第二話 両者は初めて顔を合わせる
武の国にて。
勝負が終わったライアは、待ち合わせの場所に急いでいた。待ち合わせといってもそこまで大層な物ではなく、ただ『アイツ』があそこにいるという直感がライアを動かしている。
今からアイツと会うわけだが、アイツはライアにとって、唯一頭が上がらない存在である。雇い主でもあり、親代わりでもあり、兄弟でもあり……。逆らったら最後、殺されてもおかしくない。アイツはキレやすく、それでいて半端がないほど強いのだ。半殺しの刑にあったことも、一度や二度ではない。
今全力で戦ったとしても、アイツに擦り傷一つも作れやしない。いや、それ以前に一発で地面と接吻するハメになりそうだ。それほどまでに、アイツは強い。
それに比べて、武闘会で戦った奴らは弱すぎる。世界最強の獣族だというから、少しは楽しみにしていたのに、遊びにすらならない。自分が強すぎるのか、それともあいつらが弱すぎるのか……。どちらにせよあれが終わった以上、そんなことを考えているのは無意味ということだ。
ライアは一人で納得しながらまた歩を進める。アイツの気配がだんだんと近づいてくるのに合わせ、もう一つ、迷惑極まりない気配が近づいてくるのも感じていた。迷惑、というより面倒くさい。
「なんだ? あいつらは」
つぶやいたライアの視線の先には隠れているつもりだが見え見えの兵士たち。どいつもこいつもきんきらの鎧なんて着込んでいる。はぁ、と大きくため息をついたライアの前に、一人の兵士が進み出た。
「ライア様」
(あぁーあ……。こりゃ、面倒くさいことになりそうだ)
ライアは顔をしかめた。面倒くさいことが一番嫌いなライアにとってこんなイベントは拷問でしかない。
顔を思いっきりしかめたまま、無視して横を通り過ぎたライアだったが、その前にも兵士。
「何だお前らは」
思わず心のつぶやきを声に出してしまったが、そつぶやきをめざとく聞きつけた兵士がライアの腕をつかんだ。
「我らは王宮騎士団。古くからの慣習で、武闘会の優勝者には王宮まできていただくことになっている。
我らと同行願いたい」
捕まれている右手からは静かな怒り。この人数なら勝てると踏んだライアは自由な方の手で兵士を殴った。もちろん素手である。
どごん、と殴った兵士の鎧が凹む。周りの兵士たちが一斉に剣を構えた。
「悪いが私にはお前らと一緒に行くつもりはない。たとえ戦闘になっても、だ」
宣告してみせると兵士たちはあからさまな怒気がこもった視線でこちらを睨む。
「王宮騎士団も、質が悪くなった……」
実際、初めて王宮騎士団にあったが、アイツの真似をしてつぶやいて見せた。
「……穏便に事を進めるわけにはいかないようですね。こちらも任務ゆえ。覚悟!」
リーダー格らしい男が叫ぶと、周りの男たちも一斉に襲いかかってきた。
「せっかちな奴ら。もっと話し合いとかするべきだろ」
先ほど言った言葉と全く矛盾しているのに気付かないライアは、不敵な笑みを浮かべたまま呪文をつぶやく。
「……冥王さえも恐るる永久の業火よ。我の名に答え具現せよ、冥王の業火」
唱え終わるや否や、ライアを中心に紅蓮の炎が沸き立った。男たちの悲鳴を飲み込み、炎は男達に襲いかかる。死なない程度に手加減したので炎が消えた後に男たちはまだぴくぴくと痙攣していたがそれを無視したライアは路地裏に目を向けた。
もう一つの嫌な予感である。無視すれば良いが、それでもこういった奴は気にくわないのだ。
「そこのお前、出てきな」
ライアが固い声で告げると、予想していた雰囲気と共に白虎の姫が出てきた。しゃなり、といった効果音までついてきそうである。
「あら、見つかってしまいましたわ」
目のまで部下が痙攣しているのにも構わず、姫は笑った。なぜ姫を知っているのかというと、試合が終わった後に姫としもべたちが話しているのを聞いたからである。姫の宣告もしっかり聞いた。
(この私に勝とうなど、百万年早い)
「何のようだ?」
「単刀直入に聞きますのね? もっとお話でもしましょうよ」
「お前と話している時間など、人生の無駄だ。早く話せ」
姫はフフ、と笑みをこぼした。
「率直な物言いですわね。このわたくしに対して。その心根、気に入りました。それでこそ勝者です」
「だから何が言いたいんだ?」
苛立ったライアがもう一度尋ねると、姫は顔を引き締めた。
「わたくしはあなたと勝負がしたいのです。この国で最強の貴方と」
「断る」
間髪入れずに答えたライアに、姫は顔をしかめた。こいつは自分の美しさを自覚しているのか、その顔が崩れることはない。
「まぁ、この国の最高権力を持っているのはこのわたくしですのよ? 獣族、そして鳥族に関してはわたくしの命令にしたがうしかないのです」
「あー。そうか、お前は勘違いしているのか。なら良い。見せてやる」
そう言ってライアは魔卵を取り出した。それはぱっと見た限りではただの石ころのようにしか見えないが、よくよくのぞきこむと真ん中に赤い光が渦巻いている。
「これが私の羽の源だ」
そう言うと魔卵を手でたたき割った。先ほどまであったはずの茶色の羽は跡形もなく消え、そして尖った耳が現れる。
その姫はというと驚愕の表情で固まったままだった。心なしか、瞳が潤んでいるような。予想外の展開に泣き出した、とかいうことかと想い、少々身構える。しかし、次に放たれた言葉は予想外だった。
「丁度良いですわ! なんてこと! こんなあっさりと事が運ぶなんて信じられません」
潤んでいたと見せかけていた瞳は今にも光線が出てきそうなほど輝いており、姫はずいっとライアの前に身を乗り出す。
「お願いします。わたくしを連れて行ってはくれませんか?」
「……は?」
「お願いです。お金でも何でも支払いますわ」
「どこ連れて行くんだ?」
「な、なら! 連れていって下さるのですか?」
身を乗り出す姫に、ライアは一歩後ろへ下がった。たじたじ、というのはこんな時のことを指すのか、とひそかにそんなことを思った。
「まだそんなこと言ってない。言え。どこに連れて行くんだ?」
「ギルド、ライゼ・フォルクへ連れて行って下さいませ」
姫の瞳の輝きはもう直視出来ないほどだった。
「私と決闘するとか、それはどうなった?」
「そんなことどうでも良いです。あなたはエルフなんですもの。エルフなら、あなたと戦ってもこの武の国で一番強いということにはなりませんから」
「本当か?」
「えぇ。神に誓って」
ライアははぁ、と大きくため息をついた。
「なら連れて行ってやろう。あいにく、私の目的地もそこだ。金は確かに貰えるんだろうな? あと、自分の身は自分で守れ」
「えぇ。そんなことぐらい、分かっていますわ」
自身たっぷりに言い切った姫。それを見て、ライアは名前を聞いていなかったことを思い出した。
「あんた、名前は?」
「わたくしはマールルと申します」
「マールル……ねぇ」
武の国の二人の姫様。イーシャとマールルの噂は功の国にも轟いていた。噂に疎いライアが知っているくらいなら、この大陸全体でも知らない人はいないだろう。剣、知、美に優れた姫様だとか。確か上の姉のイーシャはかなり前に花嫁修業に出ていると聞いていた。とすると、このマールルが王位を継ぐことはなく、それに空いて出かけようとしているのか。
そう推測したライアはこれ以上何も聞かないことにした。何にしても、これから生きていくためには金が必要なのだ。それをほぼタダで貰えるならもらうしかない。金が今のライアに唯一足りないものだった。
(アイツにはなんて説明しよう……)
「こいつらはどうする?」
目の前でひくひくしている兵士たちを見て問いかけると、マールルは鼻にしわを寄せた。
「こんな役立たず、置いていきますわ。あとで城の者が来てくれるでしょう」
さらっと非情なことを言ったマールル。あの噂は半分デマではないかと思ったが口には出さなかった。
「なら早いとこ言ってしまわなければいけないとこがある。付いてこい」
「えぇ」
力強く頷いたマールル。こんな約束などしなければ良かったと、ライアは後から後悔することになる。