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【第八話】僕だけ変な水着だ! 海と思ったら大間違いだ!

想像以上に文量が少なくてびっくりしました。

少しばかり短く仕上がっていますが、第八話、お楽しみいただけたら幸いです。

 擬音にすれば、ソワソワ。もし実際、擬音に音が鳴るとすれば……この広大な空間をソワソワという音だけで揺らしてみせる、ってくらいのソワソワ。


 羞恥に対するせめてもの抵抗に、前屈みながら自分の胸に肩を寄せるばかりの、僕だ。若干キモイ。

 自分の体を見返すと、卒倒しそうになる。鏡を見たときは、実際に卒倒した。

 あれ? 僕かわいいんじゃないか? なんてことも、正直、ちょっと思った。

 でも恥ずかしいものは恥ずかしいし、嫌なものは嫌なんだ!

 僕が男であると、周囲にバレたりしてないよな……?

 そういう意味で、遊泳客の視線に悪意を感じてしまってならない。嘲笑の幻聴すら聞こえる。


 心配になって、改めて自分の格好を見回した。


 ピンクのラインで花柄模様が描かれている、ビキニ。ボトム部分はショートパンツをスカートが囲むような構造になっているから、下半身で僕の性別が露呈されることは無いはず……だ。


「……ほぉぉ?」


 上半身裸の有村が、腕を組みつつ僕を凝視する。自分が無防備な気がして、怖かった。

 広すぎて、嫌だ。50mプール、子供用のプール。ウォータースライダーではしゃぐ子供の声に、自然と体がびくついた。

 屈んだ姿勢のまま、有村の顔を見上げる。


「だ、大丈夫だと思うか有村……? 僕、バレないかな、バレないかな男だって!」

「んぁ、大丈夫だ。俺の主観で言わせてもらっても、今のお前はただの可愛い貧乳女子だな。堂々としていろ。前屈みに自分の体を抱えながら、チマチマと歩行する女子は居ない」


 そんなことは言ってもだ。無理だ。

 お前も女装させてやろうか。女装して絶望して泡吹いて死ね。


「……」


 有村の隣には、メガネを外した通人が、地に突き立った棒のようになっているわけだが……。

 口を間抜けに開いたまま、筋肉の一つも動かすことなく僕を凝視しているのだった。

 僕を見つめる奴の鼻から、血が一筋流れ落ちたのは、気のせいだと思いたい。


「そして……」


 有村が腰に手を置いたまま、通人の方へ振り返る。

 おど、と、鼻の下を拭いながら、通人が一歩退いた。

 有村の奴、威圧感だけは人一倍だ。


「なぁ」


 メガネの無い、新鮮な風貌の通人に、声をかける有村。


「先ほどから俺達のやりとりを傍から見つめているお前は、一体誰だ」


 メガネが無いと通人に個人としての判別もつかないのかコイツは!?


「ふざけるな! 僕だ! 佐渡(さわたり)通人(ゆくと)の名前を忘れたとは言わせない……!」

「……お前が通人だと……!? バカな」

「何だその目は……!」

「今まで俺は、通人という名のメガネから人間が生えているものだと思っていたが、どうやら違っていたようだな。まさかメガネがお前の本体でなかったとは……」

「貴様は僕を馬鹿にしているのか!!」


 なんて馬鹿なやり取りだ……。

 僕を置いてけぼりに、ぎゃーぎゃー、喧嘩を繰り返す二人。


「あ、よーくん」


 有村の背後に、ソラだった。ようやく着替えが終わったようで、布地が多いビキニ姿。

 彼女は景気よく、軽く弾んだ調子で語りかけてくる。


「やっぱり男子は着替えも早くて羨まし――」


 走ってきた。


 僕に走ってきた。


 すごい迫ってきた。助けっ……


「矢琴!! ばかぁっ!!」


 首根っこを掴まれた事は認識した、体が引きずられたことも認識した。

 痛い、とても痛い。ただ何が起こっているんだと脳が理解はできなかった。

 僕の体は大きな音をたてながら、水に沈む。


「……ぅ、ぁ、飛びこみしちゃった……」


 水底に足を立てて立ち上がれば、既にそこにはうろたえたようすのソラが居た。

 彼女も、髪がしなだれるほどに濡れている。


「……矢琴! 何やってるの!? ま、まさか噂通り、本当に女装なんてしてるの!?」


 なにその噂聞きのがせない。


「いやこれは……!」

「矢琴駄目だからね!? 絶対女装なんてしちゃダメだから!」


 彼女が僕を水の中に突き落したのは、数多の視線から僕をかばうため、いや、隠すためらしかった。話を聞いてくれる様子は無い、うわーうわーと喚きながら僕の肩を大きく揺らしてくるソラ。

 ふと、影が差し込んだ。

 誰かがプールサイドから、僕達を覆うようにして覗きこんできたのだ。


「……着てくれた」


 奈乃沙先輩だった。ほんの少しだけ口の両端を持ち上げた、穏やかな顔。

 純白の水着に包まれた豊満な胸は、まるで羊毛が詰められたかのように、見たところからフワリと揺れている。

 通人が後ろの方で鼻血を吹いていた。殺陣にて殺される雑魚その一のような動きで。


「……まさ、まさ、まさか、先輩が矢琴に水着を着せたんですか?」


 全身で『あわわ』を体現しつつ、プールサイドの奈乃沙を見上げるソラ。


「そう。とても似合ってる。良かった」











 プールの温水に、体が溶け込んだような心地だった。

 顔の半分までを水に沈ませながら、自分の体をかばうようにしてただ、水底にふわりと足をついている。

 時折ふと視界の端に、遠くからこちらを見つめている奈乃沙先輩が見えた。恐ろしい。その度に急いで潜水し、逃げた。


 先輩が僕に好意を持ってくれていたらしいことは、もちろん嬉しいけれど。こんな水着を僕に着せたところを見る限り……先輩が、僕の『男』を好いているとは考えにくいだろう。


「ずっと見てたんだけど、矢琴、泳がないの?」


 プールサイドに腰かけたソラが、片手で口の半分を囲って、声を掛けてくる。

 膝の上には、ピンク色のビート版を抱えているらしかった。


「泳ぐわけないだろ。こ、こんな水着で……」

「まぁ……それはそうだけど。大丈夫じゃない? どっからどうみても女の子にしか見えないから」


 彼女はビート版を手に持ちながら、つっ、と水中に体を沈ませ、歩みよって来る。


「その、一見すれば可愛い……けど?」

「やめてくれよ気持ち悪い」

「な、何それ。せっかく人が褒めてるのに!」


 鈴音子さんに同じく『可愛い』を言われた時とは、大分感受の仕方が違うなとは、自分でも思った。

 何故だろう、ソラが幼馴染だからだろうか。僕が悪態の勢いを止めないことは明らかな事実だ。


「お前も、いい加減泳げるようになったのか?」


 ソラは典型的な金槌だ。このように、ギリギリ足がつく程度の水深ならともかく、少しでも水面が身長より高くなれば、まるで鉄塊のように沈み込む。


「そ、それは……」

「いい加減泳げるようになれよ? ほら、あんな風に」


 僕は言って、とある一点を指さす。指し示す方向は時間が進むにつれ、猛烈な勢いで移動していた。

 凄まじい飛沫を上げながらコースを爆進し、『フハハハハハ』高笑いを奏で、泳ぎ続ける有村である。

 ああして遊楽に来た水着姿の女性達の姿を、見まわっているのだろう。

 彼には二つ名がある。『泳ぐ変態有村』だ。

 泳げなかったらただの変態である。『ただの変態有村』だ。


「私は別に泳げなくてもいいわよ! もう、中学校の頃に泳ぐことなんて諦めたから」

「泳げたら、海とか、プールとか、もっと楽しくなると思うんだけどな」

「知らない、そんなの。別に私は泳げなくても……」

「試しにやってみろよ、ほら」


 ちょっと強引にだけれど、促してみた。水着のせいでそう派手に泳げない僕としては、暇だから。

 まぁこいつに泳ぎの指導くらいはしてやってもいいかなと、それだけだった。


「……」


 ソラは水面に浮かべたビート版に、じっと視線を落としている。口を強く結んでいた。

 恐る恐ると僕の顔を上目で覗きこんで来て……。


「ちょっとだけ、頑張ってみる」






 また溺れた。





 また溺れた。





 また溺れた。




「……絶対わざとだろお前」

「た、助けて! ……たす……っ」


 みっともなく手足をばたつかせるソラの体を、ほんの少し支えて持ち直してやった。

 足の着く水深でも、一度溺れて錯乱してしまえば、ものの見事に水没してしまうらしい。

 今までよく風呂場とかで死ななかったなこいつ。洗面所でも死ぬんじゃないか?


「ありが……とう」


 全力の呼吸の合間合間に、僕へのお礼を述べていた。

 彼女、溺れていようが絶対に、僕の体を掴もうともしない。だから限界まで溺れる訳で……。

 例え助けてやっても、そそくさと僕から離れていく。よほど呼吸が辛いのか、真っ赤な顔で。


「大丈夫か?」

「……も、もうやだ! どうせ泳げないんだから、こんなことしても仕方無いし」

「分かんないだろ、次は泳げるかもしれないし」

「……うぅ」


 簡単な一言をかけてやるだけで、彼女は再び努力した。

 今度は僕が手渡したビート版を掴み、足を蹴りだす。水中を推進するには、できていた。

 ソラの奴、このまんま息継ぎできるだろうか。懸念を頭に渦巻かせ、遠ざかる彼女を見つめる。


「彼女、泳げてる」


 妙に澄んだ声音が、僕の胸を貫通した。

 振り向けば、飛び込み台の辺りに奈乃沙先輩の姿。

 少しギョッとしたが、まぁ心配はいらないかと考え直した。先輩は何を考えているかもつかめないような、奥行のある無表情でソラの姿を見通している。


「奈乃沙先輩」


 心臓を絞るつもりで、意志を決めた。だから彼女に声をかけた。

 先輩が僕に気持ちがあるだか、水着だかで全てが有耶無耶になってしまったが元来、僕は先輩に聞きたいことがある。


「何?」

「妹さん、帰ってきてないですよね」


 初葉の件だった。


「……そうね……やっぱり、知っているの?」


 こんな話題でも、先輩の表情は一切変わることが無い。こんな話題だからこそなのかどうかは、分からない

 初葉の存在は、学校でも有名だ。この前の選挙で『妹さんが出没した~』などと、事実を基にした噂が立ちのぼったためでる。


「帰ってこなくて、寂しいですか?」


 初葉、本当は僕の家に居るんですよ、僕と一緒に住んでるんですよ。

 なんて事実を言うほどに、僕は大胆な決断ができない人間だ。

 初葉は、あれだけ家に帰ることを嫌がっていたんだ。

 その理由が一体何なのか、知りたかった。


「……寂しくは無いから、大丈夫。すぐ戻って来る。家出した理由が大したものじゃないってことは、分かってるから」


 ふっと先輩が笑った気がした。


「あの子は帰ってくる。多分今は、知り合いの家にでも転がり込んでいるだけ」

「そう……ですか」

「私は妹が大好き」


 先輩は相変わらず遠い目で、僕を少しだけ見つめて。


「キミのことも大好き」

「!?」

「だから私と付き合いなさい」


 何その理論!?










 ソラの胴体を抱えてやった。バタ足の練習だ。

 足で、ひたすらに控えめな水飛沫を上げる彼女。

 どうやらこの姿勢が恥ずかしいらしく、ひっきりなしに顔を水中にうずめていた。

 慣れと言うのは恐ろしいもので、僕は内心、既にこの水着に対して何の抵抗感も無い。

 ぼーっとしながらプールの喧噪を聞きつけていると、ふと、通人の声が。奈乃沙先輩を追いかける形でプールサイドを歩いているようだった。


「……奈乃沙さん! 水着姿も素敵です!」

「そう」

「はい! アレルギーの件は矢琴から聞きました……。しかし、諦めません。僕は……この思いが貴女に届かなくても構わない!」

「じゃあせめて、もう少し離れてくれる?」

「それは……嫌だ!」


 どっちだよ。

 小さなくしゃみを交えながら歩く奈乃沙先輩。通人は思いを濁らせているのか、一歩一歩差し出す足に躊躇いが見られたが、それでも後に追いすがるしかないようだった。

 青春……なのかこれは。随分特殊な青春だな。

 小さく俯いていた通人が、意を決したように顔を振り上げる。


「奈乃沙さん」


 再び通人が、呼びかける。


「……何?」

「僕が貴女のぐぁああぁああ!!」


 死んだ。突然通人死んだ。

 噴水のような飛沫、水面に大きな波紋をたてながら、通人がプールに落とされる。

 しばらくすると、ぷかりと背中から浮かんできた。全く、動く様子は無い。

 通人は何者かに襲われたのだ、背後から。言わずとも、有村以外にはありえない。


「俺が水着ギャルを眺めていた隙に、まさか玉垣奈乃沙に近づいていたとはなぁ……? 雑魚メガネは大人しく雑魚みたいに振舞ってりゃいいんだよ」


 明らかな悪役がそこに居た。通人を蔑み、上から見下ろす。

 有村が浮かべたのは気持ち悪いくらいの、ぬるりとした笑み。そして、叫ぶ。


「今日こそ死ねぇえあメガネぇ!! ヒャッハー!」


 雑魚は飛翔していた。通人目がけ、飛びだして。

 ひらり。飛びかかる。ざぱーん。


「……おーい、矢琴ぉー」


 近くに低く、明かな不機嫌を現した声があるのに気付いて、僕ははっと、意識を戻した。

 ソラがこちらに首を向けて、細めた眼でじーっと、ただじーっと、見つめてくる。


「なっ……」


 僕は何故、言葉に詰まったのか。


「何だよ」


「……もういいわよ。ありがとう。でも、私は絶対泳げないんだから」


 彼女は、胴を支え持つ僕の手を振り払って、立ちあがった。


「泳げないままで、いいのか?」

「逆に聞くけど、何で矢琴はそんなになっても私に泳ぎを教えようとしてるの?」


 言われて少し、自分の内面を見つめ直してみた。だけど、何も分からなかった。

 どれだけ答えを振り絞っても、理由は『ただ暇つぶしをしたいから』。

 それだけだった。それだけじゃないはずなのに。


「……何だっていいだろ」

「よ、よくないわよ。別にもう、水着が恥ずかしいから泳げないわけじゃないんでしょ? もう、よーくん達と遊んでくればいいのに」


 彼女もまた、様子がおかしかった。よく分からないけれど、僕と同じで何かがつっかえたような気持ちになっているんじゃないかと、思えた。


「じゃあ、逆に逆に聞かせろよ。何でお前は泳ぐ練習をやめようとしたんだ?」

「……それは……練習なんてしても、どうせ泳げないから」


 本当にそうなのか? 尋ねてみたい気持ちだった。


「でも……あの、ありがとう。練習に付き合ってくれて……」


 なんか、ハッキリとしないな。僕も、ソラも。

 二人とも俯き加減で、さっきまで泳ぐ練習までしてたはずなのに、もう彼女の体に触れるなんて無理だなぁって思うようになって。


 訳が分からない。


 矢先だった。


 僕を覆うようにして、壁のような水が押し寄せてきた。足が滑り、転んでしまう。

ソラの攻撃だと気付いたのは、僕がしかと足を立て直した瞬間のことだ。


「ぶはっ、……何すんだよ!」

「あ、あれ? ……さぁ。うぁ、な、何やってるん、だろ、私」

「僕がそんなこと知るか!」

「……ごめん」

「ホントに、良い度胸してるよお前は……」

「……何よ」

「仲良くしてられるのも今日だけだからな、明日からは選挙でボッコボコにしてやる」

「な、何それ。……何それ! ふんっ! 私が矢琴なんかに負けるわけないでしょ!?」

「あぁそうかよ」

「絶対、よーくんだけは生徒会長にさせてやらないから!」


 腕を組んだソラが、いつも通り、僕に顔を近づけて……来なかった。

 つんと顔を逸らして、背後に飛び出す。水をかきわけて、進み……。

 溺れていた。


「……大丈夫かよ」


 彼女はコメントの付けようがない人間だなぁと、思うんだ。




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