10話 いざ!バレンタイン
やっと、バレンタイン当日にたどりつくことができました。
ですが、申し訳ありません。まだ完結していません。
あと2話くらいだと思いますので、辛抱強くお付き合いくださると嬉しいです。
やってきました。バレンタイン!
もちろん、チョコの準備はバッチリ!
クルミをたっぷり入れたチョコブラウニーは完璧な仕上がり。焼きあがって1日くらいが、しっとりとして食べごろなので、昨日の夕方焼いておいた。今朝は早起きして、完全に冷えたブラウニーをハートの型でくり抜いて、ラッピング用の袋に入れた。それを“いかにも”という感じの紙袋に入れて万事OK。
毎年、チョコは家に帰ってから「はい、チョコ。いつも勉強見てくれてありがと。」と感謝の言葉を添えて康平に渡していた。暗に“義理ですよ”と受け取ってもらえるように。
ちなみに、感謝しているのも嘘ではない。見てもらっているのは数学…。
…嫌いなのよ、受け付けないの!何で数学なのにXだのYだの英語(?)使うの?錯覚(←“錯角”のことと思われる)の関係?別に何も勘違いしてないわよ!『証明しなさい』に至っては、解答欄足りない(←間違えた方向に進むせい)のよーーーー!
とにかく。小学生の頃から、算数と数学には泣かされてきた。そんな私に、康平は、理解できるまで根気よく丁寧に教えてくれた。平均より少し下くらいの点数を取ることができてるのも、全て康平のおかげ。特に3年生になってからは、「同じ高校受けるぞ!」と、無謀な提案をした康平が、休みの日に徹底して基礎から叩き込んでくれた。
その甲斐あって、願書を出す直前、なんとか康平と同じ高校を受験できるだけの学力に到達した。
ん?待てよ。同じ高校に行ける(まだ未定)ことを単純に喜んでいたけど、振られるんなら別の高校にしとけばよかったかな?ダメダメ。自分の気持ちにきちんとケジメをつけるための告白でしょ?その後、ウジウジなんてしない。きっぱりさっぱりこんがり燃え尽きるんだから!
高校は高校で、ちゃんと康平と楽しもう。決意を新たにして、紙袋をカバンに入れた。今回は家では渡さない。お母さんに覚られて心配掛けるのもいやだし、何より学校には美樹ちゃんがいる。玉砕したとき、美樹ちゃんの腕の中に飛び込んで泣かせてもらうんだ。
いざ!出発!!鼻息荒く、学校へ向かった。
失敗だ…。
学校でチョコを渡そうとしたことを、すでに私は後悔していた。教室では、康平にバレないよう“さぐり隊”(旧:詳しく聞き隊、第2話参照)が木下隊長の元、結成されており、休み時間のたびに
「2組の加藤さん、玉砕!」
「1年生の堀田さん、返却されました!」
と、康平にチョコを渡そうとした子たちの結果を報告し合ってる。趣味悪いな!そっとしておいてあげなよ!
肝心の康平は、呼び出されたり、下駄箱や机の中に入っていたチョコを返しに行ったりと忙しそうだ。さぐり隊の野次馬根性は不愉快だけど、“当確!”の知らせが入らないことに、どこかで安堵している自分もいる。
「奈恵。奈恵はいつチャレンジするの?」
お昼休み。いつもの階段に座っていると、美樹ちゃんが聞いてきた。
「康平、忙しそうだから、放課後かなって考えてるんだけど…。」
「何番目くらいになるかね?」
これまでに康平にチョコを渡した子は10人くらい、いるらしい(さぐり隊調べ、正午現在)。
去年の結果から類推するに、まだ渡していない子がさらに10人はいると思われる。やっぱり、断られることを考えると、思いっきり泣ける放課後に渡したいもんね。私も同じだ。
と、言うことは。タイミングを逃して後のほうの順番になると、1人5分かかるとして…50分待ち!
私が終わるのを待っていてくれる約束になっている美樹ちゃんも、ずいぶん待たせてしまうことになる。
「美樹ちゃん、あんまり遅くなると帰り暗くなっちゃうかも。私ならいいから、先に帰ってて。」
帰る方向も別々だから、お互い1人になってしまう。美樹ちゃんのような、大人っぽい美人さんが、暗い道を歩くなんて危険すぎる!私は絶対大丈夫だと断言できるけど。
「何言ってんの!奈恵を置いてなんていけるわけないでしょ!くだらないこと気にしてないで、放課後さっさと沢村を捕まえることに全力を注ぎなさい!!」
また、叱られてしまった…。でも、お言葉に甘えて頼らせてもらうね。ありがと、美樹ちゃん。
……ど~こ~だ~~??
放課後、私は康平を求めて学校内を徘徊していた。一応、HRが終わってすぐ、康平に「ちょっといい?」って声を掛けたんだけど
「ごめん、奈恵。ちょっと俺、行かなきゃいけなくて…」
「あ、じゃあ、いいよ。」
「家に帰ってからゆっくり聞くんでいい?じゃ、あとでな!」
「帰ってからでは困るんです…」と呟いてみたけど、その時康平の背中はすでに小さくなっていた。
そうか、みなさんきっと、手紙か何かで放課後の予約を取り付けてたんだ!“放課後に○○で待ってます”みたいな。
くぅ〜、出遅れた!すでに50分待ち確定か?いや、待ちの姿勢じゃだめだ。みなさん、手紙を渡してるとはいえ、康平は1人しかいない。たぶん、指定した場所でひたすら待ち続けているんだろう。身動きが利く私に残された手段は“横入り”だ。次の待ち合わせ場所へ向かう康平を見つけて、横から掻っさらってしまえばいい。
みなさん、ズルしてごめんなさい。でも、美樹ちゃんの身の安全のためにも早く終わらせたいの。
そして、徘徊し始めてから15分経過。私はすでに4階から2階までを回り終えていた。めぼしい箇所は回り尽くした気がする。美樹ちゃんと使う階段でしょ、視聴覚室前でしょ、実はコツさえつかめば鍵を外せる(先生たちにはナイショ)出入り自由の家庭科室でしょ……
すれ違いにならないよう、康平が立ち寄る順番を推理して、コソコソと密会ポイントをチェックしてるけど、どこにも康平はいなかった。ついでに言えば、女の子も見かけない。と、言うことはすでに康平が立ち去った後ということになる。…随分テキパキと断ってるな…。
賢い康平の行動パターンを予測したとき、私が思いついたのが“康平は上の階から下の階へ向かっていくに違いない”ということだ。その方が効率が良い。 私たち3年生は最上階の4階に教室がある。階が下がるにつれ、学年も下がる。残る1階は体育館や保健室、技術室、玄関。…ん?技術室?
そうだ!!肝心なスポットを忘れてた!!
技術室は、糸ノコや大工道具が置いてある教室。技術家庭科という時間に、男子は技術、女子は家庭科を学ぶ。取り扱いに気をつけなければいけない物がたくさんあるその部屋は、部活にも使われず、1階の隅にあるのでめったに人が来ない。そこの前も告白するのにおあつらえ向きだ。
物陰に隠れながら、抜き足差し足、忍び寄る私の耳に、かわいらしい声と聞きなれた声が聞こえてきた。
「大丈夫です。おせんべいですから、ハート型の。」
「そっか、わかった。」
コソッと覗いてみた私の目に飛び込んできたのは、にこやかにプレゼントを受け取る康平の姿。渡しているあの子は…あ、女子バスケ部の2年生の子だ!
…頭がクラクラする…
あの子が……あの子が康平の“好きな子”だったんだ……ちっこくて、すばしっこくて、笑顔のかわいい彼女は、バスケ部だけじゃなく、2年生全体の中でも目立ってた。…そっか、欲しかったのは、あの子のチョコ(おせんべい)だけか…
2人は、まだ何かを話していたけど、呆然とたたずむ私に内容は理解できなかった。いや、これ以上聞くことを耳が、心が拒絶してるみたい。
「じゃ、連絡…から。」
かろうじて、その言葉だけが聞こえた。あ、ここにいたら見つかっちゃう!
その場に崩れ折れたくなる心と身体を奮い立たせ、私はすばやくその場を後にした。
早く、早く、美樹ちゃんのもとへ!
急ぎすぎた私は、前をきちんと見ていなかった。ドンっという衝撃があって、私は廊下に尻餅をついてしまった。
「わりぃ!って、西崎?大丈夫か?」
どうやら、私は、階段の上り口で、下りてきたクラスメイトの木下とぶつかってしまったらしい。
「ごめん、私がちゃんと見てなかったの。」
お尻をパンパンと払いながら立ち上がった私に、木下が紙袋を差し出す。
「これ、お前んだろ?大事なもの、落とすなよ。」
「あ、ありがとう。」
転んだ拍子に、落としてしまった紙袋を木下が渡してくれた。受け取った私は、木下へのお礼もそこそこに教室目指して駆け上がった。
「美樹ちゃ~ん!!!」
泣きながら教室のドアをあけると、すでにクラスメイトは帰った後で、そこにいるのは美樹ちゃんだけだった。
心配そうに窓の外を眺めていた美樹ちゃんが、ビックリした顔で振り返る。私は、美樹ちゃんの胸の中へドンっと飛び込んだ。
「…うぐっ…、こ、康平がね…、えぐっ…バ、バスケ部のね…ひくっ…せ、せんべい…う゛…」
「沢村が、バスケ部の子のおせんべいを受け取ったの?」
えぐえぐ泣いて、うまく言葉を次げない私の言いたいことを美樹ちゃんが言ってくれた。さすが美樹ちゃん。話が早い。まさに以心伝心。
「わ~ん!!!」
昔から、どうしようもなく悲しいときは、わ~ん、と泣いてしまう。子供だ、私。
「よしよし。」
美樹ちゃんは、私の背中をポンポン叩きながら、お母さんのように私をあやしてくれた。
「で?そのチョコはどうするの?」
一通り泣いて、少し落ち着いてきた私に、美樹ちゃんが聞いた。
「…いまさら渡すのも…」
俯いて口ごもると、ふぅ、とため息を吐いて美樹ちゃんが優しく話し出した。
「奈恵。そんなとこ見ちゃって辛かったの、よくわかる。でもね、それじゃふりだしだよ。思い出してみて?なんのために奈恵はチョコを渡そうとしたの?」
なんのため?そんなの決まってる。私の恋心のため。
ずっと大切にしてきたこの気持ちを、封印ではなく、燃え尽きさせてあげたかったから。
「………きちんと、この恋を、終わらせるため………」
私の呟きを聞いた美樹ちゃんは、満足そうに微笑んだ。
「でしょ?沢村にも好きになって欲しいとか、付き合いたいとか、そういうんじゃないんでしょ?」
付き合う?私と康平が?そんな大それたこと望んだりしてない!
「だったら、伝えるだけ伝えてもいいんじゃない?他の子たちもみんな頑張ったんだよ。」
そうだ、その通りだ!何を怯んでたんだろう。康平に好きな子がいることくらい分かってたじゃない!その上で、本命チョコを渡そうと決めたのに!!
それに、今日断られた他の子たちだって、みんなダメもとで渡してたに違いない。康平が、教室で高らかに“好きな子がいる宣言”(ちょっとニュアンス違うけど)をしたことは、かなりの広範囲に広まっていたのだから。
私だけが逃げちゃいけない。
「美樹ちゃん、私帰るね。家で、康平をつかまえて、今度こそ、今度こそチョコを渡すよ!」
「うん、その意気!頑張れ、奈恵!!」
またまた、美樹ちゃんにパワーをもらって、いざ!再び鼻息荒く、今度は自宅へ!!
「ただいま!」
玄関を開けた私を出迎えたのは、お母さんではなく、ホールに座り込んでた康平だった。
「…遅かったな…」
聞いたこともない低い声でボソッと言われた。ひっ!こ、康平、何だか怖い!目まで据わってるよ!?
…私、いつになったらチョコ渡せるんだろ…
本当に、驚くほどたくさんのカウント数、お気に入り登録数に感謝しています。
感想、評価もいただきまして、嬉しい限りです。
ありがとうございました。