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短編ホラー

巡回

作者: 壱原 一
掲載日:2026/05/04

最近、昼は随分あたたかい。


帰宅してカーテンを閉めがてら窓を細く開けいこうていると、網戸をかりこり掻く音がする。


虫かなと思うや否やカトン(・・・)とサッシが振れる音が続き、ぎょっとしてカーテンを開けた先の網戸越しに仄白ほのじろ上肢じょうしが浮いていた。


自然に脇へ垂らしていた手をそのまま前へ差し伸べた風な、甲を上に軽く指を曲げた成人サイズの手と腕だ。


当人が寝ている所を誰ぞが持って揺らす感じに、手首から先は脱力して腕の根元から揺れている。


他より突き出た人差し指に、網戸の引き手を引っ掛けて、開けんとしているように見える。


動きは酷く緩慢かんまんにぶく、力も丸で籠らないので、脅威は全く感じない。


むし屡々(しばしば)ゾンビ物にある生前の習慣を繰り返す意志なきゾンビを見る心地で、一抹の物悲しささえ覚える。


腕はアパート2階の自宅窓から地上へ真っ直ぐ続いていて、下りて見ると其処そこに本体は居ない。


腕が地に着き、路上をい、民家の屋根に乗って電線に掛かり、街路樹のこずえまぎれている。


もう夜おそく人通りはほとんど無い。


見る間に自転車の人が猛スピードで過ぎて行って、腕をき、顔にかぶったが、腕はタイヤも頭も通り抜けたらしかった。


回り込んで梢を仰ぐと腕は更に先へ続いている。


風は無く、気温は穏やかで、横の家の庭で花が香り、右の斜め奥から用水路がじゃぼじゃぼ水を落つ音がする。


折しも明日は休日なので興が乗って辿たどり始めた。


*


昼の暖気だんきが冷めたぶん空気がしっとり湿っている。


腕は交差点を突っ切り有料駐車場の敷地をくねり、パチンコやカラオケや飲み屋がひしめく繁華街の油っぽい路地を縫う。


美容院や塾や和菓子屋の軒先へ横たわり、交番の上にのさばって、大通りを越えた向こう側の、行った事の無い住宅街へ至る。


敷き詰められた玉砂利の如く沢山の家が詰まっている。


暗い上に入り組んでいて、唐突な小さい公園とか、癖の強い看板のコインランドリーとか、うっかり他に気を取られると腕を見失い掛けて仕舞う。


腕の通る道なき道を迂回し、此処ここと思って進んでみると、一軒家で行き止まりだったり、予想外な遠くへ出たりする。


上へ下へと見回しながら行きつ戻りつ彷徨さまよう内に、すっかり夜が更けていて、着々と湿りを増す夜気に心なし景色がぼやけ出す。


横の家の庭から花の匂いが、右の斜め奥から用水路がじゃぼじゃぼ水を落つ音がする。


暗がりに生白く浮かび上がるぐんにゃりした腕をさかのぼり、家並みの狭間にのぞく窓へ着いていると見付けた時には、辺りはうっすらと白んで、夜が明け始めていた。


*


まるで夏の早朝さながらうるおった明け方の空を、気の早い雀らが陽気に鳴き交わして飛んで行く。


眼前に生い茂る塀から溢れた庭木を避け、一旦、腕から目を落とし、梢を潜って顔を上げると、先は見慣れたアパート周辺で、腕は自宅窓へ着いている。


少し奥に走る道路を、ぞう、と速い車が通り、後にはしんと寝静まった住宅街の閑静が満ちる。


路上の腕の傍に立って、細く開いた自宅窓を見上げる。


腕は微かに息衝いきづいて、出掛けに見た時と同じ様に、網戸へ向け、力なく揺れている風に見える。


2階自宅の部屋へ戻ると、朝まだきのぼんやりした窓辺に、俯せの仄白い人が居る。


カーテンと窓が細く開いており、網戸越しの腕は無い。


人は右腕を細く開いた窓の網戸の引き手側へ伸ばしていて、虫かなと思って立った途端、ばつん(・・・)と感じて床が近く、立てない、声が出ない、携帯はテーブルの上で、えて震え動かない利き手をどうにか腕ごと持ち上げて揺らしていたのを思い出す。


混濁する頭の中に、最後までおぼろに残っていた、外へ、開けなきゃの考えが、動かせる上肢を外へ出し、開けんとし続けさせていたのか。


寄って見下ろし、膝を突いて、自分でもたじたじとするほど見る影のない本体に伏せる。


伏せた端から吸い付いて押しひしぐ怖気の走る冷たさと共に、馴染みの寝床へ納まったような、確かな安堵に包まれる。


冷ややかな閉塞へいそくがしっくり来る。


やがて濁りぼやけた視界に黄味のある明るい陽が差して、からから自転車が通り過ぎ、靴音が刻まれ、近所の人らの挨拶が響き、子供達の笑い声が弾む。


潤った微風が吹き込んで髪や頬や目を撫でる。


一抹の物悲しさを抱えつつ、諸共とろけるような心地で、白む暖かさの内にうっとりと意識を遠退とおのかせ、この陶酔にさえ覚えがあって、繰り返しているのではとよぎる。


きっと今日も随分あたたかい昼が訪れ、帰宅して細く窓を開け憩う夜を迎える。


そして虫かなと立ち上がり、腕を辿る巡回に出掛ける。



終.

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