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 4話 着火しました



 どうして、康平がいるのだろう?


 康平は、部活を引退してからも体力をもてあましているようで、朝は友達と校庭の片隅にあるバスケットリングを使って、バスケットをしている。だから、雨の日以外は、私より早く家を出ているはずだ。今日は、雲ひとつない青空が広がっている。 


「おはよ。腹はもう大丈夫か?」

「ああ…、うん。もう大丈夫。」

「そっか。良かったな。」


 それを聞くためにわざわざ待っていてくれたのだろうか?優しいな、康平。でも、康平の恋の応援団になろうと決意した私に、その優しさは切なかった。


 そのまま一緒に学校への道のりを歩いて行く。頭の中では「康平、聞いたよ!好きな子が出来たんだって?応援するから頑張れ!」という台詞がぐるぐる回っている。

 せっかくのチャンスなのに、言葉を発しようとすると、涙まで一緒に出てしまいそうだ。どうしよう。いや、何のために昨日あれだけ泣いたんだ!頑張れ自分!ファイト!


 いつの間にか、康平ではなく、自分の応援に必死になって黙り込む(頭の中は賑やかだけど)私に、康平がおずおずといった感じで話しかけてきた。


「奈恵…、昨日の朝、俺らが騒いでたときの話って聞いた?」


 え!?いきなりその話!!待って!まだ、心のセルフ応援団のパワーが足りてないの!!


「…その、俺がチョコがどうのって話しをしてたことなんだけど…。」


 珍しくボソボソと話す康平の顔は、心なしかまた赤い。そうか、康平は義理堅いから、“好きな子ができた”という大事な報告は、噂ではなく、自分の口から私に報告したいのだろう。

 自分が、幼馴染として大切に思われていることに気が付いた私は、心が温まるのを感じた。と、同時に、せっかくの康平の心遣いに私も応えなければ!という、使命感に駆られた。

 大丈夫、康平。私は幼馴染として、あなたの恋を応援するよ。


「ああ、康平に好きな子ができたって騒いでた、あれ?」


 意を決して口を開いた私の声は、思ったより明るかった。涙腺もきっちりガードがかかってる。これなら大丈夫かも。


「やっぱり聞いたのか。で、そのことなんだけど…」


 さらに顔を赤らめる康平。え?もしかして、相手の名前をカミングアウトするつもり?それはマズい!まだ、それを平然と聞けるほど、心のバリケードは完成してない!


「康平。きっと康平ならうまくいくよ。」

「え?」


 話を遮って喋りだした私に驚いたのか、康平はキョトンとした顔をこちらに向けた。

 大丈夫。大丈夫。呪文のように心の中で繰り返しながら、私は言葉を続けた。


「好きな子、できたんでしょ?頑張れ!応援するよ。」


 言えた!完璧!かっこいい、私!!


 高ぶる感情のままに、私は何故だか固まっている康平の肩をバシン、と叩いてやった。あ、力入りすぎてたかも…。


「…いってぇ~…」


 康平が肩をさする。やっぱりやりすぎたか。気持ち、涙目になってるよ。

 今の私には、ここまでが限界だ。これ以上一緒にいたら絶対泣いてしまう。


 3分たつと胸のアラームが鳴るヒーローのように、私の胸の中でも警報が鳴り響いていた。


「ごめん、康平。私、昨日寝ちゃってたから、英語の訳やってきてないんだよね。

 朝の内にやっておきたいから先に行くね!」


 我ながらうまい言い訳をして、私は走り出した。

 

「え、おい、奈恵!?」


 後ろから、康平の戸惑ったような声が聞こえたが、私は無視して走り去った。このスピードは、きっと自己新記録だ。










 昼休み。給食を食べ終えた私と美樹ちゃんは、屋上に通じる階段に座り込んでいた。屋上への扉は開かないが、階段は上っていける。私たちは、秘密の話をするとき、あまり人の来ないこの階段をいつも使っていた。


「昨日、あれからどうしてた?少しは落ち着いた?」


 美樹ちゃんが心配そうに私に聞いた。


「…落ち着いたと言うか……決着が付いたと言うか…」

「は?決着?何それ?」


 驚く美樹ちゃんに私は話した。昨夜、泣くだけ泣いて、康平の応援をする決意を固めたこと。今朝、さっそくそれを実践したこと。


 自分の行動のすばやさと頑張りをほめてもらえるかと、期待をこめて美樹ちゃんを見つめると、美樹ちゃんは「すぅ」と息を吸い込んで


「この、お馬鹿っ!!!」


 と唾が飛ぶ勢いで叫んだ。


「お…お馬鹿?」

 

 訳がわからず怯える私に、美樹ちゃんは一気にまくし立てる。


「何が“応援”よ!そんなの逃げてるだけでしょ!

 逃げて、ごまかして消せるほど、奈恵の気持ちは小さいの?

 何年も何年も大切にしてきた気持ちを、そんなに簡単になかったことにできるの?」


 痛いところを付かれて、俯いて黙り込む私に、なおも美樹ちゃんは続ける。


「応援して、沢村に彼女が出来て、本当に満足なの?応援するってことは、その2人のことも応援し続け

 なきゃいけないんだよ。今回だけじゃなく、いつか、沢村にまた他に好きな人が出来たときも、また、

 『頑張れ』なんて言うの?言えるの?」


 …美樹ちゃんの言う通りだと思った。私は、今のことしか考えてなかった。伝えて気まずくなって、気軽に話したりできなくなるのが嫌で、せめて“気の合う幼馴染”のポジションを守ろうと、それだけしか考えてなかった。

 でも、それじゃあ、閉じ込められた私の想いはどこへ行くのだろう。


「……頑張れなんて、言いたくない……。」


 涙声で呟くと、美樹ちゃんは「そうでしょ?」と言いながら、私の頭をなでてくれた。

 そうだ。なかったことにできるほど簡単な想いじゃない!10年以上、積み重ね続けた想いなんだから!

 心の中に炎がメラメラと燃え盛ってきた気がする。よし、この想いをちゃんと康平にぶつけてみよう!

実ることがなくても、ちゃんと燃え尽きさせよう!


「美樹ちゃん!私、康平にチョコあげるよ!!義理じゃなくて、本命だって言って渡す!!!」


 急に立ち上がって、熱く宣言した私に、美樹ちゃんは一瞬引いたようだが、炎の宿る私の瞳を見ると、ニコッと微笑んだ。


「そうだよ。うまくいかなくたっていいじゃない。その時は、一緒に泣いてあげるから。」


 告白するのが怖くなくなった訳ではないけれど、美樹ちゃんの笑顔は、私にそれを克服するのに十分なパワーをくれた。

 よし!そうと決まったら、気合の入ったチョコブラウニーを焼いてやる!!


「……焦がさないでよ……」


 私の意気込みを感じ取った美樹ちゃんがボソッと呟いた。






 


 

せっかく奈恵が熱い決意をしたのですが、奈恵視点はここでちょっとお休みです。

次回は康平視点になります。

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