午後の微睡み
日常は、静けさのまま壊れる。
家事を終え、リビングのソファに深く身を沈めた。
湯気の立つルイボスティーを両手で包み、ゆっくりと息を吐き出す。午後の光がカーテンの隙間から差し込み、部屋を穏やかに満たしていた。
そのとき、キッチンから聞こえてきた。
カラカラ、カラカラ――換気扇の調子が悪いのだろう。
金属が擦れるような乾いた音が、規則正しく続いている。
気になって視線を向けると、天井近くの換気扇の接地面に、何か大きなものが引っかかっているように見えた。
次の瞬間――ギャァァァッ。甲高い、動物じみた悲鳴が室内を裂いた。
血が滴る。換気扇の隙間から、赤い飛沫が勢いよく飛び散った。壁を、床を、そして私の顔を濡らす。
熱い。生臭い。
私はとっさに手を伸ばし、換気扇のスイッチを切ろうとした。だが、音は止まらない。血しぶきはなおも飛び続け、視界を赤く染めていく。
そして、ふいに静かになった。先程まで天井を見上げていたはずの私は、いつの間にかキッチンのシンクを見下ろしていた。
にぶい音を立てながら、空回りするディスポーザー。もう粉砕する対象を失い、ただ虚しくカラカラと回転しているだけだった。
私は、生まれたばかりの、あの子の姿を咄嗟に目でおった。
ソファの上でうつ伏せに、静かに寝ている。小さな背中が、午後の光の中に、ぽつんとあった。
悲鳴の主は、きっと私であろう。
何にこれほど、動揺して、我を見失ったのか――戻りつつある、意識。そして感覚。
左腕に、激しい痛みが走る。血が、ぽたぽたと床に落ちていく。そこにあったはずのものは、すべてなくなっていた。
肘から先が、まるで最初から存在しなかったかのように消失している。ディスポーザーの中で、すべてが砕かれ、流されてしまったのだ。
私はただ、キッチンに立ち尽くしていた。
見ていたのは、換気扇などではなかった。粉砕された自分の血肉だった。
日常が、日常のままで、異様な形に反転する。
そして、大切な事実を私に見せまいと、知らせまいとするように、私の意識は私をふたたび狂気の底に沈めようとしている。
ソファの上で、うつ伏せのまま、静かに寝ているあの子。
その小さな背中だけが、午後の光の中で、あまりにも動かなかった。
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