11話 おせんべいの行方 (康平視点:5)
おまたせいたしました。
康平視点のバレンタイン当日です。
少々、長めとなっております。どうぞよろしくお願いいたします。
月曜日、珍しく母さんが早く帰ってこれたので、夕飯は久しぶりに自宅で取った。かなり残念。
夜7時頃、うちに宅配便が届いた。荷物は母さん宛で、送り状の品名欄には“カニ”とある。母さんが、またお取り寄せグルメをしたらしい。
「荷物何だった?あ、カニ?カニ届いたでしょ!」
母さんがキッチンから聞いてくる。「そうだ」と答えると、荷物を開けて、半分をお隣さんにおすそ分けしてくるよう言われた。
一応、西崎家には、毎月いくばくかの食費を入れさせてもらってはいる(最初は、おばさんがなかなか受け取ってくれず、大変だったらしい)が、受けている恩義のほうが多すぎる。
しょっちゅうお世話になっているお礼に、母さんはよく、おすそ分けと称して、おいしいものを持って行く。ネット通販が多いのもそのためだ。
見事な毛ガニを2杯携えて、俺は西崎家のチャイムを鳴らした。
「あら~!見事な毛ガニ!!いつもありがとね、って涼子さんにも言っといて。」
「いつもの親戚からだから、気にしないでください。」
買ったものをおすそ分けしてると知れば、おばさんがきっと気にするだろうという、母さんにしては優しい気遣いから、持って行くときは「全国を仕事で回っている親戚が、ご当地グルメをよく送ってくれる」という設定にしろとキツく命令されている。
今回で言えば北海道か?前回が博多の明太子だったのに、移動が激しすぎるだろ。少しは考えろよ、母さん。何の職業だよ。
対応してくれたのが、奈恵じゃなかったのが残念だ。いつもなら、玄関に出てきて「おいしそー」って、まぶしい笑顔で言ってくれるのに。寂しさが顔に出てたのか、おばさんが俺に言った。
「奈恵、今、お風呂なの。まだしばらくかかりそうよ。」
「あ、いや、別に。じゃ、おやすみなさい。」
奈恵の入浴シーンを想像してしまった…。ドギマギしながら立ち去ろうとすると、キッチンの方から甘い香りが漂ってくるのに気がついた。……このにおいは……チョコレート!!
そっかぁ、奈恵、やっぱり今年も作ってくれてんだ~。今年は何かな~。
あ、いけね。家に戻ったら、もう1回練習しとかなきゃ。
「これから、俺へのチョコは本命にしてくれよ。」
その日、夜遅くまで、俺はぶつぶつと同じ台詞を繰り返した。
やってきたぞ。バレンタイン。
たぶん、奈恵がチョコをくれるのは家に帰ってからだろう。いつもそうだから。できれば、奈恵の部屋で貰いたいなぁ。おばさんの前じゃ照れるからな。
朝の時点で、帰ってからのお楽しみで頭が一杯だった。母さんからも、昨日早く帰ったから、今日は遅くなるだろうと言われていた。と、いうことは、帰りはまっすぐ西崎家へGO!
…いや、待てよ。ようやく俺の想いを奈恵に伝える晴れの日に制服じゃ雰囲気でないか。いつものトレーナーにルームパンツってのもだらしないから、少しはマシな格好で行かなきゃな。
にやけながら学校に着いて、上履きに履き替えようとすると、きれいにラッピングされた小さな包みが2つ入っていた。あと、手紙らしきのも2通。たぶん中身は「放課後○○で待ってます」だ。
はあーーーーーっ………
思わず大きなため息を吐く。重ねて言う。自慢するわけではなく、俺はそこそこモテるらしい。毎年、バレンタインには下駄箱や机の中にチョコが入っている。でも、欲しいのは奈恵のチョコだけだ!!
今年は、俺が「好きな子以外のチョコは受け取らない。」と宣言したことが、思いのほか広められていたので、もしかしたら、渡してくる子が激減するんじゃないかと期待してたんだけど…。
俺の楽観的な希望は、あっさり打ち砕かれた。机の中にも4つ入っていたし、朝から教室に渡しにきた子もいた。去年よりハイペースなくらいだ。
疲れた……。
放課後が近づくにつれ、俺は精神的に消耗していた。これまでにチョコを渡してくれた子には「ごめん、好きな子がいるから受け取れない。」と言ってチョコを返した。
その場で泣いてしまう子もいた。良心が痛む。でも、奈恵しかいらない俺には、どうしてあげることもできないんだ。
下駄箱や、机に入れてあったチョコも休み時間に返してきた。返す相手を呼びに行ったその教室で、別の子からもチョコを渡され、その子にも同じ台詞を繰り返す。そしてまた泣かれた。俺の良心は痛んでボロボロだ。
ほんとは、休み時間じゃなく、放課後に返してあげた方が親切なのは分かっていたが、放課後には手紙をくれた子たちのところへ行かなきゃならない。すっぽかしはあんまりだから。
それに、俺自身、一刻も早く奈恵の元へ帰りたかった。俺だって必死なんだ。
そして迎えた放課後。HRが終わると、俺は迅速にケリを付けるべく、席を立った。
その俺に「ちょっといい?」とかわいい声が聞こえた。この声は、奈恵!
あやうく「ちょっとどころか、いつまででもいい」と答えそうになった。ダメだ俺。まだ、遂行しなければいけない任務が残ってるだろ。幸せタイムはその後だ!
「ごめん、奈恵。ちょっと俺、行かなきゃいけなくて…」
「あ、じゃあ、いいよ。」
「家に帰ってからゆっくり聞くんでいい?じゃ、あとでな!」
そうだ、奈恵とは、人目がある学校じゃなくて、家でゆっくり気持ちを確かめ合おう!待っててくれ!奈恵!!…ま、奈恵の気持ちはまだ分かんないんだけど。第一、奈恵の用事がチョコに関することかどうかさえ定かじゃない。
教室を出た俺は、時間短縮のため、近場の指定場所から済ませて行くことにした。
15分後。なんとか全部を回り終えた俺は1階にいた。最後の指定場所が、1階の隅にある技術室の前だったからだ。
そして、その子にも「ごめん、…(以下略)」を繰り返し、やっと全てが終わった。人間、気合が入ると仕事が速いな。
さ、帰るぞ!と、階段に向かいかけた俺に「沢村先輩。」と声が掛かった。何だ!?まだいるのか?
「あ、あの…、さ、沢村先輩にちょっとお願いが…。忙しいならいいですけど…。」
振り返った俺の剣幕が険しかったのか、ちょっと怯えているのは、女子バスケ部で見たことのある子だった。
「お願い?」
どうか、チョコじゃありませんように。神様は、俺の願いを聞いてくれた。
「はい。あの、沢村先輩は、岡田先輩と同じクラスですよね?」
「ああ、割と仲いいけど。」
「本当ですか!?」
小さな顔の中の、大きな瞳を輝かせると、彼女はかわいらしい袋を取り出した。
「あの、これ、岡田先輩に渡していただけませんか?ずっと探してるんだけど、見つからなくて…。」
なるほど。この子は岡田のファンか。岡田もモテる奴だから、今日1日忙しかったに違いない。
校内にまだいるかもしれないけど、おそらく予定がビッチリだろう。
幸い、俺は岡田の家を知っている。ちょうど帰り道にあるので、立ち寄って渡していけばいいだろう。
「分かった、預かるよ。でも、学校にいるか分からないから、自宅に届けるけど、それでいい?」
「はい!よろしくお願いします!!」
すごく嬉しそうに、90度のおじぎをする彼女。いい子そうだな。岡田の奴、ちゃんと受け取ってくれるといいけど…
そこまで考えてふと、先日の会話を思い出す。岡田の奴「甘いもの苦手」とか言ってなかったか?
「責任持って渡してくるけど、あいつ、甘いものが…」
「苦手なんですよね?知ってます。」
ずっと憧れてたんで、データは色々持ってるんですよ、と得意そうに言いながら、紙袋を俺に差し出す。
「大丈夫です。おせんべいですから、ハート型の。」
「そっか、わかった。」
紙袋を受け取った。
へー、そんなせんべいが売ってるんだ。便利な世の中だな。お、いけね。渡すのはいいけど、その後どうすりゃいいんだ?結果は知らん顔でいいのか?
「中に、連絡先を入れてあるので、良い結果でも、悪い結果でも必ず教えてくださいって伝えてください。」
あ、なるほどね。じゃ、俺はとにかく渡しさえできればいいんだな。
「じゃ、連絡させるから。」
俺が言うと、彼女はまたおじぎをした。何度も何度も。引き受けてよかった。一日一善。
まかせとけ、と歩き出した俺は、大切なことに気づいて振り返る。
「ごめん。え……っと、名前聞いていい?」
恥ずかしながら、男女の別はあるとは言え、2年間同じ部に所属していたはずの彼女の名前を俺は知らなかった。仕方ないだろ!俺の中の“女子データ”は奈恵のことで容量が一杯なんだ!さすがに、クラスメイトは毎日顔を合わせるから覚えるけど、それ以外は奈恵奈恵奈恵だ!
たぶん、中の連絡先に名前は書いてあるだろうけど「これ預かってきた。名前知らない人から。」じゃ、あんまりだよな。俺なら怪しくて受け取らない。
「……川嶋です……」
教えてくれた彼女の顔は、かなり不安そうだった…。
予定が1つ増えたので、ダッシュで玄関に向かう。カバンは持ち歩いてたからこのまま急いで帰ろう。
ん?階段の辺りに“奈恵センサー”反応!!
キキーっと立ち止まった俺は、信じられないものを目にした…。
奈恵が、奈恵が木下にチョコを渡している!!
奈恵の背中に隠れてよく見えないが、チラッと紙袋らしきものが見えた。そう、俺が預かったのと同じようなかわいい袋……
2言3言、言葉をかわして奈恵が階段を駆け上がっていった。おい、紙袋はどうした?どっちが持っていった?奈恵か?木下か?
奈恵を追いかけようとするが、足が動かない。あ、また石になりかけてる。
バサっと、音がして石化する寸前で意識が戻った。足元に預かった紙袋が落ちていた。マズい!せんべい割れてないか?
慌てて拾い上げて、優しくホコリを払う。おそるおそる揺すってみたけど、どうやら中身は無事だ。
そうだ、俺のことも大事だけど、他人から預かった大切な気持ちをまずは届けなきゃ。
岡田の家へ向かいながら、俺は色々考えていた。
さっきのは、奈恵から木下へのチョコか?誰かに頼まれたとか?いや、それはない。奈恵にそんな頼みごとをする奴がいるとすれば新井だが、クールな新井がおちゃらけ大王の木下を好きになるなんて、到底考えられない(けっこう失礼)。
でも、それを言うなら奈恵だって……ん?そういや、さっき奈恵が「ちょっといい?」って聞いてきたよな。もしかして、川嶋さん(ちゃんと覚えた)のように、俺に木下へのチョコを託したかったとか?
そこまで考えて、青くなった。ひどいぜ、奈恵!よりによって、俺に橋渡しを頼むなんて!!
考え事に熱中していた俺は、岡田の家の前を通り過ぎてしまった。あぶないあぶない、気づいてよかった。
「お~、川嶋さんて、女バスの2年生だろ?かわいい子だよな。」
奈恵ほどじゃないけどな、と心の中で返しつつ、「甘いもん苦手だって知ってて、せんべいにしてくれたみたいだぞ」と言いながら岡田に袋を渡す。
「へ~、気が利くなぁ。チョコの口直しにいいかも。」
「どちらの返事でも、必ず連絡くれってさ。いいか!必ずな!!」
「了解~。」
こうして、無事に最後の任務を終えた俺は、奈恵に真相を問いただすべく西崎家へと向かった。着替えなんてどうでもいい。
「おかえり、康平君。珍しく奈恵まだなのよ。どこかで見かけなかった?」
まだ?俺、岡田の家に寄ったのに?
あの時、奈恵は階段を上がっていった。たぶん、教室で新井が待っていたんだろう。今頃、奈恵は笑って結果を報告してるのかな?
「…俺が帰るときは、まだ教室にいたみたいだけど…。」
「あら。じゃあ、美樹ちゃんとおしゃべりでもしてるのかしら?バレンタインですもの、女の子同士の話もあるわよね。」
そう言えば、康平君も今年もたくさんもらったの?とおばさんに聞かれた俺は「いや、今年は1個も…」と力なく答える。
「あら、奈恵、朝から楽しそうにラッピングしてたわよ?今年は学校で渡すって。ピンクのクマちゃんの袋、もらわなかった?」
ピンクのクマちゃん!?
それは、俺がさっき見かけた袋のことだ。木下に渡していたときチラッと見えたあの袋!
その瞬間、俺の失恋が確定した………。
一縷の望みが絶たれた俺は、そのまま玄関で座り込んでしまった。おばさんが「康平君!康平君!大丈夫?」と慌てているけど、無理だ。俺にもう立ち上がる気力はない。
「しばらく、このままで…」なんとかそう告げると、おばさんは何かを感じたのか、「…寒いから、しばらくしたら中に入っていらっしゃいよ」と残してリビングに消えた。
奈恵。奈恵。お前はそんなに気づいてなかったのか?俺の、この熱い気持ちを全然知らなかったのか?だから、木下のチョコを俺に頼もうとしたのか?そんなに、俺はお前にとって男じゃなかったのか!?
言いようのない怒りが湧き起こる。悲しみさえも麻痺するほどに。
その時、ドアが開いて「ただいま!」と元気に奈恵が飛び込んできた。待ちわびたぞ、奈恵。どういうことか、じっくり聞かせてもらうからな!
「…遅かったな…」
俺の口から出たのは、自分でも驚くほど低い声だった。声変わりして3年、こんなに低い声を出せることを初めて知った。
奈恵は固まっている…。
「結局ここまでかよ!」という、お叱りの言葉が聞こえてきそうです。
大変申し訳ございません!!
完結は、明日の午前中に更新予定です。
フィナーレは奈恵視点です。どうぞお楽しみに。




