2話 とりあえず泣かせて
この話を読んでくださった方がいらっしゃって、とても感激しています。
本当にありがとうございます。
今日1日、学校では、休み時間のたびに、康平の周りに“詳しく聞き隊”の存在があったため、私がわざわざ「頑張れよ。」なんて声を掛けに行かずにすんでいた。
美樹ちゃんには、応援しようと思っている私の決意を伝えた。
「このまま諦めるより、奈恵の気持ちをちゃんと伝えた方がいいんじゃない?すっきりしないよ?」
美樹ちゃんは、私に優しくそう言った。けれど、私は黙って首を横に振った。
「気まずくなりたくない奈恵の気持ちも分かるけど…。きっと後悔するよ。」
美樹ちゃんの心配はありがたいけれど、私は告白するつもりはなかった。
告白して振られて、その後、距離を取れるなら、私も玉砕覚悟で突き進んだかもしれない。でも、悲しいかな、私と康平は幼馴染。家は隣。さらにお互いマイホーム。引っ越すことも無い。お互いの両親も仲良しときてる。
つまり、喧嘩しても振られても顔を合わせなくなるということが無いのだ。それに、康平は、私を振れば必要の無い罪悪感に見舞われるだろう。康平はそういう人だ。
康平にそんな思いをさせるなら、いっそ、康平の恋を応援するほうがマシだ。今までと同じ関係を保てる。
放課後まで、なんとか泣かずに学校生活を終えた私は(授業はまるっきり聞いていなかった…)、HRが終わるとすぐ帰路に着いた。康平とは、隣同士とはいえ、登下校を共にすることはめったにない。
小学生の頃は、近隣の子供たちで登校班、下校班を組んでいたため一緒だったが、中学生になると、部活に入った康平は、放課後の活動の他にも、朝練があるため、朝は私より早く、帰りは私より遅かった。
部活を引退した今、たまに通学路で会うことがあり、そういうときだけは一緒に歩くときもあった。
「ただいま~。」
家に帰った私は、すでに決壊寸前の涙腺をなんとかなだめつつ、早足で2階の自室へ逃げ込もうとした。その私の背中に、のんきな母の声が届く。
「おかえりなさ~い。さっき、涼子さんから連絡があって、残業だから康平君のご飯よろしくだって。奈恵どうする?晩ご飯、どっちが作る?」
その台詞に、涙さえもフリーズした。
涼子さんは康平のお母さんだ。沢村家のおじさんとおばさんは共働で、2人ともバリバリ忙しく、帰りが遅くなることもよくある。そういう時は、康平は我が家で夕食を共にする。私が康平に食べてもらいたくて、料理を作るようになったのは小学4年生の頃からで、今では週の内、半分以上の夕食を私が一人で作っている。
でも、今日は料理をする気分にはなれなかった。今の私が作ったところで、おいしいものなど出来るはずもない。涙と鼻水がブレンドされた塩分過多な食事などいかにも身体に悪そうだ。
私は、階段の途中から母に叫んだ。
「ごめん。なんか今日は調子が悪いから、お母さんに作ってもらっていい?」
すると、母がリビングから出てきた。
「あらやだ、ちょっと大丈夫?奈恵が調子崩すなんて珍しいじゃない?カゼ?熱は?」
心配そうに聞かれて、少し良心が痛んだ。が、調子が悪いのは嘘ではない。
「少し、お腹が痛くて。今日は寒いから冷えたかも。ご飯も食べられるか分からないから、私の分は用意しなくていいよ。」
しめしめ。こう言っておけば康平が来ても部屋にこもって顔を合わせないですむ。ナイス、私。
「分かった。確かに顔色があまり良くないわね。部屋で休んでなさい。後で、暖かいココアを持ってきてあげる。」
いえいえ。お願いだから、一人で泣かせてください。お母さん。
「ううん。とりあえず寝たいから、ココアは今はいいよ。」
「あらそう?じゃ、ちゃんと着替えてから寝なさいね。」
「うん。わかっ……」
返事の途中でバンっとドアが開く音がした。この元気な音は!
「こんにちは~。またお世話になりま~す。」
玄関には、靴を脱いでいる康平がいた。もう来ちゃったのか。
「じゃ、お母さん、私、部屋に行くね。」
慌てて立ち去ろうとする私に、康平が声を掛けてきた。
「お、奈恵、随分早い帰りだな。俺、うるさい奴らから逃げたくて速攻帰ってきたのに。」
あんたのせいだよ!っと思いつつ、「まあね…」とか、返事ともいえない返事をして、そそくさと階段を上がる。
「奈恵。今日寒いから、俺、煮込みハンバーグが食いたいなぁ。」
煮込みハンバーグは、私の得意料理で、康平の大好物だ。
「ごめんね、康平君。奈恵、調子が悪いみたいで…。今日のご飯はおばさんが作るの。」
お母さんが言うと、康平は驚いた顔で私を見た。
「調子悪いって…熱でもあんの?」
「少しお腹が痛いだけ。冷えたっぽいから、たぶん寝てれば治ると思う。」
康平の顔を見ずに返事だけ返す。早く。早くこの場から開放されたい!神様、お願いですから私に泣く時間をプリーズ!
「どうせ、腹出して寝てたんだろ。奈恵は昔から寝相悪いからな~。」
いかにも“奈恵のことは良く分かってるぜ”みたいな言い方に、なんだかますます切なくなった。ヤバイ、限界だ。
いつもなら言い返す康平のからかい言葉に返事もせず、私はくるりと背を向け部屋に入り、ドアを思い切りバタンと閉めた。
今だけ、とりあえず今だけは泣きたかった。思い切り泣いたら、明日こそ笑顔で「頑張れよ。」って
ちゃんと言うから…。
バレンタインまでに終わるくらいの話数で完結する予定だったのですが、思いのほか長くなってきています。…おそらく、時期を過ぎてしまうような…。
とりあえず、完結まで頑張りますので、よろしくお願いします。