったからムキになっちゃった…と、本当に申し訳なさそうに奈恵は続けた。

 そうか、自分のことより、友達のヒミツがバレたかと思ってあんなに怒ったのか…


 奈恵の友達を思うが故の怒りだったことを知った俺は、俯く奈恵をますます好きだと思った。


 「俺こそ、考えなしでごめん。」

 

 俺も謝った。おばさんが、「じゃ、もう仲直りだね。」と安心して部屋を出て行き、2人きりになった俺たちは同時に「「ごめん。」」と口にして、顔を見合わせて笑ったんだ。







 しかし、俺を泣かせることができるのは奈恵だけだな。すげーよ、奈恵パワー。あの時は、すぐ仲直りできてよかったなぁ…。


 過ぎ去った日を思い出して、俺は4年振りの涙を流した。


 


 

 

 ベッドに仰向けに寝転がり、腕を目の上にに乗せて、どれくらい泣いただろう?


 不意に鳴った玄関のチャイムで俺は我に返った。


 ほんとは居留守を使いたいけど、宅配便かもしれない。母さんがネット通販で買った物だとマズいな。後で母さんに「この役立たず!」って怒られる。ほんと、怖いんだよ、あの人。


 「……どちらさまですか……」


 しぶしぶ、インターホンを取った。うわ、俺、ひどい声。けっこう泣いたからな~。

 だいぶ覚醒してきた俺の耳に、聞きなれた声が聞こえる。


 「…あの、隣に住む西崎ですけど、康平君は帰ってきてますか?」


 「奈恵!?」


 「うん。…って、え?康平?康平なの?」


 奈恵、俺の声さえ分からないのか!?俺なら、どんなに奈恵の声が枯れようとも、絶対すぐに分かるのに!


 「康平、具合でも悪いの?声ひどいよ?」


 確かにひどい声だ。でも、心に受けたダメージに比べれば声なんて… 


 「いや、大したことないから…大丈夫…。」


 「康平、ちゃんと食べて、温かくしてなきゃだめだよ!おばさんからメールきたでしょ?今日もうちでご飯だよ。煮込みハンバーグだから、一緒に行こう。」


 何!?煮込みハンバーグ!!激しく惹かれる……。いや、だめだ。昨日の俺ならおかわりもしただろうが、今の俺は水を飲むことさえできるか怪しい。ちょっと考え込んだけど、今日は奈恵の誘いを断ることにした。


 「今日は遠慮しとく。父さんからも連絡があって、今日は早く帰れるって。」


 連絡がきたというのは嘘だ。でも、特に連絡がないってことは、8時くらいには帰ってくるはず。


 「じゃあ、それまでにもっと具合が悪くなったら、うちに連絡してね。」


 優しいなぁ、奈恵。心配掛けてごめんな。


 「…分かった。じゃあな。」


 応えてインターホンをおいた。






 次の日の朝。

 学校なんか行きたくない気持ちでいっぱいだったけど、これ以上奈恵に心配を掛けるのもかわいそうなので、俺はいつも通り学校へと向かった。

 いつものメンツからバスケに誘われたけど、そんな元気がない俺は、断りを入れて教室へ向かった。



 どれくらい経っただろう?最初は俺1人しかいなかった教室は、いつの間にか人が増え始めていた。

 気がつくと、目の前の席に奈恵が座ってるように見える。ああ、ついに幻覚が……


 「おはよ、康平、調子どう?」


 俺の耳がピクっと動く。“奈恵センサー”が反応した。この声は本物であると告げている。


 「…ああ、おはよう、奈恵。」


 「康平。昨日から一体どうしたの?何かあったの?」


 何かあった?ああ、大アリだったよ!!奈恵の問いに一瞬顔を上げたが、目が赤いのに気づかれるとマズいので、すぐに視線を外した。


 「康平、昨日はごめんね。」

 「え?」


 急に、奈恵がしおらしい声で謝ってきた。ごめんて?もしかして、昨日の「頑張れ」が俺を打ちのめしたことに気がついたのか!?


 「あんな態度、とるつもりなかったんだけど…」


 やっぱりそうだ!気づいてくれたんだ!!さっすが奈恵。しかも、あの言葉を否定してくれてる!! 

そうか、奈恵はきっと、急に浮上した“好きな子がいる”疑惑に動揺したんだ。それで、うっかりあんな態度を……


 再び、ファンファーレの音が鳴り響く。今度は花まで咲いたようだ。

 なんだ、動揺するくらいなら、もしかして脈アリなんじゃ……


 俺は、満面の笑みを浮かべた。


「いや!いいんだ!全然気にしてないから!!そうだよな、ビックリして心にもないこと言っちゃうことってあるよな。」


 「そうか。仕方ない仕方ない。」と機嫌よく繰り返していると、担任が入ってきたので、奈恵は自分の席へ戻ってしまった。

 傍らに、気味悪そうな目で俺を見る木下が立っていた。






 すっかり元気を取り戻した俺は、奈恵の家で節分を楽しんだ。いつも、鬼の役はジャンケンだけど、今日の俺は、鬼の役を買って出るほど気分が良かった。

 

 その後、恵方巻きを皆で食べた。

 恵方巻きの最初の1本目を願を掛けながら目を瞑り、無言で食べる。俺の願いは「奈恵が、今年も俺にチョコをくれますように」だ。原点に戻って、奈恵がチョコをくれたら、「これから、俺へのチョコは本命にしてくれよ」って言ってみよう。それには、まず奈恵がチョコをくれなきゃ始まらない。


 気合を入れ直した俺は、恵方巻きを大量に平らげ、「今年もすっげえうまかった!ごちそうさまでした。」と言って自宅に帰っていった。




 その日から、俺と奈恵は順調に楽しい日々を取り戻した。


 いよいよ、明日はバレンタインだ!












いよいよバレンタイン当日を迎える奈恵と康平。

どんな1日になるのか、書いている本人にもまだ分かりません。

明日の更新は奈恵視点からです。どうぞ、お楽しみにしてくださいね。

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